9,来客(2)

– Cain Side –

「おいカイン?」
「ねえカイン?」
 ポロムを見送った後、俺の耳に揃って聞こえてきたのはエッジとリディアの声だ。
 最終的には一番話せるやつだったエッジが会いに来てくれたのは特に嬉しかったが、これは間違いなく悪さをする時のやつの声音だ。
「・・・何だ」
 嫌な予感がしてぶっきらぼうに答えると、エッジは俺の横に忍び寄ってきて内緒話をするように手を口に添えた。
「なあ、ありゃ何だ?」
 椅子に座ったリディアもうんうんと興味深げに頷いている。
「あれ、とは?」
「だから、ポロムちゃんだよ! 俺たちが最初来た時、あのコが出てきたぜ!?」
「うんうん! お茶の用意してくれた時も、『勝手知ったる』って感じだったし!」
 なるほど、こいつらは妙な勘違いをしているようだ。
 昔からそういう話が大好きなのは変わっていないらしいな。
「何だ、と言われても。何でもないとしか答えようがない」
 そう答えるとエッジはもどかしそうに腕を震わせた。
「かーっ!! じゃあ何だよ最後の台詞は!?」
「最後の台詞?」
 訊き返すと、リディアが話を続けた。
「とぼけないでよ、『ヒトリデ帰レルカ~』っだなんて!」
 妙に低い声でリディアが言う。
 おい、それは俺の物真似のつもりか。
「特に深い意味はない」
「じゃあ何だ、ポロムちゃんが帰れないっつったらオメーどーすんだよ」
「そーだよ、ポロムちゃん『まだ明るいから大丈夫』って言ってたよ? これってさ、暗い時は送ってもらってるってことだよねえ?」
 徐々にふたりの顔が迫ってくる。
 確かに暗い日は送ってやるようになったが、それは俺がポロムの言葉によって救われたことの礼のようなものであって。
 俺を助けようとしてくれているあの少女が夜道で何かあったら寝覚めが悪いことこの上ないからそうしているだけだ。
 なのにまったく、こいつらときたら・・・。
 だがそんな俺の考えなどよそに、エッジはひそひそと声を落として話を続ける。
「おい、ポロムちゃんけっこー可愛いぞ。あんなのに毎日付きまとわれて、オメーは何とも思わねーのか」
 ちょっと待て。いったい何を思えというのか?
 ローザに対して持っていたような激情は、これっぽっちも俺の中にはないのだが。
「・・・常識で考えろ。十歳も違うのに俺とあいつがどうにかなると思うのか。そもそもそんな対象ならば出入りさせていない」
 もしこれが同じくらいの年の女なら話は別で、面倒なことにならんように最初から遠ざけていただろう。
 いくら俺だってそれくらいの良識は持っている。
 だがエッジは信じられないような顔で俺に迫った。
「冗談だろ!? オメー、山に籠ってるうちに下半身まで枯れちまったんじゃねーだろーな!?」
「か・・・!」
 下半身!?
 俺は思わず飲みかけていた茶をむせかえしてしまった。
「うそー、カイン、さすがにちょっとまだ枯れるには早くない??」
 リディアまで・・・。
 冗談じゃない。
 俺はまだまだ現役だ!
