【BL注意】バレンタインは若気の至り(ノクプロ)

BLなので閲覧にご注意ください。

男子高校生ノクプロは若さゆえに一喜一憂し、ちょっとおバカで軽率だったらいいなあと思って書いたバレンタイン話です。高校時代のプロンプト視点。
※キス表現があるので苦手な方はご注意ください。

バレンタインは若気の至り

 オレはほうきを持ったまま固まっていた。
 掃除時間、サボりがてら何気なく三階の窓から外を見下ろすと、校舎裏の通路で向かい合うノクトと女子の姿が見えたのだ。
 ああ、とオレは瞬時に悟ってしまった。
 なぜなら今日は二月十四日。バレンタインデーとかいうリア充のための日だからだ。
「ちぇっ、結局モテてんじゃんか」
 昨日の帰りがけには『バレンタインなんかどーでもいい』とか言ってたくせに。
 でも、まあ、元々わかっていたことだ。校内にノクトのファンクラブがあるっていう噂も聞くくらいだし、別に今に始まったことじゃない。
 それでも、色々な女子から間断なく呼び出しを受けてはどこかへ行くノクトを見ていると、何となーく寂しくなってしまうのがオレの性分だ。
 はぁーあ、とオレは盛大な溜息を落とし、窓から目を背けてほうきを左右させる作業に戻る。
 が、しばらくして、やっぱり気になってしまうオレは、ちらりと視界の隅を窓の下に向けた。もう二人はいなかった。
 あの女子かわいかったなあ。
 ノクトは彼女にどう返事したんだろうか。
「ちょっとプロンプトくん、真面目に掃除やってよね!」
「あぁ~ごめんごめん!」
 気の強い女子に叱られたオレはへらへらと愛想笑いを返した。

 

 掃除を終えて席に戻ると、机に掛けてある通学鞄が膝の横に触れた。すると否応なく意識してしまう。その中にある、長方形の箱に。
 昨日ノクトと別れた後、オレは家への近道となる地下街を歩いていた。毎年のことだけど、いつもはだだっ広い催事スペースのようなところで、ここぞとばかりにバレンタインフェアが催されていた。若い女の子からおばあちゃんまで真剣な表情で品定めをしているそこは、ある種の戦場のようにも見えた。
 赤やピンクで色鮮やかに装飾された派手な売り場を遠巻きに眺めながら横を歩いていると、ふと青や緑ばかりの寒色でラッピングされたチョコレートが並ぶ一角が目に入った。
 その中のひとつが、闇夜で輝きを放つ一等星のようにオレの視界のど真ん中に飛び込んできた。まるで、チョコのほうから『買ってくれ!』と主張しているみたいに。
 吸い寄せられるように近付いてその箱を手に取ってみると、それは藍に銀の星々を散りばめた夜空模様の包装紙で包まれ、青とグレーを混ぜたような色のリボンが掛けられた長方形の箱だった。
「ノクトみたいだ……」
 自分でも不思議なくらいに、自然とそんな言葉がこぼれ出た。他の人が見れば何てことはない普通の地味なラッピングだったかもしれないけど、オレにはその星空の包装紙と青灰色のリボンがノクトのイメージそのものだったのだ。
「これ、ください!」
 気が付くとオレはそのチョコを買っていた。男がそんなもん買ってどうするんだよ、って感じだけど、オレはこれをノクトにあげたいと思ったんだ。
 ……だけど。
「プロンプト、帰ろーぜ」
「うっわ、ノクトすごいねそれ!?」
「あ~、けっこう重てーぞ?」
 大小さまざまな形のチョコが山盛りに入ったでかい紙袋。それを何でもないことのように持ち上げるノクトを見ると、オレは昨日の行為を後悔せずにはいられなかった。
 その場の勢いとはいえ、なんであんなもの買っちゃったんだろう。ノクトがこうして売りに出せそうなくらいの数のチョコを貰うことなんか、わかってたのに。
 オレなんか出る幕ないや、と思うと、無意識のうちにオレはチョコが入った鞄を隠すように後ろ手に持ち替えていた。
「プロンプト? どうかしたか?」
「えっ! う、ううん、全然っ! さー、帰ろ帰ろ!」
 オレはノクトの背を押すようにして教室を出た。
 いつもの通学路を帰りながらオレたちはくだらない話に花を咲かせる。
「なぁ昨日の『バロンの黒騎士』見たか? すっげー面白かったんだけど!」
「見た見た! 四天王倒すとこ、サイコーに熱かったよね!」
 喉から上のオレは好きなテレビ番組の話題に興じながらも、胸のうちでは心ここにあらずで、ずっと別のことを考えている。すなわち、鞄の中でひっそりと出番を待つこのチョコを、ノクトに渡すか、渡さないか、だ。
 友チョコっていう文化もあるし、男同士でプレゼントをするのもさほどおかしなことではないのかもしれない。でも、もしノクトに気味悪がられたら? 仮に受け取ってもらえたとしても、もしあのでかい紙袋の中に押し込まれて、他の派手なチョコの下に埋もれて影も形も見えなくなってしまったら?
 それは、ちょっと凹むどころでは済まないかもしれない。
「……プロンプト?」
「……えっ!? 何?」
「どうしたんだよぼーっとして。今日のお前、何か変だぞ?」
「そ、そうかな?」
「熱でもあんじゃねーの?」
 怪訝そうに言ってノクトはわざわざ手袋を片方外し、オレの額に手のひらを当てて体温を確認してくれた。
「普通だな……じゃあ、何か変なもん食ったとか?」
「あはは、本当に何でもないから大丈夫だって! ……でも、ありがと、ノクト」
 これで充分だ、とオレは思った。あれだけたくさんのチョコを貰っても、ノクトは今日も変わらずオレと一緒に帰ってくれる。隣を歩いてくれる。
 星空模様のラッピングのこのチョコは、自分で食べよう。
 ノクトに笑いかけながら、オレはそう決断を下した。

