20,誓詞(3)※エジリディ

 どれくらい経っただろうか。
 武器の手入れにもそろそろ飽き始めた頃、床の魔法陣がぱーっと輝き始めた。
 俺の心臓が跳ね上がる。
 リディアが戻ってくる、あの話をする時が来る!!
「・・・ただいま」
 姿を現したリディアはふわりと笑った。
「お、おう! 幻獣王様たち、ゲリュオンのこと驚いてたか?」
 関係ない台詞がつらつらと口先から滑り出る。
「うん、でも何となく感じ取ってたみたい。もちろん、直々に助けてくれたりはできないんだけどね」
 リディアはいつも通り、向かいの椅子に腰掛ける。
 いや・・・あれは、いつも通りを装ってるだけだ。
 付き合いの長い俺ならわかる。
 リディアも腹をくくったってことか・・・。
「そ、そうかー。幻獣は人間に肩入れしないんだもんな、仕方ねーよな、は、はは・・・」
 ちくしょう、口が無難な台詞ばかりを吐こうとしやがる。
 あの精神的ショックを再び受けることを身体が拒否してんのかよ?
 俺はこれ以上の無難な会話を終わらせるために奥歯をぐっと食いしばった。
 そして暴れる鼓動を落ちつける。
 大丈夫だ・・・前は勝てると思って挑んだから玉砕しちまったけど、今回は負け戦だとわかってんだ。
 それなりのダメージの覚悟はしている。
 今更何も恐れることなんかありゃしねえ・・・!
「あのよ・・・!」
「あのっ・・・!」
 ・・・あっちゃあ~~~、やっちまった。
 タイミングがかぶるという、最悪の出だしだ。
 リディアも気まずそうに口をつぐんでしまった。
「わ、悪り・・・リディアから言ってくれよ」
「ううん、ごめんね。エッジから話して?」
 取り繕うように言われ、俺から話すしかない状況になった。
 ただただ緊張に覆われた空気の中、時計の音だけがコチコチと無情に響く。
 俺は意を決して話し始めた。
「・・・ゲリュオン戦が、終わったらよ」
 リディアがびくりと反応したのが見てわかった。
 それでも俺は話し続ける。
 もう退くわけにはいかねぇんだ。
「もし・・・ゲリュオン戦で勝利して、生きて戻ってくることができたら」
 ごくりと唾を飲みリディアの目を真正面から見つめて、俺はあの時とまったく同じ言葉を言った。
「エブラーナに、来てくれないか」
 一字一句違わず、二度目になる台詞を続ける。
「俺と結婚してほしい」
 よし・・・言い切ったぞ。
 まずは第一関門突破だ。
 問題はリディアの反応だが・・・。
「って、おい・・・!」
 俺が見つめる目の前で、リディアは大粒の涙を落とした。
 なぜ泣く!?
 こんなに早いタイミングで泣かれるとはまったくの想定外だった俺は一気に慌ててしまった。
「悪ぃ、でも、俺・・・」
 おろおろする俺にリディアは首を左右に振って答える。
「ううん、違うの・・・」
「違う?」
 涙を拭って顔を上げたリディアは泣き笑いの顔だった。
「違うの、あたし、嬉しくて・・・」
「!!」
 俺の胸はぎゅっと掴まれたように苦しくなった。
 嬉しい、と。
 俺のプロポーズが、嬉しいとリディアが言ってくれた!
「あたし・・・ずっと不安で・・・。こんなんじゃ、いつかエッジに嫌われちゃうってすごく不安だったから・・・」
「ふ、不安???」
 まるで予想外だったリディアの言葉に俺は拍子抜けして間抜けな声を出してしまった。
 不安だと?
 不安だったのはこっちの方だ!
「バカタレ、俺がオメーを嫌いになるわけ、ねーだろ!!」
 反論の気持ちも込めて俺はリディアをデコピンしてやった。
 目尻の涙を拭ってリディアがえへへと笑う。
 泣き笑いの変な顔しやがって・・・まあそれはそれで可愛いんだけどよ。
 けど・・・。
 すっげー可愛くて、すっげー好きでたまんねぇリディアだけど・・・。
 俺の言うべき台詞は変わんねぇ。
 いや、もう変えるわけにはいかねーんだ!
 俺は居住いを正し、真剣な声で言った。
「リディア。俺、今日オメーに良い返事もらえなかったら、もうオメーとは会わねぇ」
 もう、会わねぇ。
 ゲリュオン戦で無事生きて帰って来れたとしても、それ以降はもう会わねぇ。
 俺なりによくよく考えて決めたことだ。
「・・・エッジ、それって・・・」
 リディアの顔から笑みが消えた。
「・・・オメーには言ってなかったけどよ。俺、今までに数え切れねーくらいの縁談を蹴ってんだ」
「!!」
「俺ももう三十過ぎて・・・いつの間にか『お館様』なんて呼ばれるようになっちまってよ。普通の王様ならとっくに嫁さんもらって後継ぎ抱っこしてる歳なわけよ。俺個人は別にンなこと気にしねーんだが・・・やっぱ王様としては、放っておいてくれねーんだな、周りが」
「・・・・・・」
「じいが次々に嫁候補見つけてくるもんだからよ・・・見合いだって何度もやってる」
「そう、なの?」
「心配すんな、全部断った」
 いささかショックだったのかリディアの眉が八の字になったが、俺が苦笑しながら頭を撫でてやると申し訳なさそうにひとつ頷いた。
「あたしのせい・・・」
「・・・俺は、別にもうこのままでもいいやって思ってる」
 俺は。
 個人としての俺は、リディアと一緒ならそれでもいいって思ってんだ。
「でもな・・・俺はエブラーナの王なんだ」
 散々考えた結果行き着いた結論。
 俺は個人である前に、エブラーナの王なんだよ。
「幸せな家庭を築けねー王のもとじゃあ民も幸せになれねーだろうし、エブラーナ王族の血筋も俺の代で絶やすわけにはいかねぇ。ンなことしたらおやじとおふくろに大目玉くらっちまわぁ」
 ずっとリディアには伝えずにいた、この話。
 こんな話をすれば、リディアはいい顔をしないに決まってる。
 だからずっと避けてきた。
 けど・・・もう、時は待ってくれねーんだ。
「だから・・・今日またオメーに振られちまったらよ。ゲリュオン戦で生きて帰れたとしても、もうオメーとは会わねぇ。じいの連れてきた見合い相手と結婚する」
 そう言い終わった時のリディアの顔を、俺は一生忘れることはないだろう。
 そして、俺のこころの痛みも。
 辛ぇよ。
 好きで好きでたまらねー女にこんなこと言わなきゃならねーのは、辛ぇんだよ。
 辛くて辛くて、こころから血が噴き出してやがる。
 でも仕方ねぇ。
 会えばリディアのことしか愛せなくなるに決まってる。
 だからエブラーナのためにはそうするしかねーんだ。
 本当にこれが最後の賭けだ。
 言うことをすべて言い切った俺はじっとリディアの返事を待った。

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