『私は私』(第十二小隊、アイラ中心)

炎の英雄の待つ地にてヒューゴが真なる炎の紋章を継承した直後の話。
ハルモニアの大群に追われながら敗走し、ダッククランに逃げ込んだグラスランド諸部族とゼクセン騎士団。
圧倒的劣勢にも関わらずいがみ合う両者の中、ゲドたちと行動をともにするアイラは偶然カラヤでの知人と再会した。
しかしアイラの服装を見た彼からは衝撃的な批判が飛ぶ、「まるで、ゼクセン人みたいだ」と――。


「こちら重傷者多数、救護を頼む!」
「包帯もっと持ってきてくれ、全然足りないぞ!」
「怪我の軽い方はこちらに並んでください!」
 現場は騒然としていた。
 カラヤクラン、リザードクラン、ダッククラン、それにゼクセンの兵士たちが入り交じって右へ左へと慌ただしく動いている。血を流して倒れている者も少なくない。それでも、ここダッククランまで逃げ延びることができた者はまだ幸運と言えよう、多くの兵たちはここまで来る途中でハルモニア兵に討たれて命を落とした。
 迫り来るハルモニアの大軍勢の前に潰走を余儀なくされたにも関わらず、グラスランド諸クランとゼクセンは「鉄頭」「蛮族」と互いに蔑み協力し合うことを拒み、その足並みはいまだ揃っていない。統率も何もない状態ではこの有様も当然の結果だ。
 それが頭では薄々分かっていても、彼らが手を取り合うことはない。長年の確執と、昨今の悶着がそうさせていた。
 敗走途中で一旦逃げ込んだダッククランで、傷病者の手当てをしながらアイラは眉を歪ませた。
「ハルモニア軍がすぐ迫ってるっていうのにケガ人ばかりだ……薬ももう残り少ない」
 アイラと共に応急処置をして回っているクイーンは苦い表情で淡々と答える。
「戦争なんてこんなもんさ。だけど……ゼクセンとグラスランドが協力して、指揮系統がきちんと機能していればもっと救える命があったものを」
「……」
 他のグラスランド兵同様、カラヤクランの生まれであるアイラにしてみればゼクセンの鉄頭どもと協力し合うなどもってのほかだ。しかしこの惨状を目の当たりにした今、クイーンの意見に反論する格好の良い言葉など浮かんでこなかった。
「さ、次行くよ。患者は待っちゃくれないんだ」
「うん……」
 アイラは複雑な気持ちで頷く。ところが、次に赴いた処置先の面々を見て、アイラは突然ぱっと顔を輝かせた。
「……おじさん!? 裏のおじさんじゃないか!!」
「ん……?」
 けだるそうに顔を上げたその中年男性はアイラと似た褐色の肌を持っており、カラヤの織物でできた服を身につけていた。アイラの姿を認めるなり男性の目にもみるみるうちに光が戻る。
「アイラ……? アイラなのか!?」
 間違いない、カラヤで暮らしていた頃、アイラの家の裏手に住んでいたおじさんだった。
「そうだよ! おじさん、無事だったんだね!! カラヤが焼けてから私は誰とも合流できなかったから、無事でいるか心配してたんだよ!」
「おお、無事だったとも! あれからわしらはリザードクランに避難していたんだがアイラの姿が見えなくてな、こちらも皆で心配していたんだ。いやはや、こんなところで再会できるとは……精霊よ、アイラをお守りくださったこと、そしてこたびの導きに感謝いたします」
「私も……また会えてよかった……!」
 そして二人はグラスランドの風習に則り、しばし精霊に祈りを捧げた。
 再会の喜びを交わした後、アイラはてきぱきと応急処置の準備に取り掛かった。
「おじさん、ちょっとしみるけど我慢してね」
「おう、すまんな。ハルモニアの野郎の攻撃を避けそこねてな」
 アイラは救急箱を持つクイーンから傷薬とガーゼを受け取り、痛いだろうに「わしも年かな」と冗談めかす男性の腕の刀傷を治療した。
「だいぶ出血はしてるけど、きれいにまっすぐ切れてる。大丈夫、すぐ治るよ!」
「そうか、ありがとうなぁ」
 頬を綻ばせる男性の腕に包帯を巻き終え、アイラは立ち上がった。積もる話はあるが、待っている患者はまだまだ残っている。
 しかし、「じゃあまた後で」と一旦の別れを告げようとした時。
「ところでアイラ」
「ん?」
 男性はアイラを見上げて眉をひそめた。
「どうしてそんな格好をしているんだ?」
「え……」
 言われてふと自分の格好を確認する。明らかにカラヤのものではない、ピンクのニットにミニスカート。そう言えばゼクセンに行ったっきりカラヤの服装に戻していなかった。それを見る男性の目は、ひどく冷ややかだった。

