4,俺に構うな(2)

 数日後。
 山の調査に精を出していたわたしに、意外なできごとが起こった。
「おい」
「ひゃあああああっ!」
 突如かけられた声に身体中で驚いて振り返ると、何とそこにはカインさんが立っていた。
「本当によく叫ぶやつだ」
「すみません・・・」
 泣きそうになりながらもわたしは小声で言った。
 だが、そこでふと気付いた。
 今日のカインさん、何か雰囲気が違う。
 わたしはすぐに気が付いた。
 カインさんの左手には、およそ不釣り合いな可愛らしいバスケットが握られていたからだ!
「あああ、ごめんなさい、何かお詫びがしたかったので・・・」
 勝手に差し入れなどをしたことがそれこそ邪魔なのではないかともう猛烈に恥ずかしく思えてきて、わたしはぺこぺこと頭を下げた。
 カインさんは何も言わずにバスケットを持ったまま近づいてくる。
 怒ってるのかな、お口に合わなかったのかな。
 わたしがおろおろしていると、カインさんはずいっとバスケットを差し出してきた。
 そして一言、
「美味かった」
 という言葉が耳に入ってきた。
 一瞬聞き違えたかと思った。
 でも確かにカインさんは言ってくれた、『美味かった』と。
 バスケットの中身はきれいに空になっていて、包んでいた花柄のハンカチだけがきちんとたたまれて入っていた。
 短い手紙も無くなっている。
「・・・・・・!!」
 わたしはぱっと顔を上げた。
 よほどわたしは不安と安堵が入り混じった変な顔をしていたんだろう、カインさんはふっと笑ったように見えた。
「嬉しいです・・・」
 思わずわたしは言ってしまっていた。
「嬉しい?」
「あ、その・・・そんなふうに言っていただけるとは思わなかったので」
 正直、このバスケットを返しに来てくれたことさえもが驚きだった。
「・・・思ったままを、言っただけだ」
 わたしの反応にカインさんはすこし困ったようにそう言った。
 自分の作った料理に『美味い』なんて言われると嬉しいのは当たり前だ。
 ふだんいくら料理の腕を振るっても、美味いとも不味いとも言わずに好き嫌いしながら食べる双子の弟のことを考えると、カインさんの言ってくれた感想がなおさらありがたい。
 だからつい言ってしまった。
「また、作ってきてもいいですか」
 一瞬の間の後。
 わたしの顔はマザーボムの大爆発も顔負けなくらいにかあっと熱くなった。
 何という差し出がましいことを言っているんだ、わたしは!
 カインさんが放っておいてほしそうなのは明白なのに!!
「ご、ごめんなさいっ! 今のナシです! あは、はははっ」
 空中に浮かんだ自分の台詞を消すようにわたしは慌ててばたばたと手を振った。
 もう、もう。わたしのばか。
 またもやテレポで消えてしまいたい病が発症しそうになった時、カインさんが静かに言った。
「ありがたいが、いくらお前が山守とはいえそこまで世話になるわけにはいかん」
 ・・・カインさん、今『ありがたい』っておっしゃいました?
 わたしは呼吸を整えるとカインさんをじっと見上げて尋ねた。
「では・・・わたしが勝手に差し入れするのは構わないということですか?」
 いつも多めに作りすぎてしまいがちな料理を持ってくることなど、少しも手間ではない。
 決して、カインさんに『世話になる』などと言わせるほどの手間ではないのだ。
 それよりも『美味い』と言ってくれる人がいることのほうがよほど重要だ。
「・・・好きにしろ」
 カインさんはぶっきらぼうに言ったけれど。
「じゃあ、好きにさせていただきますね」
 対するわたしは満面の笑顔だった。
 この人は怖い人ではない――そんな確信にも似た思いがわたしの中に生まれた。
 ただ、兜の下の表情が見えないのと、他の人よりちょっとだけ口下手なだけなんだ。

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