11,自戒のしるし(2)

– Cain Side –

 俺は濡れた手を適当に拭き、コテージの外壁に背を預けた。
 暗い過去に久々に思いを馳せる。
「俺がかつてこころの闇につけこまれて裏切り行為を繰り返したことは前に話したな」
 ポロムがコクンと頷く。
「だが・・・よほど俺の闇は深かったらしく、俺はどうしてもセシルとローザをこころから祝福してやることができなかった。だから俺はそんな闇を叩き出すため修行の旅に出た・・・」

 最初は砂漠。そしてホブス山。ファブールの森林。トロイアの洞窟。エブラーナの荒野。
 俺は試練の地、そして安住の地を求め世界を転々とした。
 俺はひとりで生きていかなくては――昔、親父を亡くした時に決意したのと同じ思いで、俺は誰を頼ることもなくさすらった。
 だが、孤独であればあるほど俺の中の闇は深くなっている気がした。
 月を見ると思い出す・・・パラディンとなったセシル、そしてその傍で微笑むローザ・・・。
 そして自分自身の悪行の数々を・・・。
 クリスタルを奪う俺の手、平気で親友に向けた槍、捕らえたローザの傍で高揚するこころ・・・。
 四年が経った頃、身もこころも疲れ果てた俺はひとりミシディアの浜辺に立っていた。
 今でも覚えている。禍々しいほどに明るい満月の夜だった。
 数多の星が煌めく空はどこまでも広く、目の前に広がる夜の海には終わりが見えない。
 その雄大さに比べ、俺という存在などなんとちっぽけなことか。
 もう、生きていても死んでいても変わらないのではないか。
 むしろ、このどす黒い闇は、消し去るよりも自身もろとも葬ってしまった方が早いのではないか。
 ひとり夜の底を行く俺は、月の魔力に囚われたかのように浜辺に立ち尽くした。
 これ以上生きていて何がある?
 何の理由がある?
 何の価値がある?
 気が付くと俺は左手で槍を持ち、その刃先を右の手首に当てていた。
 そして・・・何のためらいもなく、俺はその刃を滑らせた。
 鮮血が舞う。
 これで、いい。
 俺は浜辺に倒れるように仰向けになり、満天の夜空を仰いだ。
 ああ、月が綺麗だ。
 右手首からはあたたかいいのちの奔流と共に、これまで苦しみ続けた闇が流れ出て行くような気がした。
 これで俺は楽になれる。解放される。
 目を閉じると、まだ何も分かっていなかった頃、セシルとローザと無邪気にバロンの街を走り回った記憶が蘇った。
 それぞれにおとなになり、暗黒騎士、竜騎士、白魔道士の道を進んだ俺たち。
 何度裏切っても快く迎え入れてくれた優しすぎる親友、囚われてもなおセシルの名を呼び続けたローザ、ともに月に向かった魔導船の中・・・そして、地球に戻ってきた時の幸せそうなふたりの笑顔・・・。
 そう、これでいいんだ・・・。
 そして俺の意識は穏やかに遠のいていった。

「うそ・・・」
 俺の話を黙って聞いていたポロムは口元を手で覆い、震える声で言った。
「本当だ。この傷は・・・その時のものだ」
 俺は右の袖を捲り、ポロムにしっかりと見せた。
 堂々と誰かにこれを見せるのは、初めてかもしれない。
「でも、今カインさんは生きていらっしゃいますわ・・・?」
「ああ・・・。よほど悪運が強かったらしい。人生なかなか思い通りには行かんもんさ」
 自嘲気味にふっと笑い、俺は話を続けた。

次のページへ進む

UP