HORIZON

FINAL FANTASY IV
Another Future

17. 帰郷(1)

- Cain Side -

 セシルたちへの祝いの品を買った翌日、俺はひとりデビルロードを通ってバロンへ向かった。
 約五年ぶりに目にしたバロンの街並みは以前よりも活気を増し、セシルのバロン再興の手腕が窺えた。
 久々に故郷に戻った感慨にふけりながらも俺はある懸念について考える。
 いくら考えても単なる予想の域を出ない、されどもしそれが現実となればひどく危険なこの懸念。
 それは俺を支配しようとしたバルバリシアとスカルミリョーネのことだ。
 これはいったいどういうことだろうか。
 バルバリシアひとりならまだしも、スカルミリョーネまで現れるとは偶然にしてはできすぎているように思う。
 これでルビカンテやカイナッツォが現れないのは逆に不自然だ。
 そもそも奴らはとうの昔に倒したのではなかったか?
 ゴルベーザやゼロムスもいない今更、どこか別の場所で再び蘇っているとでもいうのか?
 ……いや、蘇る、というのは語弊がある。
 やつらには実体がなかったからだ。
 この一年近く悪霊と戦い続けてきた自分ならよく分かる。
 あれは、生き返ったというよりもむしろ悪霊の類だ。
 まさか四天王が怨念となってさまよっているとでもいうのか?
 俺は自分が思いついた末恐ろしい考えに思わず身震いがした。
 このことを伝えるべき相手として共に戦ってきたセシルの顔が真っ先に思い浮かんだ。
 だがやつは現バロン国王。
 仮にもし四天王の怨念が蘇りつつあるのなら、カイナッツォが現れるのはまずバロンと見て間違いない。
 それに気付かないセシルではないだろうから、四天王の復活が実現しているのであれば今頃セシルが何らかの行動を起こしているはずだ。
 セシルだけではない。
 あのやかましい忍者も今ではエブラーナの正式な王だ。
 ルビカンテは何だかんだでエッジのことを好敵手として買っていたからエブラーナに現れるに違いない。
 そしてもしセシルとエッジが動けば、スカルミリョーネを探して自ずと試練の山にたどり着くはず。
 だがそんな知らせは今のところ何もない。
 単なる俺の思いすごしなら良いのだが……。
 気がつくと俺は眉間に皺を寄せながら歩いていた。
 いかん、久々に友に会うというのにこんな顔をしていては景気が悪すぎる。
 俺は物思いを振り払うようにぶんぶんと頭を振り、深く深呼吸をした。
 気を取り直して道沿いの露店の数々に目を向けてみる。
 改めて眺めてみると、バロンの街並みも俺が知っているものとはずいぶん変わったように思う。
 目立つのは武器防具屋よりもむしろ食料品店や雑貨屋などの類だ。
 『軍事国家』というイメージを一新しようとするセシルの力の入れ方なのかもしれない。
 市街地を抜け、徐々に視界に入る城の姿が大きくなってきた。
 バロン城に近づくにつれ、俺は望郷の念と再会の喜び、そして緊張が混ざり合った複雑な感覚をおぼえた。
 怖くないといえば嘘になる。
 何せ、かつて何度も許されぬ裏切り行為を重ね、さらには結婚式にも顔を出さず行方をくらましたこの俺だ。
 どんな反応をされても仕方がないと思う。
 だが……退くわけにはいかん。
 意を決して見上げた城門はかつてセシルと共にバロンを出た時と変わらずそこにずっしりと佇んでいた。
