8,想いは不安へと(2)

「ねえ、ポロムって好きな人いるの?」
 同僚の唐突な質問に、わたしは飲みかけていた紅茶を噴きそうになってしまった。
「げほっ、げほっ・・・! 何、いきなり・・・!?」
 目を白黒させてむせ返る。
 その日わたしは数人の白魔道士たちと大規模な除霊作業を終えて、仕事帰りにミシディアのカフェに寄っていた。
 顔ぶれは今のわたしと同い年の女の子ふたり。
 黒魔道士のサーシャと白魔道士のミリアという、魔法学校を飛び級で卒業したなかなかに優秀な魔道士たちだ。
 数か月前から複数の人員で作業に当たる時に必ずと言っていいほど動員されるこのふたりはとても仕事熱心かつ話しやすく、子どもの頃の友人たちのように自分との違和感をおぼえることもなかった。
 背伸びし過ぎる子どもだったわたしが、ようやくそれ相応の年齢になった証拠かもしれない。
 一緒に仕事をした日にはこうしてカフェでお喋りをして帰るのがいつの間にか習慣になっていた。
 そこでサーシャの口から飛び出してきたのが、さっきの質問だ。
『好きな人いるの?』
 単刀直入な質問にわたしはどぎまぎして頬が熱くなるのを感じた。
「それ、わたしも気になる~」
 おっとりした口調でミリアもテーブルに身を乗り出す。
「な、何でそんなこと聞くの?」
 頬を覆いながらわたしは上ずった声で問う。
 ああ、わたしってばこれじゃあ明らかに挙動不審だわ・・・!
「だってさぁ、あたしらの同級の男らってあんまりじゃない? 明らかにハズレ年よ」
 サーシャは形のいい唇を尖らせてアイスコーヒーのストローを吸う。
「ほんとだよね~。恋したくても惚れようがないもんね~」
 はぁ、とため息をつきながらミリアも同意した。
 わたしは同級の男の子たちを正面切ってそこまで否定する勇気はないけれど、まあ、確かに彼女たちが言うことも分からないでもない。
 何だか・・・魔法が得意な人はそれを自慢に妙にプライドが高いし、そうじゃない人はやけに爽やかさに欠けるし頼りないし・・・。
「うーん、そうかも・・・」
 わたしは結局同意してしまった。
「だからさ、あたし年上か年下狙おうと思うの。ポロムはどうなのよ?」
 サーシャの目が獲物を探す女豹の輝きを放つ。
 隣のミリアもキラキラした星をいっぱい目に浮かべている。
 本当に、このくらいの年の女の子は恋愛話が大好きだなあ、とわたしは苦笑する。
 わたしだって彼女たちの恋愛話はドキドキワクワクするし、決して嫌いじゃない。
 でも自分が話す側となるとどうにも恥ずかしくて、挙動不審になってしまうのだ。
「えーと、わたしは・・・」
 頭の中にカインさんの顔がぼんっと浮かぶ。
 同時に心臓が跳ね、顔から湯気が出る心地がした。
「あ、赤くなった~!」
 ミリアがやたらと楽しそうに笑う。
「え、うそ!? ポロム好きな人いるんだ!??」
 掴みかからん勢いでサーシャが身を乗り出す。
 すぐに顔に出てしまう自分が呪わしい。
「す、好きっていうか! き、気になってる、だけなんだからっ・・・」
 自分で言った『好き』という言葉が照れくさくて最後の方は声が尻すぼみになってしまった。
 脳裏ではカインさんのいろいろな表情がころころと入れ替わる。
「へぇ~、ねえ、かっこいいの? その人」
 サーシャがにやにやと訊いてくる。
 かっこいいも何も!
 カインさん以上にかっこいい方なんていない!
 脳内の映像に惚気ながらわたしは大まじめに頷いた。
「・・・すっごく!」
「きゃ~~! 見てみたい~!!」
 ミリアは指を組んで悶えるように黄色い声を上げた。
「へぇ~、あんたがそんなかっこいい男を見つけてくるとはねえ! ね、同級の男?」
 サーシャの喜々とした瞳がわたしを捕らえて離さない。
 わたしはふるふると首を振る。
「じゃあ年下?」
 これも否定。
「もしかして、年上?」
「・・・・・・」
 わたしは両手で頬を覆う。
 我ながら分かりやすすぎる反応だわ・・・。
「うそー! ほんとに!? ポロムが年上狙うなんて!!」
「うわぁ~ねえいくつ? いくつなの~?」
「え、っと・・・」
「ひとつ? ふたつ?」
 うう、彼女たちの視線が痛い。
 十歳上です。
 そ、そんなこと言えない!!
