【DQ5】ヘンリーとマリアの馴れ初め話

2010バレンタイン小説
DQ5【ヘンリーとマリアの馴れ初め話】

※DQ5神の塔後~結婚前のヘンリー×マリアの馴れ初め話。主人公の名前は「カイ」です。

 商業と娯楽の街オラクルベリーの南に、心地よい潮騒に抱かれた小さな修道院がある。
 季節はもう真冬だというのにこの日は存外暖かく、今朝も日が昇らないうちから修道女たちが勤めに精を出していた。朝の祈りや読経、清掃活動などひととおりの勤めを終えると昼食の準備が始まるまでは個々人の時間となる。勤めを珍しく急ぎ足で終えた若き修道女マリアは、調理場で手製のチョコレートケーキを前に満足気に微笑んだ。
「ふふ、良い焼き具合ですわ」
 冷ましたチョコレートケーキを質素ながらも可愛らしい箱と紙で包装してゆくマリアの表情は明るい。されどどこか緊張したような面差しで、時折自身を落ち着けるように胸元に手を当てながら丁寧に包んでいく。
 シスターから来客の呼び出しがあったのは、ちょうどリボンを掛け終えた時だった。
「私に来客? どなたかしら……」
 特に深く考えず、その場に残していくのも心配なので包装したばかりのケーキも抱えてマリアは調理場を出た。
 はじめは逆光で見えなかったのだが、玄関に近づいて行くにつれて徐々に来客の影が鮮明になってゆく。光の中に佇む黒い影だったものが、色彩を帯びて見知った姿へと変化する。
 そして来客が誰であるか悟った時、マリアは飛び上がるほどに驚いた。
「……ヘ、ヘンリーさま!??」
 驚きのあまり声が裏返ってしまったことにすら気付かなかった。
「よう! 元気か?」
「ど、どうしてここへ!?」
 いつも通りの悪戯っぽい笑顔で手を振るヘンリーに、マリアの頭の中は白黒に明滅する。
 別段、ヘンリーが修道院に顔を出すことくらいそれほど珍しくはない。神の塔を攻略した後カイは母親を捜す旅を続け、ヘンリーはラインハットへ、マリアは修道院へと戻った。しかしながら完全に縁が切れたというわけでは決してなく、ヘンリーは「オラクルベリーまで来たついでに」とか「良い反物が手に入ったから」とか何かと個人的な理由をつけては修道院に来てくれている。しかもそれはただの道楽ではなくて、陰ながらこの小さな修道院にラインハットからの支援を送ってくれていることもマリアは知っている。
 だから普段は突然ヘンリーが来訪したとしてもマリアは驚かなかっただろう。
 しかし今日ばかりは勝手が違った。
 何せ彼こそが、マリアが懇切丁寧にチョコレートケーキを作っている間、ずっと思い浮かべていた相手その人だったのだから――。
 そう、今日は聖バレンタインデー。
 女性が愛しい男性への想いを込めてチョコレートを贈る神聖な日である。

