20,誓詞(2)※エジリディ

「はぁ」
 リディアが幻界へと消えた後、俺は盛大にため息を吐いてテーブルに突っ伏した。
 話しておきたいことがある、と俺が言った時のあの困ったような、何とも嫌そうな顔。
 あの顔を見たのはこれで二度目だ。
 一度目は確か三年前。
 忘れもしない、ふたりでアガルトの村に温泉旅行に行った時だ。
 エブラーナとミストの復興もだいぶ進み、ようやく落ち着いてゆっくりできるようになった頃だった。
 あいつは月の戦役の頃からすでに俺にとっては特別なヤツで、終戦後にミストとエブラーナという遠方に離れてからも縁を切る気なんかさらさらなかった。
 じいに文句を言われても暇を見つけてはミストに向かい、絆を深めてきたつもりだ。
 甲斐甲斐しいと言うヤツもいるかもしれねーが、仕方ねーだろう。
 それが惚れたモンの弱みってもんよ。
 けど、リディアもだんだん応えてくれるようになったんだ。
 俺のことが好きだと言ってくれた。
 手を握れば嬉しそうに笑ってくれた。
 口づけをすれば返してくれた。
 夜の相性もなかなかだと思う。
 俺がエブラーナに戻るのを、「寂しい」と言ってくれるようになったんだぜ?あのリディアが。
 だからよ・・・きっと俺は、舞い上がっちまってたんだな。
 リディアの本心なんか、見えちゃいなかったんだ。
 てっきりもう恋人同士なんだと勘違いしていた俺は、アガルトの宿で言ったんだ。
「エブラーナに、来てくれないか」
 ってな。
 そこはまぁリディアのことだ、意図を汲みそこねたらしくきょとんとしていた。
 だから俺は単刀直入に言ったんだ。
「俺と結婚してほしい」
 ・・・本気だったんだぜ?
 手なんか緊張してガタガタ震えてたくらいだ、この俺が。
 でも胸の内じゃあ、断られるなんてこれっぽっちも思っちゃいなかった。
 首を縦に振ってくれるのを確信して――いや、そんなこと疑うことすらも忘れて俺は彼女にプロポーズしたんだ。
 ・・・ショックだったぜ。
 笑顔で頷いてくれるのを想像してたのによ、その顔が徐々に翳っていくんだからな。
 そう、さっきと同じ、あの顔だ。
 そしてリディアは言ったんだ。
「ごめんなさい・・・!」
 消え入るような声で・・・そう言ったんだ。
 俺は一瞬現実が信じられなくて耳を疑ったね。
 けど、「ごめんなさい」を繰り返して泣き崩れたリディアを見て、ああ、こりゃあ現実なんだ、ってようやく理解した。
 俺は振られたんだ・・・ってな。
 理由を訊こうにも俺は頭ん中真っ白だったし、リディアもリディアで泣くばっかで何も言ってくれなかったから結局その話はそのまま終わっちまった。
 完敗だぜ、まったく。
 こっちはジジイババアになるまでリディアと添い遂げるつもりだったからよ、もうなーんもなくなっちまって放心するしかなかったんだ。
 ところが、だ。
 リディアをミストに降ろして帰ろうとした時だった。
 スッカラカンになった俺の背中に、リディアがしがみついてきた。
 俺のマントを強く握りしめたその手は、震えていた。
 白黒に見えていた俺の視界に色が戻り、俺の意識は現実に引き戻された。
「・・・・・・?」
 多分、あの時俺はこの上なく変な顔をしてたんじゃねーかと思う。
 訳わかんなくて。
 俺を振ったはずのリディアが俺を引きとめているっていう事実が、訳わかんなさすぎて。
 そしてリディアは俺の背に額を当てて、震える声で言った。
「また・・・会いに来てくれる?」
 と・・・。
 本当に訳がわからなかった。
 俺は頭をフル回転させたが、答えなんか出なかった。
 ただひとつだけわかったことがあった。
 それは、リディアが俺を好いてくれているのには間違いねーってことだ。
 俺は単純だからよ・・・それだけでホッとしちまったんだろうな。
 明るい声で、答えちまった。
「おうよ! 来週、また来るぜ!」
 ・・・精一杯、虚勢を張ってな。
 以来、俺たちはその案件に触れないように、言及しないようにと避けて回りながら以前のように恋人然とした間柄を保っている。
 馬鹿みたいだろ?
 自分でも馬鹿だと思う。
 人に話せば良い酒の肴になるお笑い草だってわかってる。
 カインに偉そうな口叩けた分際じゃねーって自分でわかってるんだ。
 でもな、それでも離れられない相手ってのがいるんだよ。
 若い頃には想像もつかなかったことだが、コイツじゃなきゃダメだ!ってのがあるんだよ。
 リディアもそれは同じらしく、俺から離れていこうとする気配はまったく感じられない。
 むしろ、リディアからエブラーナに届く手紙の数は増えたようにさえ思う。
 最近は、それでもまぁいいかななんて思えるようになってきた。
 けど!
 ゲリュオンが現れ、一週間後の存亡がわからないとなれば話は別だ。
 今日まで再びあの話題を口にする勇気なんかなかったが、このままじゃあ死んでも死に切れねぇ。
 俺にとって辛い結果が待っている可能性は大きい。
 けど、耐えてやるさ!
 耐えてこらえて、リディアの本当の気持ちを確認するまでは絶対にここを動かねーぞ。
 リディア、俺にはオメー以外にいねーんだからな!!

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