HORIZON

FINAL FANTASY IV
Another Future

15. 誰よりも、いとおしい(1)

- Cain Side -

 白い空間を漂っていた。
 空に浮かぶ雲のような、穏やかで心地よい白い空間がどこまでも続いている。
 いつまでもこうしていたい――俺は全身の力を抜いて浮遊感に身を任せる。
 こんなにもすっきりと晴々した気分なのはいつ以来だろう。
 そこには今までずっとこびりついていた闇はなく、ただひたすらに穏やかなあたたかさが広がっていた。
「……ンさんっ!」
 どこからか声が聞こえる。
「カインさんっ!」
 俺の名を呼ぶ必死な声。
 ああ、ポロムが俺を呼んでいるのだ。
 俺は、帰らなくては。
 彼女のもとへ。

- Porom Side -

 倒れてしまったカインさんを前に、わたしはただうろたえるばかりだった。
 カインさんが自ら刺した手の傷はケアルガで治療した。
 でも、あのままカインさんは目覚めない。
 疲労困憊して眠ってしまったのか。
 長老に知らせにいくべきだろうか。
 まさかあの悪霊に精神攻撃を受けて目覚めることができないなんてことも?
 ううん、そんなわけない。
 頭に浮かぶ悪い予感を振り払いながら、わたしはカインさんの目覚めを必死に祈った。
 その時。
「!!」
 頬に何かが触れてわたしはすぐに目を開けた。
 見ると、うっすら瞼を開けたカインさんがわたしの頬に手を伸ばしていた。
「……ポロム……」
「カインさん……!?」
 わたしは目を見開いて彼の名を呼んだ。
 さっきまで閉じられていた青い瞳が、今はわたしを映している……!
 緊張の糸が切れて、安堵の笑みと涙が溢れ、私の顔はくしゃくしゃになった。
 多分、すごく不細工な顔になっているだろうけれど、もうそんなのどうでもいい。
「気が……ついたんですね……!」
「ああ……君の声が……聞こえた……」
「良かった……! あのまま目覚めなかったらどうしようかと……本当に、良かった……!」
 カインさんが正気に戻り、ちゃんと目覚めてくれたことがただただ嬉しい。
 喜びで胸が詰まり、まばたきをするたびに涙が落ちる。
「すまない……心配をかけたな……」
 つっ、とカインさんの指先がわたしの頬に触れ、涙の粒を拭った。
 その動作ひとつでわたしの心臓はどきんと跳ね、わたしはどう返せばいいのかわからなくなってしまう。
 わたしが戸惑っていると、カインさんは少し困ったように微笑した。
「ポロム……君に伝えたいことがある……聞いてもらえるだろうか」
「で、でも。今は寝台に移動してお休みになったほうが……」
 カインさんは見るからに消耗している。
 でも、カインさんはわたしの心配に首を振った。
「……頼む」
「カインさん……」
 いつになく神妙なその様子に、わたしもそれ以上強くは出られなかった。
 今ここで言わなければならない、何かとても重大な話に違いない。
 わたしは目元を拭い、きっぱりと涙を払った。
「わかりました。どうぞ、お話ください」
 居住まいを正してそう言うと、カインさんは満足そうにゆっくり頷いた。
 そして。
「ポロム……俺は」
 カインさんの青い瞳がわたしを見上げる。
「俺は、君のことが好きだ」
「……え!??」
 それは、あまりにも突然すぎて。
 わたしの頭は瞬時に理解することができなかった。
 今。
 カインさんが、わたしのことを。
 好きだ、とおっしゃった……?
「前々から予感はあったんだ……しかし俺は……君が十も下だからと狡い言い訳をして……それを認めようとはしていなかった……ローザへの執着を捨てられなかった……」
 ローザ、という言葉にずきんと胸が痛んだ。
 その名がどれほどカインさんの中で重きを占めているか分かっていたから、わたしは自分の想いに蓋をしてきたのだ。
 このひとを好きになってはいけない、と。
「今なら分かる……捨てようと思えばいつだってできたはずなんだ……。しかし……その闇は脅威であると同時に俺を突き動かしてきた信念……それを失うことを……俺はどこかで恐れていた。それを失くせば俺が俺で無くなってしまう――知らぬうちにそんな疑念を抱き、この闇を消し去りたいと切望しつつも……失うことを自分で拒んでいた。
「…………」
「結局俺は……今まで俺を突き動かしてきたその心の闇が……何か他のもの……つまり君に取って代わることが恐ろしかったのだ。だから俺は……自分の中の変化に気付かぬふりをした。だが君に抱き締められたあの時」

