HORIZON

FINAL FANTASY IV
Another Future

16. ふたりで街へ

- Porom Side -

 その後、半乾きほどまで持ち直した白いローブを羽織り、わたしはカインさんに送ってもらってミシディア郊外まで戻ってきた。
 辺りには夜の帳が下り、雨がやんだ空には三日月が浮かんでいる。
「送ってくださって、ありがとうございました」
 いつものようにチョコボから降り、ぺこりと頭を下げる。
 いくら好き合う同士になったとはいっても、こういった感謝を忘れては駄目だと思うのだ。
「大したことはない」
 カインさんもいつも通りふっと笑う。
「じゃあ……また明日、ですね」
 カインさんがついに決断したセシルさんたちとの再会。
 その祝いの品を選ぶという大役をカインさんはわたしに任せてくれた。
 『また明日』――その響きが妙にくすぐったくて、わたしは照れながら言った。
 そう、離れるのは寂しいけれどまた明日会えるのだ。
 今までは会いたくてもそれを約束することなんてできなかった。
 でも、もうそんな遠慮はいらない。
 会いたければ会いたいと言える。
 まるで、恋人同士のように……。
 自分でそう思いながら『恋人だなんて!』と心が躍った。
「ああ、また明日、な」
 カインさんの声も照れくさそうに聞こえたのは気のせいだろうか。
 浮かれた心を落ち着かせ、わたしはカインさんを見えなくなるまで見送った。

「ああ……どうしよう、こっちがいいかしら、それともこっちの方が……」
 翌日、わたしは小一時間も前からクローゼットと姿見の間を行ったり来たりしていた。
 今日は休日。
 そして、何よりカインさんとお買い物に出かける日だ。
 セシルさんとローザさんへのお祝いの品を買いに行くのが目的だけど、街でカインさんと会うなんて初めてだから必要以上に気合が入ってしまう。
 それに……。
 昨日の会話を思い出して、わたしは今日何度目になるか分からない身悶えを覚えた。
『君が誰よりもいとおしい』
 今も心に反芻するあの言葉は夢なんかじゃない。
『カインさんのことが、大好きです』
 わたしも秘め続けてきた想いを伝えることができた。
 カインさんがくれた優しい口づけも。
 夢なんかじゃないんだ。
「はぁ~」
 せつないため息が漏れ、顔が自然とにやける。
「相思相愛、なんだわ……」
 自分で言いながら照れくさい。
 少しでも気を抜けばたちまち緩んでしまう頬を覆ってわたしはひとり悶えた。
「はっ、いけない。もう時間があまりないわ」
 慌ててハンガーのワンピースを手に取る。
 シンプルな白いニットのワンピースだ。
 もっとおしゃれにした方がいいかなとも悩んだけれど、あまりたくさん服は持っていないし妙に張り切っているように見えるのも何だか嫌だ。
 このワンピースと赤いマフラー、茶色のブーツ。
 このくらいがちょうどいいと思う。
 ようやく着るものを決めたわたしは急いで支度を始めた。
 髪の毛はいつもながらに外側にはねてしまっているけれどこればっかりはもうどうしようもない。
 内側にきれいにカーブしている弟の髪をうらやみつつ、わたしはいそいそと家を出た。

 待ち合わせ場所はいつもカインさんが送ってくれるミシディア郊外の森。
 少し早目に着いたわたしは手鏡を取り出して身なりの最終チェックをした。
「うん、変じゃないわよね」
 ひとり頷き、手鏡をバッグにしまう。
 そうすると、妙に緊張してきた。
 初めて会う相手でもなかろうに、胸がドキドキする。
 どうしよう、最初に何を言おう?
 昨日あんなことがあって、どういう顔をすればいい?
 一切シミュレーションをしてこなかったことを今更ながらに後悔した。
 その時。
「待たせたな」
 軽装で槍だけ携えたカインさんがチョコボに乗って現れた。
 どきん、と心臓が跳ね上がる。
「い、いえ! さっき着いたばかりですわ!!」
 緊張で声が裏返りそうになりながらわたしは言った。
 どうしよう、どんな風に喋っていいのか分からない!