 よく陽の当たる庭のベンチに並んで腰掛け、マリアはヘンリーに隠れて泣きそうな顔をした。チョコレートケーキの箱はまだ手に持ったまま。
「どうしてこんな日に来てしまわれるのかしら。これは私が自分でヘンリーさまにお届けしたかったのに」
 言葉には出せないが心中で己の不運を呪う。
 この奥手な自分が、ヘンリーに内緒でこっそり作って自分の手で届けに行くんだと勇気を奮って決心したことなのに、これでは計画も何も台無しではないか。
 そんなマリアの憂鬱もつゆ知らず、先に口を開いたのはヘンリーだった。
「来たのがカイじゃなくて残念だったかな?」
 マリアの微妙な表情を読み違ったのか、ヘンリーは開口一番そう言った。
「!! ま、まさかそんなこと……」
 慌ててマリアは首をぶんぶん左右に振ったが、伝わったかどうかは定かではない。以前からヘンリーは何かにつけてはマリアに対しカイを引き合いに出してきたからだ。
 マリアとてカイは魅力的な男性だとは思う。特にかつて奴隷だった頃、マリアがひどく鞭打たれていた時に颯爽と助けに入ってくれたカイの姿は今でも目に焼き付いている。こんな人が側にいてくれればどんなに心強く幸せなことだろう、恋する少女のようにそう思った時も多々あった。
 けれど。
 けれど今こうして離れてみて脳裏に浮かんでくるのは、カイではなく、この新緑色の髪をした青年の悪戯っぽい笑顔ばかりだった。
 次はいつ会えるのだろう、どんな話を聞かせてくれるのだろう。意識すまいとしてもついヘンリーに焦がれてしまう自分がいた。
 だから普段ならばこうしてヘンリーが訪ねてきてくれることはマリアにとって何よりも心躍ることだった。しかし……何も、内緒でチョコレートを作って届けに行こうとした矢先に来なくてもよいではないか。その上カイを引き合いに出してくるなんて。
「今日はどういったご用でいらしたんですの?」
 憮然としそうになる自分を隠しながらマリアが問うと、
「ふふん。今日が何の日かは知ってるよな?」
 ヘンリーはにやりと唇の片端を持ち上げた。
「え、それは……せ、聖バレンタインデーですわ」
 まさかヘンリー自らマリアのもとへ想いを伝えに、もしくはチョコレートを受け取りに来たのだろうか?
 マリアは些かどきどきしながら答えたが、しかし、返ってきたのは真逆の答えだった。
「カイにチョコレートを渡しに行きたい、とか考えてるんじゃないかと思ってさ。もしそうなら、オレ手伝うぜ。ひとりでカイを捜すのは大変だろ?」
 マリアの手の中にあるチョコレートケーキの箱を指差しながら、ヘンリーは無邪気にもそう言った。
 鳩が豆鉄砲をくらうとこんな気分だろうか――唖然としてものも言えなくなっているマリアの傍らでヘンリーは続けた。
「カイは……あいつはすごいやつだよ。剣の腕が立つばかりか呪文も神官並みに得意だし、モンスターまで手懐けてるしな。正義感もあって、絶対に諦めたりくじけたりしないし。あんなすごいやつと友達になれて本当に良かったと思ってる」
 そして頭の後ろで手を組み、抜けるような青空を仰いで、
「オレさ、あいつにならお前のこと任せてもいいかな、って思うんだ」
 少しだけ寂しそうにぽつりと呟いた。
「ヘンリーさま……」
 どこか憂いを帯びたようなその横顔を見つめ、マリアは柳眉を下げた。
 しかしそれは徐々にふつふつと憤りに変わっていった。
 唇を尖らせ、胸中で鬱々と嘆く。
「いったいヘンリーさまは私のことをどうお考えなのかしら。ヘンリーさまは私のことをすごく大切にしてくださる。けれどそれは修道院への寄付のように、憐れみや施しの気持ちなのかしら? いいえ、それだけではないと信じたい。でなければこんなに懇意にしてくださるはずはないですもの。なのにどうして私とカイさまを取り持とうなんてなさるの? 私が好きなのは、あなたなのに……」
 胸中の嘆き節が一区切りついたところで、憤りや悲しさをぶつけるようにひとつ咳払いをしてからマリアは口を開く。
「そうですね、カイさまはすばらしいお方ですわね」
 わざとツンとした声音でマリアは刺々しく言った。
「お強いだけではなく思慮深くてお優しい、魅力的な方ですわ。それに」
 マリアはぷいっとそっぽを向き、
「カイさまはあなたのように意地悪なことも仰いませんものね!」
 マリアにしては珍しく嫌味な科白(せりふ)を突きつけた。
 驚いたのはヘンリーの方だ。
「い、意地悪!? オレ、お前にそんなこと言ったっけ……? そんな覚えは……いや、オレは口が軽いからなあ、知らないうちに言っちまったのかも……」
 あの時のことだろうか、いやそれともその時のことだろうか、などとヘンリーはうんうん唸っている。
 そんなヘンリーをきっと睨むように見つめ、マリアは涙声で言い放った。
「……これは……このチョコレートケーキは、あなたのために作ったんですっ!!」
 はっとしてヘンリーが顔を上げると、マリアの恨めしげな瞳が潤んでいた。
「なのに、あなたはカイさまカイさまとおっしゃる! そんなに私がカイさまのもとに行くことをお望みなのですか!?」
 そして語気を弱め、涙声を震わせた。
「……私がお慕い申し上げているのは、ヘンリーさま、あなたです。修道女などが一国の王子さまに持ってはならない想いだとは重々分かっています。でも……でも……心に浮かぶのはあなたのことばかりで……!!」
 ついに堪えきれなくなったマリアはわっと顔を覆った。
「……マリア」
 ヘンリーは呆けたような間抜け面でその名を呼ぶともなく呟いた。
 そしてすぐに正気に返ると、一転、おろおろと慌ててマリアの涙を止めるべく無意味に手を空中で泳がせた。
「ご、ごめん! オレ、そんなふうにマリアが思ってくれてるなんて知らなくて……!」
