HORIZON

FINAL FANTASY IV
Another Future

15. 誰よりも、いとおしい(2)

 その後、悪霊との戦いによる疲労のためにめまいを起こしていたカインさんを半ば無理矢理寝台に寝かせ、わたしは無茶苦茶になってしまった室内の片付けに取り掛かった。
 悪霊がカインさんの身体で暴れたため、グラスは床に落ちているし椅子は倒れてしまっている。
 カインさんは手伝いを申し出てくれたけれど丁重にお断りした。
 無理をしてまた昏倒でもしてしまったら掃除どころの話じゃあない。
「そういえば……」
 テーブルを拭きながらわたしは言った。
「あの悪霊は、いったい何だったんです?」
 わたしが拭いているのは、カインさんの、血。
 悪霊に抗うためにカインさんがご自分で手にナイフを突き立てた時にできた、血溜まりだ。
 これほどまでさせるような悪霊なんて絶対に普通だとは思えなくて、わたしは尋ねた。
「あれは……」
 カインさんは寝台の上で眉をしかめた。
「スカルミリョーネだ。信じられない話だが」
「えっ!? スカルミリョーネって、あの……」
「ああ。ゴルベーザ四天王が一人、土のスカルミリョーネ」
 そんな、まさか。
 あれは、とうの昔に討伐されたはずじゃ……?
「そっくりさん、じゃなく……?」
 わたしの疑問が可笑しかったらしく、カインさんはふっと笑った。
「スカルミリョーネのそっくりさんか。他人の空似でも勘弁願いたいところだな。まあ、俺もやつひとりならそう考えようとしたかもしれん」
「ひとりならって、他にも?」
「ああ。実は、少し前にバルバリシアの怨念らしきものが接触してきた。さすがにその時はまさかとは思ったが……スカルミリョーネまで出てくるとなると、偶然にしてはできすぎだ」
 わたしは神妙な面持ちで頷く。
 信じられないけど、信じざるをえない。
 四天王の怨霊ならばカインさんの自由を奪うほどの力があっても納得がいく。
「えっと……じゃああれがスカルミリョーネの悪霊だとして……目的は何なんでしょう?」
 尋ねると、カインさんは瞼を閉じて重いため息をついた。
「……俺の身体を住処にしたかったらしい。やつらは俺には居心地の良い闇があることをよく知っていたからな」
「ひどい……!」
「だが俺もここでの修行で昔よりも強い精神を手に入れた……だからやつらは再び俺を闇に堕とそうとした……君を酷い目に遭わせることで」
「あ……」
 ようやく悪霊の行動と意図が一直線に繋がった。
 だから、あの時悪霊に操られたカインさんはわたしを襲おうとしたんだ。
 加えて、相手がスカルミリョーネなら、わたしへの昔の恨みもあったのかもしれない。
「……すまなかった。操られていたとはいえ……!」
 カインさんの手は強く握り締められていて、わなわなと震えていた。
「あ、謝らないでください! あれは、仕方のないことで……」
「意識はあったのだ! だが……止められなかった……」
「…………」
 カインさんは心底悔しそうに、震える拳を寝台に打ち付けた。
 その姿にわたしの胸はずきんと痛む。
 止められなかった、という話ならば、わたしだって同罪だもの。
「だったら半分はわたしのせいにさせてください」
 わたしは自嘲気味に笑った。
「なぜ君が……?」
 驚いたようにわたしを見るカインさんに、わたしは少し言いよどみながらも答える。
「あの時わたし、薄々気づいてたんです。カインさんが何か別のものに操られてるって……。でも……カインさんの姿を見ると、拒めなかった……つい……甘えようとしてしまいました」
 操られていてもわたしに迫ったのは紛れもなくカインさんで、わたしは一瞬でもその誘惑を受け入れたいと思ってしまった。
 間近に迫った唇に、胸が高鳴ってしまった。
 首筋に走る官能的な感覚に、甘い吐息を漏らしてしまった。
 彼とならそうなってもいいと――。
「だってそうでしょう? もしわたしが本気で拒否しようとしたなら、あなたにホーリーをぶつけるなり、テレポで逃げるなり、少なくとも頬を引っぱたくくらいのことはできたはずです。いえ、するべきでした。……でも、しなかった」
 だから、わたしも同罪なんです。
 そう告白して、わたしは力無い笑みを浮かべた。
 どうしようもない女だと分かってる。
 わたしは、普段真面目ぶっているくせにそんな欲望を抱いている浅ましい人間なのだ。
 カインさんに幻滅されるかもしれない。
 だけど、わたしはわたしの罪だけ隠しておくなんてことは我慢がならなかった。
「……呆れたでしょう?」
「あ、いや……」
 ひと呼吸置いて、カインさんは言葉を選ぶようにして言った。
「……驚いた。君に、その……そういう面があったとは」
「わたしも驚きました……自分がそんな恥ずかしい人間だなんて今まで思いもしなかったから……」
「恥じる必要はないんじゃないか?」
「えっ?」
 わたしははっとして顔を上げた。
 カインさんの瞳は優しいまま、わたしに向けられていた。
「俺は、君のそういうところも、可愛いと思う」
「かっ……かわ……!?」
 突如、ボンッ、と音を立てて顔が熱くなった。
 思わず手にしていた雑巾を取り落してしまったほどだ。
 頭から蒸気が立ち上るわたしにカインさんは続けて言った。
「だが、次からは遠慮なく引っ叩いてくれ。俺の偽物に君がそこまで虜にされるのは……妬ける」
 もっとももう次は無いがな、と冗談っぽく笑いながら。
 あのカインさんに『妬ける』とまで言われては、わたしはもう素直に頷くしかなかった。
「……えっと、その……、……はい」
 やっとのことでそれだけ言って、わたしはさっきまで雑巾を持っていた手だということすら忘れて熱々の顔を両手で押さえる。
 指の間からカインさんを覗き見ると、彼もまたどこかはにかんだような表情を浮かべていた。
「しかし……照れくさいものだな、こういうことを言うのは」
「カインさんも、ですか!?」
 何にも動じそうにないカインさんがそんなことを言うのが意外で、わたしは目を見開いた。
「当たり前だ。こんな会話、したことがないからな」
 少し恥ずかしそうにそう言ったカインさんがあまりにも可愛くて。
 わたしは自然と笑顔になっていた。
 カインさんも、ふっと笑う。
 わたしたちは、きっとお互いまだまだ知らない面がたくさんあるのだろう。
 もしかしたら自分でも気付くことのなかった面が。
 それを、これからわたしたちは一緒に見つけていくんだ。
 一緒になって笑ったら、気持ちがすっと楽になった。
 それはカインさんも同じようで、寝台の上でひとつ欠伸をして瞼を閉じた。
「俺はそろそろ眠るとしよう……君もほどほどのところで切り上げるんだ」
「はい、わかりました。ゆっくり休んでくださいね」
「ああ、ありがとう。明日はよろしく頼む……祝いの品を……一緒に……」
 よほど疲れていたんだろう、台詞は途中で規則正しい寝息に変わった。
「……おやすみなさい、カインさん」
 また、明日。
 小声で言って、『また明日』がある幸せを噛み締める。
 それは数多の星くずのように煌めき、七色の虹のように色鮮やかで、木漏れ日のようにやわらかであたたかく、私の心を溢れんばかりに満たしていった。

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