19,我侭(1)

– Cain Side –

 翌日。
「冗談じゃない、絶対に駄目だ!」
「いいえ、いくらカインさんに言われたってこればっかりは譲れません!」
「ふざけるな、遊びじゃないんだぞ!?」
「分かってます! わたし本気で言ってるんです!」
「なぜそこまで強情になる!?」
「カインさんこそ!」
「俺は現実を言っているだけだろうが!!」
「わたしだって現実的な問題を考えて言ってます!!」
「クッ・・・もういい、勝手にしろ!!!」
「ええ! 勝手にさせていただきますっ!!!」
 長老の館で怒鳴り声を飛ばし合った俺たちは、そっぽを向いて真反対の方向へずかずかと歩き去った。
 前々から頑固な面があるとは思っていたがまさかこれほど強情だとは。
 白魔道士というのは頑固でなければなれないのか?
 思い切り不機嫌に眉間に皺を寄せ、俺は荒い足取りでその場を去った。

 なぜこんなことになったのかというと。
 ことの起こりは早朝に遡る。
 その日俺はコテージに響く轟音で目を覚ました。
「何だ・・・?」
 立て付けの悪い窓がカタカタと揺れている。
 空気を震わすこの音源はどうやら屋根の上のようだ。
 俺は槍を掴み、外へと飛び出した。
「・・・・・・!!」
 扉を開けたとたん、試練の山とはまるで無縁な振動音が俺に降り注いだ。
 明るかった頭上が、徐々に影に覆われてゆく。
 見上げると、今まさに俺の頭上を巨大な何かが通り過ぎて行こうとしているところだった。
「あれは・・・エンタープライズ!?」
 見上げる俺をよそにその空中の物体は西へと通り過ぎてゆく。
 やがて頭上には日差しが戻り、音は遠ざかって行った。
 間違いない、あの機影はバロンのエンタープライズだ。
 だが、なぜ今?
 昨日セシルはミシディアに来る予定など言っていたか?
 俺が帰った後に何かあったとでもいうのだろうか?
 見えた機影はエンタープライズのみ。
 外交上の正式な訪問であれば、赤い翼の飛空挺団を多少は率いて来るはずなのに。
 よほどの緊急の用件なのか・・・?
「・・・嫌な予感がする」
 肌がチリチリする。
 言いようのない焦燥感に襲われ、俺は居てもたってもいられず手早く鎧を身に付けた。
 跳躍を繰り返して山を下り、チョコボを捕まえて一路ミシディアへと向かう。
「セシル・・・何があった・・・!?」
 なかなか縮まらないミシディアへの距離に舌打ちしながら俺はひたすらにチョコボを走らせた。

