イザベラ SS付

rs-9

 まったくもう。どうしてこの人ってばこうなのかしら。

私たちは大氷原にて七英雄の本体を破り、長い長い歴史にピリオドを打った。
祓われてゆく闇を目で追いながら、陛下はいつも通りの口調で話し始めた。
アバロンに帰ったら皆どうするのか、とか、恋人などいないのか、とか他愛もない話を。
話を振られたベアが言うには、出会いがないから女の重装歩兵が欲しいらしい。
「それじゃあベア、イザベラなんかどうだ?」
飄々とした物言いに、私はむせそうになってしまった。
一体どういう了見でこの陛下は!
私はひとつ咳払いをして答える。
「ベアは、いい人なんだけど・・・」
特に深い意味を込めたつもりはなかったのに、陛下は意地悪そうに笑うと
「終わったな」とベアに言ってのけた。
何が終わったって言うんですか!
と私が言う前にベアが反論してくれた。
「終わったも何も、別になんにも始まってませんから!」
まったくだわ、ベアの言うとおりよ。
私が陛下を軽く睨むと、あろうことか陛下はこう言った。
「ま、イザベラは俺の女だからな。諦めろ」
明らかにそれと分かる流し目。
陛下は黙っていれば誰もが振り返る美青年だ。
とりわけ、女を口説く時に使う流し目は下手な凝視よりよほど効果があるだろう。
そう・・・見た目はいいの。見た目は。
でも!私は知っているもの。この顔に騙されちゃいけないって!
だからはっきり言ってやった。
「私は誰のものでもありません!!」
でも陛下は目を逸らそうとはしない。
「素直じゃねえなあ。ま、そこが可愛いんだけどな!」
言われて、かっと頬が熱くなった。
可愛い・・・って言われた。
・・・。
でも、どうせ他のいろんな女にも同じように言ってるんでしょ。
私は口先を尖らせて、ジト目を陛下に向けた。
「イザベラが、心底ウザそうな目で陛下を見ていますYO~」
横から茶々を入れたのはジョンだ。
「おいおい、髪の毛の色が似ている者同士、仲良くしようや」
なーにが、髪の毛の色よっ!もうっ。
「ふんっ」
「嫌われちゃったなぁ」
今度こそ陛下は降参したかのように肩をすくめて、私から視線を外してくれた。
そしてひんやりとしたナゼールの空を見上げて、
「イザベラは、誰が好きなんだろうな」
とぽつりと仰った。
なぜか、胸がどきっと跳ねた。
「この間、インペリアルガードの男と、仲良く話してましたYO~」
もう、ジョンってば余計なことを!
あの時のことを言ってるんだわ。
あれは確か先月、久々にアバロンに戻ったときのことだった。

「・・・さん、イザベラさん!」
「えっ」
「どうしたんですか、そんなにカッカして。何度も呼んだんですよ」
宮殿の廊下を靴音を鳴らして歩く私を呼び止めたのは、インペリアルガードのマールバラだった。
私のほうが年下なんだけど、陛下に同伴しているということで彼は私に敬語で話す。
「別に怒ってなんか・・・」
そう言いかけて私はやめた。
そう、私は怒っていた。誰が見ても分かるくらいに。
「・・・そうよ、怒ってるの。ものすごーく、怒ってるんだから!」
そして私はマールバラに思いつく限りの愚痴をぶつけたのだ。
「もうっ!陛下ときたら!いつまでも人魚人魚って・・・信じられる?
貴重な時間を人魚薬を作るために費やして、そのうえ陸に戻れなくなってもいいとか言うのよ!?
ほんっとにもうデレデレしちゃって、あの時だって私が無双三段かけなかったら
無理にでも海に行ったに違いないわ!」
「む、無双三段をかけたんですか!? 陛下に?」
「そうよ!だって陸に戻れなくなるのに人魚に会いに行くって聞かないんだもの!
人魚だけじゃないわ、宮廷の女官にも手を出してるって噂だし・・・!
オアイーブさんのことも諦めてないみたいだし!
もうっ!信じられないっ!!もうっ!!!」
私はぷりぷりしながら頬を膨らせた。
マールバラは私の勢いに呆気にとられているみたいだけど、いいじゃない、たまには愚痴ったって。
「まあ、まあ、落ち着いて」
「落ち着いてなんかいられないわよっ」
「でもイザベラさん・・・何にそんなに怒っているんですか?」
「えっ?」
「陛下が国を省みずに海に行こうとなさったことですか?
それとも、陛下がいろんな女と仲良くなさるのが気に入らないんですか?」
言われて、頭に昇っていた血がさあっと冷めた。
何に・・・って。それは・・・。
直後、今度は別の熱さが沸騰した。
「知らないわよ! そんなのっ!!」
その後何を言ったかは覚えていない。
でもきっとジョンは私たちが長い間話をしているのを見ていたんだわ。

ほんとにもう。陛下ってば、どうしてああなのかしら。
女なら誰でもいいの?
困ったときはすぐに私の名を呼ぶくせに。ねえ。
陛下の・・・ばか。

その間にも陛下は男連中との他愛もない会話に興じている。
一人の女に縛られるのは御免だそうだ。
はいはいそうでしょうね、貴方なら。
しまいにはジョンが一夫多妻制を取り入れたらどうかなどと言い出した。
「またジョン、余計なこと言って!」
しまった、考えるよりも先に口が出てしまった。
もういいじゃないの、好きにさせれば。
皇帝なんだし、一夫多妻制だって珍しくもないものね。
だけど口が滑ってしまった手前、撤回もできない。
すると陛下は私のほうを向いて仰った。
「イザベラ、第一号はお前にしてやるぞ」
この男は、何をいけしゃあしゃあと・・・!
第一号って何よ、一号って。
その後に他の女が続くってことじゃないの。
たくさんの中のひとりだなんて、冗談じゃない、そんなの。
「いくらお金を積まれても、絶対になりませんからね!」
私がきっぱりと言い放つと、陛下は少しだけ寂しそうに、怪訝な表情を浮かべた。
「何でそこまで俺を嫌うんだ」
「嫌ってるんじゃありませんッ!話が極端すぎるんですッ!」
言い切って、私はぷいっと顔をよそに向けた。
こういうとき唇を尖らせるのは私の癖だ。
嫌ってるんじゃない。
陛下のことを嫌いなんかじゃないのは分かってる。
いっそのこと、嫌いになれたら楽かもしれないのに・・・。
「なるほどなあ」
陛下は少し考えるように、ふむと唸ってから再びこちらに向き直った。
「それじゃあまず、友達から始めるか」
え・・・。
私は陛下らしからぬ提案に一瞬言葉を失った。
友達から始める、という ことはつまり、いずれはお付き合いをするということだ。
何、それ。本気なの?
友達から・・・。陛下と、私が。
陛下の目を見上げると、飄々としたいつも通りの煌きの中に、どこか真剣な眼差しが揺らめいていた。

陛下。
私は・・・陛下のことを、嫌っているのではないのです。
友達から始めたら、私のことだけを見てくださいますか?

「・・・それだったら、いいですわ」
そう答えた瞬間、陛下の目から緊張の色が消えた。
そして安堵の笑みへと変わった。
ああ、こんな子どもみたいな顔もするんだ。

友達から始めて、それからどうなるのかは分からないけれど。
陛下のこと、信じていいのですね?

「よし、それじゃあ今夜あたり、俺の寝室に来い」
「だから、何でそうなるんですか!!!」

・・・ああもう。どうしてこの人ってばこうなのかしら!
もうっ!陛下なんて知らないんだからっ!!

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