HORIZON

FINAL FANTASY IV
Another Future

20. 誓詞(1)

- Edge Side -

 ミシディアに集った後、俺はミストの村へとファルコンで向かった。
 もちろん、リディアを迎えに行くためだ。
 ミシディアのミンウ長老の作戦はこうだ。
 まず戦火の拡大を防ぐため、戦場は四天王の融合体<ゲリュオン>が降臨するという試練の山だけに留める。
 そのために各国の能力者を山の周りに集め、強力な結界を張る。
 極めて力の強い者が上空から結界を管制し、その間に俺たち――セシル、カイン、リディア、ポロム、そして俺が結界の中でゲリュオンを討つ。
 今すぐにでもリディアを連れに行き、実戦の勘を取り戻すべく準備をしなければならない。
 猶予は一週間。
 それを一週間「しか」と取るか、一週間「も」と取るか――どちらにしても、ゲリュオン降臨を伝えに来てくれた過去の宿敵ルビカンテに感謝せずにはいられなかった。
「あら、エッジ!」
 リディアの家に着くと、いつもの明るい笑顔が俺を迎えてくれた。
「よう!」
 軽く右手を上げて俺も応える。
「どうしたの? 次に来るのは来月になるって言ってたと思うんだけど……」
「……それがだな、ちょっくら面倒くせーことになっちまってよ」
 小首を傾げる彼女に促され、俺は木製の椅子に腰を下ろす。
 はて、どこから説明したものか。
「なぁに? 面倒なことって」
 向かいに座って俺の返事を待つ、のん気な顔。
 四天王が復活する、なんて言ったらどんな顔に変わるんだろうな?
 迷っても仕方ねぇ。
 どんなに冗談みたいな話でも、言わなきゃならねー真実なんだからな。
 俺は「実はな」とひと呼吸置いてから、ミンウ長老に話したのと同じ内容をリディアに伝えた。
 突如ルビカンテの声が聞こえてきたこと、ルビカンテが話した四天王の生い立ち、そしてゲリュオン来襲のこと……。
 話すにつれて、元々大きいリディアの目はさらに見開かれていった。
「そんな……!!」
 愕然としてリディアが口元を押さえる。
「嘘みてーだろ? 俺も最初は耳を疑ったぜ」
「……ううん、でも信じる! エッジ、こういう嘘つく人じゃないもん」
 見ると、リディアは気合を入れるようにぐっと両の拳を握りしめていた。
 俺……妙なところで信頼されてんのな。
 褒められたのか何なのか微妙な気分で俺はあいまいに頷いた。
「ま、まあとにかく、だ。そのミンウ長老の作戦通り、俺たちはまた戦わなきゃなんねーわけよ」
「それであたしを迎えに来たのね?」
「ご名答。オメーの魔法に頼らねーとまずいくらいの事態ってこった」
 リディアは少し考えるふうにした後、やがて首を縦に振った。
「……わかったわ。あたし、頑張ってみる」
 俺は心中でほっと胸をなで下ろした。
 まさか断られることはないだろうと確信はしていたが、幻界にも住むところがあるリディアのこと、万に一、いや億に一でもその可能性が無いとは限らなかったからだ。
「助かるぜ! すぐにでもミシディアに行けるのか?」
「んっと……一応幻獣王さまたちに伝えてくるから、こっちの時間なら夕方くらいには行けると思うよ」
「そか、わかった」
 俺が満足げに頷くと、リディアはさっそく幻界に移動するための準備を始めた。
 俺にはさっぱり意味がわかんねーけど、床に魔法陣を描くように石やら何やらを配置していく。
 この文様によってリディアは瞬時に幻界と行き来できるらしい。
 手慣れた様子で魔法陣を仕上げるとリディアはその中心に立った。
「あー……リディア、ちょっといいか」
 転移の呪文を唱えようとしたリディアを俺は呼び止めた。
「ん? なぁに?」
 きょとんとして訊き返す彼女。
 俺はひとつ咳払いして姿勢を正す。
「えっとだな……幻界から帰ったらでいいんだけどよ、話しておきたいことがあるんだ。その……ゲリュオンと戦う前に、どうしても……な」
 くそっ、自然に言おうと思ったのによ。
 いつになく神妙な言い方になっちまった。
 案の定、リディアはふいっと目を逸らした。
 ああ、あの顔は気付いちまったんだな、俺の言わんとしていることに。
 知ってんだよ、オメーが俺と“この話”をしたくねーってことくらい。
 けどよ、ゲリュオン戦でお互いどうなるかわかんねーんだ。
 オメーの顔を曇らせるようなことは言いたかねーけど、俺は今、きっちりけじめをつけておきてーんだよ――俺とオメーの間にある、この微妙な距離に。
「……うん、わかった。後で、聞くね」
 リディアはそう微笑んで、手を振った。
 ……クソッ、目は笑ってねーじゃんかよ。
「おう。オメーが帰るまで待ってっからよ」
 俺は努めて明るくそう言った。
 そしてリディアは二、三言呪文を唱えると魔法陣の中へと消えていった。

