プロンプトが悪夢を見る話

プロンプトがノクトたちに見放される悪夢を見るお話です。うっすらノクプロ。

プロンプトが悪夢を見る話

 墨をぶちまけたような暗闇に四方八方を囲まれて、オレはその場にへたりこんでいた。
 闇は人を不安にさせる。一寸先も見えない真っ黒な空間がオレの臓腑をきりきりと締め上げて、呼吸を細く細く狭めていくような錯覚さえ覚える。
 そこへ、突然ぼうっと淡い光が浮かび上がり、オレは思わず目を細めた。
「グラディオ……?」
 光の中に、グラディオが立っていた。丸太のような筋肉隆々の腕を組んでじっとオレを見下ろしている。
「グラディオ! 良かった、ねえここどこ? どっち見ても真っ暗で……」
「プロンプト」
 オレの早口とは対照的に低い声でグラディオが言う。
「おめぇにはがっかりだぜ。もうちっと頑張るかと思ったのによ、いつまで経っても情けねえ戦闘しやがって」
「……え?」
 オレは我が耳を疑った。
 グラディオ、いきなりどうしたの。
 考えるよりも先に、グラディオの隣に二つめの光が現れた。今度はイグニスが立っている。
「まったくだな。いつも戦いで真っ先に倒れるのはお前だ、プロンプト。正直ここまで頼りにならないとは思わなかった」
 いつも通り落ち着いた声で、しかしどこか突き放したように淡々とイグニスは言った。
「イ、イグニス?」
 メガネの向こうから突き刺さってくる視線がひどく冷たくて痛い。たじろいだオレは無意識のうちに後ずさってしまう。
「えっと……ごっ、ごめん! 今度はもっと頑張るからさ、二人ともそんな怖い顔しないでよ! ねっ?」
 急に二人ともどうしたんだろう。オレがみんなに比べて弱いのは残念ながら事実なわけだけど、みんなオレがただの平民上がりなことわかってくれてるから、今までこんなふうに本気でなじられたことは一度もなかったのに。
 ところが、オレの弁解に答えたのは三つめの光だった。
「今度? 今度なんかねーよ」
 ノクトだった。
 狼を思わせるつり目がちな瞳が、まるで矮小な虫でも見るかのようにオレを見下ろしている。
「ノクト……?」
 ノクトから初めて向けられた、底冷えのするような視線だった。そこには敵意や害意すらない。あるのはただただ失望と無関心。
 冗談なら、やめてよノクト。
 気持ちの悪い汗がオレの背中をつたって流れた。
「今度がないってどういうこと……?」
 震える喉からなんとか声を絞り出すと、ノクトは煩わしそうに眉をしかめた。
「そのまんまの意味だ。お前との旅は今日で終わりって意味だよ!」
「……はあっ!?」
 旅が、終わりだって?
 意味がわからず間抜け面で呆けることしかできないオレに、ノクトはさらに温度のない言葉を投げつけてきた。
「プロンプト、お前はここで置いていく。旅はオレたちだけで続ける」
 後頭部をハンマーで思い切りぶっ叩かれたらこんな衝撃だろうか。
 頭の中が真っ白になった。うんとかああとか言う相槌すらも忘れてしまったかのように、何も考えられない。言葉が出ない。
 オレは愕然としてノクトを見上げた。
「え……あ……なんで……」
「なんでもクソもあるか。足手まといなんだよ、お前は」
 ノクトは「それに、」と続ける。
「オレとグラディオとイグニスは昔からの縁がある。物心つくかどうかって頃からの、家ぐるみの長ぇ付き合いがな。それに比べてお前はどうだ、喋るようになったのはここ数年の話じゃねーか。その上お前は平民。これ以上一緒に旅する理由なんか何もねえよ」
 ノクトの言い放つ言葉のひとつひとつが鋭利な刃物となってオレに突き刺さる。そのたびに、オレの体のいたるところから目には見えない血が流れ出る心地がした。
「う……嘘だよね、ノクト? 旅する理由が何もないなんてそんな、オレ……」
 声がうわずってうまく出せない。頼りなく揺れるオレの声にノクトは表情ひとつ変えることなく、くるりと背を向けた。
「じゃあな、プロンプト」
 ノクトが言うと、グラディオとイグニスも踵(きびす)を返した。
「えっ……ま、待っ……」
 へたりこむオレを置いて、ノクトたちは光の向こうへと歩き始めた。手を伸ばしたけれど手の平は虚しく空(くう)を掴む。ノクトたちの影はどんどん小さくなってゆく。
「待って、待ってよみんな! オレを置いていかないでよ! 頑張るから、頑張るからさあ! ねえ、ノクトーーーーー!!!」
 腹の底から絶叫した。
 光の中で影はどんどんぼやけていって、やがてオレの目の前は真っ白になった。

