1,プロローグ(2)

 一方、別の控室では。
「うーん、『久しぶりだな』か? 『どうしてたんだ』か? それじゃあ何か俺が会いたかったみてーだしな・・・」
 短い銀髪の男がうろうろと室内を歩きまわっていた。
 身長の割に細身の身体には漆黒の燕尾服を身につけている。
「しかしよぉ、何だってこの控室は俺とリディア用なんだ・・・気が利きすぎてるにも程があるぜ、セシル、ローザ!」
 男はぱちんと指を鳴らす。
 だが言葉とは裏腹に、その身体は先程から落ち着きというものを知らないらしい。
「あれから一か月・・・案外長かったぜ」
 月から帰還してから、彼――エドワード・ジェラルダインは正式にエブラーナ王位を継いだ。
 四天王のひとり、火のルビカンテの手によりエブラーナの城は酷く破壊され、民の数も激減してしまった。
 王と王妃、すなわちエッジの両親もルゲイエによって合成獣にされてしまい、エッジ自らがとどめを刺すという悲惨な結果に終わってしまった。
 だが、民というのはしぶといものである。
 エッジが戻ると皆揃って立ち上がり、我も我もと城の修繕に取り組み、再び国を活性化させ始めたのだ。
 だからこのひと月の間、エッジはエブラーナを率いる者として寝る間も惜しんで力を尽くしてきた。
 あっという間の一か月だったと言っても過言ではない。
 しかし同時に、あの可憐な少女に会えない一か月は、長い長い一か月とも感じられたのだった。
「リディア・・・何してやがんだ? おせーよ!」
 張り切って三時間前に到着したエッジに比べてなかなか現れないリディアに、エッジはつい地団太を踏む。
「まさかまた幻界に行ってんじゃねーだろうな・・・まさか、もう俺より年上になってるなんてことも・・・!?」
 エッジは小さいころのリディアを知らない。
 だがセシルたちが言うには、リディアと別れていたわずか一年ほどの間に、リディアは十歳以上も大人になっていたというのである。
「一年で十歳ちょっとだろ、じゃあ一か月で・・・えーとえーと」
 指折り計算しつつ、一応自分より年上にはなっていないことを確認すると、エッジはふーっと安堵の息をついた。
 がちゃり。
 ふいに、扉が開いた。
「うおっ!」
 気を抜いていたエッジは驚いて飛び跳ねる。
 同時に心臓も飛び跳ねた。
 会える、ついにリディアと会えるのだ!
「・・・?」
 が、しかし。
 扉は手のひらほど開いたままで誰も入って来ない。
「・・・リディア?」
 エッジは声をかけてみた。
 するとその隙間から、ふわふわした新緑色の髪が覗き、見慣れた可愛い顔が現れた。
 湖の底のような澄んだ緑の瞳はあいかわらずぱっちりと大きく、程よくカールした睫毛がその周りを彩っている。
 エッジの胸が再会の喜びで躍る。
 だが、なぜ入って来ないのだろう?
「おーい・・・?」
 ちょいちょい、と手招きしてみる。
 旅をしていた頃は、こうやるとよくちょこちょこ寄って来たものだ。
 だがリディアはもじもじしたまま入って来ようとしない。
 もしかして嫌われてしまったのだろうかいやまさかそんな。
「どーした? 腹でも痛ぇのか」
 言葉にデリカシーが無いのは仕様である。
 リディアも慣れているのか、ふるふると首を振るだけだ。
「あのね」
 ようやく口を開いてくれた。
「ん? どした?」
 極力優しそうに、エッジは聞く体勢を作った。
「あたし、急いで幻界から戻って来たの」
「ふーん? そりゃ大変だったな」
「そしたらね、披露宴だから着替えなさいって言われたの」
「ほー? まぁそーゆー場だからな」
「そしたらね、ローザのお母さんがドレス持ってきてくれたの」
「良かったな、助かったじゃねーか」
「そしたらね、城の女官さんたちに着せられちゃったの」
「まー、オメーは不器用だからひとりじゃ着れねーわな」
「そしたらね、すっごく変な感じなの・・・あたしこんなの着たことない」
「へぇ・・・そいつぁ残念だったな。まぁ、馬子にも衣装って言うし気にすんなよ!」
 いつもの調子で軽口を言っていると、リディアが口をへの字に曲げていることに気が付いた。
「・・・っと。悪ぃ悪ぃ。心配すんなよ、俺だってこんなだぜ?」
 エッジは自分の燕尾服を見せびらかした。
 本当はエブラーナ式の正装で来たかったのだが、再興に必死でそんな衣装を用意する暇はなかったのだ。
 するとリディアは頬を膨らせてぶうたれた。