「……まるで、ゼクセン人みたいだ」

「!!!」
 アイラが硬直するのを背後から察知したクイーンは片眉をぴくりと動かした。
「えっと……これは、前にゲドの用事でゼクセンに行った時にカラヤの服じゃ目立つから着替えた服で……、ああゲドっていうのはカラヤの焼き討ちの後から一緒にいる隊の隊長で、ここにいるクイーンの仲間なんだけど……」
 『まるで、ゼクセン人みたいだ』その言葉がアイラの中でがんがんと鐘のように繰り返し鳴り響き、言葉が喉元でさまよう。しどろもどろなアイラの説明を聞いた男性はさらに胡散臭そうな語気になってアイラに追及した。
「なに、ではお前は今その隊の仲間なのか? そちらの女性は見たところグラスランド人には見えないようだが……まさかゼクセン人じゃないだろうな?」
 アイラの傍らに立つクイーンの姿をつま先から頭の天辺までじろりとねめつけて、男性は途端に渋面になった。
「……」
 クイーンは何も言わず、ただ黙って淡々と救急箱の蓋を閉める。
「おいあんた、何とか言ったらどうなんだ。いったいアイラにこんな格好をさせて連れ回して、どうするつもりだ? 何か企んでいるんじゃないのか」
 まともに取り合えば面倒になると経験上分かっているクイーンは「ご冗談を」と愛想笑いであしらう。しかし言い返されないのをいいことに、クイーンをゼクセン人と決めつけた男性はさらに語気を強めた。
「考えてみればここに着いた時点でアイラは何人かのカラヤの民と合流できたはずだ。一時的な保護だったと言うんならさっさと族長のところへ連れて行ってやればいいじゃないか、なのになぜまだあんたと一緒にいる? まさか、アイラに妙なことを吹き込んでたぶらかしたのではあるまいな!? ゼクセン人どもの考えそうなことだ!!」
 唾を散らしてそこまで怒鳴ったところで。
「やめろ!!」
 硬直して言葉を失っていたアイラが必死の形相で割って入った。クイーンをかばうように腕を広げ、間に立ちふさがる。
「!」
「アイラ?」
 予想外の反応に、男性は目を瞬かせた。
「それ以上クイーンを侮辱したら許さないぞ!!!」
 大切なものを守ろうとする戦士そのものの風格で、考えるよりも先にアイラは啖呵を切っていた。
「クイーンは私の大切な仲間だ! どこの人だろうと関係ない! それに、隊には私からお願いして付いて行かせてもらってるんだ、それをたぶらかしただなんて……いくらおじさんでも、許せない!!」
「アイラ、しかし……」
「しかしも何もない! 私は……!」
 だが、そこでクイーンの静止が入った。眉を吊り上げ血気盛んにまくし立てるアイラの肩にぽんと手を置き、ふるふると首を振る。
「やめな、アイラ」
「クイーン……でも、」
 アイラの語尾が揺れる。クイーンのこと悪く言われたのに、どうして、とその目が痛烈に語っている。
 クイーンは男性の前に片膝をついて静かに言った。
「すまないね。でも、私らは別にあんたの敵じゃあない。信じるか信じないかは、あんたの自由だけどね」
「……くっ……」
 反論を噛み締める男性を一瞥し、クイーンは立ち上がった。いまだ怒りと動揺で狼狽しているアイラを促し、男性に背を向ける。
「さ、行くよ」
「うん……」
 そして、アイラはクイーンに伴われ、ちらちらと後ろを何度か振り返りながらその場をあとにした。

