HORIZON

FINAL FANTASY IV
Another Future

11. 自戒のしるし(2)

 自ら命を絶ったはずの俺は気がつくとベッドの上にいた。
 白いシーツ、柔らかい布団、差し込む陽光。
「…………?」
 俺は、何をしていたんだ……?
 どのくらい眠っていた……?
 なぜこんな所にいる……?
 俺はぼんやりする頭を動かした。
「…………!!」
 右の手首に、包帯が巻かれていた。
 そうだ! 俺は自分で自分の手首をかき切ったのだ……!
 あたたかい血液が流れだしてゆく感覚は覚えている。
 消えゆく意識の中、妙に落ち着いた気分で見上げたあの満月も。
 なのに、なぜ俺は生きている?
 その時、部屋の扉が開いた。
「おお、気が付きなさったか」
 入ってきたのはローブ姿の老人だった。
「あんたは……?」
 口から出た自分の声の力のなさに俺は驚く。
 身を起こそうとしたが身体が鉛のように重く、力が入らない。
「無理するでない。お前さんは大量に血を失ってしまったんじゃ。傷自体はケアルガで治しておいたが、体力が回復するまで大人しく寝ておれ」
 そう言って老人は持ってきたスープに薬らしき粉末を混ぜ始めた。
「俺を……助けたのか……?」
「たまには夜の散歩もしてみるものよのう。こんな拾いもんがあるとは思いもしなかったわい。わしが見つけなければお前さん死んでおったぞ」
 拾いもん、とは俺のことか。
 俺は動かぬ身体で老人を睨む。
「なぜ助けた……なぜあのまま死なせてくれなかった……!?」
 あのまま死んでいれば俺は楽になれたのに。
 もう自分の中の闇に苦しむこともなかったのに。
 安住の地を求めてひとりさまようこともなかったのに。
「……ゼロムスさえも破った光の戦士が、えらい弱気じゃのう」
 老人はおどけたように言った。
 何……? この老人は俺を知っているのか……?
「わしはミシディアの長老ミンウ。わしはすべてを見てきたからの、知っておるよ。セシルのことも、ローザのことも、もちろん……お前さんのこともな」
「どこまで……知っている……?」
「裏切り者のカインを知っている、と答えれば満足かな?」
「…………!」
 何ということだ……どうやら俺は本物のミシディア長老に拾われてしまったらしい。
 一般人ならともかく、この長老が相手では下手に逃げることもかなわないだろう。
「さあ、お喋りはおしまいじゃ。これを飲んでさっさと眠るがよい」
 そう言って長老は俺の口元に小皿を運んだ。
 動かない俺の身体は反抗しようという気概すら見せず、あっさりとスープを飲み込んだ。
 そして、長老の言う通り再び深い眠りについた。  

 何日か経ち、もう普通に歩けるまでに回復した頃。
 俺は、改めて長老に問うた。
「……なぜ、俺を助けたんですか」
「人が倒れていれば助けるのが当然じゃ。まして知っている相手ならばなおさらのこと」
 長老は新聞から目を離さずにさらりと言った。
「……それだけですか」
 そう訊いてしまったのは、俺が自身を信じていない故か。
 長老はひとつため息をつくと、新聞を膝の上に置いた。
「……まったく、妙なところで鋭いやつじゃ」
 そして長老は俺の方に向き直った。
「聞きたいならば聞かせてやろう。あの時お主は……あのままでは悪霊になってしまうところじゃった」
「悪霊……?」
「うむ。わしがお主を見つけた時、お主からは何かこう……黒い闇のようなものが出ているように見えたのじゃ。それに吸い寄せられるように数々の悪霊が群がっておった。放っておけばお主自身も悪霊になってしまうのは明白じゃった。そんなものを放っておくわけにはいくまい?」
「…………」
 つまり、死にかけてもなお俺の中の闇は生き続け、悪しき魂どもにつけ入れられようとしていたというのか。
 俺には安らかに死ぬことさえも許されないというのか……?
「クソッ……!!」
 ぎりりと奥歯が鳴る。
 いつになったら解放されるのか、俺は。
「気をつけなされ。闇はまだお主の中にある。今後も、それを狙って悪しきものが寄り付き、甘言を吐いて支配しようとすることもあるじゃろう。お主はそれに屈することがないよう、強い精神を持たねばならぬ」
「強い精神を、持つ……?」
「さよう。誰しも、大なり小なり暗い部分を持っている。それを消し去ることは予想以上に難しい。それはお主もよく分かっておろう?」
 確かに、俺はこの四年間闇を消すべくさすらった。
 だが、時が経てどもその闇は消えなかった。
 俺は長老の言葉に頷く。
「そう。ならば、悪に負けぬ強い精神を持たねばならん。……どうじゃ、お主、試練の山に籠ってみんか?」
「試練の山?」
 聞き覚えがあった。
 確か、セシルがパラディンに生まれ変わり、賢者テラがメテオを習得したという伝説の地だ。
「さよう。あの山は今もなお数多くの悪霊たちが巣食っておる。奴らの声に惑わされず、己を持ち続けることができれば自ずと精神も磨かれよう」
 そして長老は席を立つと、奥の部屋から長い槍を持ってきた。
 俺が自分自身を殺そうとした、ホーリーランスだ。
「どうじゃ、やってみるか?」
 試練の山での修行。
 それは今まで闇を祓うことに躍起になっていた俺にとっては初めての試みだった。
 闇は消えずとも、それに屈しない強い心を持つことができるなら――
「……やってみます!」
 俺は、槍を手に取った。
 慣れ親しんだこの感触に、期せずして俺の全身が喜び勇む。
 強い精神を手に入れる――長老が示してくれた、ひとすじの光明。
 それはほんのわずかな光でしかなかったが、今までやみくもに進んできた俺にとっては確実に道しるべとなる灯りだった。