「長老! エンタープライズが――」
 ミシディアに着くなり、俺はノックもそこそこに長老の館に踏み入った。
 広間の扉を開けた瞬間、俺は言葉を失った。
 悪い予感が当たった――そこには渋い顔をしたセシルがいたのだ。
 いや、現実は予感の上を行っていた。
 何せ、セシルだけでなくエッジまでそこにいたのだから。
 バロン王とエブラーナ王が揃いも揃ってミシディアを緊急訪問とは、およそ尋常な沙汰ではない。
 それはセシルとエッジ、そして長老の表情が何より物語っている。
「長老・・・何があったのですか」
 四天王が現れたのか、という直接的な問いを避けて俺は尋ねた。
「ふむ・・・厄介なことになりおったぞ」
 いつになく険しい顔で長老は言った。
 昨日将棋を打っていた好々爺とはまるで別人のようだ。
 セシルがぎりぎりと拳を握り締めながら声を搾り出す。
「カイン、君が帰った後だったよ・・・信じられないかもしれないけど、ヤツが現れたんだ。とうに倒したはずの、カイナッツォが・・・!」
「こっちもだぜ。今更ルビカンテのヤローがよ・・・ご丁寧に警告しに来てくださった」
 吐き捨てるようにエッジも続けた。
 やはり、予感は的中してしまった。
 俺の精神を乗っ取ろうとして現れたバルバリシアとスカルミリョーネ。
 あの二人が現れて他が現れないわけがなかったのだ。
「フッ、奇遇だな。俺の所にはバルバリシアとスカルミリョーネがお出ましだ」
 四天王が復活しているという途方もない現実に根負けし、俺は事実を受け入れざるを得なかった。
 一同の表情が一段と険しさを増す。
「そうであったか・・・となると、ルビカンテがエッジ殿に話したことはやはり真実のようじゃな」
「・・・というと?」
 聞き返すと、長老はひとつ頷いてから話し始めた。
「ルビカンテによると、四天王の怨念が寄り集まって復活しようとしているらしいのじゃ。やつらは・・・四天王の融合体<ゲリュオン>となって試練の山に舞い降りる、と」
「ゲリュオン・・・?」
 聞いたことのない単語に俺が眉をひそめると、エッジが割って入った。
「次の満月だ」
 チッ、と舌打ちしながらエッジが半眼で続ける。
「次の満月、ゲリュオンが降臨するまでにこっちが迎撃態勢を整えておかねーとこの星は滅んじまうらしい。嘘みてーな話だがな」
 この星が滅ぶだと・・・?
 突然の途方もない話に目の眩む思いがした。
 四天王それぞれが相手ならば、月の戦役を戦ったメンバーが揃えば撃退できるだろう。
 だが、四天王の融合体ゲリュオンはこの蒼き星が滅ぶほどの力を持っているだと?
 それはもしかするとゼロムスをも凌駕するのではないのか。
 そんな馬鹿な話があってたまるか。
「アイツは、ルビカンテは嘘なんかつかねーよ」
 猜疑心が顔に出ていたらしく、エッジが鋭くそう言った。
 見ると、突き刺すような曇りのない視線を俺に投げかけていた。
「・・・そうだな」
 エッジにとってルビカンテは仇であると同時にある種の好敵手であることは何となく気付いていた。
 それゆえルビカンテを恨みつつもどこか買っているのも知っている。
 だがそれを差し引いても、ルビカンテはこのような笑えない冗談を言う男ではないというのは間違いない。
 つまりは次に月が満ちた時、平穏の中にあったこの世界が再び血に染まることは逃れようのない事実だということだ。
「次の満月・・・」
 そこで俺は昨日の記憶を掘り返す。
 バロンからミシディアに戻った時、俺は何を見た?
 そう、あれは闇夜にぽっかりと浮かんだ月――
「・・・・・・!!」
 もうじき満ちるであろう、上弦の月だった!
「・・・一週間後じゃ」
 長老が重い口を開く。
「次の満月は一週間後。それまでに万全の態勢を整えねばならぬ」
「一週間・・・」
 あまりに短すぎる猶予期間に俺は愕然とした。
「お主が来るまでにセシル殿、エッジ殿と練った作戦がこれじゃ」
 長老はそう言って一枚の紙を俺に見せた。
 そこには山の絵、そしてそれを取り巻くような五芒星が描かれていた。
「これは・・・?」
「試練の山じゃ。ここに再び光の戦士たちが集い、ゲリュオンを迎え撃つ!」
 長老がトントンと指で叩いた場所は山の頂上、そこには爆発のような絵が描かれている。
「じゃがここは蒼き星、月での時のように戦っては大地が滅んでしまう。それでは元も子もない」
 確かにそうだ。
 仮にもし試練の山でぶつかり合えば、リディアがメテオを唱えただけでもミシディアに危険が及ぶ。
 最悪、ゲリュオンが別の場所に移動しようものなら、移動先すべてが激戦区になってしまう。
「じゃから、試練の山の周囲に強力な結界を張るのじゃ! それでゲリュオンの移動、そして戦いによる衝撃を試練の山だけに封じ込める!」
「なるほど・・・」
 描かれていた五芒星は結界を表していたのだ。
 確かにそうすれば、リディアが連続魔でフレアを放っても問題ない。
「しかし、それほど強力な結界など可能なのですか?」
 ゲリュオンの攻撃をも透過させない結界。
 長老も年老いている今、そんなものが簡単に実現できるとは考えにくい。
「結界とは力の集まり。我らは『人』によってそれを作るのじゃ」
 長老の指先がセシルに向く。
「バロンの白魔道士、黒魔道士」
 指先はエッジに移る。
「エブラーナの忍術使い」
 さらにトロイアやファブールの国の方向にも向けられた。
「トロイアの神官、ファブールのモンク僧。そして我々ミシディアの魔道士。世界にはこんなにも多くの能力者たちがいるではないか?」
 長老はにやりと笑った。
 皺が一段と深くなる。
「ひとつひとつの力は小さくとも、魔力や気を操る者を一斉に結集し、五国の五芒星を作るのじゃ!」
 その声は、老いた者の声とは思えぬほどの力を持っていた。
 これが人を率いる長というものなのだ――長老の話を聞いていると不思議と勝てるような気さえしてきた。
「おかげで僕らは安心して思い切り戦えるというわけだよ、カイン」
 セシルが昔のような精気に溢れた笑みを浮かべた。
 のんびりと見せていても歴戦の勇者であるセシルのこと、戦士としての血が騒ぎ始めたのかもしれない。
「カイン、またよろしく頼むよ」
「・・・フッ、まかせておけ」
 まさかまた共に戦う日が来ようとは。
 決して望ましくない災厄の中なのに、そのことだけは妙にこころを躍らせる。
「月の戦役メンバー再び、ってか? リディアも呼びに行かなきゃな。あいつの連続魔フレアがなきゃあ話にならねえ」
 エッジもどことなく楽しそうに話す。
 残るはあとひとり、白魔法の要のローザだが。
「・・・ごめん、ローザは・・・参戦できない」
 首を振ったセシルを見て俺はすぐに理解した。
 さすがに身ごもっている女性を戦場に出すわけにもいくまい。
「ローザは来たがると思うけど・・・まだあんまり安定してなくて。世界の一大事だとは分かっているけど、こればっかりは・・・」
 セシルはもう一度「ごめん」と言って頭を下げた。
「バーカ、謝るようなことじゃねーだろ。ローザひとり抜けたくらいでこのエッジ様はやられねーぞ」
 エッジにばしんと背を叩かれ、セシルはむせるようにして苦笑した。
「・・・ありがとう、エッジ」
「ヘッ、おめーの貧弱な白魔法に期待してんぜ!」
「エッジ・・・それは言わない約束だよ・・・」
 『貧弱な白魔法』という言葉にあからさまに肩を落としながらセシルがしおしおと小さくなる。
 だが実際問題どうだろう?
 月での激戦を戦い抜いて来れたのは、言うまでもなくローザの強力な白魔法があったからだ。
 ゼロムス以上かもしれない敵を相手に、セシルの白魔法だけでやっていけるのか?
 長老も同じ考えだったらしく、眉間に皺を寄せて「ふむ」と唸る。
「まいったのう・・・ローザ殿の代わりが務まるような白魔道士などなかなか見つかりはすまい・・・」
 その時だった。
 閉ざされていた扉がバンと開いた。
「わたしが行きます!!」
 何と、そこに立っていたのはポロムだった――。

(※補足  ゲリュオン・・・DS版FF4で2周目以降に戦える隠しボス。四天王の怨念が集まって融合した強敵で、ゼロムスにも勝る力を持つ。)

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