 カインさんはチョコボから降りると、カチコチになっているわたしを見て苦笑した。
「……そんなに固くなるな」
 そう言われても、そんなに優しい目で見られたら余計に緊張してしまう。
 けれど、カインさんの次の台詞にわたしは驚く。
「俺だって緊張しているんだ」
 少し目線を逸らしてぶっきらぼうに言うカインさん。
 ……可愛い。
 わたしの変な緊張はふわっと解けていった。
「ふふ。参りましょ、カインさん!」
 わたしは笑顔で先に歩き始めた。
「ああ」
 カインさんもすぐに追いつく。
 そこで改めてわたしの恰好を眺めた。
「私服だと、だいぶ雰囲気が違うな」
「そ、そうですか??」
 気付いてもらえたのが嬉しくてわたしははにかむ。
 それを言ったら、カインさんこそ何を着てもかっこいいです!
 さすがにそんな風に言う勇気はなかったけれど。
「似合っている」
「えへへ……嬉しいです」
 頬が緩む。
 もう、今日は頬の緩みを止めることは諦めたほうがよさそうだ。
 ……デートみたい。
 森を進むわたしの足は羽根のように軽い。
 もしかしてデート『みたい』じゃなくて、本当にデートなのかしら?
 まわりの人たちから見たら、わたしたちってどういう風に見えるんだろう?
 仲間?
 こ、恋人同士とか??
 まさかきょうだいってことはないわよね……わたしのきょうだいはパロムだけだっていうことをミシディアのみんなが知ってるのを差し置いても、きょうだいは、ないわよね……?
 わたしはいわゆる『初デート』に胸をときめかせながら街へと向かった。

 ミシディアの市街地(といっても田舎だけど)に入ると道行く人たちがカインさんを振り返った。
 それも当然だ、ミシディア人にとって金髪が珍しいこともあるけれど、これだけ長身で見目麗しいのだから目立つことこの上ない。
 普段なら決まってわたしに声を掛けてくれるパン屋のおばちゃんも、この時ばかりは驚いたようにぽかんとしたままわたしたちのことを遠巻きに眺めていた。
 何だか照れくさくてわたしは緩んだ顔を少しだけ伏せる。
 その時後ろから聞き慣れた声が掛けられた。
「あれ? ポロムじゃない?」
「ほんとだ~、偶然ねぇ~」
 そのはきはきとした物言いと、おっとりしたやわらかな声は。
「サーシャ! ミリア!」
 振り返るとそこには仲良しの友人ふたりがいた。
 わたしが足を止めると、隣を歩いていたカインさんも立ち止まる。
「ポロム、何して……」
 そこまで言ったサーシャの声が途切れる。
 サーシャとミリアの目が何か伝説上の生き物――例えばプリンプリンセスとか――でも見たかのように見開かれた。
 そしてそのまましばし、空気が停止する。
 あ、やばいわ。
 その時ようやくわたしは悟った。
 わたしのほのかな恋心を応援してくれていた愛すべきふたり。
 彼女らの目の前に、今こうして初めてカインさんと現れた。
 そこに待ち受けるのは、根掘り葉掘り洗いざらい吐かされる尋問――
「ちょっといらっしゃいッ!!」
 ほら、来た!
