HORIZON

FINAL FANTASY IV
Another Future

17. 帰郷(2)

 来た時よりも少しばかり日が傾いた街並みは昼間よりも多くの人でにぎわっていた。
 時折帯剣した警備兵の姿もあるが、物々しい雰囲気はかけらもなく人々には笑顔が溢れている。
 道端には小洒落た店が立ち並び、ウインドウごとに小さな人垣を作っていた。
 そのうちのとある店のウインドウに飾られたアクセサリーがふと俺の目に入ってきた。
 女物の髪飾り。
 以前なら見向きもしなかったものが、なぜ俺の足を止めたのだろう。
 脳裏に、はにかんだように笑う少女の姿が浮かぶ。
 そうか、ポロムがそうさせているのか。
 俺は店内へ足を踏み出した。
 中には色とりどりのペンダントやらブレスレットやらが飾ってあった。
 正直、俺には女物のアクセサリーの善し悪しなどさっぱり分からん。
 だが先程目にした髪飾りはポロムにとてもよく似合うのではないかという気がする。
 バロンが世界に誇る繊細な金細工に紫水晶のような石が嵌められた、決して派手に主張するわけではないが控えめな可愛らしさが確かに存在する髪飾り。
 脳内のポロムのイメージに合わせてみても充分似合っているように思う。
 眺めていると店員の男が近づいてきた。
「いらっしゃいませ、お求めですか?」
「ああ、この髪飾りを頼む」
「ありがとうございます、ではお包みいたしましょう」
 そう言って店員はカウンターの向こうで包装材を選び始めた。
 女物のアクセサリー店などにひとりで入ることなどなかった俺はどことなく居心地の悪さを感じてしまう。
 次の店員の質問はさらに俺を困らせた。
「ええっと、どなた宛てですか? ご家族かご友人か、それとも恋人ですか?」
 なぜそんなことを訊く!?
 俺は答えに詰まったが、どうやらそれによって包装材の種類が変わってくるらしく、答えないわけにはいかないらしい。
 家族か、友人か、それとも恋人か――だと?
 いったん咳払いをしてから俺はぼそりと答えた。
「こ……恋人、だ」
 言った瞬間身体がかっと熱くなる心地がした。
 なにをガキみたいな反応を、と自分で情けなくなるがどうしようもない。
 あの可憐な少女が正式に自分だけの恋人なのだと意識すると、どうにも痒いような浮かれたような心地がしてならなかった。
 代金を払い、品を受け取って俺はそそくさと店を出る。
 店員め、包装紙の上にハートの飾りなんぞを貼りやがった。
 どんな顔をして渡せばよいのやら――気の利きすぎる店員が少しばかり恨めしい気分に駆られる。
 恋人への土産物を買うなどという初体験に妙なむず痒さを感じながら俺はデビルロードへと足を向けた。
 久方ぶりの帰郷だというのにとんぼ返りになってしまったが、名残惜しくはない。
 なぜなら、これからはいつだって戻って来れるのだから――我が故郷、バロンに。

 デビルロードは一瞬のようでいて意外に時間が経っている。
 ミシディアの街に戻った頃、空にはぽっかりと月が浮かんでいた。
「夜になってしまったな……」
 長老の館を見やるとすでに窓から漏れる灯りはない。
 既に床についてしまったのだろう。
「招待されたとはいえ、今訪問しても迷惑になるだけだ。明日にするか」
 俺は長老の館に背を向け、試練の山へと足を向ける。
 しかし、この土産物はどうするか。
「…………」
 バロン特有の金細工の髪飾り。
 渡す相手はもちろんあの少女だ。
 どういう縁か、自分の恋人となった十も年下のあの少女。
 恋人というからには、挨拶のひとつでもしてから帰るべきか。
 心配性なあの少女ならなおのこと、俺の帰りを待ってくれているかもしれない。
 俺は以前聞いていたポロムの家へ行き先を定めた。
 夜のミシディアの街は静かで幻想的だ。
 バロンに比べてはるかに田舎なこの街は夜にもなるとほとんど往来がなくなり、森から聞こえる梟の呪文のような声が妙に大きく響く。
 通りには色とりどりの灯りが立ち並ぶ。
 これらはバロンのガス灯とは違い、魔法によって生み出されたものだ。
 中には芸術的趣向を凝らした灯りもあり、見る者の目を楽しませる。
 童話に登場する幻想世界に迷い込んだかのような情景に見惚れながら、やがて俺はポロムの家の前に到着した。
 おそらくパロムによる魔法の細工なのだろう、郵便受けの上でポロムとパロムの名が煌々と光っている。
 間違いない、ここがポロムの家だ。
 窓の向こうはほのかに明るい。
 彼女はまだ起きているのだと判断し、俺は玄関の前に立ちノックをするべく手を構えた。
「む……」
 扉まであと一寸のところで手が止まる。
 驚くべきことに俺は若干緊張しているようだ。
 考えてみればポロムの家を訪ねるなど初めてだし、前もって言っておいたわけでもない。
 突然、しかもこんな時間に訪れては迷惑がられるだろうか?
「…………」
 いやしかし彼女もまだ起きていることだし、今更そんな他人行儀な風に気にしても仕方がないのではないか?
 それに上がるつもりもないのだ、顔を見せて土産を渡したらすぐ帰る。
 それだけだ。
 何をそんなに緊張することがある?
「ふう……」
 俺はひとつ深呼吸をしてから、意を決して扉を二度叩いた。

