14,闇の襲来(1)

– Cain Side –

「!!」
 穏やかな雨の午後を破ったその気配に、俺はガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
『フシュルルル・・・』
「ポロム、何かいるぞ」
 俺は低い声で言った。
「え・・・? 何も聞こえませんけど・・・?」
「何!?」
 ではこの音は俺にしか聞こえていないというのか?
 もしや、俺を操ろうとしてきたバルバリシアと同じ・・・!?
 ――姿を見せろ! スカルミリョーネ!!
 俺が胸中で声を上げると、喜ばしくない返事が返ってきた。
『へっへっへっ・・・さすがは裏切り者のカインだな。敵のことをよくご存知だ』
「!!!」
 その声は俺の頭の中に響いてきた。
 しゃがれた、とてもではないが聞いていて快適とはいえないこの声はやはりスカルミリョーネに間違いない。
 バルバリシアの時と同じく、俺の中の闇をねぐらにしようと狙ってきたのだ!
『へっへっ・・・やはり貴様はいい闇を持っているな・・・まぁもう少し広ければ言うことなしなんだがなぁ・・・?』
 内側から響いてくる胸くその悪い声に俺は眉をしかめた。
「ポロム・・・俺から離れていろ・・・」
「え・・・?」
「いいから、俺に近づくな!」
 きつく言うと一瞬ポロムは身をすくませたが、ひとつ頷くと後ろに下がった。
 よし、いい子だ。
 俺は精神を乗っ取られないよう気を集中させた。
 ――バルバリシアの次は貴様か、スカルミリョーネ。俺に何の用だ。
『何の用ってそりゃ、居心地の良い貴様の身体を貰いに来たのよ』
 ――ふざけるな! 俺のこころは昔のように弱くはないぞ。バルバリシアも退けた。四天王の中では一番弱いと評判の貴様には負けん!
『ほぉう? 言ってくれるじゃねぇの。確かに俺は肉弾戦では一歩劣るかもしれん。だがなぁ、俺様の執念深さと闇の力を忘れたとは言わせんぞ!?』
 突如、俺の脳裏にセシルに寄り添うローザの姿が明滅した。
「ぐっ・・・!」
 頭がズキンと痛んだ。
 なるほど、確かに精神攻撃はお手のもののようだ。
「カインさん!? 大丈夫ですか!??」
 近寄ろうとしたポロムを俺は片手で制する。
「大丈夫だ、下がっていろ!」
『ほぉ・・・? これがバルバリシアが言っていた、貴様のお気に入りの娘か』
「!!」
『なるほどな・・・貴様が死にたくなるくらい後悔するようなことをこの娘にしてやれば、貴様の闇はさらに広く深くなるということか。こりゃあいい!』
 ――やめろ! 彼女には手を出すな!
『おおっ、いいねぇその台詞! そそるよ~! あの娘の泣き顔を見る貴様のツラが楽しみだ・・・!』
 ――下衆が・・・!!
 俺はいっそう神経を集中させる。
 だが、足は俺の意志とは裏腹にポロムの方へと一歩踏み出した。
「ぐ・・・!」
 額に脂汗が滲む。
『頑張るねぇ~。さっさと俺様を受け入れりゃあ楽になれるぜぇ?』
 ――うるさい・・・! 貴様なんぞに、好きにさせてたまるか・・・!!
「ハァッ!!」
 俺は気を爆発させた。
 そこらの悪霊どもやバルバリシアならばこれで跳ねのけることができた。
 ・・・しかし。
『おぉ? 今のはちょっとビックリしたぞ? 危ねぇ危ねぇ』
 スカルミリョーネは俺の中で、ひゅっと口笛なんぞを吹きやがった。
 冗談じゃないぞ・・・!?
 俺の足がまた一歩ポロムの方へ進む。
『ん~? あの娘、もしやかつて俺様を痛い目に遭わせやがったガキじゃねぇか・・・? ほぉう、しばらく見ねぇうちにキレーに育ったもんだ』
 ――何だと・・・?
『こりゃああの時のお返しをたぁっぷりとしてやらねばなぁ? こいつぁ楽しみになってきたぜ・・・ヘェッヘッヘッ!!』
 ――やめろ! やめてくれ!!
『うるせぇ!! 俺様はもう火がついちまったんだ。邪魔はさせねぇぜ!!』
 ――ぐあ・・・っ!!
 俺の中でスカルミリョーネの存在が一段と領域を増したのが手に取るように分かった。
 抗おうと必死にもがく俺の精神を、暗黒がじわりじわりと支配してゆく。
 いくら止めようとしても、足が勝手にポロムの方へと進んでいく。
『抗うなよ。てめぇだってこころの奥じゃあ本当はこの娘を抱いちまいたいんじゃねぇのか?』
 ――ふざけるな! ポロムは・・・
『子どもだとでも言いたいのか? ヘッ、あの格好見て欲情したくせによ。知ってんだぜ~?』
 ――何だと・・・!?
「に・・・げろ・・・ポロム・・・!!」
 くそっ、俺は何もできないのか・・・?
 ポロムを、ポロムを守りたいのに・・・!!
 壁へと後ずさるポロムの両の手首を、俺の手が壁に乱暴に縫い付けた。
 見開かれた、菫色の瞳。
 やめてくれ、頼む。
 だが、あがけばあがくほど、俺の抵抗はスカルミリョーネの歓喜の渦の中に飲まれていった。
 意識だけはしっかりと残っている。
 残酷なまでに視界も鮮明だ。
 なのに、俺ではない者が俺を動かしている。
 俺は巣箱に入れられた力なき虫のように、目に見える光景に怯えながら抗い続けた。

次のページへ進む

UP