4,俺に構うな(3)

– Cain Side –

 俺が試練の山にこもり始めてからどれくらいの月日が経っただろうか。
 一年は経っていない、と思う。
 あまり変化のないこの静寂の世界の中で、最近ひとつ変わったことがある。
「まったく、お節介な山守だ」
 俺はひとつ、ため息をつく。
 半月ほど前から、生きている人間は俺ひとりだったこの山にポロムという白魔道士が通ってくるようになったのだ。
 はじめはコテージを漁りに来た不審者かと思い、ジャンプで危うく攻撃してしまうところだった。
 まだ年端もいかぬ少女だと気付き、ぎりぎりのところで軌道を変えたが、彼女は悲鳴を上げて逃げて行ってしまった。
 警戒心がそうさせたとはいえ、驚かせてしまい申し訳なかったと思う。
 謝ろうと思った時にはもう彼女の姿はかき消えていた。
 俺は彼女が落としたペンを拾い上げ、
「次にもし会うことがあれば返してやろう」
 と謝罪の念とともにそれを懐へ入れた。
 何日か経ってから、しゃがみこんで一生懸命何かを調べている彼女を見かけた。
 その様子は真剣そのもの。
 声を掛けると邪魔をしてしまうだろうか。
 俺が躊躇っていると、ふいに彼女はメモ帳を左手に持ったまま、情けない表情で何かを探し始めたようだった。
 意を決し、俺は声を掛けた。
「探し物は、このことか」
 すると彼女は、まるで悪霊にでもささやかれたかのような怯えた表情で振り向いた。
 震える手でペンを受け取って言った礼の言葉も、注意せねば聞きとれないほどで。
 どうやら俺は、怖がらせてしまっているらしい。
 これ以上怯えさせるのは気が引けたので俺はすぐにジャンプでその場を離れた。
 昨日のことを謝っていないな、と思いながら。
 だが予想外なことに、その後彼女は俺のコテージの前にいた。
 きょろきょろ辺りを窺いながら、扉に手を伸ばしたり引っ込めたりしている。
 さっきまで怯えていたのではなかったか?
 早く帰ればいいものを。
「何か用か」
 背後から俺が声を掛けると、彼女はすさまじい悲鳴を上げて腰が抜けたかのようにへたりこんだ。
 何という叫び声だ、頭がくらくらする。
 そんなに驚かれる俺は何かまずいことでもしているのだろうか。
 声を掛けるべきではなかった、と一瞬後悔したが、すぐに俺を見る彼女の目が変わった。
 不思議そうに、じっ、と俺を凝視している。
 聞けば、昔会った人に俺が似ているという。
 だが俺はまるでこの白魔道士に見覚えはない。
「人違いだ。俺はお前など知らん」
 そう言って背を向けた。
 他人に対して知り合いかと問うような人間はどうせろくなやつではない。
 しかし次の彼女の言葉に俺は驚愕した。
 何と、彼女は俺の名を呼んだのだ!
 ポロムだと名乗られた時は俺の記憶の中にある小さな彼女とはまったく一致しなかった。
 俺の腰ほどしか身長のないくせに表情や言葉遣いだけは妙に背伸びした小さな子どものイメージしか残っていなかったからだ。
 だから、驚いた。
 リディアが大人になって戻ってきた時と同じ驚きだった。
 人間はたった六年でここまで変わるものなのか。
 しかし俺の中のポロムのイメージはやはり小さな子どものままで、それを今の彼女に置き換えるにはすこし時間がかかりそうな気がした。
 ポロムは色々と俺に尋ねたそうな素振りだったが、結局訊いてはこなかった。
「放っておいてくれ」
 と俺が言えば、一瞬迷ったような顔を浮かべながらも、
「はい、わかりました」
 と深入りしてこなかった。
 どうやら他人の領域に踏み込まないよう自分を律しているタイプらしい。
 別段喋り好きでもない、むしろ喋るのが苦手な俺にとっては都合がいいことだ。
 しかし、だからといって無言で観察されるのはもっと落ち着かない。
 ある日俺が瞑想修行をしていると、背に消そうともしない気配を感じた。
 自分に向けられる、悪意のない視線。
 はじめはそのうちいなくなるだろうと思って無視していた。
 だがその視線はいつまでたっても消えず、ついに俺は我慢ならなくなって振り向いた。
「・・・何か用か」
 自然と棘のある声音になってしまったのかもしれない、彼女はまた例の如く悲鳴を上げた。
 こっちを見ているから振り返ったというのにその反応はないだろう。
 彼女が言うには、俺が何をしているのか気になって見ていたそうだ。
 暇なのか? と疑いたくなる。
「精神修行だ。見て分からんか」
 俺が言うと、彼女ははっとして申し訳なさそうに邪魔をしたことを謝ってきた。
 実際、彼女のせいで俺が精神で戦っていた悪霊たちは逃げてしまったし、集中力も途切れた。
 だがそろそろ場所を変えようとも思っていたので俺は立ち上がって「気にするな」と答えた。
 なのに彼女はますます恐縮して頭を下げ、ついには走り去ってしまった。
 俺は何かまずいことでも言ったのだろうか?
「あなたはいつも言葉が足りないのよ」
 などと言ったローザの声が思い出される。
 ローザ。
 いかん、これは思い出すべき人物ではない。
 俺はせり上がってくる記憶に無理矢理蓋をした。

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