HORIZON

FINAL FANTASY IV
Another Future

12. 闇の足音(1)

- Porom Side -

「長老は、すべてご存知だったんですね、カインさんのこと」
 数日後、わたしは帰り際に長老に言った。
 カインさんの手首の傷痕、一度は命を断とうとした暗い過去。
「ん……? なんじゃポロム、聞いたのか」
「カインさんが全部話してくれました。カインさんを救ってくださって、ありがとうございます」
「ふぉっふぉっ、お主から礼を言われる筋合いはないわい」
 冗談みたいに長老は笑ってらっしゃるけど、長老がいなければカインさんと出会うことはなかったのだ。
 ただ、感謝と同時に、わたしは長老にいいように使われていたことに気付いてしまった。
「だからわたしにカインさんの様子を探るように仰ったんですね? 彼が再び命を断とうとしたり、闇を増大させていないか見張るために」
「ほっほ、そう思うてくれても構わん。おぬしならうまくやれると思うておった」
「なぜです?」
「ふたりとも寂しがり屋だからじゃよ。人前ではひとりでも生きてゆけると強がるくせに、その心の底では誰よりも人のあたたかさを求めておる。あの男は少々偏屈じゃが、おぬしとなら話もできるじゃろうと思うておった」
 長老は笑いながら話しているけれどわたしは少々呆れてしまった。
 わたしが危険な目に遭いやしないかなど考えなかったのだろうか、このお方は……。
「じゃが、まさかあの朴念仁が傷のことまでおぬしに話すとはのう……いやはや、人間丸くなるもんじゃな」
 ほっほっほ、と長老は肩を揺らして愉快そうに笑った。
「んもう、長老? あの方がもし悪い方だったら笑いごとじゃありませんわ!」
 まったく、カインさんが穏やかな方だったからよかったものの、軽率すぎるったらありゃしない。
「おや、やつはそんな悪人ではないぞ? わしだって数日看病していればそれくらいは分かるからおぬしに行かせたのじゃ。長老の目を見くびるでないぞ?」
「……別に見くびってません」
「それに、おぬしが一番よく分かっているのではないかな? やつがそんな人間ではないと」
「それは……まあ、そう、ですけど」
 カインさんのことを考えると顔がぽーっと火照るような気がして、わたしはいじいじと唇を尖らせた。
「ともかく、何があっても彼を信じてやりなさい。彼は人の手のぬくもりを知らなすぎる……彼が困っている時には手を差し伸べてやりなさい。それがやつへの一番の特効薬じゃ」
「……はい」
 わたしの方こそ助けられてばかりなんだけどな、と内心思いつつわたしは頷いた。
 でも、『何があっても』だなんて、長老も縁起でもないことをおっしゃる。
 すっきりとした表情で傷跡のことを話し終えたカインさんを思い出すと、今更何か起こるなんてまさかそんな。
 わたしは特に深く考えずに、長老の館をあとにした。

