トレミレ小説 第1話『再会』

ilian_blue_hyoshi

ベルン動乱終結後のトレックとミレディのお話その1です。
支援A前提なので、ご存知ない方は先にトレック・ミレディの支援Aの会話をご覧になることをオススメいたします。

トレミレはマイナーなのか、同志が少なくて寂しい……(´Д⊂ヽ

第1話『再会』 - Prologue in Snowwhite –

 ベルン動乱から一年。
 戦後、ミレディはベルン復興のため、何よりギネヴィア新女王を支えるため昼夜を忘れて職務に励んできた。ゼフィール先王に代わって新生ベルンの女王となったギネヴィアには、エトルリアの力を借りて王の座を得た女狐だなどと心無いことをうそぶく反勢力もいたため、それらを辛抱強く説得してまわるのもミレディの仕事のひとつだった。
 辛くなかったと言えば嘘になる。けれど、あえて休まなかったのだと今になって思う。
 動いて、働き詰めて、倒れこむように眠りにつくことで、余計なことを考える暇を持たないようにしていたのだ。考える時間があればどうしてもかつてともに在ったベルンの騎士たちの顔が浮かんでしまうから。
 互いに自らが剣を捧げる主君のために戦ったのだ、彼らも、彼女も。……そして、大切な仲間をこの手で失った。
「……ゲイル」
 一年の時が悲しみを濯ぎ、ようやく涙することなくその名を呼べるようになった。
 そんな折だった、イリア行きの重要な任務を命じられたのは。気がつくと、季節は春を迎えていた。