「はぁ」
 リディアが幻界へと消えた後、俺は盛大にため息を吐いてテーブルに突っ伏した。
 話しておきたいことがある、と俺が言った時のあの困ったような、何とも困惑した顔。
 あの顔を見たのはこれで二度目だ。
 一度目は確か三年前。
 忘れもしない、ふたりでアガルトの村に温泉旅行に行った時だ。
 エブラーナとミストの復興もだいぶ進み、ようやく落ち着いてゆっくりできるようになった頃だった。
 あいつは月の戦役の頃からすでに俺にとっては特別なヤツで、終戦後にミストとエブラーナという遠方に離れてからも縁を切る気なんかさらさらなかった。
 じいに文句を言われても暇を見つけてはミストに向かい、絆を深めてきたつもりだ。
 甲斐甲斐しいと言うヤツもいるかもしれねーが、仕方ねーだろう。
 それが惚れたモンの弱みってもんよ。
 けど、リディアもだんだん応えてくれるようになったんだ。
 俺のことが好きだと言ってくれた。
 手を握れば嬉しそうに笑ってくれた。
 口づけをすれば返してくれた。
 俺がエブラーナに戻るのを、「寂しい」と言ってくれるようになったんだぜ?あのリディアが。
 だからよ……きっと俺は、舞い上がっちまってたんだな。
 リディアの本心なんか、見えちゃいなかったんだ。
 てっきりもう恋人同士なんだと勘違いしていた俺は、アガルトの宿で言ったんだ。
「エブラーナに、来てくれないか」
 ってな。
 そこはまぁリディアのことだ、意図を汲みそこねたらしくきょとんとしていた。
 だから俺は単刀直入に言ったんだ。
「俺と結婚してほしい」
 ……本気だったんだぜ?
 手なんか緊張してガタガタ震えてたくらいだ、この俺が。
 でも胸の内じゃあ、断られるなんてこれっぽっちも思っちゃいなかった。
 首を縦に振ってくれるのを確信して――いや、そんなこと疑うことすらも忘れて俺は彼女にプロポーズしたんだ。
 ……ショックだったぜ。
 笑顔で頷いてくれるのを想像してたのによ、その顔が徐々に翳っていくんだからな。
 そう、さっきと同じ、あの顔だ。
 そしてリディアは言ったんだ。
「ごめんなさい……!」
 消え入るような声で……そう言ったんだ。
 俺は一瞬現実が信じられなくて耳を疑ったね。
 けど、「ごめんなさい」を繰り返して泣き崩れたリディアを見て、ああ、こりゃあ現実なんだ、ってようやく理解した。
 俺は振られたんだ……ってな。
 理由を訊こうにも俺は頭ん中真っ白だったし、リディアもリディアで泣くばっかで何も言ってくれなかったから結局その話はそのまま終わっちまった。
 完敗だぜ、まったく。
 こっちはジジイババアになるまでリディアと添い遂げるつもりだったからよ、もうなーんもなくなっちまって放心するしかなかったんだ。
 ところが、だ。
 リディアをミストに降ろして帰ろうとした時だった。
 スッカラカンになった俺の背中に、リディアがしがみついてきた。
 俺のマントを強く握りしめたその手は、震えていた。
 白黒に見えていた俺の視界に色が戻り、俺の意識は現実に引き戻された。
「…………?」
 多分、あの時俺はこの上なく変な顔をしてたんじゃねーかと思う。
 訳わかんなくて。
 俺を振ったはずのリディアが俺を引きとめているっていう事実が、訳わかんなさすぎて。
 そしてリディアは俺の背に額を当てて、震える声で言った。
「また……会いに来てくれる?」
 と……。
 本当に訳がわからなかった。
 俺は頭をフル回転させたが、答えなんか出なかった。
 ただひとつだけわかったことがあった。
 それは、リディアが俺を好いてくれているのには間違いねーってことだ。
 俺は単純だからよ……それだけでホッとしちまったんだろうな。
 明るい声で、答えちまった。
「おうよ! 来週、また来るぜ!」
 ……精一杯、虚勢を張ってな。
 以来、俺たちはその案件に触れないように、言及しないようにと避けて回りながら以前のように恋人然とした間柄を保っている。
 馬鹿みたいだろ?
 自分でも馬鹿だと思う。
 人に話せば良い酒の肴になるお笑い草だってわかってる。
 カインに偉そうな口叩けた分際じゃねーって自分でわかってんだ。
 でもな、それでも離れられない相手ってのがいるんだよ。
 若い頃には想像もつかなかったことだが、コイツじゃなきゃダメだ!ってのがあるんだよ。
 リディアもそれは同じらしく、俺から離れていこうとする気配はまったく感じられない。
 むしろ、リディアからエブラーナに届く手紙の数は増えたようにさえ思う。
 最近は、それでもまぁいいかななんて思えるようになってきた。
 けど!
 ゲリュオンが現れ、一週間後の存亡がわからないとなれば話は別だ。
 今日まで再びあの話題を口にする勇気なんかなかったが、このままじゃあ死んでも死に切れねぇ。
 俺にとって辛い結果が待っている可能性は大きい。
 けど、耐えてやるさ!
 耐えてこらえて、リディアの本当の気持ちを確認するまでは絶対にここを動かねーぞ。
 リディア、俺にはオメー以外にいねーんだからな!!

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