     *     *     *

「さっきはおじさんがクイーンに酷いこと言って、ごめん……」
 看護活動を一回り終えたアイラは、ゲド隊の待機場所へと戻りながらぽつりと言った。いつもは誰より軽やかな足取りは重く、口数も半分以下だ。
「ま、こんな状況だからね。皆、気が立っているのさ」
 クイーンはそう言って苦笑したけれど、それですんなり納得できるはずもない。胸の中に暗いもやもやが残ったまま、アイラは待機場所である船着場の端に到着した。
「……ただいま」
 ゲド隊の残りのメンバーである男四人はすでにそこに戻ってきていた。
「おう、こっちもさっき見張り当番が終わったところだぜ。幸い、ハルモニア軍はまだ仕掛けてこねえみてーだ。まあもし襲ってきたらおれは一番に逃げるけどな!」
 最初に喋るのはだいたいいつもエースだ。口から生まれてきた、とは自他共に認める男である。
「ふん、おぬしはほとんど居眠りしておったろうが」
「何だとジジイ!? てめえこそ、見張りに酒瓶持ってくるヤツがあるか!」
「あれはワシの燃料じゃ。仕事に際して燃料注入して何が悪い」
「その燃料代がどこから出ると思ってんだよ……!」
「それを何とかやりくりするのがおぬしの役目じゃろうが」
 隊の会計係も務めているエースはぐああと唸りながら頭を抱えた。対する「ジジイ」と呼ばれた中年の男、ジョーカーはまったくの知らんぷり。どこ吹く風でアイラたちに向き直る。
「む、どうした、アイラ。やけに静かじゃな」
「あ? そういえばそうだな、いつもなら一番に首突っ込んでくるのに」
 ジョーカーとエース、そして後ろにいるゲドと木の上のジャックの視線がアイラに集まった。落ち込んでいるアイラに代わってクイーンが大まかに説明してやった。
「手当てしてやったカラヤ人がアイラの知り合いでね、アイラの格好見て『ゼクセン人みたいだ』って批難してきたんだよ。私たちのこともゼクセン人だと思い込んでる」
「あぁ? 手当てしてもらっといて何だそりゃ」
「エース、おぬしは本当にゼクセン人じゃろうが」
「そういう問題じゃねえだろジジイ」
 実際にビネ・デル・ゼクセの出身であるエースはジョーカーを小突いたが、格闘家でもあるジョーカーはひょいと首だけの動作でそれをかわした。
「まあ私たちとしては今はゼクセン人と思われたほうが都合はいいんだけどね」
「そりゃ、そーだけど」
 クイーンの意見に皆が頷いたのには理由がある。彼らの所属は南部辺境警備隊第十二小隊、拠点はカレリア――つまり、上をたどればハルモニアに行き着くのだ。よって現在、ハルモニアの傭兵でありながらハルモニア国軍と戦っていることになる。
 これがゼクセンやグラスランドの兵たちに知れれば騒ぎになるのは必至、そこでゲドの旧知であるゼクセン騎士団参謀のサロメの計らいで、事情を知らない者たちには「サロメが雇ったゼクセン騎士団の傭兵」として通すことになった。だからゼクセン人と勘違いされるのは混乱を避けるためにありがたいことではある。だがそこにアイラはカウントされていない。
「裏のおじさんは……」
 うつむいたままアイラはようやく重い口を開いた。
「カラヤに住んでた頃は、すっごく優しかったんだ。……でも、さっき私の格好を見たとたん、目つきが変わった。まるで鉄頭を見るみたいな目だった」
 アイラは身に着けているピンクのニットをつまむ。今着ているものは上から下まで、ゼクセンに入るに際してエースがわざわざマチルダからの輸入物を買ってくれたものだ。クイーンは選ぶのに長時間付き合ってくれたし、隊の財政をひっ迫しかねないその代金は隊の皆が稼いでくれたものだ。カラヤの服よりは動きにくいけれど、ゼクセンを出てここまで来てもアイラが服装を戻さなかったのは、やはり愛着があったからにほかならない。それを咎められたのは悲しい以外の何物でもなかった。
 そして、それを着ているアイラはもはやカラヤのアイラではない――そう言われたような気がして、いまだにアイラの耳元では『まるでゼクセン人みたいだ』という台詞が繰り返し響いていた。
