18,闇の集結(3)

– Cain Side –

 バロンを後にした俺はまっすぐミシディアへと向かった。
 デビルロードは一瞬のようでいて意外に時間が経っている。
 ミシディアの街に戻った頃、空にはぽっかりと月が浮かんでいた。
「夜になってしまったな・・・」
 長老の館を見やるとすでに窓から漏れる灯りはない。
 老人は就寝時刻が早いというから既に床についてしまったのだろう。
「今訪問しても迷惑になるだけだ。明日にするか」
 俺は長老の館に背を向け、試練の山へと足を向ける。
 そこではたと手の中の土産物の存在を思い出す。
「・・・・・・」
 バロン特有の金細工の髪飾り。
 渡す相手はもちろんあの少女だ。
 どういう縁か、自分の恋人となった十も年下のあの少女。
 恋人というからには、挨拶のひとつでもしてから帰るべきか。
 心配性なあの少女ならなおのこと、俺の帰りを待ってくれているかもしれない。
 俺は以前聞いていたポロムの家へ行き先を定めた。
 夜のミシディアの街は静かで幻想的だ。
 バロンに比べてはるかに田舎なこの街は夜にもなるとほとんど往来がなくなり、森から聞こえる梟の呪文のような声が妙に大きく響く。
 通りには色とりどりの灯りが立ち並ぶ。
 これらはバロンのガス灯とは違い、魔法によって生み出されたものだ。
 中には芸術的趣向を凝らした灯りもあり、見る者の目を楽しませる。
 童話に登場する幻想世界に迷い込んだかのような情景に見惚れながら、やがて俺はポロムの家の前に到着した。
 おそらくパロムによる魔法の細工なのだろう、郵便受けの上でポロムとパロムの名が煌々と光っている。
 間違いない、ここがポロムの家だ。
 窓の向こうはほのかに明るい。
 彼女はまだ起きているのだと判断し、俺は玄関の前に立ちノックをするべく手を構えた。
「む・・・」
 扉まであと一寸のところで手が止まる。
 驚くべきことに俺は若干緊張しているようだ。
 考えてみればポロムの家を訪ねるなど初めてだし、前もって言っておいたわけでもない。
 突然、しかもこんな時間に訪れては迷惑がられるだろうか?
「・・・・・・」
 いやしかし彼女もまだ起きていることだし、今更そんな他人行儀な風に気にしても仕方がないのではないか?
 それに上がるつもりもないのだ、顔を見せて土産を渡したらすぐ帰る。
 それだけだ。
 何をそんなに緊張することがある?
「ふう・・・」
 俺はひとつ深呼吸をしてから、意を決して扉を二度叩いた。