 

「あーーーあ」
 帰宅したオレは、誰もいない暗いリビングの椅子に腰掛け、テーブルにチョコを置いた。ノクトに貰ってもらう予定だったのに、鞄から出されることすらなかったかわいそうなチョコ。
「オレが買わなければよかったねえ」
 そうしたらお前も誰かの手に渡ってバレンタインチョコとしての本懐を遂げていただろうに。オレはチョコの箱をツンとつついて話しかけた。もちろん返事はないけれど。
 ノクトはどうしているかな。あれだけチョコを貰ったんだから、そのうちの誰かとデートにでも行っただろうか。
 そのままテーブルに突っ伏していると、オレはいつの間にか眠りに落ち、リビングを見下ろす掛け時計の長針は静かに時を刻んで一周していた。
 やがて、オレはけたたましい電子音で眠りの海から現実へと引き戻された。
『ピンポーン、ピンポーン』
 玄関のチャイムだ。
「んん……何……新聞屋のセールスかな……」
 寝ぼけ眼をこすってオレはのろのろと顔を上げた。
『ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポーン』
「はいはい、今出ますよー」
 それにしてもやかましい販売員だ。そんなに鳴らさなくても聞こえてますってば。
 オレは玄関へと向かい、サンダルを足に引っ掛けて扉を開けた。
「セールスはお断り……って、ノクトぉ!?」
 そこに立っていた人物を見るやいなや、オレの脳は瞬時に覚醒した。
「よっ」
 軽く右手を上げたその来訪者は、セールスの販売員でも宅配便の配達員でもピザの出前でもなく、なんと先刻別れたはずのノクトだったのだ。
「あれ? な、なんで!? あ、オレ何か約束してたっけ、ごめん忘れてた……」
「あぁいや、そうじゃねえ。オレが勝手に来ただけ」
 もしや何かすっぽかしてしまったかと早合点しかけたオレを制してノクトは言った。服装を見ると、高校の制服じゃなくモッズコートにジーンズというラフなスタイルだ。どうやら一度ノクトのマンションに戻ってからウチに来たらしい。
 それにしても、なぜ突然。オレが首を傾げていると、ノクトは何の前触れもなく急にオレのほうにコンビニの買い物袋を突き出してきた。
「ん」
「…………?」
 まるで意図がわからない。新手の謎かけか何かだろうか。ノクトのマンションの近所にあるコンビニ『ローリン』のロゴがプリントされた袋を凝視していると、ノクトはふいっと視線を逸らし、ぶっきらぼうに言った。
「プロンプト、今日何か様子が変だったからよ。何でだろーって気になっててさ。で、閃いたんだけど、もしかして今日チョコ欲しかったんじゃねえか、って」
「……へっ?」
 オレが、ノクトからチョコを貰いたかった、だって?
 寝耳に水、オレにノクトの謎解釈。斜め上を行くノクトの行動にオレの開いた口がふさがらない。
 そんなオレの反応を見たノクトはまた何か勘違いしたらしく、今度はおもむろに買い物袋を引っ込め始めた。
「あー……、やっぱコンビニのチョコじゃ、ダメ? でも駅前まで買いに出たら夜になっちまうし、それより早く行かねーとって思ってよ……」
「え!? あ、あああ待って待って! ダメじゃないです! 全っ然!」
 慌ててオレはコンビニの袋をノクトの手からもぎ取った。
 何だかよくわかんないけど、ノクトがオレにチョコをくれるって言うんなら貰う以外の選択肢なんかない。コンビニだろうが何だろうが、そんなことはどうでもよかった。ノクトがオレの様子を気に掛けてくれて、帰宅後にわざわざチョコを買って、ウチまで届けに来てくれた――その事実が、何にも勝るサプライズプレゼントだ。
「ありがとうノクト……すげー嬉しい」
 袋からピンク色の包みの小箱を取り出し、オレは目を細めた。コンビニでそわそわしながらこの可愛い箱をレジに持っていくノクトの顔を想像するだけで、オレの頬は緩みっぱなしになってしまう。
 そんなオレの反応に安堵したらしいノクトは、一瞬ほっとしたように相好を崩した後、いつもの斜に構えた自信家の面構えに戻っていった。
「な、プロンプト。せっかく来たんだし、ちょっとゲームしてっていいか? また『エンタープライズ』やりてぇわ」
「うん、もちろんいいよ! 上がって上がって」
 両親の帰りが遅いこの家にはオレ以外誰もいない。オレは喜んでノクトを迎え入れた。

