11,自戒のしるし(4)

「そうして俺は、この試練の山で修行をするようになった」
 俺は遠い山々を眺めながら話し終えた。
 手首の古い傷痕を、目の高さまで持ち上げる。
「だから・・・これは、自戒だ。簡単に死に逃げるなと、この傷が俺に思い出させてくれる」
 ためらうことなく横一直線に刻まれた、自戒のしるし。
 消そうと思えば魔法で消してしまえるのだろうが、俺はそれを望まなかった。
 これは一度は死に逃げようとした俺が背負っていかなければならない、忘れてはならない傷なのだ。
 と、その傷痕に細い指が触れた。
 ポロムが手を伸ばしていた。
「・・・・・・?」
 ポロムは俺の手を握ると、傷痕を包み込むようにそっと胸に抱いた。
 見ると、彼女は泣いていた。
「ポロム・・・?」
「・・・った・・・」
 俺の手首を抱き締め、涙を流しながら彼女は言った。
「良かった・・・カインさんが生きてて・・・!」
「・・・・・・」
 ポロムは俺の目をまっすぐに見つめ、涙ながらにうったえた。
「わたし、カインさんが死んじゃうなんて嫌です。絶対に嫌です」
「ポロム・・・」
「カインさん、前に約束してくれましたよね。どこにも行かないって・・・」
 ああ、確かに言った。
 パロムがいなくなって情緒不安定だったポロムに俺はどこにも行かないと約束した。
「わたし、信じてていいんですよね・・・? 絶対に、死のうとしたりなんか、しませんよね・・・?」
 潤んだ菫色の瞳に、俺の胸がせつないようなあたたかいような何かで満たされるような感覚を覚える。
「・・・ああ。どこにも行きはしない。この傷にかけて、誓う」
 俺は深く頷いた。
 俺はこの少女に必要とされている――その思いがそうさせた。
 自分ひとりで勝手に生きていくぶんには生きるも死ぬも自分の勝手だ。
 だが、他者に必要とされているとなると話は違う。
 その人のために何かひとつでも役立ちたい、と前を向いて歩くようになる。
 その人のために精一杯生きていこう、という気になる。
 人間はとかく自分のために人生を歩むと思われがちだが――俺も今まではそうだった。自分のためにローザを求め、自分のためにセシルを憎み、自分のために闇を祓おうとした――本当はもしかしたら人間は他者のために生きるのかもしれない。
 他者に求められるからこそ自分の存在価値を認識し、生きていけるのかもしれない。
 そのことを、この少女は気付かせてくれたのだ。
「ありがとう・・・」
 おれはポロムをそっと胸に抱き、耳元でそう呟いた。
 俺を必要としてくれて、ありがとう。
 俺に存在価値を与えてくれて、ありがとう。
 俺に大切なことを教えてくれて、ありがとう。
 俺のために泣いてくれて、ありがとう。
 たくさんのありがとうを込め、俺はポロムの髪に顔を埋めた。
 胸が一杯で、目頭が熱い。
 俺はすこしだけ、泣いた。

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