 俺はこれでもかというほど眉間に皺を寄せて一気に茶を飲み込んだ。
 こいつらとまともな話などやってられん。
 しかしエッジはリディアの方を親指で指すと言った。
「それによ、リディアだって俺の九コ下だぜ」
「・・・・・・」
「じゃあ何か? オメーの常識とやらによると俺とリディアはくっつきようがないってのかよ? 俺は犯罪者か? え?」
 口をへの字に曲げてジト目でメンチを切ってくるエッジ。
 言われてみればその通りだ。
 しかし置かれた状況が違うというものだ。
「・・・三十路のお前の感覚と一緒にするな」
 そう、同じ九歳十歳差とはいっても今のエッジとリディアは三十と二十一だ。
 俺のような二十六と十六とはわけが違う。
 しかしリディアがむっと頬を膨らせた。
「あたし、エッジと会った時、十七だったんだけど・・・」
「む・・・」
 確かに。そう言われては返しようがない。
 どうにも俺の方が圧倒的に分が悪いようだ。
「・・・あいつが俺のようなつまらん男に興味を持つわけがなかろう」
 反論に窮してそう返すとエッジはますます地団太を踏んだ。
「オメーは本当につまんねーヤツだな!」
「悪かったな」
 憮然として俺が言うとエッジはいきなり俺の兜に手を掛けてきた。
 勝手に金具を外すとヤツは兜を引っ張り上げて外してしまった。
「・・・何をする」
 ヤツの行動が理解できず、前髪をかきあげて俺が批難の眼差しで睨むとエッジはしばし固まったように俺の顔を凝視した。
 やがてその表情は憤慨したようなものに変わり、脱力したように肩を落とした。
「だあーっ! やってらんねー!!」
 手を額に当てて天井を仰いでいる。
 人の顔を見てその反応はないだろうが。
「わお~」
 リディアも口元に手をやって俺の顔をまじまじと見ている。
「何だ? 俺の顔に何かついているのか?」
 するとエッジは「ケッ!」と言ってそっぽを向いた。
「四、五年ぶりに見たってのにほとんど変わっちゃいねー、このスカしたツラはよ・・・!」
「お前はすこし老けたな、エッジ」
「るせー!!」
 そして立ち上がるとエッジは俺に指を突き付け、唾も飛び散る勢いでまくしたてた。
「テメー自分のツラ鏡で見たことあんのか! こーゆーのを宝の持ち腐れって言うんだよ!!」
「そーよ、女の子なら誰しもクラッと来ちゃうはずだよー!」
 ・・・どうやら俺は褒められているらしい。
 とてもじゃないがそんな風に聞こえないのだが。
「・・・ってリディア、オメーまさかクラッと来てんじゃねーだろーなっ」
「うん? 久々に目の保養になったなあーって。エッジ、悔しいの?」
「悔しくなんかねーよこんな朴念仁相手に!!!」
 カリカリ怒りながらエッジは俺の方に向き直った。
 相変わらずよく喋るやつだ。
「とにかく、だ! テメーはもうちょっとよく考えろ!」
 考えろ、と言われても何を考えろというのか。
 眉をひそめた俺を見てエッジは苛立ったようにテーブルの上を指差した。
「この花! ポロムちゃんが摘んできてくれたんだろーが! テメーは絶対に自分で花なんか飾らねー!」
 そして茶の横に添えられたクッキーを指差す。
「この茶菓子も! あのコが持ってきてくれたもんだろーがっ!」
 指先はさらに寝台の上に畳まれた毛布に向けられた。
「これもだ! テメーはいつも毛布は畳まずにテキトー放っとくヤツだったはずだ!」
 そしてエッジは眉間に皺を寄せ、急に声のトーンを落として神妙に言った。
「なあ、テメーにとってポロムちゃんって何なんだよ? ポロムちゃんにとってテメーは何なんだよ?」
「何でもないと言っているだろう!」
 いい加減しつこいエッジに俺はすこし苛立ったように返す。
 そう、何でもないのだ。
 俺はローザに抱いていたような感情をポロムに対して持ったことは今までに一度たりともないし、彼女が俺にそのような言葉を囁いてきたこともないのだから。
 だがヤツは俺の反応に声を荒げた。
「何でもねーのにここまでしてくれるコがいるかよ!!!」
 ばん、とテーブルを叩く音が響いた。
「・・・あいつは人の世話を焼くのが好きなだけだ」
「~~~!! テメーは本っ当に恋愛オンチだな! レベル1だ! いや、1以下だ! 俺はもう知らん!」
 俺のそっけない反応が気に食わなかったらしく、とうとうエッジはどっかりと椅子にふんぞり返ってそっぽを向いてしまった。
 自分から怒りだしたくせに拗ねるとは、勝手なやつだ。
 だが・・・。
『何でもねーのにここまでしてくれるコがいるかよ!!!』
 その指摘は俺の胸に引っかかった。
 別段、世話好きの娘、くらいにしか思っていなかった。
 だが実際どうなのだろうか。
 他のやつにも同じくらい世話を焼いているのではないのか?
