2,いざ、幻界へ(2)

 次の日、長老に呼ばれて館へ行くと、そこには予想もしなかった人物がいた。
「ポロムちゃん!」
 何と、ふわふわの新緑色の髪の女性がそこにいたのだ。
「リディアさん!?」
 横には銀髪の細身の男性が。
「よう!」
「エッジさんまで!?」
 セシルさんの結婚披露宴でお会いしたふたりが、なぜこんな所にいるんだろう!?
 エッジさんはエブラーナに、リディアさんはミストの村にいるのではなかっただろうか?
 わたしが目を丸くしていると、エッジがニカッと笑って言った。
「俺たちだってな、たまには旅行ぐれーするんだよ!」
「ちょうど近くまで来たから、ポロムちゃんたちにも会って行こうと思ったのー」
 言われてわたしは納得した。
 そういえば披露宴の時、このお二方は腕を組んでとても仲良さげだったではないか。
 住む所が違っても、こうして時にはふたりで出かけたりするような仲なんだなぁ、とわたしは子どもなりに解釈した。
「そうだったんですか、嬉しいです!」
 何にせよ、わたしは久々にこのふたりに会えて嬉しかった。
 閉鎖的なミシディアの中で最近積もっていた陰鬱な気分が晴れる思いで、わたしは久々に心からの笑顔を浮かべた。
「背、伸びたね」
 にこにこしながらリディアさんが言ってくれて、わたしは思わず嬉しくなる。
「えへへ、パロムより高いんですよ」
 けれど、次のリディアさんの質問に、私は答えに困ってしまった。
「白魔法のお勉強も進んでる?」
 さっと自分の熱が冷めたように感じ、わたしは慌てて笑顔を作る。
「え、あ、まあまあ・・・です!」
 我ながら挙動不審だったと思う。
 鋭い目をしたエッジさんが、やはり子どもの嘘など見逃してくれなかった。
 わたしと目の高さを合わせるようにして、
「どした? 行き詰ってんのか」
 と突っ込んできた。
 聞かないでください、とわたしは言いたい気分になったが、披露宴の際に文句を言いながらも飲み物を持ってきたり食べ物を取り分けたりとあれこれ周囲に世話を焼いていたエッジさんを思い出した。
 この方はきっとそういう世話焼きな人なんだろう。
 わたしはすこし迷ってから、意を決してリディアさんに尋ねた。
「リディアさんは、どなたに黒魔法を習ったんですか?」
「うん? ちっちゃいころはお母さんに教えてもらったけど、本格的なのは幻界の幻獣王さまに教わったよ?」
 リディアさんが言うには、この世には幻獣たちが住まう幻界という世界があって、そこには幻獣王リヴァイアサンがいるらしい。
 ふだんはしわがれたおじいちゃんにしか見えないその幻獣王さまが、人間を遥かに超える黒魔法の使い手なのだという。
「幻界・・・。あの、幻界というところには、その・・・白魔法のお師匠さまもいらっしゃいますか?」
 考えるよりも先にわたしは尋ねていた。
 おそらく、必死の形相に見えたにちがいない。
「白魔法なら王妃のアスラ様がお得意だけど・・・ポロムちゃん?」
「オメー、まさか・・・」
 もしや、という顔のおふたりの目線がわたしに集まる。
「わたし・・・本当はもっともっと高度なことを勉強したいんです。いつかまた危機が訪れた時に、自分を犠牲にするくらいの方法しか選べないのは嫌なんです。でもこのままじゃそれができない・・・」
 今まで同級生や大人たちに向けていた、『優等生』とも揶揄される当たり障りのない笑顔の下に封じ込めようとしていた、はがゆい気持ちがあふれ出そうになる。
 わたしは修行して、もっともっと立派な白魔道士になりたい。
 かつて旅をしたからこそ。
 バロン城で悪に乗っ取られた近衛兵長や水のカイナッツォと戦ったからこそ。
 自らが犠牲になることでしか皆を救えなかったからこそ。
 心の奥底ではそう思ってやまなかったのだ。
 長老に教えを請おうかと思った時もあった。
 けれど、年をとって時々辛そうに椅子に座る姿を見ていると、とてもそのような我侭は言いだせなかった。
 白魔道士のトップとも言えるローザさんだって、新生バロンで忙しくセシルさんのサポートをしているに違いない。
 第一、 他国の少女に魔法を教える暇があったら自国の白魔道士団を強化するはずだ。
「リディアさん! わたしを、その幻界に連れて行ってくれませんか!? そしてアスラさまに入門したいんです!」
「ちょ、ちょっと待ってポロムちゃん」
 必死でうったえるわたしをリディアさんが制した。
「あのね、確かにあたしはあなたを幻界に連れて行ってあげられるけど、幻界っていうのはね、ここより時間の流れが早くて一か月のうちに一年も流れちゃうんだよ?」
「え・・・?」
 一か月で一年?
