8,想いは不安へと(3)

 それからの数週間は何事もなくこれまで通りに過ぎて行った。
 仕事に向かい、時には大人数で山を修繕し、ひとりの時はカインさんのコテージのお世話をしてから帰路につく。
 カインさんと会えばそれなりにお話もするし、一緒に食事をとることもあった。
 本当に、これまで通り。
 やはりあの時の抱擁にはわたしが望むような意味はなかったんだなあと思い知る。
 だけどそれでもこの変わらない毎日が幸せだった。
 その日わたしは仕事が長引いてしまい、テレポを唱える頃にはもう日が落ちてしまっていた。
「秋の陽はつるべ落としって言うけど、本当その通りだわ」
 山を降りるとチョコボの森まですこし歩かなければならない。
 わたしは不気味な宵闇の木々の間を早足で歩いた。
 夜に活動的になる魔物も数多くいる。
 どうか遭遇しませんように・・・そう祈りながら歩いていると、願いむなしく空からぎゃあぎゃあとけたたましい猛禽類の鳴き声が降ってきた。
 見上げると、怪鳥ズーの群れに囲まれていた。
「もっと早く帰るべきだったわ・・・!」
 わたしは深呼吸をし、息を整えてからホーリーの呪文を唱え始めた。
 が、そこにズーの一羽が急降下してきた。
「きゃあ!」
 呪文が途切れる。
 ホーリーは威力こそ強いものの、少しばかり詠唱に時間がかかるのが難点だった。
 修行中に唱えるのと実戦で唱えるのとでは全く使い勝手が違う。
 わたしは先に自分のスピードを上げることにした。
「ヘイスト!」
 これでだいぶ楽になった。
 でも空で旋回しているズーの群れは、一羽、二羽、三羽・・・全部で五羽もいる。
 ホーリーを五回唱えるにはちょっと苦労しそうな数だ。
 呪文を唱えようとすると今度は別のズーが鋭いかぎ爪を構えて突進してきた。
「・・・っ!!」
 とっさに避けたが、ローブの肩口が裂けてしまった。
 まずい。
 ちょっとこれはピンチだ。
 周りには誰もいないし頼りのパロムもいない。
 テレポで逃げ出そうか――そう考えた時、一陣の風が巻き起こった。
 それは空中で大きな円を描き、ズーたちを切り裂いて地面に降り立った。
 現れたのは、槍を携えたカインさんだった!
 カインさんがもう一度跳躍して戻ってきた頃には、五羽のズーたちはすでに絶命していた。
「カインさん・・・! ありがとうございます・・・!」
 鮮やかな動きに目を奪われたわたしは見惚れたように礼を言った。
「大したことはない」
 カインさんはいつものように無愛想に答える。
「でも、どうしてここが・・・?」
 尋ねると、カインさんはすこし言葉を探してから、
「日が落ちていたからな」
 と答えた。
 だいぶカインさんの言葉の通訳ができるようになったわたしだけど、いまいち分からない。
 日が落ちていたらよけいに遠くのものなんか見えないと思うのだけど。
 わたしが小首を傾げていると、カインさんは目をそらしながら言った。
「・・・様子を見ていた。いらん世話かとは思ったが」
「・・・・・・!!」
 つまり、暗くなってから帰ろうとしたわたしに気付いて、どこかから見ていてくれたということ!?
 それは、わたしを心配してくれていたと受け取ってもいいのだろうか?
 そしてカインさんは何も言わずにわたしの前を歩き始めた。
「あ、ま、待ってっ」
 小走りで後を追う。
 カインさんはいつものように歩く速度を緩めてくれた。
 チョコボの森に着き、お礼を言おうとしたわたしの前でカインさんは何と野生のチョコボを捕まえてきた。
 自分が乗ってきたチョコボの上で首を傾げるわたしにカインさんが言ったのは、
「送っていく」
 という短い一言だった。
「そんな! ここまででも充分すぎます! 往復したら三時間じゃ済みませんわ!!」
 申し訳なさすぎてわたしはそうお断りしたのだけど、カインさんは聞いているのか聞いていないのか、勝手にチョコボで走り出してしまった。
「早く来い」
「カインさんっ!」
 もう! 何て勝手なのかしら!
 でもそれはわたしを心配してのことなのだろう。
 申し訳なさでいっぱいになる半面、カインさんの口には出さない優しさにわたしはせつない喜びをおぼえる。
「・・・ありがとうございます」
 こころがほわっとあたたかくなった。
「・・・黙っていろ。舌を噛むぞ」
 やっぱり無愛想な台詞だけど、それでもいい。
 遠く離れたミシディアまで送ってくれるということ自体が、彼の優しさを何よりも示しているから。
「はい」
 素直に頷き、わたしたちはチョコボを走らせた。
 道中はやはり夜の魔物たちが多く出現し、その度にカインさんが槍を振るって追い払ってくれた。
 そして完全に日が落ち、辺りが真っ暗になって空に星が輝き始めた頃、わたしたちはミシディアの外れに到着した。
「もう、ここで大丈夫です」
 わたしはチョコボから降りて頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました」
「大したことはない」
 もう聞き慣れたその台詞に自然と笑みが浮かぶ。
 せめてものお返しに、とわたしはカインさんが乗っているチョコボに向かって呪文を唱えた。
「・・・ケアルラ! ヘイスト!」
 するとくたびれていたチョコボはすっくと再び顔を上げ、「クエッ」と可愛い声で鳴いた。
「これで帰りも大丈夫だと思います」
「すまんな」
 兜の下でカインさんは微笑んだように見えた。
 そのままチョコボを方向転換させ帰っていくかに思われたカインさんだったが、ふとこちらに振り返っていつもより大きな声で言った。
「今度から夜ひとりで帰る時は俺に言え。送っていく」
「え・・・!?」
 予想だにしなかった突然の言葉に、わたしは思わず胸元で手を握り締めた。
 嬉しい。
 正直、舞い上がりそうなくらいに嬉しい。
 夜の森は怖かったし、心配してくれているのがすごく嬉しい。
 でも――
 カインさんはわたしの答えを待たずして走り去っていった。
「カインさん・・・」
 胸が高鳴る。
 せつない。苦しい。嬉しい。どんな言葉で表現したら良いのか分からない感情があふれ出そうになる。
 でも、でも。
 優しさを感じるたびに、カインさんへの想いは募る。
 想いが募るたびに、不安が募る。
 ポロム、あの方は十歳も上のおとななのよ。
 それに、今だってローザさんのことを忘れていないのよ。
 彼の優しさが嬉しくてたまらないのに、どんどん不安が広がっていく。
 カインさんにとって、わたしって何・・・?
 胸が苦しくて苦しくて、わたしはちょっとだけ泣いた。

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