6,青天の霹靂(3)

 カインさんが、ローザさんのことを・・・。
 山頂の社の周りに生えた雑草をぶちぶち抜きながらわたしはもう何度目になるか分からないため息を落とした。
 小さなころからずっとローザさんに向けられた報われない片思い・・・
 セシルさんとローザさんが結婚された今も、その思いは消えていないのかしら・・・。
 わたしは披露宴の時に出会ったローザさんのあの美しく華麗な姿を思い起こし、むなしくなるだけだと分かっているのに自分の姿と比較してしまう。
 弟によく似た、童顔と言っても差支えないわたしの顔。
 素朴と言えば聞こえはいいが、ローザさんのすっとした目鼻立ちとは比べるべくもない。
 数年前に止まってしまった身長。
 ローザさんのモデルばりの足の長さとは大違いだ。
 十六歳になったにも関わらず、いまだ引っ込み思案な胸元。
 ウェディングドレスからこぼれんばかりだったローザさんの曲線には程遠い。
 いつも身につけている、くるぶしまで届く白魔道士のローブ。
 ローザさんのような露出度の高いビスチェなんて、絶対に着る勇気がない。
 ほかにも、ほかにも・・・。
 披露宴の時のローザさんは今の自分とは四つしか違わないはずなのに、この違いは何だろう?
「頭の先から足の先まで、ローザさんとは違い過ぎるわ・・・」
 わたしはまたひとつ、ため息をついた。

 草むしりを終えたわたしは、近くに咲いていた野の花を三輪ほど摘み取った。
 カインさんのコテージにこれを飾ったら今日はもう帰ろう。
 会えば普通に話せないような気がしてならなかった。
 浮かない顔でわたしはコテージの扉を開けた。
「・・・・・・!!」
 視界に入ってきたのは、長い金髪。
 何でこんな時に限って!
 いつもこの時間帯は絶対にカインさんはお留守なのに、今日に限って扉の向こうにはカインさんの姿があったのだ!
 しかも鎧を身につけていない軽装で。
「ご、ごめんなさいっ! ご在宅だとは思わなかったので・・・!」
 動揺しまくったわたしは慌てて扉を閉めようとした。
「・・・鎧の手入れをしていただけだ。気にするな」
 カインさんは一瞬わたしのほうを見たが、すぐに鎧に目線を戻した。
「・・・すみません・・・」
 ああ、穴があったら入りたい。
 中に入るべきか出て行くべきかもじもじしていると、カインさんは鎧を拭きながら言った。
「その花」
「え? あ、ああ」
 言われてわたしは手の中の可愛いピンク色の花を思い出す。
「活けてやらねば、枯れるぞ」
 愛想のない声でカインさんが言う。
 いつも言葉が足りないカインさんだけど、わたしはもうだいぶ通訳ができるようになったらしく、これは入って良いという意味なんだと解釈した。
「そ、そうですよね! じゃあ、すみませんがお邪魔しますね」
 そしてわたしは迷惑にならないようこそこそと花瓶の水換えを始めた。
 花瓶と言ってもカインさんはそのようなものはお持ちでなかったから、丈の長いグラスを代用しているだけなのだけど。
 古い水と花を捨て、グラスを洗ってから先程摘んできたばかりのピンク色の花を刺す。
 わたしは作業をしながら、ちら、とカインさんの横顔を盗み見る。
 鎧の手入れをする手元に向けられた端正な横顔。
 そのこころの中では、今もまだローザさんのことを想っているのだろうか?
 知りたい。
 でも、訊けない。
 だってローザさんはセシルさんを選んだんだから、訊けばカインさんを傷つけるだけだもの。
 それでも気になって気になって仕方がなくて、わたしの喉では「まだローザさんのことお好きなんですか」という台詞が行ったり来たりしていた。
 花を挿したグラスをテーブルの上に置くと、質素すぎる部屋もすこし明るくなったような気がした。
「・・・綺麗な色の花だな」
 カインさんの声に驚いて振り向く。
 花などに興味を示すとは思ってもいなかったから、わたしはうっかり言ってはならない反応を返してしまった。
「ピンク色って、ローザさんも好きだっておっしゃっていました」
 言った瞬間、まずい!とわたしの脳が警鐘を鳴らしたがもう遅かった。
 ずっとローザさんのことを悶々と考えていたとはいえ、口に出してはならないと分かっていたはずなのに!
 カインさんの手が止まる。
 ついさっきまで穏やかだった空気が、凍りついた。
「その名を呼ぶな・・・!」
 そう言ったカインさんの声は、怒りや悲しみ、苛立ちを押し殺したような苦々しいものだった。
「ご、ごめんなさい・・・」
 唇が震えた。
 『ローザ』という名は決して言ってはならなかったのだ。
 決して侵してはならない領域だったのだ。
 後悔したところでもう遅い。
 カインさんはぎろりとわたしを睨んだ。
「・・・お前、何か聞いたのか」
 その瞳は澄んだ青ではなく、暗く陰鬱な影を帯びていた。
 ――怖い。
「何か聞いたのか!」
 初めて荒げたカインさんの声に、わたしは正直に言うよりほかになかった。
「・・・カインさんが・・・ずっとローザさんのことを・・・好きだった、って・・・」
 震える声を絞り出す。
「いらんことを・・・!!」
 そう吐き捨てて、カインさんはひったくるように槍だけ掴んで出て行ってしまった。
 がらんとした室内にひとり残されたわたしの頬に、つう、と涙が伝った。
 わたしは大バカ者だ。
 うっかりとはいえ、ローザさんの名前を出してしまうなんて。
 言えば傷つけることくらい、カインさんが披露宴に出なかったことを考えれば容易に想像がつくではないか。
 完全に怒らせてしまった。
 もう、バカ、バカ。
 バカすぎて悲しくて悔しくて、わたしの目からはぼろぼろと涙があふれた。
「うっ・・・ううっ・・・」
 嗚咽が漏れる。
 ショックなのはそれだけじゃない。
 あれだけ態度が豹変するということは、まだまだカインさんはローザさんのことを忘れていないということだ。
 そう思うと、どれだけわたしなんか小さな存在なのだろう、と余計に悲しい。
 初めて聞いた、カインさんの怒声。
 それがこんなにも辛いものだったなんて。
 とめどなく、涙が流れていった。

 どれくらい泣いていただろう。
 涙も枯れかけた頃、かなりの水分を失ってしまったことにわたしは気が付いた。
 流れていったぶん、無性に水が飲みたくなったのだ。
 熱を持った目元をこすってわたしはテーブルの上の白いコップに手を伸ばす。
 ひと口だけ・・・とこころの中で断りながらわたしはそれを口に含んだ。
「――!!」
 途端、喉に燃えるような焼けつきを感じた。
 熱い! 
 鼻腔には独特の香りが広がり、焼けつきが口から喉を通り胃へと達して行くのが目で見るように分かった。
「これ・・・おさ・・・け・・・!!」
 コップを置いた瞬間、視界がぐらりと揺れた。
 そしてわたしの意識は深い深い闇の中へと落ちて行った・・・。

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