HORIZON

FINAL FANTASY IV
Another Future

18. 闇の集結(1)

- Cecil Side -

 その夜。
 自室の机にペンを置き、セシルは眠そうに欠伸を噛み殺した。
「ふう、今日はもうこれくらいにしておくか」
 書類の束をトントンと整えて脇によける。
「ローザ、そろそろ寝よう」
 振り返ると寝着姿の妻は何やら面白そうに白い茶器を眺めていた。
「明日はカインにもらったそのカップでお茶を飲もうか」
 言いながらローザの隣に腰かけると、ローザは何やら意味深に微笑んだ。
「素敵なティーセットね」
「うん? そうだね、真っ白でシンプルだけど、この控えめな模様とか花を形どったソーサーとかね」
「いったい誰に選んでもらったのかしらねえ」
「え?」
 うふふ、とローザがにんまり笑う。
「あのカインのセンスだとは考えにくいわ。よほど目利きのお店か、それとも可愛らしいお嬢さんにでも選んでもらったかしら?」
「ロ、ローザ、それって……?」
 ようやく妻の言わんとすることを察知したセシルはおたおたとカップとローザを見比べた。
「あら、私のこういう勘はけっこう当たるのよ?」
 どんな子かしらね、もしかしたら今日早く帰ったのもそのせいかしら、とローザはうきうきしながらあれこれと推測を並べ立てる。
 よくそこまで想像できるものだなあとセシルとしては感心するばかりだ。
「じゃあ今度会ったらぜひとも紹介してもらおうか」
「ええ、最重要案件だわ」
 そう言ってローザはカップをソーサーの上に置いた。
「さあ今日はもう寝よう。僕は今とてつもなく眠い」
 セシルは大あくびをすると目をこすりながら布団へともぞもぞ移動した。
 その時。

『クカカカカ……』

 背筋をぞっとさせる声が響いた。
「!!!」
 セシルの動きがぴたりと止まる。
 眠気は吹っ飛び、冷や汗が流れた。
「セシル、今の声……」
 ローザも表情を一変させてそろそろとセシルに寄り添う。
「ローザ、君にも聞こえたのか!?」
「ええ……」
 空耳なんかではない。
 セシルは息をのんだ。

『クカカカカ……いい気なもんだなぁ、おい?』

「どこだ! 姿を見せろ、カイナッツォ!!!」
 忘れようにも忘れられない、人を小馬鹿にしたようなこの笑い声。
 バロン王となり替わり、バロンを悪の国家に作り替えた憎き魔物。
 セシルにとって四天王の他の誰よりも忘れ難い仇、それが水のカイナッツォだった。
『クカカカカ……残念ながらまだ実体がなくてなあ……! だがそれももうじき終わる……すぐにこのバロンを再び血に染めてやろう!』
 がんがんと頭に響く悪の高笑いに舌打ちをし、セシルはベッドの下に隠してあった剣を目にもとまらぬ速さで引き抜いた。
 ちゃきん、と小気味よい金属音を立てて構えられたその剣は、月で賜った聖剣ラグナロクだ。
「失せろ!!!」
 空を斬ると光の筋が拡散した。

『クカカカカ……すぐに会えるぞ……墓の準備でもして楽しみに待っていろ……!!』

 そして、光が収まった頃、不気味な声は止んだ。
 後には何もなかったかのような静けさだけが残る。
「何だったんだ……今のは……!?」
 蒼白な顔でセシルが見つめる先には見慣れた部屋が広がるばかりだった。

- Edge Side -

 一方その頃。
 エブラーナの執務室で書類の山に埋もれていたエッジは、ふと首筋に熱気のようなものを感じた。
「…………? 気のせいか」
 ミストの村のリディアのもとに遊びに行っていたうちに溜まりに溜まった書類のせいで、どうやら今夜はなかなか眠れそうもない。
 必死に印鑑を押し、ペンを走らせるエッジを、再びちりちりとした熱が襲う。
「何だ……?」
 さすがに気のせいではないと思い、エッジは顔を上げた。
 外は雨。
 とてもではないが暑さを感じる気候ではない。
「換気でもするか」
 雨を気にせず窓を開けようとエッジが立ち上がりかけたその時、低い声が響いた。

『……えるか……聞こえるか、……ジ……』

「!??」
 瞬時に懐からクナイを抜き放ち、低く姿勢を構える。
「何モンだ!!」
 鋭い眼光で辺りを見渡し、気配を探る。
 しかし動くものもなければわずかな気すら感じられない。

