HORIZON

FINAL FANTASY IV
Another Future

13. ある雨の日に(1)

- Porom Side -

 数日経ったある日、仕事の後。
 わたしとカインさんは、試練の山の頂上付近でじっと固まったように向こうを凝視していた。
 目線の先には暗い洞窟。
 中から、時折毒々しいピンク色の尻尾が覗く。
 あれはリリスというモンスターの巣。
 わたしたちは小一時間ほど前からリリスの巣をじっと観察していた。
「……やはり、デマではないのか?」
 しびれを切らしたようにカインさんが小声でひそひそと言う。
「だって怪獣図鑑に書いてあったんですもの!」
 わたしもひそひそ声で言い返す。
「だがいくら待ってもリンゴを持ったリリスなど出て来んではないかっ!」
「シーッ! 声が大きいですわ!!」
「…………」
 茂みに隠れてリリスの観察を続けるわたしたちの目的、それは、『銀のリンゴを持ったリリスをこの目で確かめること』だった。
 怪獣図鑑を読んでいたわたしが偶然そんな記事を見つけ、検証しに行こうと言いだしたのが発端だ。
 カインさんには断られるかなと思っていたけれど、銀のリンゴがレアアイテムであるという意識はあるらしく、意外にもすんなりついてきてくれた。
 しかし、茂みに隠れてからもうだいぶ経つがリンゴを持ったリリスなど一匹もいない。
 というか、そんな姿は想像もつかない。
「……確率はどれくらいだ?」
「百匹に一匹いればいいくらいって書いてありましたわ」
「……はぁ!?」
 カインさんは呆れたように眉をひそめた。
 そしてがっくりと肩を落とす。
「それはまた、気の遠いことだ……」
 以前より感情表現が豊かになったカインさんの反応を見てわたしは微笑む。
 銀のリンゴを持ったリリスは見つからないけれど、何だか楽しいのはわたしだけだろうか。
「もう五分だけ……あらっ?」
 その時、冷たいしずくが空から落ちてきた。
 ぱた、ぱたと葉の上に水が落ちる音が聞こえてくる。
「……雨か?」
 カインさんも掌を空に向けて言った。
「残念ですわ、これでは検証ができないじゃないですか」
 そんなことを言っている間に、雨が葉を打つ音は徐々に早く大きくなってゆき、あっという間に周囲を覆う轟音になってしまった。
「きゃーっ! 何、この雨!??」
「夕立か……? とにかく、戻るぞ!」
「はい!!」
 先程まで晴れていた空は打って変わって黒い雲に覆い尽くされ、ざんざんとつぶてのような雨がわたしたちを打った。
 もう、こんなに急に降りださなくてもいいのに!
 どこからともなくゴロゴロという低い嫌な音が響いてくる。
 わたしの嫌いな、雷の音だ。
 その時、空が白く光った。
 嫌な予感がした後、つんざくような雷鳴が鳴り響いた。
「きゃあ!」
「急げ!」
 一瞬足を止めたわたしの手を引っ掴み、カインさんはわたしを引っ張った。
 水たまりに足を取られそうになりながらも、わたしは必死でカインさんを追う。
 そしてコテージにたどり着いた時にはもうローブの表面が雨を吸ってずっしりと重くなってしまっていた。
「ああ~もう、災難でしたわ……」
 雨から逃れ、ローブの裾を絞りながらわたしはへなへなと愚痴った。
 せっかくちょっと楽しかったのに。
 絞るそばから雨水が流れ出る。
「山にいればこういうこともある。運がなかったと思え」
 そう言ってカインさんはタオルを投げてくれた。
 鎧のおかげで服はほとんど濡れなかったらしく、カインさんは鎧を外すとがしがしと金髪をタオルで拭き始めた。
 その様子にわたしはぽーっと見入ってしまう。
 大雑把に水分を拭き、前髪を無造作にかき上げた時の姿が、なんとさまになることか。
 水も滴るなんとやらと言うけれど、これほど絵になる男性もなかなかいないだろう。
 わたしが自分の髪を拭くのも忘れて見惚れていると、カインさんは何を勘違いしたのかすたすたとコテージの奥へ入って行った。