 どういうことだろう?
「だから、例えば一年間修行に行っただけで、ポロムちゃんが帰ってくるときには十二歳も年をとってるの。逆に言ったら、十二年間修行して戻ってきても、こっちでは一年しか経ってないんだよ?」
「そーだそーだ。リディアだってなあ、俺と会う前は七歳のガキだったっつーんだからな。驚きだぜ」
 驚愕の事実を聞かされてわたしは戸惑った。
 幻界に行ってしまうと、戻って来たときに自分だけが年をとっている。
 その時わたしはどう思うだろうか? どう思われるだろうか?
 今よりもいっそう、皆に距離を置かれてしまうんだろうか?
 それでも、わたしは頷いた。
 皆と違う、と言われるのは今に始まったことではない。
「いいんです。それでも」
 ああそういえば、『優等生』とか『オマセ』とかの他に、『頑固』と呼ばれたこともあったっけ。
 当たってるかもしれないなと自分で思いながらわたしはきっぱりと言った。
 リディアさんとエッジさんは困ったように顔を見合わせている。
 困らせてしまったのは分かっていたけれど、わたしは退くわけにはいかなかった。
 と、そこへしゃがれた声が響いた。
「その子の頼み、私からもお願いできませんかな」
「長老!」
 現れたのはミンウ長老だった。
 杖をつき、枯葉色のローブをひきずって、しかしながらしゃんとした足取りで向かってくる。
「私からも、お願いしたいのです」
 長老はもう一度繰り返した。
 魔法学校を辞めて幻界に行くなんて何を馬鹿なことを、と絶対に反対されて怒られると思ったのに。
 わたしは驚きのあまり長老に礼をするのも忘れた。
「・・・ご無沙汰しております、エブラーナ王、そしてリディア殿」
 長老が深々と頭を下げると、さすがのエッジも「あ、ああ」と驚きながら礼をした。
 そうだ、長老もセシルさんの披露宴に出席してらしたから、エッジさんたちとも顔見知りなのだ。
「長老・・・聞いてらしたのですか・・・?」
 長老の館で聞かれてはまずい話をする方がいけないのだが、わたしは恐る恐る尋ねた。
 けれどわたしの問いには答えず、長老はリディアさんたちの方を向いたままだ。
「この子は先程自分で申した通り、普通に魔法学校に通うには有り余る魔力と志を有しておる。じゃが先の『月の戦役』で多くの優秀な魔道士を失った今、この子の師匠たりえるほど力のある者はおらん・・・」
 ミシディアのクリスタルが奪われたあの頃、まだわたしは五歳だったけれどバロンの狂気にまみれた襲撃はよく覚えている。
 今でこそバロンと協力関係にあるミシディアだけど、あの時に『赤い翼』の部隊によって無抵抗な魔道士がたくさん殺された。
 だから長老がおっしゃる通り、学校の先生たちも手練の魔道士とは言い難いのも事実だった。
「私が指導できればよいのじゃが、なにぶん老いには勝てんでの・・・ホーリーひとつ放つだけで何日寝込むことになるやら・・・」
「長老・・・」
 長老の背中が以前より小さくなったように思うのは、きっとわたしの背が伸びたせいだけじゃない。
「この子はミシディアの宝です。決して才能をつぶすようなことがあってはならんのです・・・」
 そう言って長老はわたしの頭を撫でてくれた。
 ・・・知らなかった、長老がこんな風に思ってくださっていたなんて。
 そして私が魔法学校で行き詰っているのをご存じだったなんて。
 思わず目頭が熱くなったのをわたしは必死でこらえた。
「長老様・・・」
 困り果てたリディアさんの表情がふっと緩んだ。
「わかりました、掛けあってみます」
「本当ですか!」
 わたしは声を高くして手を組んだ。
「おい、いいのかよ!?」
 この場で一番驚いたのはエッジさんだ。
 まだ十歳なんだぞ、とか、帰って来た時にはオバサンだぞ、とか慌てたように言い散らしている。
 オバサン・・・はちょっと嫌だけど、すこしくらい構わない。
 今のまま何となく周りの時間だけが流れて行くよりはずっとずっとましだ。
「うん・・・でも、掛けあうだけだよ? 弟子にしてくれるかどうかは、幻獣王様と王妃様が決めることだからね?」
 リディアさんはわたしの目線に合わせるようにかがんでそう言った。
「ありがとう、ありがとうございます!」
 わたしはまさかこんな突然の我侭を了承してもらえるとは思っていなかったから、何度言ったか分からないほどお礼を言った。
「どうか、どうかポロムをよろしくおねがいいたします」
 長老もわたしのために頭を下げてくださった。
 つい先程まで止まっていたわたしの時間が、今再び動き出したような気がした。
 と、その時。
「ちょーっと待ったぁ!!!」
 どこから現れたのか分からないが(おそらくは窓から)、突然パロムが降ってきたのだ。
 パロムは器用に着地し、机の上に飛び乗るとビシッと人差し指を突きつけてきた。
「おいおめーら! 何、このミシディアの天才児パロム様を差し置いて内緒の相談してやがんだよっ!! ダンゴウとかいうやつか!?」
 談合の意味が違うと突っ込む前に、偉そうな指先はわたしだけではなくエッジさんやリディアさん、長老にまで向けられたではないか。
 なんと失礼な!