「はるばるイリアまでご足労でした、ミレディ様。今迎えの者が参りますので少々お待ち下さいませ」
 ベルンとの国境近くにあるイリアの砦に降り立ったミレディに門兵は事務的な口調で言った。
 部下の竜騎士四騎を連れての久々の遠距離飛行に一息つき、ミレディはそっと飛竜の首を撫でる。
「おつかれさま、トリフィンヌ」
 トリフィンヌはぐるる、と喉を鳴らす。飛竜を知らない者が見れば唸っているように聞こえるかもしれないが、これは主人にじゃれている声だ。自然とミレディにも微笑みが浮かぶ。
 しかしふと周囲を見回してみると、穏やかならぬ空気がミレディたちに向けられていた。口には出さないが、敵意を含んだ疎ましそうな目。およそ友好的でない複数のそれが、彼女らを突き刺していた。
「……ミレディ様」
 同じものを感じ取ったのだろう、部下のひとりが不安げに声を掛けてきた。
「大丈夫よ」
 そう答えるしかなかったが、ミレディも肩身の狭さを感じずにはいられなかった。
 イリアの人々から批難を浴びるであろうことは覚悟していた。なにせ動乱の際、ベルンはイリアのエデッサ地方の領主であり騎士団長であるゼロットの隊が出払っている隙をついてエデッサを征服し、イリアを掌握してしまったのだから。そのうえゼロットの妻らを監禁し、人質交渉に使おうとするなど汚い手段を用いようとしていた。親ゼロット派のイリア人や騎士道を重んじる人々からはベルン人は疎まれて当然である。まして竜騎士といえばベルンの証のようなものなので、飛竜を見るだけでも不快感を持たれてしまうのも想像に難くない。
 この眼差しを受け止めるのもベルンの責務なのだとミレディは自身に言い聞かせた。
 やがて、門兵の言った『迎えの者』が現れた時その張り詰めた空気は突然消滅した。その男の顔を見てミレディは公務も忘れて素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ギネヴィア女王陛下の命を受け参りました、……って、あなたは!」
「ああ、あんたはベルンの。えーと」
「ミレディです!」
「そうそうミレディさん」
 このとぼけた顔、眠そうな目、のんびりした口調、そして人の名前を覚えないという(彼いわく)趣味。忘れようもない、かつての戦友トレックだったのだ。
「トレックどの、まさかあなたが来てくださるとは!」
 一年ぶりに再会した彼の変わらぬ様子を見て、ミレディの緊張の糸はようやく緩んだ。
「うん、ゼロット将軍の命令で。竜騎士隊が来るって聞いてたけど、あんただったのかぁ」
 そんなミレディたちの様子を見て部下がこそこそと尋ねてきた。
「お知り合いですか?」
「ええ。トレックどのはロイ様の軍で共に戦った仲間なのよ。私と彼とでペアを組んで、いつも前線を受け持っていたの」
「ミレディ様と前線を……!? じゃあ凄い名将なのでは……?」
 部下の竜騎士はちら、とトレックに尊敬の眼差しを向けたが、すぐにいまいち冴えないその雰囲気に首を傾げていぶかしげな表情を浮かべた。かつては自分も同じように怪訝に思ったものだとミレディは微笑ましく思う。
「ふふ、凄い名将よ、本当はね」
 それは戦いを重ねる中で分かったこと。一見ぼんやりしていて頼りなさそうだが、戦場に出ればこれほど頼もしい仲間もそうそういない。彼になら背中を預けられると自信を持って今は言える。普段は彼ののんびりした性格がそれを見せないだけなのだ。もっとも、時が経つにつれ戦技よりもその性格に助けられることとなったのだが。
 懐かしさが頭をもたげたが、ミレディはトレックに向き直り今回の用件を説明した。
「トレックどの。このたび、ギネヴィア女王陛下よりイリアへの親書を預かって参りました。イリア代表代行のゼロット将軍にお渡ししたいのですが、ご案内いただけますでしょうか」
「はぁ、そりゃまたご苦労なことで。えーと、じゃあとりあえず詰所の応接で馬車を待ってくれるかい」
「馬車?」
「うん、エデッサ城のほうは今日は吹雪で視界も悪いし。それに飛竜は街の人が怖がるからなあ、ここで置いていったほうがいいと思う」
「!」
 すかさず部下のひとりが眉を吊り上げた。竜騎士の命とも言うべき飛竜を置いていけとは剣士に剣を捨てろというようなものだ、けれど彼の言うことは的を得ている。吹雪に慣れていないベルンの竜騎士たちでは目的地を見失いかねないし、ここの状況を見る限り飛竜でエデッサに行こうものなら街は大混乱に陥るだろう。そもそも威圧を与えないために少人数で来たのだから、目立たないに越したことはない。ミレディは部下を制しながら問うた。
「我々、そして飛竜たちの安全の保障はあるのです?」
「馬車の護衛はおれと、おれの隊の半分がついて、もう半分を飛竜の警護にあたらせるよ」
「……? 『おれの隊』……って、トレックどの、もしかして隊長なのですか!?」
「うん。何だっけ、イリア騎士団ゼロット隊直属第三なんとか小隊長……まあ、そんな感じの。あー……おれの隊じゃ不安かなぁ」
 トレックどの、偉くなれらていたのですね――喜びがこみ上げ、ミレディは自然と相好を崩した。
「いえ。トレックどのの隊であれば何の心配もありません。安心して預けることができます」
「それならいいんだ。じゃあ案内するんで……えーと、飛竜は何食べるんだろう、にんじん?」
 真面目な顔でそう言ったトレックが可笑しくて、ミレディはつい吹き出してしまった。
「に、にんじんも食べますけど、トレックどの飛竜を馬か何かだと思ってません?」
「うーん、まぁ似たようなものじゃないか。速いし、可愛い顔してるし。飛ぶかどうかくらいの差で」
「あははは、そんなふうに言われたのは初めてです。よかったね、トリフィンヌ」
 そう、ミレディたちから見れば飛竜も馬も大差ないのだ。イリアの人々も皆トレックのように見てくれたらいいのにね、とミレディは胸中でトリフィンヌに話しかける。
「お気遣いありがとうございます、でも用件が済めばすぐに帰国しますのでこの子たちには水だけ与えてもらえれば結構です」
「ふーん、じゃあ飛竜たちは川辺で待ってもらえばいいかな」
「はい」
 分け隔てない彼の性格はひとつも変わっていない。
 ベルン人であるミレディがロイの軍に入ったばかりの頃、周囲が“気を遣わないように”気を遣ってくれているのが肌で感じられて孤独を抱えていた時があった。そんな折にトレックが何の隔たりもなく「ベルン人だからって耳が七つあったりするわけじゃなし」と言ってくれた安堵感が思い出される。
 川辺へ案内するトレックについて行きながら、ミレディはしばしかつての行軍に想いを馳せた。