「まさか、五つくらい上とか!?」
「ま、まあそんなとこ・・・かな?」
 わたしはサーシャの言葉にあいまいに頷いた。
 そう、彼は十歳も年上。
 わたしのことなんて、子ども同然としか思っていないだろう。
 期待なんかしちゃいけない。
 普通に考えてみても、わたしたちくらいの年齢からすればサーシャが言うように五つ上でも『まさか』のことなのだ。
 なのに、十歳差って・・・。
 どちらかと言えば頭の固いわたしだもの、常識的にそれはどうなのよと思う部分がある。
 でも、仕方ないんだもん。
 たまたまカインさんが十歳上だったんだから。
 ・・・もうすこし幻界にいればよかったな。
 今更ながらにわたしはそんなことを考えた。
「ふうん、やるわねポロム。応援するわ!」
 サーシャに肩をばしばし叩かれわたしは浮かない微笑を浮かべる。
「ありがと・・・でも、いいの。彼、他に好きなひとがいるから」
 そう、彼は十歳も上なことに加えて、何年も恋慕してきたローザさんという素敵な女性がいる。
 ローザさんはとうにセシルさんと結婚してしまったけれど、カインさんはいまだローザさんのことを忘れてはいない。
「あ・・・そうなの・・・。ゴメン」
 サーシャは申し訳なさそうに語気を弱めた。
「ううん、いいの。わたし、彼と話せるだけでも充分幸せだから」
「ポロム~~あんた健気すぎるわよう~~」
 ミリアが眉を八の字にして泣きそうな声を上げたけれど、それは本当のこと。
 顔を合わせて、お喋りをして、一緒に時間を過ごせればそれでいい。
 するとサーシャがこそこそっと声のトーンを落として訊いてきた。
「ねぇ、その人と・・・もう何か、あった?」
「何か・・・って?」
「んもう、バカね! 手をつないだりとか、キスしたりとかってこと!」
「キ・・・!?」
 想像したこともない単語にわたしは言葉を失った。
 そんな、一緒にいられるだけで幸せなのにそんな勇気はないわ・・・!
 そりゃあ、そういう期待をしていないわけじゃあないけれど・・・。
 でもそこで、はたと昨日のことを思い出す。
 わたしの涙をすくう長い指、髪を撫でる大きな手、そっと抱き寄せてくれたあたたかい胸・・・。
 まざまざと記憶が蘇り、わたしの頬は再び火炎放射を放った。
「あ、また赤くなった!」
「だっ、抱き寄せられただけよ・・・! 一度だけ・・・」
「うそーーーっ!?」
 ぽそぽそと言うと、ふたりの歓声が重なった。
「わ、ポロムそれ脈ありなんじゃない!?」
「ほんとだよ~! その気がないのにそんなことしないと思う!」
「そ、そうかなぁ??」
 鼻息荒くうんうんと頷くふたり。
 そんなものなんだろうか?
 確かにカインさんは軟派なタイプにも見えないし、軽々しく女性に触れたりしないと思う。
 でも、じゃあ、わたしは?
 わたしって、カインさんにとって、何なのだろう?
 触れるのも躊躇わないようなオコサマなんだろうか?
 我ながら哀しすぎる考えにずーんとこころが重くなる。
 でもそんな沈んでしまったわたしのこころをふたりの声が明るくさせた。
「とにかく、諦めずに頑張ってね! あんた可愛いんだから!」
「わたしも応援するわ~!」
 裏表のないふたりの笑顔につられてわたしも思わず笑みを浮かべた。
 うん、マイナス思考はよくない。
 あの抱擁に、特別な意味合いがあった可能性だって万に一くらいはあるかもしれないじゃない。
 明日もこれまで通り、カインさんに声を掛けよう。
「ありがと、サーシャ、ミリア」
 十六になって初めてできた気の合う友人たちに、わたしは元気をもらった気がした。

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