 

「っじゃましゃーっす」
 猫背気味にノクトが入ったリビングは真っ暗なままだった。オレは帰ってから電気もつけていなかったことを今更思い出し、慌ててスイッチを押した。
「ああごめん、暗かったよね!」
 すると殺風景なリビングがぱっと昼白色に明るくなり、視界が利くようになった。と同時に、あらわになったテーブルの上を見てオレはぎょっとした。そこにはノクトに渡す予定だったチョコが置きっ放しになっていたのだ。
 ノクト、頼むからそれに気付かないで――噴き出す冷や汗、石化するオレ。しかし、ノクトの目線はそれをしっかりと捉えた。
「ん……?」
「!!!」
 まあ、気付かないほうが変だよねっていう。
 ノクトはそんなオレの挙動に構わず、テーブルの上のチョコを指差して不満気に言い放った。
「プロンプトお前、ちゃっかりチョコ貰ってんじゃねーかよ! 別にオレがやる必要なかったんじゃねえの?」
「え!? いやいやいやノクトそれは貰い物じゃないって!」
 どうやらノクトはオレが誰かからプレゼントされたものだと解釈しているようだった。オレが眼前で手を振って全否定すると、ノクトは「じゃあ何だよ」と言いたげにオレにジト目を向けてきた。
 うっ、と言葉に詰まったオレはうろうろと都合のいい言い訳を探し回ったけれど、そんなもの簡単に落ちているはずもない。
 それに、ノクトはこうして正々堂々チョコを持ってきてくれた。オレだけ逃げるなんてあまりにも情けないじゃないか。
「実は……さ。それ、オレが買ったんだ。ノクトに渡そうと思って」
 覚悟を決めたオレは、包み隠さずに告白した。
「え、オレに?」
「うん」
 話し始めると、不思議と喉のつかえが楽になってゆく。オレはテーブルの上のチョコを手に取り、驚いているノクトに見せて言った。
「これ、ノクトのイメージにぴったりだと思わない?」
「はぁ!? いや、オレこんな星空じゃねーし」
「そうかな。オレはすごく似てると思ったんだ」
 静かな藍地も、キラキラ光る銀の星々も、艶のある青灰色のリボンも。数えきれないほどのチョコが並ぶあの売り場の中で、ひと目でオレを惹きつけた。
「だからさ、貰ってほしかったんだけど……ほら、ノクトってばもう山ほどチョコ貰ってたじゃん? だから何か渡しづらくってさ」
 持って帰ってきちゃった、とオレは自嘲気味に笑った。
「ばっ……! お前、ンなこと考えてたわけ!?」
「そ、そうだよ! まーモテモテのノクティス様にはわかんない気持ちかもしれませんけど?」
 するとノクトは全身で深く溜息をつき、「あのなぁ」と面倒そうに切り出した。
「お前、何か勘違いしてるぞ。あのチョコはなぁ、ひとっつも、オレの手元に残らねーんだからな?」
「……え?」
 わけがわからずノクトの渋面を見上げると、ずびし、と人差し指で眉間をつつかれた。
「プロンプト、オレは誰だ?」
「誰って、ノクトだよ」
「じゃなくて」
「……ルシス国王子のノクティス様?」
「そ。王子様は、不特定多数の人から貰った食い物をほいほい口に入れちゃいけねーの。わかる?」
 つまり、没収される。ノクトの指に眉間をうりうり押されながらオレは目を点にした。
「ええっ!? そーなの?」
「そ。まぁ、『受け取るのも優しさだ』ってイグニスがうるせーから貰うだけ貰うけどな」
「……そうだったんだ」
 オレは自分の無知が恥ずかしくなった。ノクトが女子にどう返事しただろうか、とか、今頃デートに行ってるかな、とか。ちょっと考えればわかったはずなのに、本気でそんなことを考えてしまっていたんだから。
「ごめん、ノクト、オレ……」
「ってことで、このチョコ貰うわ。サンキュな、プロンプト!」
 そう言って白い歯を見せると、ノクトはオレの手から星空模様のチョコの箱をぱっと奪い取った。そして上下左右からじろじろ眺め、まんざらでもなさそうに独りごちる。
「そーか、オレこういうイメージか~。なかなかいいじゃん」
「あっ……でも、だったらそれも没収されちゃうんじゃ」
「は?」
 オレの危惧に対し、ノクトは呆れたように大真面目に言った。
「何言ってんだ。お前は『不特定多数』じゃねーだろ」
「……ッ!」
 ぶわっ、と足の裏から頭のてっぺんまで高揚感が噴き上がった。
 ノクト、今自分がどれだけかっこいいこと言ったかわかってる? そんなこと言われたら、オレ、いい気になっちゃうよ? 自分のことトクベツって思っちゃうよ?
「あ、そーだ。せっかくだからお前のチョコとオレのチョコ、一緒に食わねえ? 色々味があったほうがおもしれーだろ」
「おっいいねー! そうしよう!」
 平然と答えたけど、オレは顔がにやついてしまうのを抑えるのに必死なんだからな!