 

「……ト。プロンプト!」
「う、うう……」
 肩をゆさゆさと揺さぶられて、オレは呻いた。ぐしゃぐしゃに絡まった糸をほどくようにして遠い意識をたぐり寄せると、瞼の隙間からやわらかい光が差し込んできた。
「あれ、グラディオ……?」
 接着剤でくっついてしまったように開こうとしない瞼を無理矢理押し開けると、グラディオのいかつい顔がオレを上から覗き込んでいた。
「大丈夫か、プロンプト。泣いてるぞ、お前」
「ええっ、嘘っ!?」
 慌てて目をこすると、乾きかけた涙が手についた。なるほど、そのせいで瞼が開きにくいらしい。
 上体を起こして視界が広がると同時に、脳が徐々に覚醒していった。すると、ここは暗闇なんかじゃなかった。何の事はない、いつものテントの中でオレは寝ていたのだった。
 夢かぁ――
 そう気付くと肩の力がどっと抜けて、緊張がほぐれた喉から安堵のため息がゆるゆると吐き出された。
 それにしても、なんて酷い夢を見てしまったんだろう。
「うなされてるみてえだったから起こしたけどよ、何か変な夢でも見たのか?」
 そう尋ねてくるグラディオの表情はのん気そのもので、さっき見たような剣呑さなど1ミリもない。良かった、いつものグラディオだ。
「まあ、その」
 オレは咄嗟にへらっと笑顔を作っていた。
「それがさあ! シドニーちゃんの顔がシドに変わっちゃった夢見てさ~」
「ぶっ! なんだそりゃ、マジでやべえ夢じゃねえか!」
「でしょー!? そりゃうなされるってもんだよー」
 あははは、とオレは涙を拭って笑った。
 なんで咄嗟に嘘をついてしまったんだろう。
 答えはすぐに出た。声に出して言いたくなかったんだ、あんな情けない夢。
 オレとグラディオが笑っていると、テントの入り口がめくられてイグニスが顔を出した。
「起きたか、プロンプト」
 メガネのせいで一見冷たそうに見えるけれど、イグニスの瞳はいつだって優しい。さっきの夢とは全然違うあったかいその表情を見た途端、ほっと安らぐ心地がした。
「おはよ、イグニス!」
「おはよう。朝食はもうできているから、手洗いとうがいをしてきてくれ」
「うん、わかった」
「ちゃんと石鹸も使うんだぞ。タオルは水玉模様のほうを使え」
「はーい」
 毎日のように繰り返される会話に、後ろでグラディオがくっくっと笑っている。
「日に日にカーチャンっぽくなってくよな、イグニス」
「だよねー」
 オレとグラディオがコソコソ喋っていると、立ち去りかけていたイグニスがもう一度顔を出して、
「何か言ったか」
 と、明らかに聞こえているだろうにご丁寧に反応してくれた。
「何でもないでーす! さーて手洗いうがい、っと」
 いつも通りのグラディオとイグニスに安心したオレは、早速調子を取り戻していそいそと立ち上がった。
 ブーツを履いてテントから出ると、キャンプチェアで寝ぼけ眼のまま携帯をいじっているノクトがいた。
 悪夢の中のノクトを思い出してオレは一瞬怯んだけれど、ここはもう現実だ。ノクトが言うはずないじゃないか、『お前はここで置いていく』だなんて。あれは、悪い夢だったんだ。
「……ノクト、おはよ!」
 一度唾を飲み込んでからオレはノクトに話しかけた。
 するとノクトは携帯から顔を上げて、
「おー」
 と、いつも通りの、やる気があるのかないのかわからないようなトーンで返事をしてくれた。
 けれどその眉根が少し険しいのはなぜだろう。まさかね、とオレが内心びびっていると、ノクトは盛大な溜め息を吐いて自分から話し始めた。
「なー聞いてくれよプロンプト。今日の朝メシ、クエクエ豆のスープだってよ! 朝から豆とかマジないわぁ~」
「……豆?」
 身構えていたので、そのくだらない、いかにもノクトらしい愚痴にオレの声はつい裏返ってしまった。
「は……あっははは! ノクト、残念だったねー! あはははは!」
「んだよ、笑うなよ! 重要なことだろーが!」
「あはははは! 可笑しい~」
 腹を抱えて笑うオレにノクトはぶすったれて口をへの字に曲げている。
 ノクト、オレが大笑いしてる理由はノクトのしょうもない愚痴のせいだけじゃないんだよ。悪夢を真に受けて、そんな必要ないのに、つい構えたりなんかしちゃった自分があまりにバカバカしかったから笑ってるんだ。可笑しくて、嬉しくて。
「あははは。豆、三粒だけならもらってあげるよ!」
「はぁ!? 三粒だけとか意味ねーし! あ……いや、待てよ、三粒だけでも……うーん」
 本気で悩み始めたノクトを見て、オレはさらにひとしきり笑ったのだった。