 ――再びこの門をくぐる日が来ようとは。
 ひとつ深く深呼吸をしてから俺は足を踏み出した。
「お名前とご用件をお伺いします」
 俺を迎えたのは中年の門兵だった。
「セシル王に謁見したい。名は……カイン。カイン=ハイウインドだ」
「少々お待ちを……って、え、カイン……ハイウインドだって!??」
 みるみるうちに門兵の表情は変わり、穴があくほど俺を凝視した。
 横からまだ年若い門兵が口を挟む。
「陛下は大変お忙しいので謁見には時間がかかりますがよろしいですか?」
 それでも構わん、と俺が答えるよりも前に中年の門兵の手が動いていた。
 ポカッと若い門兵を殴り、俺に敬礼の姿勢をとる。
「も、申し訳ございません! しょ、少々お待ち下さいませ、すぐに戻ります!!!」
 そして若い門兵を引きずって城内にすたこらと消えてしまった。
 おそらくあの中年の門兵は俺のことを覚えていたのだろう。
 ある程度年がいっているバロンの者ならば俺の名を知らん奴などなかなかいないはずだ。
 超名門ハイウインド家の嫡男にして竜騎士団隊長のカイン=ハイウインドといえば、当時赤い翼の隊長セシル=ハーヴィと並んで名を馳せていたからだ。
 月の戦役が終わった今もなお、突如姿を消したことで逆に有名になっているに違いない。
 その証拠に俺は間もなく城内に通された。
 バロンを離れてもう五年近くなるが、刻み込まれた記憶というのは大したもので、俺の足はバロン城内の造りをしっかりと覚えていた。
 てっきり玉座の間に通されるのかと思っていたが、前を行く案内役が進む経路はどうもセシルの私室に向かっているようだ。
 おそらくセシルの計らいなのだろう。
 案内役は部屋へと続く階段の前で一礼すると去って行った。
 俺は階段を上り、人払いされた扉の前に立つ。
 そして一握りの勇気を奮い立たせて扉を叩いた。
 わずかの間があった後、はたして扉は開かれた。
「……カイン!!」
 出迎えたのは、聞き慣れた友の声。
 質の良さそうなソファから立ち上がった親友は、久方ぶりの再会にも関わらずあの頃と変わらない若い輝きを保っていた。
 やつの相変わらず人の良さそうな顔を見た途端。
 やつの穏やかな声を聞いた途端。
 俺の中にあった不安や緊張は跡形もなく霧散した。
 扉を開けるのにさえ勇気を要したことがひどく馬鹿馬鹿しく思え、俺は心中で自分に苦笑する。 
「久しいな、セシル」
「カイン! 来てくれたんだね!」
 セシルは俺に駆け寄り感極まったようにそう言った。
「ずっと連絡もないから、心配したんだよ?」
 必死な親友の顔に俺の胸が痛む。
 ああ、こいつは。
 何度も裏切った俺のことを、結婚式にも顔を出さなかった俺なんぞのことを、今でもこれほどに気にかけてくれているのか。
「……すまん」
 色々な贖罪の意味を込めて俺が言うと、セシルは俺の方へすっと手を差し出してきた。
 何だ? と俺が訊くよりも先に。
「おかえり、カイン!!」
 やつは満面の笑顔でそう言った。
 俺は面喰ってしばしその場に硬直する。
『おかえり』
 その言葉には、すべてを許し、ただ再会を喜ぶセシルの友情が何よりも表れていた。
 お人よしすぎる親友に不覚にも目頭が熱くなり、俺は泣きたいような微笑を浮かべてその手を握った。
「……ただいま」
 ついに、ついに俺はバロンに帰ってきたのだ――。