 言いながら自分で照れてしまったヘンリーの頬がかっと赤く火照る。マリアが自分を好いていてくれたという喜びと同時に、自分の馬鹿さ加減と申し訳なさがこみ上げる。
「本当は、お前がオレを選んでくれたらいいのに、って思ってた……けど、自信がなくて……いつの間にか、お前が好きなのはカイだと信じ込んでた……ごめん、マリア」
 たどたどしいが正直な気持ちでヘンリーは想いを吐露した。
「ヘンリー……さま……」
 しゃくり上げながらも目尻を拭ってマリアは顔を上げた。
 涙に濡れた瞳を真正面から受け止め、ヘンリーは腹を括った。居住まいを正してひとつ深呼吸をする。
「マリア。はっきり言うよ。オレ、お前のことが好きなんだ。出会った頃から、ずっと」
 継母から邪険にされ卑屈に育ってしまった幼少時代を抱える自分は、口ではたいそうなことを言っていても肝心のところで自分に自信が持てず、逃げ腰になってしまう。だからマリアにも、自分よりはるかに優秀なカイの方がお似合いだと己に言い聞かせるように思い込んでしまっていた。けれど、もうその必要はないのだ。
 普段の軽薄な調子とはまったく違う、決然たる物言いでヘンリーは言い切った。その胸の内は緊張で心臓が忙しく鼓動していたが、眼差しは真剣そのもの。諦めかけていた自分の想いを成就させる、一大告白だった。
「ヘンリーさま……!!」
 マリアの瞳から再び涙が溢れる。
「嬉しい……」
 その涙はもはや憂いではなく喜びの涙だった。泣き笑いでくしゃくしゃになった目元からすくった涙がきらりと光る。
 堪らずヘンリーは愛しきマリアを抱き締めた。マリアもヘンリーの肩に頬を寄せる。
「もう、ご自分を誰か他の人と比較するようなことはなさらないでくださいね……?」
「マリア……」
「私は、そのままのヘンリーさまが好きなのです」
 そう言って微笑んだマリアはまさに天使。幼いヘンリーがいくら手を伸ばしても届かなかった、無償の愛がそこにあった。
「ありがとう……!!」
 穴の開いたパズルのようにぽっかり欠けて埋まることのなかった心の空洞が、マリアという存在によって満たされてゆく。
 踊り出したいような、されど泣きたいような不思議な気分はなかなかに悪いものではなかった。ヘンリーはマリアを抱き締めたまま問いかける。
「そのチョコレート、もらってもいいかな?」
 訊くまでもない問いだとは思いつつも、照れくさそうにヘンリーは尋ねた。
 ところが。
「いいえ、ダメです」
「ええっ!??」
 返ってきた意外すぎる反応に、ヘンリーは思わず身を引き離してマリアをまじまじと見た。
「ダメです、今お渡しすることはできません」
 さも当然とばかりにマリアはきっぱりと言った。訳が分からないヘンリーはうろたえるばかりだ。
「な、何でだよ!? オレのために作ってくれたんだよな??」
「ええ。でも今ここで渡したんじゃ意味がないのです。これは、私がラインハットまで自分でお届けしなければ、意味がないのですわ」
 マリアの強固な意志にヘンリーが首を捻ると、マリアはチョコレートケーキの箱を大切そうに抱き締めてそっと瞼を閉じた。
「ヘンリーさまはいつもご自分の意志でこの修道院に立ち寄ってくださいます。私に会いに来てくださいます。けれど、私のこの気持ちだけはどうしても、この手で、この足で……私の覚悟とともに、自分であなたのもとへ伝えに行きたいのです! ですから、ここで受け取っていただいては意味がないのですわ」
 自分の想いだけは、自分の手と足を使って届けに行きたい。それはマリアのささやかな覚悟と決心だった。あいにくヘンリーが突然来訪してしまったため半分は計画崩れとなってしまったが、その決心だけは譲ることができない。
 実のところ、そのままラインハットに数日滞在するつもりでいるのだ。すでにラインハットの神父への紹介状もシスターに書いてもらっている。
 それくらいの覚悟を決めて、マリアはこのチョコレートケーキを作ったのだ。
「マリア……」
 それを聞いてヘンリーの心はうち震えた。
 これほどまで真剣に考えてくれていたなんて、知る由もなかった。いや、気づこうとしなかっただけかもしれない。マリアは自分との将来をこんなにも真剣に考えてくれていたのに。
 カイ宛てに作ったのだろうと勘違いしていたチョコレートケーキが、今ではまったく別物の、マリアの覚悟の集大成として目に映る。
「……オレ、幸せにするから。絶対」
 マリアの両手をぎゅっと握ったヘンリーは、考えるよりも先に彼らしからぬ真摯な言葉を発していた。
「……はい!」
 マリアが天使のように微笑む。
 そんなふたりを祝福するかのように、正午を告げる鐘の音が鳴り響いた。
 

 マリアがラインハットを来訪し、ヘンリーに想いを届けてから間もなくのこと。
 「自分の気持ちはどうしても自分の足で伝えに行きたいから」と、今度はヘンリーが白馬に跨り、正式にマリアを迎えに修道院を訪れたのだった。

   *   *   *

 ~珍しくあとがき~
ゲーム中ではヘンリーとマリアの馴れ初めは語られておらず、ヘンリーが白馬に乗ってマリアを迎えに来たと修道院の少女から聞けるだけなのですが、こんな馴れ初めはいかがでしたでしょうか。
ふたりが結婚した時、ヘンリーが主人公に「もしかするとマリアはお前のほうを好きだったのかも知れないけど」と言っていたのが気になって書きました。
ベタ甘なので胃もたれ注意。……って、あとがきで書いても意味ないか(笑)
余談ですが、「カイ」の息子は「リク(りっくん)」、娘は「ソラ(ソラちゃん)」という設定です。
それでは、読んでくださってありがとうございました。

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