HORIZON

FINAL FANTASY IV
Another Future

16. ふたりで街へ(1)

- Porom Side -

「ああ……どうしよう、こっちがいいかしら、それともこっちの方が……」
 カインさんと想いを伝え合ったその翌日。
 わたしは小一時間も前からクローゼットと姿見の間を行ったり来たりしていた。
 今日はカインさんとお買い物に出かける日だ。
 セシルさんとローザさんへのお祝いの品を一緒に選ばせていただくいう大役。
 さらに街でカインさんと会うなんて初めてだから必要以上に気合が入ってしまう。
 それに……。
 昨日の会話を思い出して、わたしは今日何度目になるか分からない身悶えを覚えた。

『俺は、君のことが好きだ』
『誰よりもいとおしい』

 今も心に反芻するあの言葉は夢なんかじゃない。
 カインさんがくれた優しい口づけも。
 夢なんかじゃないんだ。
「はぁ~」
 せつないため息が漏れ、顔が自然とゆるゆるになってしまう。
「相思相愛、なんだわ……」
 自分で言いながら照れくさい。
 少しでも気を抜けばたちまちにやけそうになる頬を覆ってわたしはひとり悶えた。
「はっ、いけない。もう時間があまりないわ」
 慌ててハンガーのワンピースを手に取る。
 シンプルな白いニットのワンピースだ。
 もっとおしゃれにした方がいいかなとも悩んだけれど、あまりたくさん服は持っていないし妙に張り切っているように見えるのも何だか嫌だ。
 このワンピースと赤いマフラー、茶色のブーツ。
 このくらいがちょうどいいと思う。
 ようやく着るものを決めたわたしは急いで支度を始めた。
 髪の毛はいつもながらに外側にはねてしまっているけれどこればっかりはもうどうしようもない。
 内側にきれいにカーブしている弟の髪をうらやみつつ、わたしはいそいそと家を出た。

 待ち合わせ場所はいつもカインさんが送ってくれるミシディア郊外の森。
 少し早目に着いたわたしは手鏡を取り出して身なりの最終チェックをした。
「うん、変じゃないわよね」
 ひとり頷き、手鏡をバッグにしまう。
 そうすると、妙に緊張してきた。
 初めて会う相手でもなかろうに、胸がドキドキする。
 どうしよう、最初に何を言おう?
 昨日あんなことがあって、どういう顔をすればいい?
 一切シミュレーションをしてこなかったことを今更ながらに後悔した。
 その時。
「待たせたな」
 軽装で槍だけ携えたカインさんがチョコボに乗って現れた。
 どきん、と心臓が跳ね上がる。
「い、いえ! さっき着いたばかりですわ!!」
 緊張で声が裏返りそうになりながらわたしは言った。
 どうしよう、どんな風に喋っていいのか分からない!
 カインさんはチョコボから降りると、カチコチになっているわたしを見て苦笑した。
「……そんなに固くなるな」
 そう言われても、そんなに優しい目で見られたら余計に緊張してしまう。
 けれど、カインさんの次の台詞にわたしは驚く。
「俺だって緊張しているんだ」
 少し目線を逸らしてぶっきらぼうに言うカインさん。
 ……可愛い。
 わたしの変な緊張はふわっと解けていった。
「そういえば、体調はもう大丈夫ですか?」
「ああ、もう問題ない。しっかり休んだらめまいも良くなった」
「安心しました! じゃあ参りましょ、カインさん!」
 わたしは笑顔で先に歩き始めた。
「ああ、行こう」
 カインさんもすぐに追いつく。
 そこで改めてわたしの恰好を眺めた。
「私服だと、だいぶ雰囲気が違うな」
「そ、そうですか??」
 気付いてもらえたのが嬉しくてわたしははにかむ。
 それを言ったら、カインさんこそ何を着てもかっこいいですけど!
「似合っている」
「えへへ……嬉しいです」
 頬が緩む。
 もう、今日は頬の緩みを止めることは諦めたほうがよさそうだ。
 ……デートみたい。
 森を進むわたしの足は羽根のように軽い。
 もしかしてデート『みたい』じゃなくて、本当にデートなのでは?
 わたしはさっそく訪れた『初デート』に胸をときめかせながら街へと向かった。

