3,山守と竜(1)

 半年後。
 季節が一年の半分移ろった頃、パロムとポロムは再び懐かしき故郷に立っていた。
 リディアの口添えと、その類まれな資質によって幻界で幻獣王と王妃に修行をつけてもらった双子は、まるで水を得た魚のように次々と新たな魔法を習得していった。
 しかしながら、やはり至極の魔法であるホーリーとフレア、メテオは使いこなすまでに膨大な時間がかかり、六年間の修行のうちの最後の二年はまるまるそれらに費やされたといってもいい。
 だがそれでもポロムは持ち前の勤勉さでホーリーを、パロムは負けん気の強さでフレアを完全に習得し、不完全ながらもメテオを修めるに至った。
 半年前に比べて六年分の、いや実質的にはそれ以上の濃い成長を遂げて十六歳になったふたりは、ついにミシディアに戻ってきたのだった。

– Porom Side –

 わたしとパロムがミシディアを出てから六年――いや、ここでは半年、ミシディアの人々はわたしたちをあたたかく迎え入れてくれた。
 長老は涙を流してわたしたちの成長を喜び、「もう一介の大魔道士じゃな」と喜んでくれた。
 いい気になったパロムはさっそく大人の輪に仲間入りをするべく飛び出して行った。
 いつの間にかパロムはわたしの背を追い越し、体格も男らしくなってきて、着るものもわたしとは全然違うものを選ぶようになった。
 それはすこし寂しいような気がしたけれど、避けられない成長だ。
 わたしだって、ちゃんと成長しているはず。
 それを証明するための最初のステップとなる出来事が、一週間後に起こった。

「や、山守(やまもり)・・・!? わたしが、ですか!?」
 長老の館でわたしは我が耳を疑った。
 長老は「ふぉっふぉっ」と笑いながら頷く。
「さよう。もう魔法学校へ通う必要のないお主に何か役割を与えねばと思うてな」
「それはつまり、お仕事、ということでしょうか」
「そうまで大げさに捉えずともよい、社会に出る前の第一歩・・・もしくはわしの手伝いとでも思ってくれればよい」
 長老がおっしゃるには、ミシディアの東に位置する試練の山――かつてセシルさんがパラディンになり、テラさまがメテオを習得された地だ――には、いまだ多くの悪霊やモンスターがはびこり、熟練の魔道士を欠く今、山も荒れ放題なのだという。
 これではもはや修行の場としては使えず、どうにか山を再生させたいらしい。
 適任者がいない中、白羽の矢が立ったのが修行を終えて戻ってきたわたし、ということだそうだ。
 わたしは驚いたけれど、役割が欲しいのも真実で、実はこちらに戻ってからのこの一週間は何をしてよいのか分からずただ無駄に過ごしてしまったように思うのだ。
「山守って、いったい何をすればいいんです?」
 すこし落ちついたわたしは長老に尋ねた。
「うむ。まずは試練の山の状態を調べてきてほしいのじゃ。この通り、わしはもう毎日山を登るだけの足腰は持っておらん。じゃからそなたが代わりに、な」
「山の状態、ですか」
「さよう。いざとなれば大勢の人手を投入することも可能じゃが、どこをどう修繕すべきなのか、またそれにどのくらいの人手が必要なのかが不明では簡単に人を動かすこともできん。じゃからそのための下調べをしてきてほしいのじゃよ」
「それは・・・わたしがひとりでできる仕事なのでしょうか?」
 心配性なわたしはつい聞いてしまう。
 絶対に出世できないタイプかもしれない。
「なに、白魔法を極めたおぬしには悪霊どもの巣食う山などどうということはないわい。除霊も兼ねて、どうじゃ、やってみんかの?」
 不安は残るけれど、やらないうちに諦めるなんてわたしの信条に反する。
 わたしは、ぴっと背筋を伸ばして一礼した。
「ありがとうございます。ぜひ、引き受けさせてください」
「そうかそうか、そう言ってくれると思っておったぞ」
 顔をしわくちゃにして長老が笑う。
 ああ、嬉しい。
 人の役に立てるって、すごく嬉しい。
 もしかしたら人間は、誰かを必要とするよりも、誰かに必要とされて生きていくのかもしれない。
 わたしは漠然とそんなことを考えた。
「ではさっそく今日から行って参りますわ」
「うむ、おもてに繋いであるチョコボを使うがよい」
「はい、お借りしますね」
 そう言ってわたしは館を出ようとした。
「おお、ひとつ言い忘れておった」
 扉を開きかけた時、長老がぽんと手を打った。
 わたしが振り向くと、長老は信じられない台詞をわたしに突きつけた。
「山には一匹の竜が住んでおる。もし見かけたらそのことも私に報告しておくれ」
「へ!??」
 りゅ、竜?
 ぎょっとしてわたしは室内に戻ろうとしたけれど、「ではいってらっしゃい」と長老に閉め出されてしまった。
 竜ですって・・・?
 炎も凍る吹雪を吐くブルードラゴン?
 大地も溶ける熱線を放つレッドドラゴン?
 どちらも本の中でしか見たことがない伝説の生き物だけど、ホーリーで倒せるんだろうか?
「だ、大丈夫よね・・・?」
 まあ、長老がわたしが倒せない無理難題を押し付けるとも思えない。
「きっと、ピンチになったら長老が助けてくれるはずよ。頑張れ、わたし!」
 足腰の弱った長老にはかない期待を抱きつつ、わたしはチョコボの背にまたがった。
 目指すは東、かつてセシルさんたちと登った試練の山だ。