「はーい?」
 少し間があってから、扉の向こうから声が返ってきた。
 ……この、出てくるまでの一瞬の間が緊張する。
 俺は年甲斐もなくそわそわと落ち着こうとしない足を必死で留めた。
 それに比べれば毎日のように俺のコテージにやってくるポロムは大した度胸だと思う。
「どなたですかー?」
 声が一段と近くなり、ついに扉はぎいと音を立てて開かれた。
 隙間からひょこっと顔を出した彼女は、ややあってから目を見開いた。
「……カインさん!?」
「……ああ」
「おかえりなさい……!」
 彼女に、ふわりと笑顔が花開いた。
 つられて俺も無防備に微笑んでしまう。
 彼女の顔を実際に見ると、先程の緊張などどこかに消えていってしまった。
「ど、どうでした? セシルさんとローザさんには……」
 ずっと心配してくれていたのだろう、ポロムはいの一番にそう尋ねてきた。
「ああ、無事、祝いを言うことができた。ふたりも俺を、何のためらいもなく受け入れてくれた……」
 まったくお人好しなやつらだ。
 だがおかげで俺はこうして、また彼らの友でいられる。いさせてもらえる。
「あああ、良かったです……! わたし、信じてました! 絶対、うまくいくって!」
 胸の前で両手を握り、ポロムは自信満々に言い切る。
 その顔はとても嬉しそうだ。
 俺を思ってのこともあるだろうが、セシルとローザはポロムにとっても大切な旅の仲間だ。
 俺たちがこうして丸くおさまったことは、彼女にもこの上ない吉報なのだ。
「ありがとう。……そうだ、別にその礼というわけではないのだが……土産がある」
 俺は髪飾りの入った紙袋を持ち上げてポロムに差し出した。
「え……? でも、そんな、いいんですか……?」
 困ったように菫色の瞳が見上げてくる。
「お前にと思って買ってきたものだ、受け取ってもらえなければこっちが困る」
「カインさん……」
 彼女はおずおずと包みを手に取ると、それを抱き締めるようにしてはにかんだ。
「ありがとうございます……! 開けてもいいですか?」
「ああ。好みに合うかどうかは分からんがな」
 包みを開くと、ハートの飾りが否応なく目に飛び込んでくる。
 気を利かせ過ぎのあの店主のしわざが恨めしい。
 ハートの飾りに一瞬狼狽しながらもポロムは小袋の中身を引っ張り出した。
 瞳の色によく似た、薄い紫色の石があしらわれた金細工の髪飾り。
「わぁ……素敵!!」
 ポロムに満面の笑みが広がった。
 それを見て俺は安心し、目を細める。
「きれい……! ねぇ、これってバロンの金細工でしょう? こんなに細かな唐草を形どった細工なんてバロン以外には為し得ない技だわ……!」
「詳しいんだな」
「ええ! 前から欲しいなぁって思ってたんですもの!」
 飛び上がらん勢いで喜ぶ彼女が眩しい。
「そうか、それは良かった」
 そこで彼女はふと動きを止め、眉を八の字にして言った。
「でも……これ、お高かったんじゃありません?」
「大したことはない、気にするな」
 なるほど、そんなところまで気にするとはさすがは節約家のポロムだ。
 だが彼女の喜ぶ顔を見れば、そんな対価など取るに足らない問題だ。
 彼女は少し申し訳なさそうにしていたが、やがて笑顔に戻りこくりと頷いた。
「じゃあ、大事に使わせていただきますね!」
 そう言ってポロムは今着けている髪飾りを外した。
 癖っ毛がふわりと広がる。
 そして髪に指を差し入れると、土産の髪飾りを手に髪を纏め上げていった。
「どうですか?」
 くるりとターンしてポロムが期待顔を向けてくる。
「ああ、似合っているぞ。だがポロム、それは上下が反対だ」
「ええっ!?」
 ポロムはかっと顔を紅潮させて慌てて髪飾りを押さえた。
「やだもう、わたしったら! 元々こういうのは下手だし、鏡を見なかったら上下左右も分からなくて……!」
 家事や事務はあれだけきっちりできるのに、妙なところで間が抜けている。
 俺はポロムのそんなところが、とても可愛いと思った。
「ははは、どれ、俺がやってやろう」
「ううっ、お願いしますぅ……」
 ポロムはしおしおと情けない声を上げて俺の前で背を向けた。
 別に上下逆でも色味はよく似合っていたが、正しい向きに直してやると、やはりあの時ショーウインドウの前で俺が思った通りだった。