『エッジ……私だ、ルビ……テだ……』

「……ルビカンテ……!??」
 エッジは目を見開く。
 火のルビカンテ。
 エブラーナの仇にして最大の好敵手。
 だがしかし奴はこの手で屠ったはず……!
「バカ言ってんじゃねぇ! あいつはもうこの世にはいねーんだ!」
『……よく聞け……大事な、話だ……』
「うるせぇ! 死者の名を語るのもたいがいにしやがれ!!」
『確かに我々は一度死んだ……だが、無数の怨念が再び我らを地上に降臨させようとしている……』
「何だと……!?」
『私ももうじき怨念に飲み込まれるだろう……だから今のうちに、まだ私の武人としての意識が残っているうちにお前に伝えなければならないことがある……』
 ルビカンテと名乗った男の声は真剣そのものだ。
 状況がさっぱり飲み込めなかったが、その尋常ならぬ様子にエッジはすっと感情を落ちつける。
 頭に響く声に意識を集中させると、途切れ途切れだった低い声がいくぶん鮮明に聞こえた。
「……言ってみな。くだらねぇ話だったらぶちのめすぞ」
『フッ、相変わらず威勢のいい……』
「さっさと話せ! テメーは暑苦しいんだよ!」
 部屋が暑いわけでもないのに額から流れ落ちる汗に渋面になりながらエッジは悪態をついた。
『暑苦しい、か……。今でこそ私は炎を纏っているが、我々四天王とてもとはただの人間だったことを知っているか』
「何!?」
『最初はゴルベーザ様に従うただの部下にすぎなかったのだ……月へ行くという計画に夢を見出し、ゴルベーザ様のもとに集った単なる人間だったのだ』
「オメーらが、人間だっただと……?」
 エッジは眉をひそめた。
 ルビカンテやバルバリシアはまだいいとして、カイナッツォやスカルミリョーネなどとてもではないが人間になど見えやしない。
『疑問に思うのももっともだ……だが貴様も知っているだろう。人を、異形のものに変えるすべを持っていた男のことを……!』
「!!!」
 エッジの背筋がさあっと冷えた。
 忘れようもない、最後に見た両親のあの姿。
 エブラーナ王であり随一の実力を誇る忍者でもあった父には魔獣の牙と爪が生え。
 厳しくも優しかった美しき母は毒々しい悪魔へと姿を変え。
 エッジは自分の手がわなわなと震えるのを感じた。
 自ら両親にとどめを刺した、この両手。
 忘れかけていた、この怒り。
「……ルゲイエか……!!」
『そうだ……! 奴が、私たちを人外のものへと変貌させたのだ……!!』
 熱がひときわ強くなった。
 ルビカンテの怒りだろうか。
『数々の魔獣を使い、私たちは実験に次ぐ実験を重ねられた……その結果、この並外れた力を手にすることができたのだ。私以外の三人は喜んでいたがな……!』
「あんたは違うのかよ……?」
『……自分の実力ひとつで勝負するのが真の武人であろう』
「なるほどな……あんたらしい」
『だが我々も貴様らによって敗れた。五年前、我々は確かに死んだのだ』
「なら今更こうしてお喋りしてやがるテメーは何者だ!?」
『怨念が……スカルミリョーネの怨念……カイナッツォの怨念……バルバリシアの怨念……そして我々の身体に組み込まれた、幾多の魔獣たちの怨念が我々を呼び起こしたのだ……!』
「怨念……!?」
『そうだ……。実体すら持たない怨念だ……だが! もうじき我々は集結しようとしている……次に月が満ちる時、試練の山に悪夢が舞い降りる!!!』
「お、おい! 集結したらどうなるってんだよ!??」
『強大な力となる……我々ひとりひとりの力など軽く凌駕する、四天王の融合体<ゲリュオン>となるのだ……!!』
「ゲリュオンだと……!!」
『時間がない……一刻も早くバロンの王に知らせ、迎撃準備を整えるのだ……! このままではこの星は滅ぶ……!!』
そこでルビカンテは苦しそうに呻いた。
 熱と、声が次第に遠ざかっていく。
『私も……これ以上は抑えられぬ……急げ……急ぐのだ……!!』
 そして、声は完全に止んだ。
 しとしとと軒を打つ雨垂れの音以外に静寂を破るものはない。
 書類の山の中で、エッジはひとり茫然と震えていた。
「四天王が……蘇るだと……!?」
 震える手を押さえ、エッジははるか遠い空を見つめた。

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