 

「うるァーーッ! おりゃーーッ!」
「わーっ、ノクト右、右~!」
「うおっ! マジかー!」
 オレの部屋に移動したノクトは今、空飛ぶ船上人となっていた。
 『エンタープライズ』は飛空艇エンタープライズ号を駆り敵機を撃墜していくフライトシューティングゲームで、最近出たばかりの人気作だ。
 コントローラを握るノクトは機体の動きに合わせて体を右へ左へと傾けながら白熱のドッグファイトを演じている。
「くっそー、ファルコン速ぇな! 待てコラー!」
 基本的に、ゲームをしているときのノクトはやかましい。というか、子どもっぽい。なけなしの小銭を投入してゲーセンの筐体にかじりつく小学生男児と同じ顔をして、ノクトはコントローラーのボタンを連打した。
「プロンプト! 次!」
「はいはい」
 オレは包装を解いた箱からチョコを二粒つまみ上げ、ひとつは自分の口に入れ、もうひとつはノクトの口に放り込んでやった。ゲームが忙しくて手が離せないがチョコは食べたい、という我儘なノクトのために給餌係になっているのだ。
 オレが買ったチョコとノクトが買ったチョコを交互にノクトの口に運びながら、オレも甘いもんだと苦笑する。というか、平気で与えられる側になっているノクトってやっぱり王子様だよなあ、と思う。ゲームは交代でやっているけど、オレは別に給餌してもらおうとは考えないもんな。
「うわ、ちょっとノクト、指まで食べないでよ!」
「おう悪ィ、……っあーーーやばい落ちる! メーデー! メーデー!」
「もー……」
 チョコごと咥えられた指先にノクトのやわらかい唇の感触が残って、オレはなぜだかドギマギしてしまった。こっちがメーデー言いたいよ、まったく。
 そしてゲームを始めてから約一時間。ノクトは本日三度目の敗北を喫した。
「だぁーッ! 負けたー!」
 その場に仰向けに倒れるように大の字になり、ノクトは悔しさを爆発させている。
「あっはは、ノクトもまだまだだね~!」
「るせー! ファルコンめ、次は絶対勝つ……!」
 ゲーム相手に本気で瞳に炎を燃やしながらノクトは宣言した。そして突如むくっと起き上がると、憂さ晴らしのつもりか、なんと残ったチョコをまとめて取り上げて一気に口に放り込んでしまったからオレはたまったもんじゃない。
「あーっ! それ、オレがノクトに貰ったやつ! 何で最後食べちゃうんだよー!?」
「あ? いいじゃねーか、また買ってやるよ」
「そういう問題じゃないでしょー! あーもー、マジ信じらんない」
 もぐもぐ食べながらくぐもった声で平然と言うノクトにオレは脱力した。せっかくノクトがくれたチョコだから、最後のひとつはオレが食べようと思って楽しみにしていたのに。
「ノクトのバカ、オレの最後の一個返せよおおお」
 半泣きのオレはノクトのほっぺたをぶに、と掴んで恨みを込めて上下左右に引っ張り回した。
「あだっ、やめ、やめろ、口噛む!」
「噛んじゃえよ! それで口内炎にでもなればいいんだ、バカノクトー!」
 オレは半分冗談、しかし半分は本気でバカバカと繰り返しながらしつこく喚いた。
 本当に、本当に楽しみにしてたんだからな。
 すると、さすがにまずかったと思ったのか、ノクトは少々ばつが悪そうに表情を歪め、威儀を正すようにその場で姿勢を整えた。
「悪かったって。ったく……」
 そして、ふいに斜め上の天井を指差して声音を変えた。
「あれ、プロンプト。あそこ、虫いねえ?」
「バカノク……えっ虫? どこ!?」
 虫が大の苦手であるオレは、ノクトを詰りながらもぎょっとしてノクトの指差すほうを振り仰ぐ。