 身構える前からわたしは彼女らに捕まり、角の路地まで引っ張って行かれてしまった。
「カ、カインさん! ちょっと待っててくださいね!!」
「? ああ、友人か」
 引きずられていくわたしをカインさんが不思議そうに見送る。
 そしてわたしの眼前にはサーシャとミリアのニヤニヤ顔が迫ってきた。
「へぇ~、カインさん、って言うのねえ~」
 ミリアが変なため息をついて恍惚としながら囁く。
「あんた……超・超・超イケメンじゃないのよ!」
 コソコソ声でもサーシャの語気は凄い。
 わたしはたじたじになりながらもえへへとはにかむ。
 自分の好きな人が褒められるのは悪くない気分だ。
「ていうかさ……いつから付き合ってんのよ、あんたたち?」
「ええっ!? つ、付き合って……」
 サーシャの言葉にわたしはぽっと顔を赤らめる。
 確かにわたしとカインさんはお互いの想いを確認し合った。
 でも、『付き合う』とかそんな表現をされると何だかくすぐったい。
「……そう見えた?」
 上目遣いで尋ねると、ふたりはしっかりと頷いた。
「何かさ……パッと見の距離感っていうの? 雰囲気とかさ」
「うんうん! 友達っていうよりは恋人同士~って感じ!」
「こっ、こっ、恋人!?」
 頬がさらに爆発したように熱くなる。
 そう見えたらいいなぁなんて思っていたけど、実際にカインさんとそんな風に見られていたなんて……!
「や、やだなぁもう! こ、恋人同士だなんてっ!」
 嬉しいやら照れくさいやらでわたしはふにゃふにゃと妙な動きをしてしまう。
 するとサーシャはにやりと目を細めてわたしに耳打ちするように言った。
「……で? どこまでいってんのよあんたたち?」
「!!!」
 いくら色恋沙汰に疎いわたしだって、主語がなくともその質問の意味くらいは理解できる。
「どどどどどこまでってそれはその」
 昨日の今日でそんな何かあるわけないじゃない、とわたしは言いたかったけれど頭の中に間近に迫ったカインさんの端正な顔が再燃した。
 頬が硬直しながらもにへらっと緩んでしまう。
「手、つないだ?」
 目にキラキラの星をたくさん浮かべたミリアが喜々として尋ねてくる。
「う……」
 答えたつもりはない。
 だけど、わたしの手を優しく握るカインさんの大きな手を思い出すとどうしても顔に出てしまう。
「きゃあ~、いいなぁ、いいなぁ!」
 ミリアはわたしの沈黙を肯定と捉えて悶えた。
 すぐに顔に出てしまうこの性質が恨めしい。
「じゃあさぁ、……キスもしたのぉ?」
「キ……!!!!」
 わたしは不自然なほどにうろたえた。
 あの時そっと触れた唇のやわらかい感覚がまざまざと蘇ってわたしの思考はしばし停止する。
 もしかしたら呼吸さえも止まっていたかもしれない。
「……ポロム?」
「……え?」
 はっとして我に返るとミリアが不思議そうに見上げていた。
 その顔がまたキラキラの星いっぱいに変わる。
「へ~え、ポロム~。やるじゃな~い!」
「驚いたわ、あんたがそんなに積極的だったなんてね!」
 あああ、わたしってばまた露骨に顔に出てしまったんだわ……。
 恥ずかしすぎてもう、穴があったら入りたいとはこのことだ。
「もう~~! やめてよふたりとも~~~!」
 わたしは熟れたトマトよりも赤いであろう顔を覆う。
 ふたりにつつかれるのも恥ずかしいけれど、つつかれるうちにその行為を思い出してしまうのがもっと恥ずかしい。
「うふふふー、ポロム可愛い~」
 わたしがもじもじいじいじしているとミリアがぎゅっと抱きついてきた。
「確かにねー、今どきこんなウブな子なかなかいないわよ! 年上から見たらなおさら可愛いでしょうねーえ?」
 サーシャにわしゃわしゃと頭を撫でられる。
「うぅ~~~」
 もう何と言っていいやら困ってしまってわたしは情けない声を上げるしかなかった。
 だけど不思議と心は躍る。
 やっぱり、女の子は本能的に恋の話が大好物なのかもしれない。
 わたしが困ったようなにやけたような変な顔をしているとやがてふたりはわたしを離してくれた。
