5,邪魔には、ならん(1)

– Porom Side –

 山守になって約二か月。
 構うな、と言われて以来、わたしはカインさんを見かけることがあっても声を掛けていない。
 むしろ邪魔をしないようなるべくカインさんの視界に入らないように努めた。
 差し入れやコテージの手入れもしていない。
 そして『構うな』と突き放されたショックも癒えてきたある晴れた日、わたしはひとりで試練の山に向かっていた。
 山頂の橋の様子を詳細に調べようと思ったのだ。
 修理が必要なようならその箇所を調べ、どれくらいの人手と資材が必要かを計算しなければならない。
 ケアル系の魔法で悪霊たちを昇天させながら登り、いざ吊橋の所まで来るとわたしは顔をしかめて「うーん」と唸った。
 かずらで編んだ縄に板を渡してある橋なのだけど、その柱部分を調べようにも長年の朽木やら岩やらが山積していたのだ。
「これじゃあ、どうなっているのかわかりませんわ」
 もしかしたら柱の根元が腐ってしまっている可能性だってあるのに。
 ・・・仕方ない。
 わたしはローブの袖を捲り、ひとつひとつ瓦礫を取り除いていった。
 枝切れや小石なら良い。
 でも、折れた巨木や大きな岩などは、力のないわたしにとっては悪霊などよりもよほどやっかいな敵となった。
「んしょ、んしょ」
 運ぶというより、半ば転がすように岩を移動させる。
 手やローブが泥だらけになってしまった。
「こ、こんなに大変なら皆で来ればよかったわ・・・!」
 最近は、山道整備や草刈り、大規模な除霊など人手が必要な時にはミシディアの魔道士たちを何人か連れてくることにしている。
 しかし今日は安全が確保されていない吊橋を大人数で渡るのは危険かと思い、下調べだけだということもあってひとりで来てしまったのだ。
「ああ、もう!」
 岩をひとつ移動させただけで息が上がってしまった。
 吊橋の柱は四本あり、どれも瓦礫や土砂に覆われてしまっているので先が思いやられる。
 でも泣きごとを言っても仕方がない。
 わたしは立ちあがり、次は重たい巨木を持ち上げた。
 正確には持ち上げたと言うより引きずったのだけど。
「お、重い・・・!!」
 足場が悪いのでなおさら力が入らない。
 と、その時。
 急にふわっと巨木が軽くなった。
「・・・何をやっている」
 驚いて仰ぎ見ると、そこには軽々と巨木を抱えた竜騎士の姿があった。
「カインさん!」
 思わず声を上げると、カインさんは何も言わず巨木を邪魔にならない場所へひょいと放り投げた。
「これを片付ければいいんだな」
「えっ、あの・・・」
 そしてカインさんはわたしが目をぱちくりさせている間に、黙々と瓦礫をどかし始めたではないか。
「カ、カインさん!? そ、そんな、申し訳ないですわ! わたしがやりますから!」
 慌てて手を振るが、カインさんは動きを止めてくれない。
「カインさんってば!」
 結局、カインさんはあれよあれよという間にすべての邪魔な瓦礫を撤去してしまった。
 何ということだろう。
 あれほどもう迷惑はかけまいと決めたのに、手伝わせてしまった。
 カインさんは何も言わずぱんぱんと手をはたくと、立てかけてあった槍を手に取り、踵を返そうとする。
「あ・・・あの!」
 わたしが必死の声で呼び止めるとカインさんは無言で振り向いた。
 兜を被っているのでその表情は分からない。
「あの、ありがとうございます。すごく助かりました。でも、手伝ってもらっちゃって・・・ごめんなさい。もう・・・お邪魔しないって決めたのに」
 わたしは申し訳なくて頭を下げた。
「・・・大したことはない」
「でも!」
 泥だらけになったわたしの姿を見てカインさんはもどかしそうにひとつ息をつく。
「あんな力仕事・・・」
 そして二、三歩だけわたしに近づくと、カインさんは静かに言った。
「次からは俺を呼べ」
「え・・・」
 予想外の言葉にわたしは顔を上げた。
 きっとひどく間の抜けた顔をしていたことだろう。
「でも、修行の邪魔をしては・・・」
 するとカインさんは少し言葉を探すように間を置いてから再び背を向けた。
「邪魔には・・・ならん」
 それだけ言い残し、カインさんは去っていった。
 後にはぱたぱたとわたしの汚れたローブが揺れる音だけが残った。
「カインさん・・・!」
 狐につままれたような、というのはこういうのを言うのかしら。
 しばしの間、わたしは呆け面で立ち尽くしていた。
 小さな胸が高鳴ったのは、きっと気のせいなんかじゃない。

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