「ちょっとパロム! やめなさい、失礼でしょう!」
 エッジさんなんてエブラーナの王さまだというのにこの弟だけは!
 けれど予想に反してエッジさんは面白そうにパロムを眺めていた。
「ほーん、相変わらず威勢のいいガキじゃねーか。感心感心」
「エッジさんっ! 感心している場合ではありませんわっ!」
 思わずわたしが言うとエッジさんは、
「おお怖い、ローザみてーだ」
 とリディアさんにすり寄った。
 ・・・いらないことを言ってしまったわ。
 ついひとこと多くなってしまうのはいけない癖だと分かっているのに・・・。
 わたしがしゅんとしたのにも構わず、パロムは演説を続けた。
「さっきの話、おいらも行くかんな!!」
「パロム!? あんたどうせ真面目に修行なんかしないでしょ!?」
「うるせーな。おいらは、テラのじーさん超えるっつったら超えるんだよ!!」
 ああ、やっぱり。
 いつもはふざけたことばかり言ってる弟だけど、これだけは冗談でも何でもないのだ。
「なあ、長老、いーだろ? どーせポロムひとりで行ったって、泣いて帰ってくるに決まってらぁ」
「・・・んなっ・・・!!」
 わたしはいつものようにパロムをポカリと小突きそうになったが、長老が「ふーむ」と考え込んでしまったのでしぶしぶその手を下ろした。
「そうじゃの・・・リディア殿を師としてミシディアに留め置くわけにもいかんし・・・ポロムひとりでは心配なのも一理ある」
「だろ? なっ、いーだろ?」
 まるで尻尾をちぎれんばかりに振る子犬のように、パロムは長老に懇願した。
 そしてついに長老は首を縦に振ったのだ。
「そうじゃな、今更どちらか片方だけが年をとったり魔力が上がったりするのも良いとは思わん・・・。ポロムとともに、志願させてもらいなさい」
「いやっほぉう! さっすが長老、話が分かる!」
 パロムは小躍りしながらテーブルから降り、「メテオ、メテオ~」などと歌い始めた。
 パロムがこんなふうにテラさまを追いかけはじめたのは、試練の山でテラさまがメテオを習得された時からだ。
 確かにメテオのことはセシルさんがパラディンになったことくらい驚いたけれど、黒魔道士であるパロムは自分よりもよほど衝撃を受けたのだろう。
 きっとそれが強烈な印象となってパロムを動かしているのだ。
 魔法学校の授業をさぼるばかりしていたのも、単に面倒だからとかではなくて、そんなものは自分にはもう必要ないというパロムのシビアな判断からくるものだったのかもしれない。
 そう考えると、世話のかかる弟でもいい修行仲間になりそうな気がしてきた。
 何だか・・・ふたりで一緒に魔法を覚え始めたばかりの頃のようで、ちょっと嬉しい。
「・・・では、よろしくお願いしますわ、リディアさん」
「よろしくな、ねーちゃん!」
「お手数をお掛けしますが、どうかこの双子を頼みます」
 わたしたち三人に囲まれて、リディアさんは照れたように首を振る。
「そ、そんな、あたしは幻界に案内するだけだから・・・」
「そーだぞ。リディアはすぐ帰ってくるんだ。年くっちまうからな」
 不敵な笑みを浮かべるエッジさんの手は、まるで我が物だと言わんばかりにリディアさんの肩をがっしと掴んでいた。
「いいな、リディア。そのまま幻界に居座っちまったら承知しねーぞ」
「分かってるよー。あたしだってミストでお仕事あるんだから」
 見つめあって頬を膨らすリディアさんが可愛くて、わたしは思わず微笑んでしまう。
 いいなあ、こんなカップル。
 わたしもいつかそんな人と出会えるかな?
 同級生の男の子の子どもっぽさを思い出す限り、とてもじゃないけどその候補はいそうにないけれど。
 そうして、わたしとポロムの幻界修行行きは突如決定した。
 リディアさんはエッジさんとデートの途中だったようなので、また日を改めてミシディアに来てくれた。
 わたしたちはリディアさんが念じただけで幻界へ転移し、パロムは幻獣王さまと、わたしは王妃さまと向き合った。
 そしてついに、六年間――地上では半年――の修行許可を頂いたのだった。

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