 飛竜たちを預け、ミレディたち一行は詰所の質素な応接室に通された。ここで馬車を待ち、ゼロットがいるエデッサ城へ向かう予定だ。
 何気なく窓の外に目をやると、雪のちらつく軒下でぼんやり馬車を待っているトレックの姿が目に入った。
「少し話をしてくるわ」
 部下たちを部屋に残し、ミレディは外へ出た。
 軒下のトレックはこちらに気がつくと、眠そうな目を少しだけ見開いた。
「寒いのに」
「平気です」
 暖炉が焚かれていた室内に比べれば指がかじかむし、吐く息も白い。でも、決して嫌ではなかった。非日常のこの風景が彼女には心地良いのだ。
 軒下から手を伸ばし、年甲斐もなく手の上に雪を乗せる。雪はひとときだけきらりと光って雫へと変わった。
「……ちょっと痩せたよなぁ」
「えっ」
 唐突に言われ、ミレディは思わず手を引っ込めた。まだ止みそうにない雪空を仰いでトレックは言い直す。
「痩せたなって」
「そ、そうでしょうか……」
 まさか人の名を覚えない人にそんな指摘をされようとは。見ていないようで実は鋭いところがあるから油断できない。
「仕事、大変なのかなー、とか」
 トレックはいつもと変わらない口調で、空を見上げたままのんびりと言う。どうして彼はこんなに勘が良いのだろうか。痩せたのも、仕事が大変なのも図星である。
「……いえ、大丈夫です」
「そっかー。昔からおれの勘って外れるんだよなあ」
 その台詞を聞くのも二回目だ。本人に自覚がないだけにもはや苦笑いすら零れる。
 素直に愚痴っても良いのだが、弱音を吐くのはあまり好きではない。それに愚痴など吐かなくとも、こうして自分の小さな変化に気付いてくれる旧友とゆっくり雪を眺めながら話すというそれだけで、ミレディにとっては十分だった。
「……不思議なものですね、ベルンはもう春の花が咲いているのに」
 ちらちらと舞い落ちて針葉樹に薄化粧を施す真っ白な雪を目で追いながらミレディは呟いた。エデッサの方は吹雪だというから、もっと深い雪に覆われているのだろう。
「ふーん、春かぁ」
「つい最近まで気付かなかったんですけどね、季節の移り変わりなんて」
 仕事に忙殺されてて、とは言わなかった。自分で選んで走り続けた道だから。
 だがこうしてゆっくり自然を眺めるなんて本当に久しぶりで、張り詰めていた精神にイリアのひんやりした空気がやさしく沁み渡ってゆくのが実感できた。
「イリアには、いつ春が来るのですか?」
「んー、来月になれば雪が溶け始めるんじゃないかと思うんだけど」
「ではもうじき暖かくなるんですね」
「うん。それで、春が来たら川でヤマメやニジマスが釣れるんだ」
「釣りがお好きなんですか?」
「釣りは楽しいよー。こう、糸を垂らしてさ、おてんとさまの下でぽかぽかしながらぼーっと魚を待つんだ。あんたもやってみるといい」
「ふふ、それは良さそうですね。でも私は一度も釣りをしたことがないので……」
「じゃあまたこっちに来る機会があったら教えてあげるよ」
「えっ、本当ですか!」
「来月の中旬あたりいいと思うんだけどなー。まぁ、もし都合が合えばってことで」
 普段では絶対に味わえないこのゆったりした空気。来月のことなんて分からないしこの先再びイリアに来ることがあるのかどうかすら分からないけれど、魚を釣りながらのんびりこうして他愛もない話をするのはさぞかし安らげることだろう。同時に、自分はそんなにも精神的な休息を欲していたのかと初めて知る思いだった。悲しみを忘れようと今まで必死で走ってきたけれど、そろそろ地に足をつけて歩くべきなのかもしれない。
「楽しみにしておきます」
 ミレディは笑顔で言った。
 雪はしんしんと降り積もる。ベルンではこれだけ積もっただけでも大騒ぎだろう、ベルンとイリアの関係が良くなったらぜひギネヴィアにも見せたい真っ白な景色だと思った。今回ゼロット将軍にこの親書を届ければその夢も一歩近づくはず。これはギネヴィア女王が世界の平和を願って自ら筆をとった、ベルン・イリア間の親和交渉の書簡なのだから。
「よく降りますね」
「うーん、まぁイリアはこんなもんだよ」
 トレックが穏やかに笑う。
 迎えの馬車が到着したのはそれから間もなくのことだった。