「さあカイン、ローザにも」
 セシルに促され、帰郷の感慨深さを感じながら俺はソファの方へと進み出た。
 近づくと、まるで胡蝶蘭のような微笑が俺に向けられた。
 高く結い上げられたたゆたう髪、陶器のような白い肌、美しい曲線を描く女性らしいプロポーション。
 俺が長年焦がれてきた麗しき女性――ローザがそこにいた。
「久しぶりね、カイン。もうバロンのことなど忘れてしまったのかと思っていたわ」
 ころころと鈴の音のように笑いながらローザが言った。
「すまん……少し、時間がかかってしまった」
 そう答えた俺の心は驚くほど平静だった。
 薬指に指輪を嵌め、セシルの妻となったローザを見れば以前の俺ならばふつふつと暗い嫉妬の念を煮えたぎらせていただろう。
 だがこの時、俺はただただ帰郷と再会を喜んでいる自分自身に気がついた。
 ローザに恋い焦がれたことも、今ではもう昔の思い出だと思える。
 そうか、俺の闇は本当にあの少女が消し去ってくれたのだな。
 幸せそうなセシルとローザを心から受け入れられることがこんなにも喜ばしいとは。
「今日は、五年遅れの祝辞を言いに来た」
 ローザの隣にセシルが座るのを待ってから俺はふたりの向かいに腰かけた。
 言葉は、驚くほどになめらかに俺の口から流れ出た。
「結婚おめでとう」
 たったそれだけのこと。
 字面にすればたった七文字の台詞だが、それが言えるようになるまでどれほど時間がかかったことか。
 俺の中でとてつもなく大きな意味を持つその台詞を、俺はようやく、ようやく云うことができたのだ。
 晴々した思いで俺は目の前のふたりを見つめる。
 一瞬驚いたようにしていたふたりの表情が、笑顔に変わった。
「ありがとう……カイン!」
 ローザの笑顔がこぼれる。
「カイン、ありがとう! いつか君が来てくれると信じて待っていてよかったよ……!」
 そしてふたりは何かを囁き合うと、ひとつ頷いてから俺に向き直った。
「カイン、実はね。今ローザには新しいいのちが宿っているんだよ」
 まだほんの一部の人にしか知らせていないんだけどね、と付け加えてセシルが小声で言った。
 はにかみながら腹部を愛おしそうに撫でるローザ。
「新いいのち……?」
 新たなひとつの命。
 セシルとローザの愛の結晶とも言うべき命が……?
「そうか……! それは、めでたいな!」
 俺は自然と相好を崩していた。
 めでたい。
 それ以外に言い表せる言葉などない。
 寄り添い微笑み合うふたりを俺は心の底から祝福した。
「ありがとう。あなたにそう言ってもらえると嬉しいわ」
 そう言って穏やかに微笑むローザはもう母親の顔だった。
 俺は祝いの品を取り出した。
 ポロムに選んでもらったティーカップのセットだ。
 ……ポロム。
 彼女がいなければ、こんな風にふたりを祝福するなどということはできようもなかっただろう。
「よかったら使ってくれ」
 包みごと差し出すと、セシルがすまなそうに受け取った。
「気を遣わなくてもいいのに……でもありがとう、使わせてもらうよ」
「ふふ、何かしら。開けるのが楽しみだわ」
 可愛らしいラッピングを見たローザの顔がほころぶ。
 その幸せそうな様子に俺の心はほっと温かくなる。
 セシルならば、きっとローザを誰よりも幸せに、大切にしてやれるだろう。
 さて、言うことも言った。
 渡す物も渡した。
 幸せそうなふたりの様子も確認した。
 やるべきことを終え、安心した俺は立ち上がる。
「すまなかったな、忙しい時に」
「えっ、今夜くらい泊まって行けばいいじゃないか」
 セシルの申し出にそれもそうかと一瞬思ったが、俺の脳裏には菫色の瞳の少女が浮かぶ。
 自意識過剰かもしれないが、何となく、彼女は自分を待ってくれているのではないかと思う。
「……いや、すまんがそれは次の機会にさせてもらおう」
 そう断るとセシルはしばらく口をへの字に曲げて残念そうにしていたが、やがて立ち上がって俺の横に歩み出た。
「じゃあせめて門まで送らせてもらうよ」
「フッ、律儀な王様だな」
「こっちは五年も待ったんだ、それくらい当然だろ」
 そう言ってすたすたと俺の前を歩き始めた。
 まったく、本当にお人よしな親友だ。
「じゃあローザ、ちょっと行ってくるよ」
「わかったわ。カイン、またいつでも顔を見せてね」
「ああ、元気な子どもを楽しみにしておく」
「まぁ、カインったら」
 艶やかに微笑むローザ。
 いつまでも、セシルと幸せにな。
 俺は踵を返し、ローザと別れた。
 それは俺の心の中のローザの幻影との完全な別れでもあった。
 晴れやかな気分で俺は城の出口へと足を進める。
 その間隣を歩くセシルは絶えず城の者に声を掛けられていた。
 どうやら皆に好かれているようで何よりだ。
「この辺りでいい。お前も執務があるだろう」
 俺は出口が見えた辺りでセシルに言った。
「そうか。またいつでも来てくれよ?」
「ああ、美味い酒でも用意しておいてくれ」
 では、またな。
 そう言って出口に向かいかけた足をふと俺は止めた。
「……カイン? どうかしたのか?」
「…………」
 ひとつだけ。
 ひとつだけ気がかりなことがある。
 こんな幸せそうなやつに水を差すのも気が引けるが、何かあってからでは遅いのだ。
 俺は声のトーンを落とし、ここに来る途中に考え巡らせていた懸念を口にした。
「最近……バロンで何か妙なことはなかったか?」
 例えばカイナッツォが蘇ったとか――そこまで具体的には言えなかったが俺は真剣に尋ねた。
 セシルは初めはきょとんとしていたが、俺が存外真剣なことに気づいたらしくすぐに真面目な顔になって首を横に振った。
「いや、特にこれといったことはないな」
「そうか、ならいい」
 俺はほっと胸をなで下ろす。
 まだあの忌々しい四天王はここには現れていないようだ。
「カイン……?」
「実は……」
 俺は長老に語ったのと同じ内容をセシルに聞かせた。
 友としてのセシルの顔が、たちまち騎士としてのそれに変わる。
「セシル。俺は今ミシディアにいる。もしこの先何かあったらすぐにミシディアの長老に知らせてくれ。いいか、すぐにだぞ」
 静かに語気を強めて念を押すと、セシルは神妙な顔で頷いた。
「……分かった。すぐに連絡するよ」
「頼む」
 そうして俺はバロン城を後にした。
 セシルたちを祝福することができ、もう心残りは何もない。
 このまま何事もなければよいのだが……。
 俺は足早に城下町へと向かった。

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