- Cain Side -

 その日、ポロムを送って行った後、俺はこうこうと輝く満月の下で瞑想を行っていた。
 寄りついてくる悪霊を精神の力だけで跳ね返す。
 今では少々の悪霊の手招きなど何ということはない敵だ。
 だが、突如俺の背筋を言いようもない寒気が襲った。
「!!!」
 あまりの邪気に俺は目を開け、辺りに目を配る。
 何もいない。
 だが、確実に『何か』がいる!
 そこかしこにいるような悪霊とは比べ物にもならない、どす黒い邪気の塊が……!
「何者だ!」
 俺は目を閉じ、精神を集中させる。
 そうしなければ、黒い渦に飲み込まれてしまいそうだった。
『ほほほほほ……美味しそうな心の闇だこと……』
 頭の中に甲高い声が鳴り響いた。
 『何か』が俺を狙っている……?
「消え失せろ!」
 俺はひときわ精神を研ぎ澄ました。
『まあ、怖い。ずいぶんと心が強くなったようね、カイン……?』
 何者だ!?
 俺は心の中で威嚇した。
『うふふふ……でもまだまだね……憎いセシルと愛しいローザにいまだにおめでとうの一言も言えないようじゃあ、ねえ……』
 甲高い声が頭の中でがんがん響く。
 少しでも気を抜こうものなら身体ごと掻っ攫われてしまいそうな圧力だ。
「く……っ」
 だが俺もだてに悪霊相手に精神修行を行ってきたわけではない。
 これくらいで屈してたまるか!
『ほほほ……頑張るわねぇ。……あらぁ? まあ、可愛いお嬢さんが心の中に住んでいるわね……?』
「!!」
『ふぅん、ポロムちゃんっていうの……うふふふふ……』
「何が可笑しい!!」
 俺は抵抗するように叫ぶ。
『ずいぶんと気に入られてるみたいじゃない……どう? さっさとこの子に乗り換えたら?』
「うるさい、黙れ!」
『本当かしら? 過去の記憶はねぇ、実際よりも大袈裟に美しく見えるものなのよ。いつまでローザに囚われているつもり……?』
「囚われてなど……!」
 その声が言うことは図星だった。
 ローザがもう手に入らないことは俺だってもう理解しているし、納得もしているつもりだ。
 だがそれでも、完全にローザに対する執着を捨てられたかと聞かれれば、素直に頷くことはできない。
 それはもう自分が本当にローザを愛しているのかどうかも分からないような、子どもの頃から刷り込まれた、思い込みにも似たある種の狂信的な観念だった。
 すかさず俺の闇に『何か』が入り込む。
 しまった、気を許してしまった。
『ほら……あなただってそう思ってる。それに比べ、ポロムちゃんは手を伸ばせばすぐそこにいる……あらぁ? 貴方も案外まんざらでもないみたい』
「ふざけるな! あいつは十も下の子どもだぞ!!」
 『何か』を追いだすように俺は気を奮い立たせる。
『まぁ、年齢を理由にするの? これだけ親密になっておいて、ズルい男……』
 これ見よがしなため息をつく『何か』に、俺はいい加減苛立ちを覚えた。
「何が目的だ! はっきり言え!!」
 すると甲高い声はすっと声音を落として囁いた。
 耳元で息を吹きかけられたような悪寒が身体中を襲う。
『……あの子に悪戯しましょうよ』
「なん……だと……!?」
『あの子を無理矢理押し倒して、抱いてしまうのはどうかしらぁ? 彼女は優しいから抗わないかもしれないわね……でも貴方は彼女の涙を見て後悔する。死にたいくらいに後悔して絶望する! そして心の闇はより一層、大きく、深くなる!!!』
「やめろ!!!」
 恍惚とした声が鳴り響き、俺は耳を押さえた。
 やめてくれ。
 そんなことは想像もしたくない。
 言葉で聞くだけでも拷問だ。
『ほら、貴方ができないのなら私が手伝ってあげるわ。身体の力を抜きなさい……』
 甘く、だが毒々しい声。
 すうっと、何か冷たいものが俺の内臓を撫でるように入ってこようとした。
 こんな誘惑に、負けてなるものか……!
「俺はその手にはもう乗らん! 出て行け、バルバリシア!!!!!」
 俺は気を爆発させた。
 一瞬頭が真っ白になり、膝から崩れ落ちる。
『ふふふ……また会いましょう……』
 声は、遠のいて行った。
 やがて、邪気は消えた。

「はっ……はっ……」
 夜風の冷たい月光の下、俺は背にじっとりと脂汗をかいていた。
 悪寒が走る。
「あれは……バルバリシア……!!」
 間違いない。
 耳に障る甲高い声といい、まとわりつくような邪気といい、蛇のように絡みつく甘ったるい毒々しさといい……。
「なぜ今頃……? 四天王は倒したはずでは……?」
 ともかく、長老に言われたとおりに精神を鍛えておいて良かった。
 そうでなければ俺はまたいいように操られ、とんでもない愚を犯していたことだろう。
「……真相は分からんが、油断はできんな……」
 俺はぐっと目を瞑ると再び瞑想に入った。

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