19,我侭(3)

– Cain Side –

 まったく、ここまで強情だとは。
 俺はむかむかしたまま廊下をずんずん歩く。
 しかし狭い館では当然のことだがすぐにポロムと鉢合わせてしまった。
「・・・フンっ!」
 ポロムはあからさまに口をへの字にして来た道を引き返していった。
 クッ・・・なぜこんな羽目に・・・。
 確かにポロムが高度な魔法を扱えるのは大変助かることだが、所詮彼女の実戦経験など幻界の敵相手がいいところだろう。
 だが今回の敵は四天王、しかも俺たちでさえ敵うかどうかわからないような未知の融合体ゲリュオンだ。
 彼女は未曾有の強敵との激戦の中で冷静的確に魔法を使うことができるのか?
 足をすくませず、気圧されることなく詠唱などできるのか?
 一撃で死に至らしめるような攻撃を避けることなどできるのか?
 やる気や正義感だけではどうにもならない経験の差というものは、大きい。
 現実は残酷だ。
 しかし・・・ついポロムの勢いにのまれて棘のある言い方をしてしまった。
 セシルやエッジならもっと上手くあしらっただろうに。
 これでは嫌われてしまっても仕方がないかもしれんな・・・。
 すこし頭を冷やさねば。
 俺は風通しの良いベランダに出た。
 ポロムの怒った顔を思い出すと、苛立ちの中にも妙なうら寂しさが生まれ、俺はひとり「はぁ」とため息をついた。
 と、そこに突然声が掛けられた
「辛気臭ぇツラしてんじゃねーよ」
 振り向くと、そこには腕組みしたエッジと苦笑顔のセシルが立っていた。
 やつらの目の前で醜態を演じてしまったことが悔やまれる。
「カイン、さっきはちょっと言い過ぎだったよね」
 宥めるような言い方でセシルは俺の隣まで進み出た。
「む・・・だが少々強めに言わんとあの頑固者は聞かんだろうが」
 自分の非を認めつつもそう反論すると、エッジが背後で大袈裟にため息をついた。
「ったく・・・ちったぁマシになってるかと思ったが、全然変わってねーな、オメーはよ」
「・・・何だと?」
 以前恋愛オンチだの何だのと言われたのを思い出し、俺はエッジに向き直った。
 少なくともポロムと想いを伝え合った後の現在、全然変わっていないなどと言われるといささかか癪に障った。
「だーかーら! オメーはいつも言葉が足りねーんだよ!!」
 面倒くさそうにエッジが言う。
「言葉・・・?」
「ひとこと言ってやりゃあいいじゃねーか。『お前のことが心配でたまらないんだ』ってよ!!」
「・・・・・・!!」
 エッジの青灰色の目が射抜くように俺に視線を投げかける。
「さっきの言い方じゃあ、オメーがまるっきりポロムちゃんのこと信頼してねーようにしか聞こえねー。けどよ、それだけじゃねーだろ? あのコのことが心配だから、巻き込みたくねーんだろ? だったらそう言ってやれよ」
 すこし間を置いて、エッジは声のトーンを落とした。
「・・・気持ちってのは案外、言葉にしねーと伝わらねーもんなんだぜ?」
 諭すように言ったエッジの声には妙な重みがあり、俺は完全に言葉に詰まってしまった。
 理由は分かっている。
 エッジの言うことがすべて的を得ていたからだ。
「・・・クソッ!」
 かっと自分への苛立ちがつのり、俺は柵をドンと叩く。
 その腕を掴んだのはセシルだ。
「・・・カイン、君がポロムのことを心配しているのはよく分かった。ポロムに実戦経験が乏しいのもその通りかもしれない。でも、それだけで彼女を戦力外にしてしまっていいんだろうか?」
「セシル・・・」
 親友の穏やかな声音に俺の感情が幾分おさまる。
「僕らは君が言った通り、月の戦役を戦い抜いた実戦のプロだ。でもそれは何も攻撃だけに限ったことじゃないだろ? 今までだって、ローザやリディアをかばいながら戦ってきたじゃないか。だったら、僕らがポロムを守りながら戦えばいい」
「俺たちが、ポロムを守りながら・・・?」
「そうだよ。今の君なら・・・できるだろ?」
 その言葉に、苛立っていた俺の頭はさあっと冷めていった。
 今の俺なら・・・闇に打ち勝った今の俺なら。
 大切な人をかばいながら戦う『守る力』を持っている、と・・・?
「フッ・・・さすがだな」
「え、さすがって・・・何が?」
 月の戦役でもひたすら敵の攻撃を自分にひきつけ、仲間をかばう役目を率先して担ってきたセシル。
 誰かを守るということを第一の信念として持つパラディンの考え方の前では、俺の独りよがりな我侭など小さな氷のように溶けてしまった。
「さすがパラディンだ、と思ってな」
「え、え??」
 オロオロし始めたセシルの横でエッジがにやりと笑う。
「さ、分かったんならさっさと追いかけて謝ってきな」
 返事の代わりに俺はひとつしっかりと頷く。
 まったく、俺というやつは我ながらどうしてこうも不器用なのか。
 これではポロムに愛想を尽かされてしまっても無理はないぞ。
 器用なふたりに感謝しながら俺はすぐにポロムの姿を探し始めた。

– Porom Side –

「あぁ・・・わたしってば・・・」
 わたしは自分の膝を抱えて情けないため息をついた。
 もう何度目になるか分からない、自己嫌悪のため息。
「わたしってばどうしてこう頑固なのかしら・・・」
 裏庭に出て深呼吸をして冷静になると、途端に自分のしたことがとんでもなく酷い言動だったとようやく気付いて背筋が冷たくなった。
 ああ、もう。
 引き下がるわけにはいかなかったとはいえ、カインさんに酷い物言いをしてしまったわ。
 自分が頑固で口うるさいのは分かっていたつもりなのに。
 パロムにもそれで時々嫌な顔をされたことがあったから、気をつけるようにしていたはずなのに。
 カインさんにあんなに反対されるとは思っていなかったけど、わたしだってもっと言い方があっただろうに・・・あれじゃあただの頑固なだけの我侭娘じゃないの。
 それに、部屋を飛び出してからカインさんと廊下でばったり出くわした時、思いっきり嫌な態度を取ってしまった。
「あぁ・・・最低、最悪・・・」
 まるで、子どものケンカね。
 わたしはきゅうっと膝を抱き締める。
「わたし・・・嫌な子だわ・・・」
 穴があったら入りたいとはまさにこの状態だ。
 そもそもカインさんが反対するのだって、きっとわたしを心配してのことなのに。
「嫌われちゃったかしら・・・」
 そう考えると信じられないくらい胸が苦しく痛んで涙が出そうになった。
 怖い。
 カインさんに嫌われるのが怖い。
 もうあの優しい眼差しを向けてもらえないかもしれないと思うと怖くて怖くて仕方がなかった。
 ・・・だけど。
「謝らなきゃ」
 涙を落としそうになる目元をぐいっと拭い、わたしは立ち上がった。
 共に戦うことを諦めたわけじゃないけれど、ちゃんと落ち着いて話をして、謝ろう。
 小走りの足音が聞こえたのはちょうどそんな折だった。

次のページへ進む

UP