『わたし、あなたを置いて逃げたりなんかしません!!』
『あなたのおそばを離れません! ずっと、ずっと一緒にいます!!』
『たとえあなたの中に闇があっても、何かに操られたとしても、わたし、信じてますから!!!』

「あの時……まるで夜が朝日に塗り替えられるように……俺の中の闇は霧散した。一欠片の残滓すら残さず、あっけないほど簡単に」
「あ、あれはその、無我夢中で……!」
 必死だったとはいえ大見得を切った自分の台詞が思い出され、わたしはかあっと赤面した。
 だけどカインさんはゆっくりと首を振り、目を細めた。
「君が俺を信じてくれたおかげで……俺はようやく過去の呪縛から解き放たれ、本当の自分自身を受け入れることができた。……ありがとう」
「カインさん……」
「だから……目覚めたら一番に君に伝えたいと思った。君のことが……誰よりもいとおしい、と」
「!!!」
 どこか痛いわけでもないのに、胸が、喉が苦しいくらいに締め付けられる。
 カインさんが、わたしのことを。
 大好きな、大好きなカインさんが、わたしのことを誰よりもいとおしいと……!!
「ほ……本当に……?」
「ああ。本当だ」
 息をするのも苦しいほどのこの感情のほとばしりは身体中を駆け巡り、熱い涙となって瞼から溢れた。
「……です」
 絞り出したわたしの返事は声にならない。
「ポロム……? 今、何と……」
「嬉しい、ですっ!!」
 呼吸がうまくできなくて、今度は大きすぎるほどの声が出た。
 でも、構いやしない。
 わたしは今、わたしの気持ちをカインさんに伝えたい!
「わたし……っ! お慕いしていました! カインさんのこと! ずっと!」
 もはや文にすらなっていない単語の羅列だ。
 それでももう、溢れ出したこの想いは止まらない。
「あなたのことが、好きで、大好きで、でもっ、好きになっちゃ駄目だって、不安で……!」
「ポロム……」
「だから、夢みたいです、カインさんにそんなふうに言ってもらえるなんて……本当に、わたし……!」
 ぐしゃぐしゃの涙声、支離滅裂な台詞。
 感極まったわたしの告白はそんな格好悪いものだったけれど。
「……ありがとう」
 カインさんは心穏やかに微笑んだ。
 そしてまだ辛いだろうに上体を起こそうと動いた。
「カ、カインさん!? 無理しないで……」
「いいんだ。俺は今……どうしても、君を抱き締めたい」
「えっ」
 そうして、起き上がったカインさんは、わたしを抱き寄せた。
 そっと、優しく、力強く。
「…………!!!」
 もう、言葉になどならなかった。
 わたしは思い切りカインさんを抱き締め返す。
 触れ合った身体から伝わる体温が。
 頬に触れる金糸のような髪が。
 わたしの頭を優しく撫でる大きな手が。
 すべてが愛しくて、せつなくて、想いが溢れる。
「ポロム」
 わたしの髪に頬を寄せてカインさんは言った。
「はい」
「今度、俺はバロンに行ってくる。セシルとローザに……五年遅れの祝辞を言うために」
「…………!」
 セシルさんとローザさんを祝う――それが言外に何を意味するか、分からないわたしではない。
 まだわたしが小さかった頃、セシルさんたちの結婚披露宴に出席せずにバロン城を去っていったカインさんの哀しげな背中はいまだに目に焼き付いている。
 心から祝うことができない闇に苦しんできたカインさんも知っている。
 それが、祝えるということは……!
「ポロム……何もかも君のおかげだ」
「カインさん……!」
 良かった、良かったですね、カインさん。
 やっと、あの日言えなかったおめでとうを言えるのですね。
「明日……買い物に付き合ってくれないか? 祝いの品を選びたい……君と一緒に」
「もちろんです! 何件でも、何十件でも、お伴します……!」
 ふと、雨音がやんでいることに気がついた。
 窓に目をやると、先程までの豪雨とは打って変わって日光が差し込み、雨粒に反射してきらきらと輝いていた。
「カインさん、雨、上がりましたね!」
「本当だな、いつの間に」
 雨は、やんだ。
 ミシディアの霊峰の向こうには虹が掛かっている。
 それは新たな一歩を歩み始めたわたしたちの門出そのもの。
「ポロム」
「はい、カインさん」
 そして光のヴェールの中、わたしたちはキスをした。

 夢じゃないかと思えるほどの幸せの中、わたしは胸中でもう一度カインさんへの想いを繰り返す。
 ねえ、カインさん。
 わたしは、あなたのことが、大好きです――。

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