「すごく悲しかった。私は、何も変わっていないのに」
 アイラは顔を上げて、クイーン、エース、ジョーカー、ゲド、ジャックの順にじっと見つめた。 
「何より、みんなのことまで侮辱されて、我慢ならなかった。もしゲドたちがゼクセン人だったら、悪者なのか?」
 クイーンのことを悪く言われた時、自然に身体が動いていた。昔世話になったおじさんだとか関係ない、私は私の大切なものを守らなければ、その一心でクイーンをかばって立ちはだかっていた。その瞬間の衝動は純粋な怒りだった。
 だがそれが今、妙な歯がゆさに変わっている。
「……不思議なんだ。私は普段、鉄頭ってだけで大嫌いだし、鉄頭は私たちのことを蛮族だって馬鹿にする。そんな民族間の差別なんて当たり前にあるものだと思ってた。でも、エースはゼクセン人だけど、私はエースが大好きだ。ほかのみんななんてどこの出身かすら知らない、それでも私はみんなが大好きだ。みんながどこの人かなんて、どうでもいいんだ。おかしいよね、矛盾……っていうのかな、こういうの」
 すでに染み着いている民族間の差別に賛同する気持ちと、それが悲しくてならない気持ち、そして新たに芽生えた、民族など関係ない思う気持ち。それらの混ざり合いをうまく言葉にすることができず、アイラは歯がゆさに唇を噛んだ。
 エース、ジョーカー、クイーンは顔を見合わせる。どうにも良い相槌が思いつかないのは元々湿っぽい話が上手くないせいもあるが、一番の理由はアイラのこの葛藤を彼らも以前経験したことがあるからだった。
 国を追われたり自ら出奔したり道は違えど、さまざまな民族の間を渡り歩いてきた若かりし頃。その時に抱いていた同じようないら立ちや戸惑いを、「そんなこともあったな」とどこか懐かしい目で思い返していた。それを乗り越えてきて今の彼らがある。
 ガタン、と椅子代わりの木箱から立ち上がったのはゲドだった。そして、答えを求めるアイラの目を見て言った。
「……一方が間違いで一方だけが正解というわけじゃない。他民族を嫌う気持ちも、生まれなど関係ないと思う気持ちも、両方ともお前の本物の気持ちだ。どちらも大事にしておけ、いつかお前のような人間が、民族と民族を繋ぐ架け橋になる」
「両方とも、私の本物の……」
 ゲドの言葉を反芻し、アイラは呆けたようにゲドの隻眼を見つめる。
「どっちも正解で、いいのか?」
「ああ」
 頷くゲドの横でクイーンが小声で「理想主義だねえ」と小声で笑った。エースも肩をすくめて続ける。
「ま、でも大将の言う通りだぜ。一方だけが正解だってんなら、辺境警備隊の大半が仕事辞めちまわあ」
「確かに。警備隊にはハルモニア本国に恨みのある人間が多いからのう、はっはっは」
 ワシらも含めてな、と笑えない冗談を言外に含んでジョーカーは豪快に笑った。
「そっか……そうなのかぁ」
 アイラは胸の中のもやもやが、すとん、と落ち着いた気がした。カラヤの民として、ゼクセンが嫌いなままでいい。でも、生まれなど関係ないと思う自分もいてもいいんだ。
 そしてそれまで木の上で話を聞いていたジャックが地面に下りてきた。彼のアイラの前まで歩み寄り、その澄んだ空色の双眸でアイラをまっすぐに見て言った。
「アイラはアイラだ。そのままでいい」
 抑揚の少ない、淡々とした喋り方。普段はゲド以上に無口なジャックだけれど、彼のひとことはいつもアイラを助ける。
「……うん、ありがとうジャック!」
 そして、ようやくアイラに持ち前の明るい笑顔が戻った。
「アイラ、後でさっきのおじさんと仲直りしに行くかい?」
「うん、行くっ!」
 クイーンの提案にアイラはこくこくと首を縦に振った。
 故郷カラヤを愛している。ゼクセンの鉄頭はやっぱり嫌い。でも、どこの人かも知らないゲドたちは大好き。
 それが、私。
 アイラはどこか誇らしそうに、ピンクのニットを着た背筋をぴんと伸ばしたのだった。

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