19,我侭(4)

– Cain Side –

 持ち前の跳躍力を活かして高い木の上に登ると、ポロムの姿を簡単に見つけることができた。
 長老の館の裏庭。
 その癖っ毛の上には俺が土産にやった髪飾りが載っていた。
 すぐに地面に降り立ち、駆け足で彼女のもとに向かう。
「ポロム!!」
 すこしだけ上がった息も厭わず俺は彼女の名を呼んだ。
 はっと振り向いた彼女はこわばった顔をしていたが、俺の姿を確認するとへなへなと眉尻を下げた。
「カインさん・・・」
 先程のような尖った雰囲気はすでに無く、どちらかというと頼りないほどの覇気だった。
 ああ、やはり俺の言葉が彼女を傷つけてしまったのだ。
 どう切り出したらいいものか迷うが、とにかく謝らねば。
「その・・・さっきはすまなかった」
 くそっ、もっと言うべきことがあるだろう!
 セシルやエッジにアドバイスされたというのに貧弱な語彙しか出て来ない自分が歯がゆい。
 気持ちというものは言葉に出さなければ案外伝わらないのだとエッジは言ったが、俺の場合言葉にすること自体がまず難関だ。
 もっと色々伝えたいことはあるのに上手く言葉にできず、俺はがしがしと金髪を掻く。
「つい、言い過ぎてしまった。・・・ただ俺は君のことが心配なんだ。それだけは、信じてほしい」
 まるでカタコトのように、途切れ途切れに俺は言った。
 それだけは、伝えたかったから。
 ポロムの反応が不安だったが、見ると、驚いたように目を見開いていた。
「カインさん・・・」
 そしてふるふると首を左右に振るとうったえるような視線で話し始めた。
「いいえ・・・わたしのほうこそ、つい意固地になってしまいました・・・ごめんなさい」
 しょぼんとして頭を垂れる彼女。
 嫌われてしまったかと思っていた俺にとってその反応は予想外だった。
「聞きわけのない子どもみたいで・・・ほんとにもう、自分が嫌になっちゃいます」
「・・・そんなことは」
 否定しようとした俺をポロムが遮る。
「いいんです。わたしの悪いところですから」
 眉を八の字にしたまま、彼女はあいまいに笑った。
「それに・・・一緒に戦いたい理由も、皆さんの役に立ちたいっていうのももちろんなんですけど、本当は・・・他の理由もあるんです。あまりに子どもっぽい我侭な理由だからさっきは言いませんでしたけど」
「他の理由?」
「はい。・・・笑わないでくださいね?」
 そしてポロムはすこし恥ずかしそうにうつむいて小声で言った。
「以前エッジさんとリディアさんがコテージにいらっしゃった時、覚えてます?」
「ああ、それがどうかしたのか」
 あの日のことは良く覚えている。
 エッジに好き勝手に言われて憤った印象深い日だ。
「あの時・・・実は、カインさんたちが、羨ましくなっちゃったんです」
 そう言ってポロムは空を仰いだ。
「羨ましい? なぜ?」
 俺としてはまったく心当たりのない理由に驚き、俺は首を傾げた。
「何か・・・あぁ、皆さんはずっと共に戦ってきた仲間なんだなぁ・・・って。わたしにはない絆みたいなものがあるんだなぁ、って。すごく眩しかった」
「・・・・・・」
「月でゼロムスと戦いたかったなんて思わないけれど・・・わたしもカインさんと、ううん、皆さんと旅をしたかったなぁとは思いました」
「ポロム・・・」
「カインさんたちが共有した時間や仲間との絆はわたしにはないんだな、って・・・ちょっとだけ・・・羨ましくて、寂しかった・・・」
 ポロムはへへっと舌を出して笑った。
 だからあの日、すぐに帰ったのだ、と。
「ほんと・・・バカみたいですよね、わたし」
 その笑顔が今にも泣き出しそうで痛々しく、俺は今更ながらに自分の無知を呪った。
 そうと知っていれば、先程のような酷い台詞を吐かなかったものを・・・!
『俺たちは月の戦役を戦い抜いてきた五人だ。こことは比べ物にならないほどの強敵をいくつも倒しながら過酷な状況の中で戦い続けてきた経験がある! お前は俺たちとは違うんだ!!』
 今思い返せば何と酷いことを言ってしまったのだろう。
 ポロムと俺達五人は違うなどと――ポロムが抱いていた感情を抉るようなことを俺は言ってしまったのだ。
「すまん・・・! 俺は何ということを・・・!」
「いいんです。これはわたしの我侭ですから。でも」
 ポロムはふいに真剣な表情になって続けた。
「でも、わたしの力を皆さんのお役に立てたいというのは本気です。皆さんが戦いで傷つくのを黙って見ているなんて、わたしにはできません」
「ポロム・・・」
 彼女の瞳に嘘はなく、眼差しは真剣そのもの。
 かつて駄目だと言っても月まで無理矢理付いてきたローザとリディアに似たそれだった。
 彼女を危険な目に遭わせたくないという思いは変わらない。
 だが、それもある意味俺の我侭なのではないだろうか。
 彼女を心配するあまり、彼女の気持ちをまるで無視してしまっている我侭。
 俺が守ってやれば良い、と言ったセシルの言葉が脳裏に蘇る。
「・・・わかった」
 ついに、俺は頷いた。
「じゃ、じゃあ・・・!?」
 ポロムの顔がぱっと輝く。
「ああ。共に戦ってくれ」
「あ・・・ありがとうございます!! 嬉しい!!」
 よほど嬉しかったのだろう、ポロムは俺の胸に飛び込んできた。
 俺はその正義感の強い少女の癖っ毛を撫でてやる。
「だが、ひとつだけ約束だ。決して無茶はせず、俺とセシルにかばわれていてほしい」
「かばわれる・・・?」
 不思議そうに首を捻って見上げてくるポロム。
「ああ。かばわれることは悪いことじゃない。まして魔道士はかばわれて当然だ。遠慮せずに防御は俺たちに任せて、お前は魔法に専念しろ。いいな?」
 俺が誰かをかばうなど、以前の自分ではありえないことだ。
 だが闇が去った今ならできる。
 暗黒騎士を打ち倒し、パラディンとなったセシルのように。
「・・・分かりました。遠慮なく、ごやっかいになります」
 ポロムがにこりと笑う。
 最高の笑顔に釣られて俺も微笑を浮かべる。
「あてにしているぞ、白魔道士殿」
「はいっ、よろしくお願いします、竜騎士殿!」
 敬礼の仕草をして笑ったポロムを、俺はぎゅっと抱き締めた。
 一瞬驚いたようなポロムだったが、すぐに体温のあたたかさを満喫するかのように頬を寄せ、背に腕を回してきた。
 安心感、とはこういうものを指すのだろう。
 俺は彼女の髪に顔を埋めてそっと目を閉じた。
 そしてぽつりと告げた。
「・・・嫌われてしまったかと思っていた」
 本当のことだ、情けない話だが。
 すると彼女も照れたようにぽつりと言った。
「・・・私もです」
 抱き締める力がすこしだけ強くなった。
「・・・フッ」
「ふふふ・・・」
 こんなことくらいで嫌いになるわけがないのに。
 自分たちの馬鹿さ加減が可笑しいやら恥ずかしいやらで、俺たちは抱き合ったまましばらく笑った。

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