 

 その日の午後。
 オレたちはコルニクス鉱油アルスト支店で受注したモンスターハントに勤(いそ)しんでいた。
「おりゃあああ!」
 グラディオの放つ必殺技がハントのターゲットである野獣バイコーンの立派な角を叩き切った。
「ナイス、グラディオ!」
 ノクトが明るい声を上げる。と同時に、怒り狂ったバイコーンがノクト目掛けて突進してきた。そこへ風のように割って入ったのがイグニスだ。
「お前の背中はオレが守ろう」
 イグニスは常にノクトの一番近くで戦う。このときも例に漏れずノクトの背側に颯爽と立つと、向かってくるバイコーンの眉間めがけてナイフを投げつけた。
「頼りにしとくわ!」
 背中をイグニスに任せ、ノクトは別のバイコーンに狙いを定めた。
 ターゲットは全部で七頭。うち、四頭はすでに倒した。けれどこのバイコーン、人を襲うだけあって相当な暴れ馬で動きも素早い。ここまで倒すのに時間が掛かってしまってすでに日が山の端に沈みかけている。急がないと日が暮れてシガイが出現してしまう。
 オレは跳ね回るバイコーンを視界の中心にじっと据えてトリガーを引いた。
「当たれーっ!」
 弾は馬の命とも言える脚を貫通した……かに思えた。
「よーし……って、あれぇ!?」
 オレはガッツポーズを決めかけたが、実際は弾は脚をかすっただけだったようで、バイコーンは脚を気にしつつも再び跳ね上がった。そしてあろうことか、そのバイコーンはびっこを引きながらオレたちに背を向けて逃走し始めたのだ。
「やばっ!」
「プロンプト! そいつを逃がすな!」
 ノクトからも声が飛んできた。
「りょーかい!」
 言われなくてもオレの足はバイコーンを追って走り出している。こいつを逃したらオレのミスのせいでハント失敗になってしまう。
 『足手まとい』――昼間のうちに忘れかけていたあの悪夢が脳裏をよぎり、オレは一瞬ぞっとした。実際オレは戦力的には一番劣っている。だけど、足手まといになって仲間に失望されることだけは、嫌だ。
 オレは無我夢中でバイコーンの後を追って駆け出した。
「待て待て待てーっ!」
 バイコーンは馬の亜種なだけあって走るのがとても速い。それでも距離を離されずに追えているのは、かすり傷とはいえさっきの攻撃で相手が脚を怪我しているからだ。オレはぜえぜえと息を切らしながら、どうにか目標の姿を見失わずに追いかけ続けた。
「もう一発……っ!」
 走りながらも狙いをつけ、もう一発弾丸を放つ。今度はバイコーンの右尻あたりに命中した。さすがに脚回りを二箇所やられては厳しかったのか、バイコーンはその場に転がるようにどうと倒れた。
 それでも強靭な獣は立ち上がり、よたよたとよろけながら逃げようとする。しかし普通の馬の常歩(なみあし)程度の速度になれば、もうオレの敵じゃあない。
 オレはこれで最後とばかりにトリガーを引いた。
「見えてる…ぞ、っと!」
 弾は頭部に命中した。バイコーンの巨体がぐらりと傾き、湿地の水たまりにしぶきを上げて倒れ込む。そして、今度こそもう動くことはなかった。
「やった!」
 オレは勝利の口笛を吹いて、額を拭った。全速力で走ってきたから汗がすごいことになっている。
「ノクトー、終わったよ」
 どうだ、見てくれた? オレだってやればできるんだぞ。
 ところが。したり顔で振り返ったその先には、湿地と木々が広がるばかりだった。
「ノクト……?」
 名を呼ぶも、その姿はない。
「グラディオー? イグニスー?」
 返ってくるのは草木のざわめきと、野鳥たちの声だけ。
 湿地の中ひとりぽつねんと立ち尽くし、オレはようやく気がついた。
 オレは、みんなからはぐれてしまったらしい。

