22,ふたつの月(4)

– Porom Side –

 耳元を通り過ぎてゆく轟音。
 空気が割れ、閃光と灼熱に晒されたすべてのものが無に帰する。
 試練の山が……崩れてゆく。
 クルーヤさまが眠っておられた社も、わたしとカインさんがともに時を過ごしたコテージも、すべて、すべて……。
 崩壊の音を聞きながら、わたしはふと目を開けた。
 あれほどの爆発に巻き込まれたのに、わたし、死んでいない?
 そして今いる場所に気付いて。
「……っきゃああああ!!」
 わたしは絶叫した。
 遥か見渡すはどこまでも広がる夜の空。
 そしてわたしの足元に広がるのも……夜の空!!
 地面にくっついているのが当たり前な足の裏は、今やおぼつかなく空に浮かんでいたのだ。
「!??」
 自分の置かれた突然の状況がさっぱり理解できず、わたしは目がくらむ思いだった。
 さっきまで試練の山で戦っていて、ゲリュオンの自爆に巻き込まれたのではなかったの?
 なのに、どうしてわたしは試練の山を……”見下ろしている”の!?
「ポロム、気をしっかり持て」
 目眩を起こしかけたわたしを支えたのはカインさんだった。
 気付いてみれば、わたしたち五人ともがひとかたまりになって空に浮かんでいた。
 セシルさんたちも不思議そうに自身と足元を見比べている。
「爆発には巻き込まれなかった……みたいだね?」
「こりゃいったい……どうなってやがんだ?」
「あたしたち、浮かんでる……?」
 などと言っているうちに。
 ふわり、と身体が重力に反して持ち上がるのを感じた。
 透き通る球体に包まれたわたしたちは、ゆっくりと空へと上昇してゆく。
 試練の山から上へ上へと離れる代わりに近づいてきたのは、夜闇に浮かぶ飛空艇の機影だった。
「あれは、エンタープライズ!」
 まっさきにセシルさんが声を上げた。
「エンタープライズだと? 今回の作戦ではバロンで待機しているのではなかったのか?」
「うんカイン、そのはずなんだけど……」
 なぜ、バロンにいるはずのエンタープライズがこんなところに?
 その間にもわたしたちの高度はどんどんエンタープライズに近づいてゆく。
「そういえば」
 わたしは周囲を取り巻く球体に触れ、あることに気がついた。
「これ、テレポにすごく似ていますわ」
「テレポだって!? 言われてみれば……。でも僕はテレポなんか唱える間もなかった」
「わたしもです、あまりに突然の爆発でしたもの……」
 テレポを使えるわたしとセシルさんは首を捻る。
「じゃあ、誰かが離れたところからあたしたちにテレポを使ったってこと?」
「だがテレポは通常、自分自身に使うものなのだろう? 遠隔操作など……」
 リディアさんとカインさんにも分からないようだ。
 ひとり、エッジさんだけが鋭い目を機影に投げかけた。
「いるだろ、ひとりだけ。結界の外からのテレポの遠隔操作なんていう離れ技ができる白魔道士がよ」
 言われてはっとしたわたしたちは即座にエンタープライズを見上げた。
 わたしたちはあの船に導かれている。
「まさか……いや、そんなはずは」
 セシルさんの唇が震えた。
「ヘッ、じっと夫の帰りを待ってるような性格じゃねーことぐらい、今に始まったことじゃねーだろ」
 呆れているようなエッジさんの顔に浮かぶものは、確信、そして安堵。
 はたして、エンタープライズと同じ高さまで浮き上がったわたしたちの前に現れたのは。
 高く上った月に照らされた、たゆたう金髪、白磁の肌。
「お帰りなさい、セシル、みんな!」
 甲板から両の腕を伸ばした麗しの美女、ローザさんだった!
「ローザ!?? バロンにいるはずじゃあ……?」
 再会の喜びよりもむしろ驚きが勝ったセシルさんの声が裏返る。
「じゃ、やはり、これは君が……?」
「ふふっ、シドにお願いして連れてきてもらったの。わたしだけバロンでじっとしているわけにはいかないわ」
 そしてローザさんはゆっくりとわたしたちをエンタープライズの甲板に下ろした。
「で、でももし何かあったら……!」
「あら、この子はそんなに弱くないわよ。私とあなたの子だもの」
 ローザさんはいとおしそうになだらかな曲線を描く腹部を撫でながら微笑んだ。
「第一、助かったでしょう? 私がいなかったら今頃みんな骨も残っていないわよ? 素直に感謝するべきだと思うけど?」
「しかしローザ……」
「もう、ぶつぶつ言わないの。いいじゃない、みんな無事だったんだから。……これくらい、手伝わせて?」
 熱い瞳で見つめられたセシルさんは、なおも何か言いたげだったけれどついには根負けして苦笑した。
「うん……ありがとう、ローザ。本当に、助かったよ」
「最初からそう言えばいいのよ」
 満足げに微笑むローザさんに、わたしたちも礼を言う。
 本当に、ローザさんが結界の外から遠隔操作でテレポを唱えるという大技を使ってくれなかったら、わたしたちは冗談じゃなく命を失っていただろう。
 あの物凄い爆発に巻き込まれて――。
 わたしたちは船縁から真下を覗き込んだ。
 結界がすべてを抑えてくれているけど、ここから見ても中の凄まじさが伝わってくる。
 間断なく鳴り響く崩壊の轟音、もうもうと覆い尽くす砂埃、立ち上る炎の柱、気化してゆく渓流……。
 試練の山は、崩れた。
 悲しい? うん、そうかもしれない。
 ゲリュオンを倒せたという安堵はあるのだけど……このせり上がってくる悲しさ、虚しさは何だろう。
 歴史あるミシディアの試練の山。
 小さな頃セシルさんたちとの旅で初めて向かった場所が試練の山だった。
 セシルさんがパラディンになり、テラさまがメテオを習得なさったのも試練の山。
 わたしが山守という初めての役割を与えられたのも試練の山。
 カインさんと出会い、かけがえのない時を過ごしたのも試練の山……
 でももう、試練の山はないのね。
 たくさんの思い出をありがとう。
 わたしは夜闇に紛れて、すこしだけ目尻を拭った。
 原型を留めぬほどに崩れてゆく山の姿を、わたしたちはじっと見守った。
 言葉を発する者はいない。
 わたしたちの戦いは、終わったのだ。

 それを見届けたかのように、もうひとつの月がゆっくりと去ってゆく――

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