16,ふたりで街へ(2)

 ミシディアの市街地(といっても田舎だけど)に入ると道行く人たちがカインさんを振り返った。
 それも当然だ、ミシディア人にとって金髪が珍しいこともあるけれど、これだけ長身で見目麗しいのだから目立つことこの上ない。
 普段なら決まってわたしに声を掛けてくれるパン屋のおばちゃんも、この時ばかりは驚いたようにぽかんとしたままわたしたちのことを遠巻きに眺めていた。
 何だか照れくさくてわたしは緩んだ顔をすこしだけ伏せる。
 その時後ろから聞き慣れた声が掛けられた。
「あれ? ポロムじゃない?」
「ほんとだ~、偶然ねぇ~」
 そのはきはきとした物言いと、おっとりしたやわらかな声は。
「サーシャ! ミリア!」
 振り返るとそこには仲良しの友人ふたりがいた。
 わたしが足を止めると、隣を歩いていたカインさんも立ち止まる。
「ポロム、何して・・・」
 そこまで言ったサーシャの声が途切れる。
 サーシャとミリアの目が何か伝説上の生き物――例えばプリンプリンセスとか――でも見たかのように見開かれた。
 そしてそのまましばし、空気が停止する。
 あ、やばいわ。
 その時ようやくわたしは悟った。
 わたしのほのかな恋心を応援してくれていた愛すべきふたり。
 彼女らの目の前に、今こうして初めてカインさんと現れた。
 そこに待ち受けるのは、根掘り葉掘り洗いざらい吐かされる尋問――
「ちょっといらっしゃいッ!!」
 ほら、来た!
 身構える前からわたしは彼女らに捕まり、角の路地まで引っ張って行かれてしまった。
「カ、カインさん! ちょっと待っててくださいね!!」
「? ああ、友人か」
 引きずられていくわたしをカインさんが不思議そうに見送る。
 そしてわたしの眼前にはサーシャとミリアのニヤニヤ顔が迫ってきた。
「へぇ~、カインさん、って言うのねえ~」
 ミリアが変なため息をついて恍惚としながら囁く。
「あんた・・・超・超・超イケメンじゃないのよ!」
 コソコソ声でもサーシャの語気は凄い。
 わたしはたじたじになりながらもえへへとはにかむ。
 自分の好きな人が褒められるのは悪くない気分だ。
「ていうかさ・・・いつから付き合ってんのよ、あんたたち?」
「ええっ!? つ、付き合って・・・」
 サーシャの言葉にわたしはぽっと顔を赤らめる。
 確かにわたしとカインさんはお互いの想いを確認し合った。
 でも、『付き合う』とかそんな表現をされると何だかくすぐったい。
「・・・そう見えた?」
 上目遣いで尋ねると、ふたりはしっかりと頷いた。
「何かさ・・・パッと見の距離感っていうの? 雰囲気とかさ」
「うんうん! 友達っていうよりは恋人同士~って感じ!」
「こっ、こっ、恋人!?」
 頬がさらに爆発したように熱くなる。
 そう見えたらいいなぁなんて思っていたけど、実際にカインさんとそんな風に見られていたなんて・・・!