「はーい?」
 すこし間があってから、扉の向こうから声が返ってきた。
 ・・・この、出てくるまでの一瞬の間が緊張する。
 俺は年甲斐もなくそわそわと落ち着こうとしない足を必死で留めた。
 それに比べれば毎日のように俺のコテージにやってくるポロムは大した度胸だと思う。
「どなたですかー?」
 声が一段と近くなり、ついに扉はぎいと音を立てて開かれた。
 隙間からひょこっと顔を出した彼女は、ややあってから目を見開いた。
「・・・カインさん!?」
「・・・ああ」
「おかえりなさい・・・!」
 彼女に、ふわりと笑顔が花開いた。
 つられて俺も無防備に微笑んでしまう。
 彼女の顔を実際に見ると、先程の緊張などどこかに消えていってしまった。
「土産だ。大したものじゃないが」
 包みを持ち上げると、彼女の頬にほんのり朱が差した。
「え・・・? でも、そんな、いいんですか・・・?」
 困ったように菫色の瞳が見上げてくる。
「お前にと思って買ってきたものだ、受け取ってもらえなければこっちが困る」
「カインさん・・・」
 彼女はおずおずと包みを手に取ると、それを抱き締めるようにしてはにかんだ。
「ありがとうございます・・・! 開けてもいいですか?」
「ああ。好みに合うかどうかは分からんがな」
 包みを開くと、ハートのシールが否応なく目に飛び込んでくる。
 気を利かせ過ぎのあの店主のしわざが恨めしい。
 ハートのシールに一瞬動きを止めながらもポロムは小袋の中身を引っ張り出した。
 瞳の色によく似た、薄い紫色の石があしらわれた金細工の髪飾り。
「わぁ・・・素敵!!」
 ポロムに満面の笑みが広がった。
 それを見て俺は安心し、目を細める。
「きれい・・・! ねぇ、これってバロンの金細工でしょう? こんなに細かな唐草を形どった細工なんてバロン以外には為し得ない技だわ・・・!」
「詳しいんだな」
「ええ! 前から欲しいなぁって思ってたんですもの!」
 飛び上がらん勢いで喜ぶ彼女が眩しい。
「そうか、それは良かった」
 そこで彼女はふと動きを止め、眉を八の字にして言った。
「でも・・・これ、お高かったんじゃありません?」
「大したことはない、気にするな」
 なるほど、そんなところまで気にするとはさすがは節約家のポロムだ。
 だがプレゼントを贈る男の懐状況にまで気を回さずともいいものを。
 だいいち、あれが一般的に高いのか安いのかなど、一流貴族の家に生まれ何不自由なく大邸宅で暮らしてきた俺には正直分からん。
 何より、彼女の喜ぶ顔を見ればそんな対価などちっぽけな塵に等しい。
 彼女はすこし申し訳なさそうにしていたが、やがて笑顔に戻りこくりと頷いた。
「じゃあ、大事に使わせていただきますね!」
 そう言ってポロムは今着けている髪飾りを外した。
 癖っ毛がふわりと広がる。
 そして髪に指を差し入れると、土産の髪飾りを手に髪を纏め上げていった。
 女特有ともいうべきその手際の良い所作は妙に色香があり、普段は見せない伏し目がちな表情に俺は見惚れてしまう。
 顔を上げた彼女の髪の上には俺が贈った髪飾りが載っていた。
「どうですか?」
 やはりあの時ショーウインドウの前で俺が思った通りだ。
 金細工の繊細さも、控えめな装飾もポロムのためにあつらえたかのように似合っている。
 何よりそんな笑顔で言われては、頷くより他になかろうというものだ。
「ああ、よく似合っている」
「えへへー」
 頬を染めて子どものようにきゃっきゃと喜ぶ彼女を眺めるだけで俺は癒される。
 今まで誰かに贈り物などしたことなどほとんどなかったが、なかなかに悪くない。
 用が済み満足した俺は「じゃあ」と半歩下がった。
 すると驚いたようにポロムは目を大きくした。
「あら、上がっていかれないんですか?」
 ・・・無邪気というものは恐ろしい。
 時間と場所を考えればその台詞が何を暗喩するかなど簡単に気付こうものを。
「・・・夜中に男をほいほい家に入れるんじゃない」
 たしなめるように俺が諫言を呈すると、一瞬間があってから途端にポロムの顔が真っ赤に燃え上がった。
「~~~! わ、わたしったら! いやあの決してそんな意味で言ったのではなくてあのその」
 おたおたと意味のない身振り手振りを交えながらポロムは慌てて取り繕う。
 その様子があまりに初々しくて、俺はついくっくっと笑ってしまった。
 もっともすでに互いの気持ちを確かめ合い、憚るような関係ではなくなったのだから、仮にこのまま家に上がって一夜を過ごしたとしても別段おかしなことではない。
 だが、赤くなったり青くなったりと表情に忙しい彼女を見ていると、何となくそれは違うな、と思った。
 風にそよぐ素朴な野花のような彼女を、もうしばらくこのまま眺めていたい。
「さ、分かったら早く寝るんだぞ。夜ももう遅い」
「・・・はぁい」
 すこし残念そうに口を尖らせてポロムは返事をする。
 そんな顔をするな、去りづらくなるだろう。
「ポロム」
「はい?」
「よく眠れるおまじないだ」
 そう言うと俺はきょとんとしているポロム前髪を上げ、白い額にひとつ口づけを落とした。
「・・・・・・!!!!!」
 突然すぎる不意打ちに彼女はしばし言葉も忘れたように固まり、やがてはっとしたように額を押さえた。
「カ、カインさんってば!!!」
 途端にポロムの頬が朱に染まる。
「お、お、おまじないっておっしゃるから何かと思えば・・・!!」
「嘘ではない、まだ小さかった頃ローザのおふくろが俺やセシルにもよくやってくれていた。寝ている間悪しきものから守ってくれる祝福なのだそうだ」
「そうなんですか・・・!」
 懐かしい子ども時代の記憶を思い出しながら言うと、ローザの母親と聞いた瞬間ポロムはあっさり目を輝かせた。
 ローザの母親もまた優秀な白魔道士であったことを耳にしているらしく、ポロムの中では尊敬すべき人物のひとりに数えられているのだろう。
「え・・・っと。じゃあ、わたしも、カインさんにしたいです、おまじない」
 おや、と思ったがもじもじしながら見上げてくるポロムの目に冗談はない。
 恥ずかしがり屋なくせに時々積極的な彼女が微笑ましかった。
 このままでは届かないため俺はひざまずく。
 するとポロムはそっと俺の前髪をかき上げて、福音を授けるかのように祈りを捧げた。
「あなたに安らかな眠りが訪れますように」
 そして額に柔らかい唇が触れた。
 その一連の所作がまるで聖母か何かのようで、思わず俺は声を忘れてしまう。
 それはポロムに救われたあの瞬間の白くあたたかな光にも似ていた。
「・・・カインさん? わ、わたし変でした・・・?」
「・・・あ、いや。すまない」
 はっとして立ち上がり、俺は居住まいを正す。
「君のおまじないは本当に効果がありそうだ。・・・ありがとう」
「わたしはドキドキして眠れなくなりそうですけどね、ふふふ」
 つられて俺もふっと笑う。
 こんな穏やかな時間がたまらなくいとおしくなる。
「じゃあ、またな。明日は長老の館に行ってくる」
「はい、道中お気をつけて」
 そして、後ろ髪を引かれないわけはなかったが俺はポロムの家を後にした。
 気がつくと、自分でも驚いたことに、俺は笑顔のまま歩いていた。
 自分がこんなによく笑う人間だったとは。
 ポロムは眠れなくなりそうなどと言っていたが、明日になったらきっとまた朝から何かと理由をつけてコテージまでやって来るに違いない。
 明日が来るのが楽しみだ――明日など来なければばいいのにと思っていた一年前には考えられない期待を胸に抱きながら、俺は試練の山への帰路についた。

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