 

「ノクトー、どこー……?」
 携帯の電波は微弱でつながらない。きょろきょろしながら、オレはとりあえず近くの岩場に登ってみた。岩場の上から三六〇度を見渡してみる。けれど見えるものといえば落ち葉混じりの土と淀んだ水たまりと暗い影を作る草木。上を見上げると、夕暮れを通り越して宵闇が空を覆うところだった。
 どこからかギャッギャッという獣だか猛禽類だかの声が聞こえてオレは思わず「ヒッ」と情けない声を上げていた。
「だ、だだだ大丈夫。怖くなんかないぞーっと……」
 オレには銃がある。まあ、旅の前に護身用に習った程度のものだけど、道中だいぶ上達しているんだから独りでも戦えるんだぞ。……多分。
 と、そこでオレは妙案をひらめいた。
「そうだ、銃があるじゃん!」
 銃を撃てばその銃声をノクトたちが聞きつけてくれるかも! オレって天才!
 オレは意気揚々と銃を空に向けて構えた。……が、そのときとんでもないものが空に見えた。
「……揚陸艇!?」
 ゴウンゴウンと低いエンジン音の唸りを上げながら空を遮り飛行するそれは、見間違えようもない、帝国の揚陸艇だった。この状況で銃声を響かせるなんて、どうぞ見つけてくださいと宣言するようなものだ。
 オレは慌てて岩場から降りて陰に身を隠す。ヤツらに見つかろうものなら大量の魔導兵が降ってきて(運が悪ければ魔導アーマーも一緒に、だ)オレなんかあっという間に蜂の巣だ。
「ヤバイよ~、早く行ってくれよー……!」
 岩陰に縮こまってオレは揚陸艇が行き過ぎるのをひたすら待つ。しかし揚陸艇は警戒運転でもしているのかなかなか去ってくれない。
 息を殺してただただ見つからないことを祈る。額から冷や汗が流れ落ちる。
 そうこうしている間にも日はどんどん暮れてゆく。岩陰と周囲とのコントラストは急速に少なくなり、オレの周りを夜闇が覆い始めた。
 再びどこかからゲッゲッゲッという不気味な声が聞こえてきてオレの肌がぞっと粟立つ。間違いない、シガイが出現し始めているのだ。
「ノクトー……」
 みんなは今頃どうしているんだろう。探してくれているだろうか。ほとんど動くことも声を上げることもできないまま、ただ時間だけが過ぎていった。