 試練の山は記憶に残る姿よりもずっとずっと荒れていた。
 草がぼうぼうに伸び、山道は土砂の中に消え、空には悪霊が飛び交っていた。
「悲しいな・・・こういうの」
 かつての試練の山のイメージが壊され、わたしは口元をへの字に曲げる。
 あのときパロムがファイアで氷を溶かした場所は、今はもう瓦礫に覆われてしまっていた。
 道は最悪に悪かったけれど、幻界の足場の悪さに慣れたおかげか進めないということはない。
 しかし詳細に調査していくのは時間がかかることに間違いなさそうだった。
 道中襲い来る悪霊たちをケアルダで退散させながらわたしは山を登っていく。
 何時間歩いただろうか。
 途中休憩をはさみつつも疲労が溜まってきた頃、ついに視界が開けた。
 頂上だ。
「ここは・・・四天王の土のスカルミリョーネがいた場所ですわね。もっとも、土の、というよりは、毒の、といった感じでしたけれど」
 古い吊橋。
 今ではもっと老朽化していることだろう。
 わたしはメモ帳におおよその吊橋の様子を書きこむ。
「そうそう、あの社。セシルさんはあの場所でパラディンになったのでしたわ。テラさまもメテオを習得なさって」
 そろそろと注意しながら吊橋を渡り、山頂の社にわたしは歩み寄った。
「たしかセシルさんのお父さま、クルーヤさまとおっしゃいましたわね・・・ここにはお花を用意しなきゃ」
 昔の出来事に思いを馳せながらメモをとっていると、ふと見えるコテージに気が付いた。
 決して新しくはない、庵と呼んだ方がしっくりくるような質素なコテージ。
 こんなところに誰か住んでいるとでもいうのだろうか。
 とりあえず山のことはすべて報告しなければならないので、わたしは来た道を戻ってコテージに近づいて行った。
「まさか、山賊とか住んでないわよね」
 中から斧を持った大男が出てきたらどうしよう。
 それだけでも怖い想像なのに、わたしはこの最悪のタイミングで長老が言っていた『竜』のことを思い出してしまった。
「大丈夫、大丈夫よポロム。コテージに住む竜なんて聞いたことがないわ」
 恐る恐る歩み寄り、勇気を出して「誰か住んでいるんですか」と声を掛けようとしたその時。

 ズギャンッッ!!!!!!

 すごい勢いで目の前に何かが急降下してきたのだ!
 自分よりはるかに大きい、濃紺色の何か鋭い一撃が!!
「ひゃああああああああああああっ!!!!!!!!!!」
 思わずペンを放り投げる。
「テレポーーーーー!!!!!」
 気付いた時にはもう叫んでいた。
 それからどうやって帰ったのかよく覚えていない。
 とにかくわたしは一目散にチョコボを走らせた。

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
「長老! 笑いごとじゃありません!」
 どうにかこうにか長老の館に戻ってわたしは開口一番で「竜が出ました!!」と叫んだ。
 なのに長老はのんきなことこの上ない。
 もしあの濃紺色の衝撃が自分に命中していたら、と思うと背筋がぞっとした。
 おそらく自分もあの悪霊たちのうちのひとつになってしまっていたことだろう。
「いやいや失敬。そうか、まだ生きておったのじゃな。最近とんと姿を見せんからのたれ死んだかと思っておったわ」
「何のんきなことおっしゃってるんですかー!」
 わたしの命の危機だったというのにまったくこの長老は!
 ひとつも焦った様子を見せず、のんびりお茶など飲んでいる。
「竜も生き物じゃ。敵とは限らんかもしれんぞ?」
「そんなわけないでしょう! 闇色の竜は昔から悪の象徴と言われています! 学校の教科書にだって書いてありますよ!」
「相変わらずじゃのう、ポロム。そんなでは頭が石になってしまうぞ」
「わたしの頭が固いってことですか!?」
 そこまで言ってわたしはかぶりを振った。
 だめだ、これは。
 長老はあの竜のすさまじい衝撃をご存知ないのだわ。
「・・・とにかく、これ、今日ざっと見た状況です。目を通していただけますか」
「ふむ、ご苦労」
 わたしが山のことを書き記したメモを渡すと長老は眼鏡を外して読み始めた。
 正直、何をどう書いたらいいのか分からなかったので見たまま、感じたままを書いただけのメモだ。
 それでも長老は満足げに頷くとメモを返してくれた。
「なるほど、やはり酷い状態なのじゃな。では明日からは整備する順番や必要な人手を考えながら詳細に調査してほしい。少しずつ、時間がかかってもかまわんから」
「・・・はい」
 やっぱり明日も行くのね・・・。
 あの竜の一撃を思い出すと身震いがしたが、せっかく与えられた役目を一日で放棄するわけにはいかない。
 明日はテレポで早々に帰るようなことがないよう祈りながら、わたしは長老の館を後にした。

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