 ベルン・イリア間を一日で往復するという慌ただしい任務を終え、その夜ミレディは報告のためギネヴィア女王の御前にいた。
「……ですので、急に手を取り合うというのは難しいように思いましたが、ゼロット将軍の友好的な対応を見るかぎりでは徐々に和平の道を歩めるか、といった印象でした」
「分かりました、ご苦労様でしたねミレディ」
「痛み入ります。ではこれにて」
 そして立ち上がり、退室しようとした時。
「ミレディ、なんだか楽しそうね? 今回の任務はあなたに負担になるのではと思ったのだけど」
 ギネヴィアにそう呼び止められ、飛び上がりそうなほどに驚いたのは言うまでもない。
「そ、そうでしょうか?」
「ええ。最近ずっと疲れたような顔をしていたから心配していたけれど、今日のあなたは明るいわ」
 トレックにも痩せたかと訊かれたが、ギネヴィアにまで心配をかけるほど知らぬ間にやつれていたとは。今日イリアで彼と話をしていなければ、倒れるまで自分で気付けなかったかもしれない。
「ご心配をおかけして申し訳ありません、今日はその……動乱の時の懐かしい仲間に偶然会えたので」
「まあ、それはよかったわね。イリアに用事がある時はまたあなたにお願いしようかしら?」
「えっ、あの、それは、はい」
 突然そう言われてしどろもどろな返事になってしまった。
 あの時トレックと話した時には半ば叶わぬ願望として釣りの話をしたものだが、ギネヴィアの今の言葉で俄然その空想は現実味を帯びてきた。例えば今後もベルン・イリア間で親書のやりとりがあるのなら、それこそ来月にでもイリアに飛ぶことになるかもしれない。
 でももし再びイリアに行ったとして、トレックは釣りの約束を覚えていてくれるだろうか? 人の名を忘れるのが趣味と言う人間なのだからうっかり忘れられていても不思議ではない。それに、あれを約束と呼んで良いものなのだろうか? 次も同じ場所で会えるとも限らないうえ連絡手段も分からないのに……。
「……ミレディ?」
「はっ、すみません!」
 きっとすごく変な顔をしていたのだろう、ギネヴィアが首を傾げている。
「ではまたイリアに用事があったらよろしく頼むわね」
「は、はい!」
 ミレディは二つ返事で引き受けた。
 イリアの風景は見るだけで心が落ち着く。真っ白な冬景色も幻想的で良かったけれど、雪が溶けて緑が芽吹いた春の山河もまた格別の彩りだろう。もしトレックに会えなかったとしても癒しになるに違いない。
 またイリアに行けるかもしれない――そのひとつの楽しみが、ミレディのなかであたたかな火種となってぽっと灯った。明日へ向かう足取りが軽くなったのは、決して気のせいではない。

第2話『新しい風』へ進む

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