 

 何分くらい経っただろう。辺りがすっかり暗闇になっていることから考えると一時間二時間経ったのかもしれない。携帯の時計を確認したくても、闇の中では少しでも光を発すれば魔導兵に見つかる危険性があった。
 揚陸艇はしつこく上空を旋回した後、ようやくゆっくりと遠のき始めた。
「ふー……」
 オレはひそめ続けた息を吐き出す。
 けれど、ノクトたちの姿がどこにもないことには変わりない。
 暗闇への恐怖と孤独への心細さから、オレの頭の中にどうしようもない考えがよぎる。
「もしかして、探してくれてないのかな……」
 こんなに長時間再会できないなんておかしくないだろうか。まさか、オレのことなんて見捨てて行ったんじゃ……。
 オレは膝を抱え、否応なしに今朝見た悪夢を思い出していた。
『お前との旅は今日で終わりって意味だ』
『お前はここで置いていく。旅はオレたちだけで続ける』
『足手まといなんだよ、お前は』
『一緒に旅する理由なんか何もねえよ』
 冷ややかな目でオレを見下ろしてそう言い放ったノクト。あのときの絶望感が再び、足先から頭のてっぺんまで一気に電撃のように駆け抜ける。
「…………!」
 嫌な汗が噴き出した。呼吸がハッ、ハッと浅くなる。
「な……何考えてんだ、オレ! あんなの、ただの夢じゃん!」
 そう叱咤しつつもその不安を払拭できない理由はわかっている。……オレ自身にその自覚があるからだ。
 オレは幼少からついこの間までずっと、ルシス王都で安穏と暮らしてきた。フツーの学校に通い、フツーによく遊び、フツーによく勉強……はしなかったかもしれないけど、まあごく普通の人生を送ってきた。戦争なんて、どこか他人事のようにすら感じていた。
 ノクトのオルティシエへの旅に同行させてもらえることになり、警護隊で護身用程度に銃を習った。オレの戦歴なんて、ただそれだけ。もちろん努力はしている。でも幼い頃から修練を積んできたノクトやグラディオやイグニスには並ぶべくもない。
 みんなは優しいからそんなこと理解してくれているけど、じゃあオレが足手まといになっていないかと聞かれると、嘘になる。少なくともオレはそう思っている。
 そうでなくてもオレは唯一の平民出身だ。本来なら王子様やその側近たちと旅をするなんてありえない。
 ノクトとだって、小学校の頃から知ってはいたけど友達付き合いが始まったのは高校からだ。つまり、わずかここ五年のこと。グラディオやイグニスは子供の頃から家ぐるみの深いつながりがあったっていうから、縁の長さから言ってもオレは一番新参者ということになる。
 普段は気付かないけど、オレの心の隅の隅には人見知りで口下手で自信のない子供のままの自分が存在していて、いつも『自分が彼らといる意味』を自問していたように思う。本当に小さな声だけど、自分なんかが彼らと一緒にいていいのかな、邪魔に思われてないかな、と。
 だから今、こうしてはぐれたのを良い機会とばかりに、オレは見捨てられたんじゃ――
「……っ! 何考えてんだよオレは……!」
 湧き上がる暗い疑念をオレは思い切り頭を振って振り払おうとした。
 闇は心を蝕む。抱えなくてもいいような不安や恐怖を植え付けてしまう。そうだ、こんな考えになってしまうのは夜だからだ、気のせい、気のせいなんだ。
 しかしそう思おうとしても悪い予想は簡単に忘れられるものではなかった。悪夢と現実の狭間で木の葉のように翻弄され、オレは強く膝を抱え顔を埋めた。
