6,青天の霹靂(2)

 あの日以来、わたしはカインさんのコテージを自由に出入りすることが許されるようになった。
 最初は迷惑かなと思いながらやり始めた室内の掃除や修繕も、カインさんは文句ひとつ言うことなく「すまんな、助かる」と受け入れてくれた。
 もともと家事の好きなわたしだから、仕事のついでにちょっとコテージに寄って家事をお手伝いするくらい欠片ほどの手間でもない。
 もちろん大人数で山の修繕や悪霊の除霊に向かう時はそんなことしないけれど、わたしひとりで仕事に行く時くらいはコテージに寄って帰るのが日課となった。
 カインさんはほとんど留守だったので、修行の邪魔になっていることもないと思う。
 ありがた迷惑かもしれないと思っていた不安も、いつの間にか低い位置に移動させられていた食器類に気付いてほっと安心に変わった。
 静かな物言いからして几帳面な性格なのかと思っていたけれど、カインさんは案外ズボラな面があるらしく目の届かない家具の隙間などにはけっこうな量の土埃が眠っていた。
 それも日に日にきれいになり、今ではずいぶん住みやすくなったのではないかと思う(そう感じてもらえてたらいいなと期待している)。
 でも・・・わたしは何を期待してこんなおせっかいを焼いているんだろう。
 十歳も下なわたしのことなど、カインさんがまともに見てくれるはずはないのに。
 時々漠然とそんな不安を抱いたが、こうしてカインさんの助けになれることだけでこの上なく満足するほどこの時のわたしは舞い上がっていた。
 だから、その日パロムから聞いた話は、まさにわたしにとって青天の霹靂だった。

「・・・うそ?」
 わたしは愕然としてテーブルの向かいのパロムに訊き返す。
「ホントだってば。バロンの魔道士たちはみーんな知ってたぜ。有名な噂らしい」
 若鶏のグリルにフォークを刺しながらパロムは言った。
 パロムはこの日、何の用かは知らないがデビルロードを通ってバロンに行ってきたらしい。
 数分前、食卓についたパロムは行儀悪くものを口に入れながら話し始めた。
「オレってばモテるからさ、城の魔道士たちがいろいろバロンの噂話を教えてくれるわけよ」
「あんたがモテるかどうかは置いといて、何か面白い話でもあったの?」
 またパロムの色恋沙汰か、と内心飽き飽きしながらわたしがつまらなそうに言うとパロムは大きく頷いて続けた。
「セシルのあんちゃんが言ってたカインってやつ覚えてるか?」
 カイン、という名前にわたしは危うく口に含んだスープを噴きそうになってしまった。
 何か勘付かれたのだろうか?
 ひやひやしながらわたしはしらじらしく答えた。
「え、ええ。月でゼロムスを破ったお仲間の、竜騎士の方よね?」
「そう! そのカインって竜騎士なんだけどさ!」
 パロムはそこで意味ありげに声のトーンを落とした。
「実はな・・・」
 自然とわたしも耳を近づける。
「小さい頃からずーっと、ローザのことが好きだったらしいぜ!!」
 瞬間、わたしの中を得体の知れない衝撃が突き抜けた。
「・・・ふぇ?」
 唖然として、金魚のように口をぱくぱくさせる。
「三角関係だったんだよ! でもローザはいつもセシル一筋だったから、カインの報われない片想いだったらしいけどな」
 さあっと血の気が引く思いだった。
 カインさんが、ずっとローザさんのことを好きだった?
 三角関係?
 カインさんの片思い?
 ずっと・・・って、いつからいつまで?
 今も?
 わたしの思考はぐるぐる回る。
「だからきっと、セシルの結婚披露宴にも来なかったんだぜ!」
 面白そうに話し続けるパロムに、わたしはかすれた声で相槌を打つ。
「そうね・・・そうかもね・・・」
 いったんは披露宴会場に来たものの、セシルさんたちに会うことなく去って行ってしまったカインさんの姿が脳裏に蘇る。
 あれは、そういうことだったんだわ――
 あれほど脳裏に焼き付いていた金髪の竜騎士の姿は、もろいガラスのように粉々に砕け散った。

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