「ま、とにかく良かったじゃない、応援するわよ!」
「頑張ってね、あんな素敵な殿方もう二度と巡り合えないわよぅ」
 サーシャに肩をばしんと叩かれ、ミリアに両手で握手をされ。
「あ、ありがとう~~~」
 わたしは思わずふたりに抱きついた。
 そしてふたりに押し出されるようにカインさんの前に戻った。
「うふふふ、お邪魔いたしました~!」
 わざとらしくサーシャが言う。
「ポロムのこと、よろしくお願いしますねぇ~!」
 ミリアがわたしをさらに押し出す。
「ちょ、ちょっとふたりとも!」
 さすがにカインさんの前だと恥ずかしくなってわたしは焦る。
 見上げると、カインさんは穏やかに微笑んでいた。
「じゃあね、ポロム!」
「また今度ゆ~~~っくりお話しようね!」
 そうして、サーシャとミリアはきゃいきゃい言いながら去って行った。
 ほんとに、もう。
 わたしは苦笑する。
 仕事においては彼女たちは大人にもひけを取らないほど優秀だ。
 サーシャは聡明でいつもてきぱきとして仕事が早い。
 グループをまとめ、先陣を切って何か始めるのも得意なリーダータイプだ。
 ミリアはおっとりしているけど誰よりも気が利くタイプ。
 困った時にはいつも彼女がにこにこしながらフォローしてくれる。
 そんな優秀なふたりもうら若い乙女には変わりなく、やはり恋の話が大好物なのは同世代の他の女の子たちと変わらないらしい。
 大事な親友ふたりに明日どれだけ根掘り葉掘り聞かれるか想像するともう苦笑するしかなかった。
「仲が良さそうだな」
 再び歩き出しながらカインさんが言う。
「はい! 大切な親友です」
 わたしも誇るように笑顔で返す。
 するとカインさんは少し遠くを見るようにして呟いた。
「親友、か……」
 その瞳にはもう以前のような暗い翳りはない。
 ただ、遠く離れた故郷を思うような、そんな穏やかでせつなげな瞳だった。
「ふふ、もうすぐお会いできるじゃありませんか」
 わたしはにっこりと笑顔で見上げた。
 カインさんの親友の、セシルさん。
 五年近く会う決心がつかなかった親友を、カインさんはついに祝いに行く。
 それはセシルさんを兄のように慕っていたわたしにとっても非常に喜ばしいことだったし、何より晴れやかなカインさんの表情が嬉しい。
「……そうだな」
 カインさんもふっと笑った。
 ミシディアの落ち着いた街並みをわたしたちはゆっくりと歩く。
 それは、何にも代えがたい幸せなひとときだった。

 しばらく歩いてわたしが立ち止まったのは小ぢんまりした古めかしい店の前。
「お祝い、ティーカップのセットなんていかがですか?」
「ティーカップ?」
「はい。ミシディアは白い陶器が名産なんです。セシルさんは紅茶がお好きでしたから、カップとソーサー、スプーンのペアセットに紅茶葉をお付けしたらいかがかと思うのですけど」
「……なるほど。確かにセシルとローザは魔導船の中でもよく茶の時間をとっていた」
 カインさんが満足げに頷いたのを確認し、わたしは店の扉を開けた。
「こんにちはー……あら?」
 だがそこにいたのは予想外の人物だった。
「ぬぬ……そこで飛車を動かすとはお主やるのお……!」
 カウンターをはさんで店主とにらみ合っているのはなんとミンウ長老だった。
「長老!?」
「邪魔をするでない! わしは今猛烈に忙しいんじゃ」
 振り向きもせずに長老は言った。
 唖然としていると店主がぺこぺこしながらこちらに助け船を差し出す。
「やあ、いらっしゃいませ。すみませんねえ、数か月前にエブラーナ王が下さった『将棋』というゲームが流行っておりましてね」
「……エッジの奴」
 呆れたようにカインさんがため息をつく。
 その声に、長老がにやりと笑って振り向いた。
「久しいな、竜よ。もう死んだかと思うておったぞ」
「あいにく死ぬわけにはいかなくなったものでしてね」
「ほう……? 確かに、しばらく見ぬ間に憑き物が取れたような面構えになりおって」
「だから俺は今日ここにいるんです」
 そしてカインさんはすっと進み出ると、長老の将棋の駒を勝手に動かした。