「そうして俺は、この試練の山で修行をするようになった」
 俺は遠い山々を眺めながら話し終えた。
 手首の古い傷痕を、目の高さまで持ち上げる。
「だから……これは、自戒だ。簡単に死に逃げるなと、この傷が俺に思い出させてくれる」
 ためらうことなく横一直線に刻まれた、自戒のしるし。
 消そうと思えば魔法で消してしまえるのだろうが、俺はそれを望まなかった。
 これは一度は死に逃げようとした俺が背負っていかなければならない、忘れてはならない傷なのだ。
 と、その傷痕に細い指が触れた。
 ポロムが手を伸ばしていた。
「そんなことが……あったんですね……」
 ポロムの手が俺の手首を優しく撫でていった。
「話してくれて、ありがとうございます。本当は……話したくなかったでしょう? そのようなつらい過去は……」
 わたしのせいでごめんなさい、とポロムは律儀に謝った。
「……いや、構わん。少し前ならそうだったかもしれないが……なぜだか今なら冷静に話せる気がした。君のおかげで毎日が楽しいからかもしれないな」
「え!? わ、わたし!?」
 ポロムは素っ頓狂な声を上げたが、俺はこの推測はかなり良い線をいっているのではないかと思う。
 話すのも辛いような過去ならば、もしまだ自分がそこに囚われていればこうしてすらすら話すこともできないはずだ。
 今そうでないのは、自分がもうあの暗黒の日々の中には居ないからだ。
 自分自身、あの頃の心の闇を反芻することなくあっさりとこの過去を語ることができたことに驚いている。
 暗黒に彩りを与えてくれた存在、それは紛れもなくこの少女だった。
「さあ、残りの雑巾も洗ってしまおう」
 俺は服の袖を肘までぐっとたくし上げた。
 傷痕などもう気にする必要はないのだ。
 彼女がいれば、もうこの自戒のしるしすらも必要なくなるだろう。
「…………」
「どうした?」
 そんな俺を初めは困惑気味に見ていたポロムの表情が、笑顔に変わった。
「……いえ! ちゃっちゃと済ませちゃいましょう!」
 ざぶざぶと雑巾を手際よく洗っては干しながら、彼女は鼻歌を歌う。
 砂だらけになったほうきやちりとりも軽く流して壁に立てかける。
 最後に自分たちの手をきれいに洗い、手拭きをロープに引っ掛けた。
「ああ~きれいになりましたね!」
「俺だけではこれほど上手くはできなかった。ありがとう」
「ふふっ、いつでも呼んでくださいまし!」
 礼を言うと、ポロムは冗談っぽく笑った。

 帰り際、ふいにポロムは言った。
「カインさん、ありがとうございます」
「……何がだ?」
 チョコボを繋いでいる場所まで送り届けたことだろうか。
 それにしては声が神妙だ。
 彼女は、チョコボの上から俺に振り返って、溢れんばかりの笑顔を浮かべた。
「生きていてくださって、ありがとうございます」
「!!!」
「カインさんが生きていてくださったから、わたしはこうしてあなたと出会うことができました」
「ポロム……」
 生きていてくれてありがとうなど、一生のうちでいったい何度言われることがあるだろうか。
 こんなときどう返していいかなど知るはずもない俺は、兜の下で視線をうろうろとさまよわせた。
「い、いや、感謝なら救ってくれた長老に……」
「もちろん、長老にも感謝の気持ちでいっぱいですわ!」
 そう言って笑う彼女の上に木漏れ日がきらきらと舞い降りて、まるで光輝いているようだ。
 もし彼女がチョコボに騎乗していなければ、俺は思わず駆け寄って抱き締めていただろう。
 暗闇に差す一条の光。
 ああ、俺はきっと彼女のことを――。
 エッジたちから投げかけられた命題の答えが、近いうちに出せそうな気がした。

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