13,ある雨の日に(2)

– Cain Side –

 いきなりの豪雨に降られて水浸しになってしまった俺たちは、その日早々にコテージに戻った。
 まったく、銀のリンゴを持つリリスなどしつこく探すからだ。
 いや、もし見つかったらあわよくば銀のリンゴを頂いてしまおうと考えた俺への罰か。
 外よりはいくぶん暖かいコテージの中で、乱雑に髪の毛を拭きながら俺はそんなことを考えていた。
 こういう時長い髪というのは面倒くさい。
 切ってしまおうと思ったこともあるが、どうやらポロムがこの髪を気に入っているらしいのでそのまま放っている。
「・・・ん?」
 ふと見ると、ポロムは自分の髪を拭きもせずにこちらを見つめていた。
 ああそうか。
 俺は鎧があったから服は濡れていないが、彼女のローブはすっかり雨を吸ってしまっている。
 タオルだけ渡したところであまり効果はないのだろう。
 俺は奥にしまってある自分の着替えを引っ張り出した。
 長袖のシャツだ。
 ポロムよりも頭ひとつほども背の高い俺の服だからサイズは合わんだろうが、あのまま濡れたローブを着ているよりはマシだろう。
「そのままでは風邪を引く。とりあえず着替えて頭を拭け」
 一瞬キョトンとしたポロムに服を渡す。
「え、ああ、そうですね! でもいいんですか? お借りしても」
「構わん。俺は向こうを向いているから着替え終わったら言え」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね」
 妙に嬉しそうにポロムは笑った。
 俺の服を着ることがそんなに嬉しいか?
 ともかく俺は反対方向を向き、椅子に腰かけた。
 濡れた鎧を放っておくと錆の原因になるので丁寧に拭いていく。
 背後で衣擦れの音がするが、もとより子どもの着替えなど覗く気などさっぱりない俺は別段気にすることもなく黙々と鎧の手入れに精を出した。
 やがて鎧と槍も拭き終わった頃、ポロムの声が背後から掛けられた。
「もういいですよー」
 何の気なしに振り返った瞬間、俺は思わず息をのんだ。
 ポロムは俺のシャツを身につけていた。
 が、それはまるで膝上までのワンピースのようであった。
 普段は見せないすらりとした脚は、陶器のように白い。
 何重かに折り返した袖からは細い手首が覗き、幅の余った身頃の布は余計にそのゆるやかな曲線を際立たせる。
 普段はゆったりとしたローブ姿しか目にしないので気にも掛けていなかったが、その曲線は俺が思っていたよりもずっと女性的な、起伏に富んだなだらかなラインを描いていた。
 控えめながらもしっかりとその存在を主張する胸元とほっそりした腰は、彼女はもう子どもではなく女なのだと否が応にも俺に悟らせた。
 乾き切っていない髪はしっとりとして艶っぽく、時折落ちる雫がきらりと光る。
 俺は思わず目を逸らした。
 見惚れる――とはこういうことを言うのだろうか。
 ――これは俺の大誤算だ。
 かつてエッジがエロ本片手に、男物のシャツ一枚の女についてえらく力説していたことを思い出す。
 その時は適当にあしらったが、どうやら俺が甘く見ていたらしい。
 情けないが、完敗だ。
「さすがカインさん、背が高いからわたしが着たら膝上まで来ちゃいますね」
 にこにこして髪を拭きながらこちらに来るポロム。
 ええい、あまり近付くな。
 年甲斐もなく妙な動悸を覚えて、俺はふいっとまた目を逸らした。
「・・・やみませんね」
 髪を手ぐしで整えながらぽつりとポロムが言った。
「ん?」
「雨。やみませんね」
「ああ・・・そうだな」
 言われて俺はどぎまぎしていた気をとりなおし、伸びをするように窓の外を見た。
 雨はまだざんざんと地面を打ち、暗雲も去る気配がない。
 俺ひとりならば修行に出てもいいが、ポロムが一緒ではそれも無理がある。
 暇という時間の足音が聞こえてきそうな気がした。
「どうするんだ?」
 ポロムの恰好にもすこし慣れてきた俺は、欠伸をしながら尋ねた。
「そうですね・・・このまま帰るのもちょっとはずかしいので、もうすこしローブが乾くまでお邪魔してもいいですか?」
 確かに、その格好のまま人前に出てほしくはない。いやむしろ出るな。
 そう心底思った俺は快諾した。
「それがいい。その頃には雨も上がるだろう」
「ありがとうございます」
 ポロムが無邪気に笑う。
 そして暇そうな俺に向き直ると、にやりと意地悪そうな笑みを浮かべた。
「・・・何だ」
 嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「カインさん、数取りゲームって知ってます?」
 ・・・そら来た。
 だがどうせ暇だし、彼女の気分を殺ぐのも悪い気がして俺はまともに返事をする。
「何だ、それは」
「1から最大3つずつ数字を言い合って、最後に30を言った人が負けっていう単純なゲームです。簡単なのでやってみません?」
 喜々として言ってくるポロム。
 まあ所詮は子どものゲームだ、付き合ってやるか。
「1、2、3」
 俺は律儀に応じてやった。
「ではわたしは4、5で」
「・・・6」
「7、8、9」
「10、11」
「12、13」
 ・・・そして。
「・・・30」
 まんまと俺は30を言わされていた。
「やったー! わたしの勝ちですね! カインさんに勝てるだなんてわたし嬉しいです!」
 くっ・・・。
 家事や白魔法ではお前がいつも勝っているだろうが、などというフォローを言うほど俺は寛容ではなかった。
 何だろう、このふつふつと込み上げる悔しさは!?
「・・・もう一回だ!」
 大真面目に俺は再戦を申し込んだ。
 さっきのは、油断していただけだ。そうに決まっている。
「いいですよ、何度でも」
 だが俺はその後何度やってもポロムに勝てなかった。
「・・・30」
 ・・・くそう。
 なぜ勝てない!?
「ふふふー、コツがあるんですよ」
「何だ、そのコツというのは」
「そのくらいご自分で気付いてくださいな」
 笑顔で彼女にとどめを刺され、俺はぐうの音も出なかった。
 その後も彼女は雨の日の遊びなるものを俺に色々と教えてくれたが、彼女いわく『パロム仕込みの』圧倒的な強さの前に俺はひれ伏すしかなかった。
「・・・ちっ」
 口をへの字に曲げながらも脳裏では数取りゲームのコツとやらを考え続けている俺がいた。
 なぜ、勝てんのだ。
 ・・・分からん。
 そんな俺を前に、彼女はにっこりと微笑んだ。
「たまにはいいでしょう? こういうのも」
 言われていれば、滅多にない緩やかな時の流れだった。
 相変わらず外は大雨だったが、こころが休まるとでも言うのだろうか。
「そうだな・・・悪くない」
 俺は自然とポロムに微笑を返していた。
 ――見ているか、バルバリシア。
 俺がポロムと共有したいのはこの穏やかなひとときなんだ。
 貴様には分からんだろうがな。
 ・・・しかし。

『フシュルルル・・・』

 その穏やかな空間を邪魔せんとする者の息吹に俺をはっとした。

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