- Cain Side -

 いきなりの豪雨に降られて水浸しになってしまった俺たちは、その日早々にコテージに戻った。
 まったく、銀のリンゴを持つリリスなどしつこく探すからだ。
 いや、もし見つかったらあわよくば銀のリンゴを頂いてしまおうと考えた俺への罰か。
 外よりはいくぶん暖かいコテージの中で、乱雑に髪の毛を拭きながら俺はそんなことを考えていた。
 こういう時長い髪というのは面倒くさい。
 切ってしまおうと思ったこともあるが、どうやらポロムがこの髪を気に入っているらしいのでそのまま放っている。
「……ん?」
 ふと見ると、ポロムは自分の髪を拭きもせずにこちらを見つめていた。
 ああそうか。
 俺は鎧があったから服は濡れていないが、彼女のローブはすっかり雨を吸ってしまっている。
 タオルだけ渡したところであまり効果はないのだろう。
 俺は奥にしまってある自分の着替えを引っ張り出した。
 長袖のシャツだ。
 ポロムよりも頭ひとつほども背の高い俺の服だからサイズは合わんだろうが、あのまま濡れたローブを着ているよりはマシだろう。
「そのままでは風邪を引く。とりあえず着替えて頭を拭け」
 一瞬キョトンとしたポロムに服を渡す。
「え、ああ、そうですね! でもいいんですか? お借りしても」
「構わん。俺は向こうを向いているから着替え終わったら言え」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね」
 妙に嬉しそうにポロムは笑った。
 ともかく俺は反対方向を向き、椅子に腰かけた。
 濡れた鎧を放っておくと錆の原因になるので丁寧に拭いていく。
 背後で衣擦れの音がするが、もとより子どもの着替えなど覗く趣味などない俺は別段気にすることもなく黙々と鎧の手入れに精を出した。
 やがて鎧と槍も拭き終わった頃、ポロムの声が背後から掛けられた。
「もういいですよー」
 何の気なしに振り返った瞬間、俺は思わず息をのんだ。
 ポロムは俺のシャツを身につけていた。
 が、それはまるで膝上までのワンピースのようであった。
 普段は見せないすらりとした脚は、陶器のように白い。
 何重かに折り返した袖からは細い手首が覗き、幅の余った身頃の布は余計にそのゆるやかな曲線を際立たせる。
 普段はゆったりとしたローブ姿しか目にしないので気にも掛けていなかったが、その曲線は俺が思っていたよりもずっと女性的な、起伏に富んだなだらかなラインを描いていた。
 控えめながらもしっかりとその存在を主張する胸元とほっそりした腰は、彼女はもう子どもではなく女なのだと否が応にも俺に悟らせた。
 乾き切っていない髪はしっとりとして艶っぽく、時折落ちる雫がきらりと光る。
 俺は思わず目を逸らした。
 見惚れる――とはこういうことを言うのだろうか。
 かつてエッジがエロ本片手に、男物のシャツ一枚の女についてえらく力説していたことを思い出す。
 その時は適当にあしらったが、どうやら俺が甘く見ていたらしい。
 これは俺の大誤算だ。
「さすがカインさん、背が高いからわたしが着たら膝上まで来ちゃいますね」
 にこにこして髪を拭きながらこちらに来るポロム。
「あ、ああ。間に合わせくらいにはなりそうだな」
 年甲斐もなく妙な動悸を覚えて、俺は本能的にぱっと目をそらす。
 このままでは目の毒だ。
「今日は冷えるからな、これも羽織っておけ」
 適当な理由をつけて俺はポロムに革のマントを投げて寄越した。
 俺の気遣いだと思って笑顔で礼を言うポロムに内心で謝りながら。
「それにしても、やみませんね」
 マントを身体の前で合わせ、ぽつりとポロムが言った。
「ん?」
「雨。やみませんね」
「ああ……そうだな」
 俺はどぎまぎしていた気をとりなおし、伸びをするように窓の外を見た。
 雨はまだざんざんと地面を打ち、暗雲も去る気配がない。
 俺ひとりならば修行に出てもいいが、ポロムが一緒ではそれも無理がある。
 暇という時間の足音が聞こえてきそうな気がした。
「どうするんだ?」
「そうですね……この雨の中帰るのは難しいので、もう少しお邪魔しててもいいですか?」
 確かに、そのとおりだ。
 それに、その格好のまま人前に出てほしくはない。
 心底そう思った俺は快諾した。
「それがいい。じきに雨も上がるだろう」
「ありがとうございます」
 ポロムが無邪気に笑う。
 そして暇そうな俺に向き直ると、にやりと意地悪そうな笑みを浮かべた。
「……何だ」
 嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「カインさん、せっかくなので遊びませんか。数取りゲームって知ってます?」
 ……そら来た。
 だがどうせ暇だし、彼女の気分を殺ぐのも悪い気がして俺はまともに返事をする。
「何だ、それは」
「1から最大3つずつ数字を言い合って、最後に30を言った人が負けっていう単純なゲームです。簡単なのでやってみません?」
 喜々として言ってくるポロム。
 まあ所詮は子どものゲームだ、付き合ってやるか。
「1、2、3」
 俺は律儀に応じてやった。
「ではわたしは4、5で」
「……6」
「7、8、9」
「10、11」
「12、13」
 ……そして。
「……30」
 まんまと俺は30を言わされていた。
「やったー! わたしの勝ちですね! カインさんに勝てるだなんてわたし嬉しいです!」
 くっ……。
 家事や白魔法ではお前がいつも勝っているだろうが、などというフォローを言うほど俺は寛容ではなかった。
 何だろう、このふつふつと込み上げる悔しさは!?
「……もう一回だ!」
 大真面目に俺は再戦を申し込んだ。
 さっきのは、油断していただけだ。そうに決まっている。
「いいですよ、何度でも」
 だが俺はその後何度やってもポロムに勝てなかった。
「……30」
 ……くそう。
 なぜ勝てない!?
「ふふふー、コツがあるんですよ」
「何だ、そのコツというのは」
「そのくらいご自分で気付いてくださいな」
 笑顔で彼女にとどめを刺され、俺はぐうの音も出なかった。
 その後も彼女は雨の日の遊びなるものを俺に色々と教えてくれたが、彼女いわく『パロム仕込みの』圧倒的な強さの前に俺はひれ伏すしかなかった。
「……ちっ」
 口をへの字に曲げながらも脳裏では数取りゲームのコツとやらを考え続けている俺がいた。
 なぜ、勝てんのだ。
 ……分からん。
 そんな俺を前に、彼女はにっこりと微笑んだ。
「たまにはいいでしょう? こういうのも」
 言われていれば、滅多にない緩やかな時の流れだった。
 相変わらず外は大雨だったが、心が休まるとでも言うのだろうか。
「そうだな……悪くない」
 俺は自然とポロムに微笑を返していた。
 ――見ているか、バルバリシア。
 俺がポロムと共有したいのはこの穏やかなひとときなんだ。
 貴様には分からんだろうがな。
 ……しかし。

『フシュルルル……』

 その穏やかな空間を邪魔せんとする者の息吹に俺をはっとした。

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