 直後。視界の端で、ノクトの姿がふっ、と動いた。
「――ッ!?」
 いきなり、すごい力で首の後ろを引き寄せられて。気が付くと、オレの眼前に、ノクトの顔があった。それはもう、近すぎてピントが合わないくらいにすぐそばに。そして、オレの唇に触れるこの、あたたかくてやわらかい感触は……。
「ノクト、ちょっ……!」
 喚こうとしたけれどうまく声が出せなかった。なぜなら、ノクトの唇がオレの唇に押し当てられていたからだ。
 オレの頭は混乱した。
 いったい今、何が起こってる? ノクトがオレにしているこれは、キス……だよな? 何で? 何でノクトがオレにキスを? わけがわからないぞ!?
 CPUの処理がまったく追いつかずブルースクリーン状態になったパソコンみたいに、オレは驚いた姿勢のまま石像のように固まってしまった。
 すると、唇を押し開けるようにして、ぬめりとざらつきを持つあたたかい何者かがオレの口内に侵入してきた。チョコレート味のするそれは、オレの歯列をなぞり、さらに奥へと入ってくる。
 ねえ、待って。もしやとは思いますが、ノクトさん、あなた舌入れてません? もしもーし。
「んッ……!」
 舌と舌とが触れ合った瞬間、思わず変な声が出た。羞恥で顔が爆発しそうになる。と同時に、電流のような刺激が身体を駆け抜けていった。
 初めて体験する口内の侵略者は、無遠慮にオレの舌を吸い、絡めとり、蹂躙していった。そんな噛むようなキスなのに、不思議とオレの頭は徐々に麻痺して真っ白になってゆく。
「っは……ノクト……っ!」
 声にならない吐息で名を呼んだのは、やめろと言うためか、それとも逆の理由だったか。正気がぐらぐらと揺れ、それすらもわからなくなってきた。ただ、いつの間にか、オレの舌もノクトを求めるように熱を持って応じていた。
 手首を掴まれて荷重を掛けられると、オレの上半身は傾いで床に倒れ、仰向けになった。上からのキスはより圧迫が強くなり、呼吸の苦しさと身体の火照りと毛細血管の端まで駆け巡る興奮がオレを支配した。
 このときのオレのIQは3にも満たなかっただろう。どういうわけだか、まったくもってどういうわけだか、ノクトとするキスはこのまま死んじゃうんじゃないかってくらいただただ気持ちよかったのだ。
「……っ、はぁっ、プロンプト……」
 オレがあの世に逝っちゃう寸前、ようやくノクトは唇を離してくれた。荒い息をつきながら、オレの上にのしかかったまま至近距離でオレを見下ろしている。
 そして、いまだ目の焦点も定まらないオレに聞いた。
「最後のチョコの味、しただろ……?」
 霞がかかったようにぼんやりした頭でオレは思う。
 ノクトって、たまにすっごいバカだよね。
「うん……した……すっげえよかった……」
 でもそんなバカなところも好きなオレはもっとバカかもしれない。
 チョコが残る唇をひと舐めすると甘くて苦い幸せの味がした。
「もう一回するか?」
「する」
 ノクトの問いに、IQ3未満のオレは即答した。
 その後我に返ったオレとノクトは恥ずかしさのあまり二人して床をのたうち回る羽目になるのだが、それはそれ、これはこれ。盛りのついた若猫みたいなオレたちは、早速続きを開始した。
 この場を借りて言わせてください。顔も知らないバレンタインさん、バレンタインデーを作ってくれた全国のお菓子屋さん、マジでありがとう。
 オレのバレンタインデーは、最高にハッピーです。

 

おしまい

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