22,ふたつの月(2)

『……ル……セシル……目を覚ませ……今こそ、ゲリュオンを倒すのだ……!!』

– Porom Side –

「う……」
 真っ暗だった頭の中に一条の光が差し、それはすぐに全体に広がった。
 気がつくと、わたしは瓦礫の上に倒れていた。
「あれ……わたし……生きてる?」
 そんな、そんなはずはないわ。
 だってさっきあれほどの火燕流に巻き込まれたんだもの……肌も骨も灼けるあの感覚は夢なんかじゃない。
 なのに、どうして?
 傷ひとつ残っていない。
「ポロム、大丈夫か」
 その時瓦礫の山の陰からカインさんが現れた。
 やはり、わたしと同じように傷ひとつ負っていないように見える。
「カインさん! あの、これは……」
「分からん。だが他の三人も無事だ」
 カインさんの手を借りて瓦礫の山から下りると、そこではセシルさんとエッジさん、リディアさんがひたすらに空の一点を凝視していた。
 つられてわたしも空を仰ぐ。
 そこにあるものを見て、わたしははっとした。
 瞬きをしながらセシルさんを見ると、セシルさんはぽつりと呟いた。
「兄さんだ……」
 禍々しき紅の月の横に浮かぶ、もうひとつの小さな月。
 ふたつの月を見つめて、セシルさんは感慨深げに息を漏らす。
「兄さんが助けてくれたんだ……!」
 言いながら感極まったように徐々に破顔し、ついにはセシルさんの目尻に光るものが浮かんだ。
「ゴルベーザが……?」
 カインさんも言葉少なげに空を見つめる。
 その時驚きの声を上げたのはエッジさんだ。
「おい、見ろよ! ゲリュオンが!!」
「動きが、止まってる!?」
 いちはやく反応したリディアさんに続いて、エッジさんの目線の方向に目を向けると、先程まであんなに獰猛に動いていたゲリュオンの動きが何とぴたりと止まっていた。
 まるで縄にでも縛られているかのように、震えながらも足の一歩も動けないように見える。
「グアァアアッ……! ナンダ、このチカラは……!? カラダが、う、動かん……!」
 抵抗するように咆哮を上げているけれど、見えないちからに阻まれて虚しく声が響くだけだ。
「呪縛……?」
 わたしがぽつりと呟くと、セシルさんははっとしたように言った。
「呪縛の冷気!? まさかこれも兄さんが……?」
 けれどあれこれ推測している暇はない。
 分かっているのは、今わたしたちは万全の状態で、敵は動きを封じられているということだ。
 ならばやることは決まっている。
 わたしたちは目配せひとつでそれぞれに構えをとった。
「みんな! 兄さんがくれたせっかくのチャンスだ! 今こそやつを倒すんだ!!」
 セシルさんの号令を合図に、わたしはありったけの魔力を手のひらに集中させた。
 敵が動きを止めた今しかないんだから!
 やるのよ、ポロム!!
「ホーリー!!」
 途端、聖なる白い閃光が爆発する
 同時にリディアさんもわたしの横で魔法を完成させた。
「フレア!!」
 ホーリーの白い光はフレアの灼熱の業火と混ざり合い、新たな輝きを放ちながらゲリュオンめがけて一直線に進む。
「や、ヤ、やめろォオ!!」
 あかく燃え盛る聖なる球体がゲリュオンの身体の中心に到達した瞬間。
 これまでのどんなフレアよりも強く大きな爆発が起こった。
「グアアアアアアア!!」
 ゲリュオンの絶叫がこだまする。
 でも油断しちゃいけない。
 爆風に飛ばされないようこらえるわたしたちの前でセシルさんたちが地面を蹴った。
「行くぞっ!」
「食らえ!!」
 セシルさんの剣と、エッジさんの刀が交差するようにゲリュオンを斬り裂いた。
 動きが止まったことで防御が解かれ、ようやくまともに命中した攻撃は深々と敵の骨肉を断った。
「グ、アアア……!!」
 もはや声すらも絶え絶えなゲリュオンの頭上遥か高く。
 ホーリーランスを構えたカインさんが跳躍していた。
「とどめだ!!!」
 白く輝く槍は、ゲリュオンの脳天から真っ直ぐに敵を貫き、さらにはその体内で聖なる光を爆発させた。
「ギィヤァアアアアアアア!!!!!」
 そしてついに、耳をつんざくような断末魔とともに、ゲリュオンはどうと倒れたのだ。
 どくどくと、紫色の血の海が広がってゆく。
「やった……か?」
 ラグナロクを構えたままセシルさんが言う。
「わからん……だが手応えはあった」
 そうは言いつつも、半信半疑なカインさんの言い方だった。
「でも……まだ動いてるわ」
 びくんびくんと痙攣を繰り返すゲリュオンを見て、リディアさんが気味悪そうに口元を押さえる。
 何も言わずエッジさんは血の海の中心に向かって歩き始めた。
 すなわち、倒れたゲリュオンのもとへ。
 そして、刀を振り上げると。
「……成仏しろよな」
 一振りの勢いで、首を一刀両断にしたのだった。
 苦悶の表情を浮かべたまま固まった顔がごろりと転がり、血の海は瞬く間に面積を広げた。
 痙攣していた腕も、ばたりと力なく落ちた。
 返り血を顔をしかめて拭いながらエッジさんはわたしたちの方へ戻ってくる。
「さ、これで終わった。一番の功労者がゴルベーザってのは悔しいけどな」
 肩をすくめて苦笑したエッジさんを見て、ようやくわたしたちにも笑顔が戻る。
「終わったん……ですね?」
 一度緩み始めた緊張の糸は、驚くほどの早さでゆるゆるにほどけてしまった。
「わたしたち、勝てたんですね……?」
 無意識のうちに、目頭が熱くなっていた。
 悲しいわけでもない、飛び上がるほど楽しいわけでもない。
 ただ、ただ、ほっとして――
「ああ、終わったんだ」
 カインさんの大きな手が髪に乗せられた時、わたしの涙は溢れ出した。
 良かった……わたしたち、生きてる!
 生きて、戻れるんだ!
 みんなの未来を、守れたんだわ!!
「助かったよ、ポロムのおかげで――」
 ところが、セシルさんがそう言いかけたその時。
 ごとり、と不気味な音がした。
 我に返って振り向いたわたしたちが見たものは。
「う……そ……!?」
 なんと、切り落とされたゲリュオンの首が血の海の中をごろごろ転がっていたのだ!!
 しかも、ゲタゲタと不気味に笑いながら……。
「グケケケケ……まサカ、やらレちまうとはナ……。だがなァ!」
 死んだはずのゲリュオンの目がかっと見開いた。
「ヒトリでは死なんゾ! キサマら全員、道連れだァア!!!」
「なっ……!?」
 セシルさんが構える間もなく。
「死ねええええええええええ!!!!!」
 ゲリュオンの頭部から幾筋もの閃光が走り……そして。
 未曾有の大爆発が起こった。
 フレアなど比にもならないゲリュオンの自爆は、視界も、音も、何もかもを閃光に染める。
 そんな……せっかく……ここまで…………
 わたしは自分の身体が空高く舞い上がるのを感じながら、試練の山が完膚なきまでに崩れてゆく音を聞いた。

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