 わたしには分からなかったけれど、それは状況を打開する最善の一手だったようで店主が目を丸くした。
「……バロンに、行ってきます。親友を祝いに」
 カインさんの落ち着いた声に、長老は一瞬動きを止めた。
 でもすぐにしわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして相好を崩した。
「そうかそうか、バロンにのう。ついにこの日が来たか」
 うんうんと満足げに頷く長老に目線を合わすように屈んで、カインさんは柄にもなく頭を下げる。
「……あの日俺を助けてくれた貴方のおかげです」
「ふぉっふぉっふぉっ、わしが助けたのはお主の命だけじゃ。心までは救っておらんよ。礼ならポロムに言うがよかろう。」
「ちょ、長老!」
 突然名前を出されてわたしは頬を染めた。
 まったく、この長老は何もかもお見通しなのだろうか。
 人の心の奥の奥まで見抜いているんじゃないかと時々思わされる。
「もうっ。変なこと言わないでくださいっ!」
 わたしはぷりぷりしながら店主の方に向き直る。
 そして先程カインさんに提案した祝いの品を注文した。
「ティーカップ、ソーサー、スプーンのペアセットと茶葉ですね、かしこまりました。包装しますので少々お待ちくださいね」
 そして店主はいそいそと店の奥へ消えていった。
 その背中を見送り、長老は少し真剣な顔になって声音を落とした。
「……これでもう、安心じゃ」
「安心?」
 カインさんが訊き返す。
「わしがお主を助けた時言ったことを覚えておるか? お主の心の闇は悪霊たちの恰好の獲物になりうると言ったことを」
「はい。それに対抗するために試練の山で精神の修行を積ませていただいたこと、感謝しています」
「うむ。実はそれにはもうひとつ理由があっての……」
 そこで長老はいったん言葉を切った。
「……お主の闇は深く、あまりに暗すぎた。それは悪霊たちにとって真夜中の灯よりも明るく映ったことじゃろう。正直……再び悪に利用されても仕方がないかと危惧しておった。わしはお主を……野放しにはできんかったのじゃよ」
 わたしは派手な音を立てて椅子から立ち上がる。
「そ、それって! カインさんを見張るために、長老の目の届く試練の山に留め置いたってことですか!?」
「そう思うてくれても構わぬよ。何か異変が起これば刺し違えてでも阻止するつもりじゃった。じゃが」
 そこで長老は目を細めた。
「杞憂じゃったようじゃな。今のお主には、悪霊がつけ入る陰など一片もない」
 慈愛にあふれた笑みがカインさんに向けられた。
「長老と……ポロムのおかげです」
 静かに言ったカインさんの声にわたしの胸がドキンと跳ねる。
「ほっほ、この子はなかなかに癖があるが偏屈者のお前さんにはぴったりなようじゃな! 結構結構!」
「もう、長老! 変な言い方しないでください!」
 わたしは顔を赤らめて抗議したけれど、長老は「ふぉっふぉっ」と笑うばかり。
 わたしはぷいっとそっぽを向いた。
 視界の端でカインさんを盗み見ると、カインさんも何だか照れくさそうに頬を掻いていたので少しわたしの気持ちは落ち着く。
 そして長老はさらに楽しそうに話を続ける。
「そうじゃカイン、バロンから戻ったらわしの館に来てくれんか。先程の一手、なかなかの棋士と見た」
 何かと思えばそれですか、とわたしは苦笑した。
 よほどエッジさんのお土産の将棋がお気に入りらしい。
「魔導船でさんざんエッジの相手をさせられましたからね、俺でよければいくらでも。それに……」
 少し声のトーンを落としたカインさんに長老の目が光る。
「どのみち、お伺いするつもりでした。少し……気になることがあるので」
「ほう?」
 気になること?
 わたしも首を傾げる。
 でもそんなに神妙な顔をして告げるようなことは何も思い当たらない。
 きっと後で教えてくれるだろう。
 その時はわたしはそんな軽い気持ちで、決して深くは考えなかった。
 まさかカインさんのこの危惧がのちにわたしたちをおびやかす大事件になろうとは、思ってもいなかったのだ――。