 揚陸艇のエンジン音はかなり遠くなった。そろそろ明かりをつけてもいいだろうか。
 ライトのスイッチを入れ白い光が足下を照らすと、少しだけ緊張が和らいだ思いがした。とはいえシガイの脅威が去ったわけじゃない。気を緩めるわけにはいかない。
 そのとき、岩の後ろからガサッ、ガサッと何者かが草木を分け進む音が聞こえてきた。
「!!」
 ついに野獣か、それともシガイが来たか。オレは息を殺して銃を持つ。次の瞬間。
「わあっ!?」
 謎の足音が近づいてきた直後、目の前に眩しい光が飛び込んできて、暗闇に慣れていたオレの目は眩んだ。
「プロンプト? こんなところにいたのか!」
 ふいに慣れ親しんだ声が頭上から降ってきて、オレは恐る恐る瞼を開いた。
 そこに立っていたのは、獣でもシガイでもなく、なんとライトを灯したノクトだった。
「……ノ……クト?」
 震える声で尋ねると、ノクトは唇の片端を上げて笑った。
「何だよ、シガイにでも見えたか?」
 オレはぶんぶん首を振って否定する。ノクトだ。紛れもなくノクトだ。
「ったくよー、探したぞ? ハントの後、気がついたらお前いなくなってるし。揚陸艇が飛んでたから声上げて呼べねぇし。夜になっちまうし」
 言いながら、愚痴っぽい台詞とは裏腹にやわらかい表情で、ノクトはしゃがんでオレと目の高さを合わせた。
「~~~ッ!!」
 そんなノクトの顔を見た瞬間、オレの中にどっと安堵が広がった。そして緊張の糸がプツンと切れたついでに涙腺も決壊してしまった。
「ノ、ノグドぉぉぉ」
「うおっ! プロンプト!?」
 両目からダバーッと滝のように涙が出た。
「ううっ、うぐっ、ぎ、来てぐれないがど、思っだ」
「はぁ?」
 しゃくり上げるオレにノクトは怪訝そうに眉をしかめる。
「どうしたってんだよ」
「きょ、今日さ、」
 オレの意志とは関係なく、オレの口はカッコ悪い不安をぶちまけ始めた。止めようとしても止まらない。
「今日、ノクトたちに置いて行かれる夢、見て。オレが足手まといだって。それで、オレ、本当に見捨てられたんじゃないかって、思って」
「あ、足手まとい?」
 ノクトは「何言ってんだこいつ?」とでも言いたげな困惑顔でオレの言葉を反芻した。
「足手まとい、って……何、戦闘の話か? そんな言うほど酷くねーだろ、お前」
「それだけじゃない、オレ、みんなと違ってオレだけ平民だし、ノクトとの付き合いも一番短いし」
 そのとき、ノクトの困惑顔がふいにムッと渋く歪んだのを、気が昂ぶったオレは完全に見落としていた。
「オレにはグラディオやイグニスみたいにノクトとの長い縁がないから……ここらで切られても仕方ないかなって……」
「プロンプト」
 突如、乱暴に襟を掴まれた。ハッとして目を見開くと、ノクトの双眸が本気で怒っていた。
「……取り消せ」
「えっ」
「今の言葉、取り消せ」
 その静かな剣幕にオレの涙も引っ込んだ。怒り、憤り、悔しさ……そんなぎりぎりと軋みそうな強い感情が、襟を掴むノクトの手の震えから伝わってくるのがわかった。
「付き合いの長さ? 他のヤツより短けりゃつながりも浅いってか?」
 戸惑うオレにノクトは絞り出すような低い声で言った。
「長さなんか関係なく、お前はオレの……」
 親友じゃないのか。
 最後はノクトの歯軋りへと消えた。
「……そう思ってたのは、オレだけか。プロンプト」
「……ノクト」
 ノクトの伏せた睫毛の向こうで揺れていたのは、怒りよりも憤りよりも悔しさよりも、青灰色の哀しみだった。それに今更気付いたオレは、自分の言ってしまった台詞の心無さをようやく理解した。