 金細工の繊細さも、控えめな装飾も、ポロムのためにあつらえたかのように似合っている。
「よし、できたぞ」
「えへへー、ありがとうございます。嬉しいです~!」
 子どものようにきゃっきゃと喜ぶ彼女を眺めるだけで俺は癒される。
 今まで誰かに贈り物などしたことなどほとんどなかったが、なかなかに悪くない。
 用が済み満足した俺は「じゃあ」と半歩下がった。
 すると驚いたようにポロムは目を大きくした。
「あら、上がっていかれないんですか?」
 ……無邪気というものは恐ろしい。
 時間と場所を考えればその台詞が何を暗喩するかなど簡単に気付こうものを。
「……夜中に男をほいほい家に入れるんじゃない」
 たしなめるように俺が諫言を呈すると、一瞬間があってから途端にポロムの顔が真っ赤に燃え上がった。
「~~~! いえ、あのっ、決してそんな意味で言ったのではなくてあのその」
 おたおたと意味のない身振り手振りを交えながらポロムは慌てて取り繕う。
 その様子があまりに初々しくて、俺はついくっくっと笑ってしまった。
 もっともすでに互いの気持ちを確かめ合い、憚るような関係ではなくなったのだから、仮にこのまま家に上がって一夜を過ごしたとしても別段おかしなことではない。
 だが、赤くなったり青くなったりと表情に忙しい彼女を見ていると、何となくそれは違うな、と思った。
 風にそよぐ素朴な野花のような彼女を、もうしばらくこのまま眺めていたい。
「さ、分かったら早く寝るんだぞ。夜ももう遅い」
「……はぁい」
 すこし残念そうに口を尖らせてポロムは返事をする。
 そんな顔をするな、去りづらくなるだろう。
「ポロム」
「はい?」
「よく眠れるおまじないだ」
 そう言うと俺はきょとんとしているポロム前髪を上げ、白い額にひとつ口づけを落とした。
「…………!!!」
 突然すぎる不意打ちに彼女はしばし言葉も忘れたように固まり、やがてはっとしたように額を押さえた。
「カ、カインさんってば!!」
 途端にポロムの頬が朱に染まる。
「お、お、おまじないっておっしゃるから何かと思えば……!!」
「嘘ではない、まだ小さかった頃ローザのおふくろが俺やセシルにもよくやってくれていた。寝ている間悪しきものから守ってくれる祝福なのだそうだ」
「そうなんですか……!」
 懐かしい子ども時代の記憶を思い出しながら言うと、『ローザの母親』と聞いた瞬間ポロムはあっさり目を輝かせた。
 ローザの母親もまた優秀な白魔道士であったことを耳にしているらしく、ポロムの中では尊敬すべき人物のひとりに数えられているのだろう。
「え……っと。じゃあ、わたしも、カインさんにしたいです、おまじない」
 おや、と思ったがもじもじしながら見上げてくるポロムの目に冗談はない。
 恥ずかしがり屋なくせに時々積極的な彼女が微笑ましかった。
 このままでは届かないため俺はひざまずく。
 するとポロムはそっと俺の前髪をかき上げて、福音を授けるかのように祈りを捧げた。
「あなたに安らかな眠りが訪れますように」
 そして額に柔らかい唇が触れた。
 その一連の所作がまるで聖母か何かのようで、思わず俺は声を忘れてしまう。
 それはポロムに救われたあの瞬間の白くあたたかな光にも似ていた。
「……カインさん? わ、わたし変でした……?」
「……あ、いや。すまない」
 はっとして立ち上がり、俺は居住まいを正す。
「君のおまじないは本当に効果がありそうだ。……ありがとう」
「わたしはドキドキして眠れなくなりそうですけどね、ふふふ」
 つられて俺もふっと笑う。
 こんな穏やかな時間がたまらなくいとおしくなる。
「では、またな」
「はい、道中お気をつけて」
 そして、後ろ髪を引かれないわけはなかったが俺はポロムの家を後にした。
 気がつくと、自分でも驚いたことに、俺は笑顔のまま歩いていた。
 自分がこんなによく笑う人間だったとは。
 ポロムは眠れなくなりそうなどと言っていたが、明日になったらきっとまた朝から何かと理由をつけてコテージまでやって来るに違いない。
 明日が来るのが楽しみだ――明日など来なければばいいのにと思っていた一年前には考えられない期待を胸に抱きながら、俺は試練の山への帰路についた。

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