「や、やだなぁもう! こ、恋人同士だなんてっ!」
 嬉しいやら照れくさいやらでわたしはふにゃふにゃと妙な動きをしてしまう。
 するとサーシャはにやりと目を細めてわたしに耳打ちするように言った。
「・・・で? どこまでいってんのよあんたたち?」
「!!!」
 いくら色恋沙汰に疎いわたしだって、主語がなくともその質問の意味くらいは理解できる。
「どどどどどこまでってそれはその」
 昨日の今日でそんな何かあるわけないじゃない、とわたしは言いたかったけれど頭の中に間近に迫ったカインさんの端正な顔が再燃した。
 頬が硬直しながらもにへらっと緩んでしまう。
「手、つないだ?」
 目にキラキラの星をたくさん浮かべたミリアが喜々として尋ねてくる。
「う・・・」
 答えたつもりはない。
 だけど、わたしの手を優しく握るカインさんの大きな手を思い出すとどうしても顔に出てしまう。
「きゃあ~、いいなぁ、いいなぁ!」
 ミリアはわたしの沈黙を肯定と捉えて悶えた。
 すぐに顔に出てしまうこの性質が恨めしい。
「じゃあさぁ、・・・キスもしたのぉ?」
「キ・・・!!!!」
 わたしは不自然なほどにうろたえた。
 あの時そっと触れた唇のやわらかい感覚がまざまざと蘇ってわたしの思考はしばし停止する。
 もしかしたら呼吸さえも止まっていたかもしれない。
「・・・ポロム?」
「・・・え?」
 はっとして我に返るとミリアが不思議そうに見上げていた。
 その顔がまたキラキラの星いっぱいに変わる。
「へ~え、ポロム~。やるじゃな~い!」
「驚いたわ、あんたがそんなに積極的だったなんてね!」
 あああ、わたしってばまた露骨に顔に出てしまったんだわ・・・。
 恥ずかしすぎてもう、穴があったら入りたいとはこのことだ。
「もう~~! やめてよふたりとも~~~!」
 わたしは熟れたトマトよりも赤いであろう顔を覆う。
 ふたりにつつかれるのも恥ずかしいけれど、つつかれるうちにその行為を思い出してしまうのがもっと恥ずかしい。
「うふふふー、ポロム可愛い~」
 わたしがもじもじいじいじしているとミリアがぎゅっと抱きついてきた。
「確かにねー、今どきこんなウブな子なかなかいないわよ! 年上から見たらなおさら可愛いでしょうねーえ?」
 サーシャにわしゃわしゃと頭を撫でられる。
「うぅ~~~」
 もう何と言っていいやら困ってしまってわたしは情けない声を上げるしかなかった。
 だけど不思議とこころは躍る。
 やっぱり、女の子は本能的に恋の話が大好物なのかもしれない。
 わたしが困ったようなにやけたような変な顔をしているとやがてふたりはわたしを離してくれた。
「ま、とにかく良かったじゃない、応援するわよ!」
「頑張ってね、あんな素敵な殿方もう二度と巡り合えないわよぅ」
 サーシャに肩をばしんと叩かれ、ミリアに両手で握手をされ。
「あ、ありがとう~~~」
 わたしは思わずふたりに抱きついた。
 そしてふたりに押し出されるようにカインさんの前に戻った。
「うふふふ、お邪魔いたしました~!」
 わざとらしくサーシャが言う。
「ポロムのこと、よろしくお願いしますねぇ~!」
 ミリアがわたしをさらに押し出す。
「ちょ、ちょっとふたりとも!」
 さすがにカインさんの前だと恥ずかしくなってわたしは焦る。
 見上げると、カインさんは穏やかに微笑んでいた。
「じゃあね、ポロム!」
「また今度ゆ~~~っくりお話しようね!」
 そうして、サーシャとミリアはきゃいきゃい言いながら去って行った。
 ほんとに、もう。
 わたしは苦笑する。
 仕事においては彼女たちは大人にもひけを取らないほど優秀だ。
 サーシャは聡明でいつもてきぱきとして仕事が早い。
 グループをまとめ、先陣を切って何か始めるのも得意なリーダータイプだ。
 ミリアはおっとりしているけど誰よりも気が利くタイプ。
 困った時にはいつも彼女がにこにこしながらフォローしてくれる。
 そんな優秀なふたりもうら若い乙女には変わりなく、やはり恋の話が大好物なのは同世代の他の女の子たちと変わらないらしい。
 大事な親友ふたりに明日どれだけ根掘り葉掘り聞かれるか想像するともう苦笑するしかなかった。
「仲が良さそうだな」
 再び歩き出しながらカインさんが言う。
「はい! 大切な親友です」
 わたしも誇るように笑顔で返す。
 するとカインさんはすこし遠くを見るようにして呟いた。
「親友、か・・・」
 その瞳にはもう以前のような暗い翳りはない。
 ただ、遠く離れた故郷を思うような、そんな穏やかでせつなげな瞳だった。
「ふふ、もうすぐお会いできるじゃありませんか」
 わたしはにっこりと笑顔で見上げた。
 カインさんの親友の、セシルさん。
 五年近く会う決心がつかなかった親友を、カインさんはついに祝いに行く。
 それはセシルさんを兄のように慕っていたわたしにとっても非常に喜ばしいことだったし、何より晴れやかなカインさんの表情が嬉しい。
「・・・そうだな」
 カインさんもふっと笑った。
 ミシディアの落ち着いた街並みをわたしたちはゆっくりと歩く。
 それは、何にも代えがたい幸せなひとときだった。

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