 ミシディアの市街地(といっても田舎だ)に入ると道行く人たちがカインさんを振り返った。
 それも当然だ、ミシディア人にとって金髪が珍しいこともあるけれど、これだけ長身で見目麗しいのだから目立つことこの上ない。
 普段なら決まってわたしに声を掛けてくれるパン屋のおばちゃんも、この時ばかりは驚いたようにぽかんとしたままわたしたちのことを遠巻きに眺めていた。
 何だか照れくさくてわたしは緩んだ顔を少しだけ伏せる。
 わたしたちはどう見えているのかな。
 友達? それとも……恋人?
 さすがに知り合いだらけのこの街で手をつないで歩いたりなんかする勇気はないけれど、後者なら嬉しいな……
 そんな子どもじみたささやかな願いすら、愛しく思える。
「ねえ、カインさん。どちらに参りましょうか? お菓子屋さん、食器屋さん、雑貨屋さん、反物やさん……色々ありますよ」
「そうだな……とりあえず端から回ってみよう。どこかでセシルたちに似合うものが見つかるだろう」
 わたしとカインさんは一件一件お店をはしごした。
 誰でも知っているような総合雑貨屋さんから、わたしみたいな地元っ子しか知らないような小さな個人商店まで。
 もちろん一番の目的はお祝いの品を見繕うことだけれど、あれこれ見て歩くこと自体が楽しくて、時間が飛ぶように過ぎてしまう。
 カインさんなど魔法仕掛けの腕時計に興味津々で、一時間ほどもその時計屋さんに長居していた。
 いつかお給金を貯めてプレゼントしてあげよう、とわたしは心の中で決意したりなんかして。
 そして最終的に立ち寄ったのは小ぢんまりした古めかしい店の前。
「お祝い、ティーカップのセットなんていかがですか?」
「ティーカップ?」
「はい。ミシディアは白い陶器が名産なんです。セシルさんは紅茶がお好きでしたから、カップとソーサー、スプーンのペアセットに紅茶葉をお付けしたらいかがかと思うのですけど」
「……なるほど。確かにセシルとローザは魔導船の中でもよく茶の時間をとっていた」
 カインさんが満足げに頷いたのを確認し、わたしは店の扉を開けた。
「こんにちはー……あら?」
 だがそこにいたのは予想外の人物だった。
「ぬぬ……そこで飛車を動かすとはお主やるのお……!」
 カウンターをはさんで店主とにらみ合っているのはなんとミンウ長老だった。
「長老!?」
「邪魔をするでない! わしは今猛烈に忙しいんじゃ」
 盤上の駒を睨みながら、振り向きもせずに長老は言った。
 呆気にとられていると店主がぺこぺこしながらこちらに助け船を差し出す。
「やあ、いらっしゃいませ。すみませんねえ、数か月前にエブラーナ王が下さった『将棋』というゲームが流行っておりましてね」
「……エッジの奴」
 呆れたようにカインさんがため息をつく。
 その声に、長老がにやりと笑って振り向いた。
「久しいな、竜よ。もう死んだかと思うておったぞ」
「あいにく死ぬわけにはいかなくなったものでしてね」
「ほう……? 確かに、しばらく見ぬ間に憑き物が取れたような面構えになりおって」
「だから俺は今日ここにいるんです」
 そしてカインさんはすっと進み出ると、長老の将棋の駒を勝手に動かした。
 わたしには分からなかったけれど、それは状況を打開する最善の一手だったようで店主が目を丸くした。
「……バロンに、行ってきます。親友を祝いに」
 カインさんの落ち着いた声に、長老は一瞬動きを止めた。
 でもすぐにしわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして相好を崩した。
「そうかそうか、バロンにのう。ついにこの日が来たか」
 うんうんと満足げに頷く長老に目線を合わすように屈んで、カインさんは柄にもなく頭を下げる。
「……あの日俺を助けてくれた貴方のおかげです」
「ふぉっふぉっふぉっ、わしが助けたのはお主の命だけじゃ。心までは救っておらんよ。礼ならポロムに言うがよかろう。」
「ちょ、長老!」
 突然名前を出されてわたしは慌ててしまった。
 まったく、この長老は何もかもお見通しなのだろうか。
 人の心の奥の奥まで見抜いているんじゃないかと時々思わされる。
「……これでもう、安心じゃ」
「安心?」
 カインさんが訊き返す。
「わしがお主を助けた時の言葉を覚えておるか? お主の心の闇は悪霊たちの恰好の獲物になりうると言ったことを」