「いいじゃない、エッジは似合ってる。かっこいいよ」
「か・・・!」
 不意打ちとはこの事か。
 『似合ってる』『かっこいい』。
 リディアから何気なく発せられた言葉は飛び道具となってエッジをどぎまぎさせた。
「かっこいいか? そーかそーか・・・いやー・・・はっはっは」
 頭を掻きながら何だかよく分からない笑いを浮かべた。
「ありがとうよ、今ならどんな変なモン見たって笑って許せる気がするぜ」
 完全に惚気顔でエッジが言うと、リディアは「本当?」と上目遣いで問うてきた。
「ああ本当だ、男に二言はねえ!」
 というかこの上目遣いには勝てない。絶対に。
「うん・・・じゃあ入るね」
 そう言って、リディアは恥ずかしそうに扉を開いた。
 その瞬間、エッジのにやけた顔は硬直した。
 いい具合に鎖骨を覗かせるボートネックの胸元。
 リディアの細さを引き立てるレース編みの五分袖。
 髪の色と揃いのオーガンジーがふんだんに使われたプリンセスラインのスカート。
 ふわふわの髪の毛には黄色の生花が差してあった。
「やっぱり変だよねえ、こんなカワイイの」
 リディアは泣きそうな顔で言うが、変も何も。
「お、オメー・・・」
 可愛すぎるにもほどがあるというものだ。
 これが変だと言うのなら、世の中のすべての人間が目視不可だと言っても過言ではないだろう。
 レッドドラゴンの熱線以上の衝撃を感じ、エッジはしばし言葉を忘れてしまった。
「・・・エッジ?」
「はっ」
 やがて自分の鼻の下が床に届かんばかりに伸びていることに気付き、エッジは居住いを正した。
「いや、その、まぁ、何だ・・・に、似合ってるぜ」
 そっぽを向きながらようやっとそれだけ言うことができた。
「ほんと?」
 なおも見上げてくるリディアにエッジが何度も頷くと、リディアはようやく安心したように微笑んだ。
「へへ・・・よかった」
 嬉しそうにドレスのオーガンジーをつまんでみたりしている。
「じゃあそろそろ行くか!」
 可愛いリディアにすっかり浮かれ気分のエッジは時計を見てタイを正した。
「うん!」
 リディアも歩き始めた。だがその足取りはどこかおぼつかない。
「ドレスってすっごい重いんだね、知らなかった。裾は長いし、靴のかかとも高いし」
 よたよたしながらリディアは紅を差した可愛い唇を尖らせた。
「へー・・・そんなもんなのか」
 エブラーナでは忍装束の女性ばかりだからそんなことを考えたこともなかった。
 だが待てよ、とエッジは立ち止まる。
「ったく、仕方ねーな。お、俺様の腕を貸してやる」
 そう言ってぶっきらぼうにエッジは左腕を差し出した。
「え、でも」
「いーんだよ! 見てる方が危なっかしくて落ち着かねえ」
 ずいっと左腕を寄せると、やがてリディアは「じゃあ、ありがとう」と言ってその小さな手でつかまってきた。
 心中で「おお!」と歓声を上げつつエッジはリディアの歩みに歩を合わせた。
 もし断られたらこの左腕はもう消えて無くなるしかないという勝負だった。
 こうしておけばリディアも安全、自分も嬉しい。さらには他の男たちへの牽制にもなる。
 まったく、腕組んだぐれーで俺は何をガキみてーに浮かれてんだか――自分の惚気加減に失笑しそうになるエッジだったが、もうどうしようもない。
 仕方がない、好きなものは好きなのだから。

 シドの軽快かつ豪快な司会、ギルバートの奏でる魔法のような音色で披露宴は進み、途中ドワーフの演舞もあったりなどして宴は大いに盛り上がった。
 お色直しのためセシルとローザはいったん中座し、女官に髪を結い直してもらいながらローザはそっと呟いた。
「来なかったわね」
 誰が、とは言わなかったがそれを察せないセシルではない。
「・・・ああ」
 カイン。
 親友のカイン。
 裏切り者のカイン。
 それでもやはり彼は親友に違いない。
「いつかきっと来てくれるよ・・・彼が彼自身を許すことができるようになったら、きっと」
「・・・そうね」
 ふたりは遠い場所を見つめるように思いを馳せた。
 いつでも帰ってこい、などという甘い言葉を彼は望んでいないだろう。
 だから彼を追うことはしない。
 待とう。
 彼が納得し、いつか自分から会いに来てくれるその日まで。
 本当に笑い合える、その日まで・・・。

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