「……っ! ご、ごめんノクト、オレそんなつもりじゃ……!」
 オレはなんて大馬鹿者なんだろう。悪夢なんかを真に受けて、現実のノクトの気持ちなんか考えもせずに勝手なことを言ってしまった。本当は、ノクトとの友情が嘘だなんて本気で思ったこともないのに。
「ごめん、ホントに、オレ……」
 これ以上ないくらいに狼狽し、消沈しているオレをノクトはしばらく見つめ、やがてぼそりと言った。
「取り消すか?」
 何を、は言うまでもない。さっきのオレの台詞だ。
 オレは夢中で頷いた。
「取り消す! 取り消すから……!」
 するとノクトはようやくオレの襟を掴んでいた手を離し、ふっと表情を緩めた。
「ったく、しょーがねえな。今回だけだぞ?」
「ノクト……」
「あーあ、世話が焼けるな。ほらよ」
 そしてノクトはその場に立ち上がり、いつも通りの顔でオレに手を差し出して言った。
「行くぞ、プロンプト!」
「……うん!」
 オレはその手をしっかり掴み、立ち上がる。
「そういえば、小学生の頃もこんなふうにお前に手ぇ貸したっけな。あのときは重くて大変だった」
「ええっノクト、覚えてんの!?」
「ったりめーだ。忘れてねえからな、メガネで小太りのプロンプト君」
「うっわ、嘘っ! 忘れてよー、もー!」
 ノクトがくっくっと笑う。まさかそんな昔のことを覚えてくれているとは思ってもみなかったオレは恥ずかしいやらちょっと嬉しいやらでどんな顔をすればいいのかわからない。胸の奥がほろ苦くなってまた泣きそうになってしまった。
 そのとき、遠くのほうからオレを呼ぶ声が聞こえてきた。
「プロンプトー! どこだー!」
「プロンプト、いたら返事をしてくれ!」
 グラディオとイグニスの声だ。隣でノクトが言う。
「あいつらもずっとお前のこと探してくれてたんだ。置いて行かれたーなんて言ってっと、グラディオにぶん殴られてイグニスにはメシ抜きにされるぜ?」
 ノクトの声音は冗談交じりだったけど、本当にその通りだ、とオレは思った。シガイの危険だってある中こんな時間まで探してくれていたのに、オレは、なんというくだらないことを考えていたんだろう。
「うん。ちゃんとお礼、言わないとね」
 オレはしっかりと頷いて、そして手を大きく振って声を上げた。
「グラディオ―! イグニスー! こっちだよー、ノクトも一緒にいるー!」
 横ではノクトがやれやれ、と肩をすくめた。
「あーもう九時じゃん。腹減ったわー」
「オレもオレも! なんかさ、ほっとしたらすげー腹減ってきた」
 言ってるそばからオレの腹は素直にぐううと空腹を訴えて鳴いている。
「ぶっ、でけー音!」
「今日のご飯、イグニスに言って多めにしてもらおー」
「だな!」
 そうと決まれば善は急げ。オレたちは駆け足でグラディオとイグニスの声のするほうへ向かい始めた。二度と離ればなれにならないよう、ぎゅっと固く手を繋いで。
 走りながらオレは思う。
 オレはみんなの仲間なんだ。みんなより弱くても、身分や付き合いの長さが違っても、一緒にいていいんだ。今日も明日も、明後日も、ずっと。
 くだらない悪夢なんかくそくらえだ。
「ありがと、ノクト!」
 オレは思い切りジャンプして、暗い水たまりを跳び越えた。

 

おしまい

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