10,どこにも行かないで(3)

– Cain Side –

 エッジたちがやって来た次の日。
 俺はポロムに何と言うべきか迷っていた。
 昨日ひと晩考えたが、結局エッジたちに突きつけられた命題の答えは出なかった。
 そして今もまだその答えを探している。
 修行もそっちのけで考えごとに耽ってしまう俺はまだ未熟なのだろうか。
 寝台の上でため息をつき、俺は何とはなしに窓の外に目を向けた。
「・・・!」
 白いローブ姿が目に入ってきた。
 ふらふらと、社の方へ向かっている。
 その足取りは普段の危なっかしさとは違いむしろ緩慢と言ったほうが正確で、全く覇気の感じられないものだった。
 モンスターにでもやられたのだろうか?
 俺はつい気になって、装備も身に着けずに外に出た。

 ポロムに悟られぬよう、そっと茂みに身を隠す。
 社にもたれて空を見上げる彼女の瞼は赤く腫れ、瞳から光が消えていた。
 まるで魂を抜かれた人形のように、虚ろな瞳でぼんやりと空を眺めている。
 それから彼女は何をするわけでもないのに、そこから動こうとしなかった。
 いったいどうしたというのだろうか。
 怪我を負っているとかそういうわけではなさそうだが、明らかに様子がおかしい。
 あれは相当泣いた後の顔じゃないのか。
 声を掛けるべきか。
 だが、昨日リディアに言われた言葉が脳裏に蘇る。
 その気がないのなら優しくなどするな、と。
 俺はぐっと踏み止まり、もうしばらく様子を窺うことにした。
 だがそれからもポロムは一歩たりとも動かず、抜け殻のように放心している。
 頂上に吹く風はもう肌寒いこの時期に、あの少女はいつまでそうしているつもりなのか?
 ・・・・・・。
 ・・・クソッ! 俺というやつは!!
 結局俺は放っておくことができず、茂みから姿を現した。
「・・・おい」
 声を掛けるとポロムはゆっくりと振り向いた。
 遠目で見たよりもはっきりと分かるその泣きはらした顔に俺は当惑した。
 こんな顔を見て、放っておけるか。
「・・・何かあったのか」
 彼女の精神を刺激しないよう、俺はできるだけ穏やかに言った。
 すると彼女はふらりと立ち上がり、消え入りそうな声を紡ぎ出した。
「・・・ロムが・・・」
 はっきりと聞き取れず、俺は訊き返そうとする。
 だがその時、ポロムの瞳から大粒の涙があふれ始めた。
「パロムが・・・!!」
 そして彼女は憚ることもなく、声を上げてわんわん泣き始めた。
 そのまますがるように俺の胸に寄りかかってくる。
 突然の出来事に俺は柄にもなく狼狽した。
「おい・・・」
 声を掛けても、彼女は俺の胸でただただ声を上げ、泣きじゃくるばかりだ。
 かつてこれほど彼女が自分を失った姿を見たことがあっただろうか?
 酒に酔った時は別にせよ、彼女はいつも生真面目で自分を律するタイプの人間で、当たり構わず泣き叫ぶようなやつではないはずだ。
「・・・何があった。泣いていては分からん」
 俺は彼女の肩を掴んで引き剥がし、背をかがめて彼女の目線の高さに合わせると静かに尋ねた。
 泣くばかりで喋るどころではない彼女の答えを、俺は辛抱強く待つ。
 やがて彼女はしゃくり上げ、むせながらも言葉を吐き出し始めた。
「パロム、が、行っちゃったの・・・もう、もう、帰って、来ないの・・・!」
 その後泣きじゃくりながら彼女が吐き出した言葉は普段からは想像もできないような支離滅裂なものだったが、どうやら要約すると、今までずっと一緒だった双子の弟のパロムがトロイアで仕事が決まり、今日からはもうミシディアには帰って来ない、という内容らしかった。
 なるほど、それで突然襲ってきた孤独感に打ちひしがれていたというわけか。
「そうか・・・。寂しくなるな・・・」
「うっ・・・うっ・・・うわぁぁああん・・・!」
 俺が言うと、再びポロムは俺の胸に額をつけた。
 何と声を掛けてやればいいのだろう。
 どうすれば、この涙を止めてやることができるのだろう。
 もちろん俺にそれができるなんざ思ってはいないが、このまま彼女の泣き顔を見ているのは、正直辛い。
 上手い語彙など持たない俺は、彼女の泣き顔を俺の胸に埋めるように、右手をその後頭部にそっと添えた。
 彼女は泣きじゃくりながら俺の背へ両腕を回し、子どものようにぎゅっとしがみついてきた。
 鎧を着けていない俺に、彼女の華奢な身体から体温が伝わってくる。
 しかしそれは山頂の風によってすでに冷え切っていて、ただでさえ小さな彼女の身体がますますはかなく、しまいには消えてしまうのではないかという錯覚さえもたらした。
 あまりに痛々しいポロムの姿に、俺の胸は締め付けられる。
 ――泣かないでくれ。
 俺は彼女の背に左腕を回した。
 俺は君の涙を止めてやれるような言葉は知らん。
 出来ることと言えば、こうしてその冷え切った身体を温めてやるくらいだ。
 包みこむようにすこし力を強めると、俺にしがみつく彼女の腕にも力が入った。
 これではリディアの助言には背くことになるが、どうやら俺にはこの少女を放っておくことなどできないらしい。
 この涙を止められるなら、後でなじられても構わない。
 俺は子どもをあやすように、彼女の髪を撫でた。
 しばらくすると彼女の涙の勢いはすこし弱まり、嗚咽を繰り返す程度にまでおさまった。
 しかし彼女の背はすでにひんやりと冷え切っている。
 これでは風邪でも引きかねない。
 かといってこのまま帰すなどもってのほかだ。
 俺はそっと彼女を引き剥がし、極力穏やかな声音で言った。
「・・・いつまでもここにいては風邪を引く。・・・来るか」
 彼女はしゃっくりをしながらコクンと頷いた。
「よし、いい子だ」
 さっさと風の当たらぬ場所に移動させて暖をとらせねば。
 コテージに着いたら温かい飲み物でも飲ませよう。
 そう考えながら俺は歩き始めた。
 ポロムの歩調はすでにだいたい把握している。
 先行しすぎないように俺はゆっくりと歩を進めた。
 だが、今日は彼女との距離が開く。
 彼女はうつむいて涙を拭いながら、ふらふらと俺の後をついてきていた。
「・・・・・・」
 いたたまれなくなって俺は彼女の所まで戻る。
 そして無言で彼女の細い手首をぐっと掴む。
 彼女ははっと顔を上げたが、俺は見なかったふりをしてコテージへとまた歩き始めた。
 これがセシルやエッジなら妙な躊躇もなく手を握ってやっているのだろうな、などと思いながら。

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