「はい。それに対抗するために試練の山で精神の修行を積ませていただいたこと、感謝しています」
「うむ。実はそれにはもうひとつ理由があっての……」
 そこで長老はいったん言葉を切った。
「……お主の闇は深く、あまりに暗すぎた。それは悪霊たちにとって真夜中の灯よりも明るく映ったことじゃろう。正直……お主が悪霊になってしまうだけではなく、お主を傀儡として再び悪しきものに利用されるやもしれぬと危惧しておった。わしはお主を……野放しにはできんかったのじゃよ」
 わたしは派手な音を立てて椅子から立ち上がる。
「そ、それって! カインさんを見張るために、長老の目の届く試練の山に留め置いたってことですか!?」
「そう思うてくれても構わぬよ。何か異変が起これば刺し違えてでも阻止するつもりじゃった。じゃが」
 そこで長老は目を細めた。
「杞憂じゃったようじゃな。今のお主には、悪霊がつけ入る陰など一片もない」
 慈愛にあふれた笑みがカインさんに向けられた。
「長老と……ポロムのおかげです」
 静かに言ったカインさんの声にわたしの胸がドキンと跳ねる。
「ほっほ、この子はなかなかに癖があるが偏屈者のお前さんにはぴったりなようじゃな! 結構結構、似合いのカップルじゃのう!」
「もう、長老! 変な言い方しないでください!」
 わたしは顔を赤らめて抗議したけれど、長老は「ふぉっふぉっ」と笑うばかり。
 わたしはぷいっとそっぽを向いた。
 視界の端でカインさんを盗み見ると、カインさんも何だか照れくさそうに頬を掻いていたので少しわたしの気持ちは落ち着く。
 そして長老はさらに楽しそうに話を続ける。
「そうじゃカイン、バロンから戻ったらわしの館に来てくれんか。先程の一手、なかなかの棋士と見た」
 何かと思えばそれですか、とわたしは苦笑した。
 よほどエッジさんのお土産の将棋がお気に入りらしい。
「魔導船でさんざんエッジの相手をさせられましたからね、俺でよければいくらでも」
「うむ。いつでも遊びに来るがよい」
 若い友人を手に入れた長老は嬉しそうに呵呵と笑った。
 調子の良い長老にやれやれと肩をすくめ、わたしは食器売り場に向き直る。
 ガラスケースの中ではさまざまな洒落たカップやスプーンなどが所狭しと鎮座していた。
「わあ、どれも素敵ですね!」
「本当だな。バロンの銀食器とはまた違った美しさがある」
「はい。ほら、これなんて素朴だけどすごく可愛い……あっちのお皿もすてき! このカップの模様もすごくきれい……」
「ふっ、目移りしてしまって決められないな」
「ううー、ほんとです……あっ、でも、あれ!」
 わたしは奥の方にあったカップとソーサーのセットを指差した。
「あれ、セシルさんとローザさんのイメージにぴったりじゃないですか?」
「どれどれ……なるほど、確かに!」
 白地のカップに控えめながらも洗練された線で描かれた薄青のアラベスク模様はセシルさん。
 花の形を模した曲線が美しい優雅なソーサーはローザさん。
「さすがポロム、良い目を持っているな。ありがとう、これに決まりだ」
「いいえ、どういたしまして」
 嬉しそうなカインさんにわたしも笑顔を返す。
 カインさんがカップとソーサーを二組注文をすると、店主は包装をするべく将棋を中断して店の奥へと消えていった。
 店主の背中が見えなくなったのを確認してから。
 カインさんは長老に歩み寄り、何事かを耳打ちした。
 すると、それまで好々爺だった長老の表情がたちまち険しくなる。
 小声だったので全部は聞こえなかったけれど、『四天王』とか『スカルミリョーネ』などの単語が漏れ聞こえてきたので、おそらくここ数日で起こった異変について報告しているらしい。
 長老は唸るように言う。
「ふむ……分かった。まさかとは思うが、警戒しておいたほうが良さそうじゃな。貴重な報告、感謝する」
「いえ。杞憂に終われば良いのですが」
 単なる偶然、思い過ごし。
 それを願いつつも、やはり胸の端に引っ掛かる。
 バルバリシアとスカルミリョーネが現れておいて、カイナッツォとルビカンテが現れないなんていうことがあり得るだろうか?
 誰も口には出さないけれど、ここにいるわたしたち三人がその危惧を抱いていることは間違いない。

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