「・・・ねえ、カイン?」
 物思いにふけった俺をリディアの声が呼び戻す。
 見上げると、リディアが穏やかに微笑んでいた。
「あたしだったら、好きでもないひとのためにこんなにいろいろしないと思う。・・・できないと思う」
 子どもに対して優しく教え聞かせるような口調だった。
「カインにとってほんとに『何でもない』んだったら、このままじゃポロムちゃんかわいそうだと思うけどなあ・・・」
「かわいそう・・・?」
「うん。カインがもしほんとのほんとに何にも思ってないんだったら、その・・・送っていってあげたりとか、あんまり優しくしないほうがいいと思うの」
「なぜだ? あいつは嫌そうにはしていなかったが」
「だからだよ。・・・優しくされたら、何か期待しちゃうかもしれないじゃない」
「そんなもんか・・・」
「うん。あの人は自分のことをどう思っているんだろう、あの人にとって自分はどういう存在なんだろう・・・って期待して、不安になっちゃうんじゃないかなあ」
 それは俺が持ったこともない考えだったが、昔から女心の分からないやつだと言われたことは多々ある。
 特に、昔バロンで俺の見目だけを見て寄ってきた女たちが、自分から寄ってきたくせにそんな捨て台詞を吐いて勝手に去っていったことがよくあった。
 おそらく俺は本当に女心というものが分かっていないやつなのだろう。
 だから俺はリディアの意見を正面から否定することができなかった。
「エッジの言う通り、よく考えてあげたら? カインにとってポロムちゃんは何なのか、ポロムちゃんにとってカインは何なのか・・・この先どうなりたいのか」
「・・・・・・」
 俺にとってのポロム。
 ポロムにとっての俺。
 この先どうなりたいのか。
 それはどんな呪文よりも難しい、答えの出しようがない問題に思えてならなかった。
「あーあー。リディア、こんな恋愛オンチに言ったって仕方ねーよ! 出直そうぜ!」
 じっと俺が考えていると、しびれを切らしたようにエッジが立ち上がった。
 気が短いのは昔から変わっていないらしい。
「えー、せっかく来たのにー」
 リディアはすこし名残惜しそうに言ったが、しぶしぶ席を立った。
「・・・会いに来てくれたことはありがたいが、そもそもお前たちは何か俺に用があったのか?」
 俺が言うとエッジは半眼になってそっぽを向く。
「オメーにひとついい知らせを教えてやろうと思ったんだけどよ、こんな恋愛オンチにゃ教えてやんねー!」
 そう言ってエッジはリディアの手を掴んだ。
「行くぞ、リディア!」
「え、あ・・・ゴメンね、カイン」
 リディアはすまなさそうに笑ってくれたが、エッジはリディアを引っ張ってずかずかとコテージを出て行った。
「次に会う時までにはもーちょいマシな男になってやがれ! この朴念仁!!」
 そう捨て台詞を残し、バン、と音を立てて扉は荒々しく閉められた。
 喧騒が去った後に残るは静寂のみ。
 俺はため息をついた。
 いったい、何だったんだ。
 台風のような、いやバルバリシアの竜巻のようなひとときだった。
 やつらは結局何をしに来たんだか。
 ひとついい話を、とエッジは言っていたが結局俺にわけの分からん説教をしただけではないか。
 俺は憮然として寝台の上に転がった。

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