HORIZON

FINAL FANTASY IV
Another Future

21. ゲリュオン降臨(1)

- Porom Side -

 満月までの一週間はあっという間に過ぎ去った。
 今夜四天王の融合体<ゲリュオン>が試練の山に降臨する――そう考えるとわたしの胸はぞわぞわと粟立つ。
 自分から参戦を申し出ておいて何を、と思われるかもしれないけれど、怖くないなんて言ったらまったくの嘘だ。
 でも、頑張らなきゃ。
 わたしが皆を白魔法で支えるんだから。
 ミンウ長老の示してくれた作戦はこうだ。
 まず、直接敵を迎え撃つのは月の戦役のメンバーから身重のローザさんを抜いた四人――すなわちセシルさん、カインさん、エッジさん、リディアさん――とわたし。
 けれど互いが全力で戦えば大地はめちゃくちゃになってしまうし市街地にまで戦火が及んでしまう。
 最悪、ゲリュオンが場所を移動してしまっては世界中が巻き込まれることになる。
 そこで、世界の能力者たちが協力して試練の山の周りに協力な結界を作る。
 バロンの魔道士、ミシディアの魔道士、エブラーナの忍術使い、トロイアの神官、ファブールのモンク僧。
 それら五班で五芒星を作り、さらには長老が空から飛空艇で管制し、戦火を抑える結界を張るのだそうだ。
 すでに上空ではファルコンのプロペラ音が響いていて、地上の準備も着々と整っている。
 わたしは、試練の山を取り巻くようにそびえ立った光の壁を見上げた。
 この中に……入って戦うのだわ。
 ごくりと唾を飲み込んだ時、肩にぽんと手が置かれた。
「怖いか」
 見上げると、カインさんがいつの間にかわたしの横まで来ていた。
 兜を被っているから顔は見えないけれど、きっととても優しい、安心させる表情をしているに違いない。
 わたしは素直に答える。
「はい」
「正直だな。だが俺も怖い」
「カインさんも?」
 意外な気がしてわたしは振り仰いだ。
「ああ。皆そうだ、セシルだってな。強敵と戦うのはいつだって恐ろしいものだ」
 カインさんが目を向けた先には、離陸前のエンタープライズの機体があった。
 その前でセシルさんがローザさんと話し込んでいる。
 きっと、戦の前の別れを告げているんだろう――ローザさんと、お腹に宿る小さないのちに。
 別の方を見やると、エッジさんとリディアさんが並んで夕焼けの彼方を眺めていた。
 気のせいか分からないけど、以前に比べてふたりの雰囲気は少し変わったように思う。
 柔らかくなったというか、落ち着いたというか……長年の夫婦と見紛うような、そんな感じ。
 彼らは今、夕陽の向こうに自分たちの未来を見つめているのかもしれない。
「……生きて、帰って来ましょうね」
 わたしは自然とそう呟いていた。
「絶対勝って、生きて戻りましょうね。わたしたちみんなにこんなにも未来が待っている……」
 絶対に、その未来を失くしてしまってはいけない。
 この輝かしい未来を。
「……ああ。必ず」
 カインさんも横で頷いた。
 大丈夫。
 わたしたちならできる。
 わたしたちの未来を、守るんだ――

 夕陽が山の端に隠れ、闇に染まった空には紅の月が上った。
 ふたつめの月はもうないけれど、血のような色の、大きくて不気味な満月。
 これから現れる強敵を予感させる禍々しさに、わたしは肩を震わせた。
 今わたしたちは試練の山の山頂にいる。
 周囲は世界の皆が作り出した結界に取り巻かれ、上空でホバリングしているファルコンがその結界を集束しているようだ。
 普段なら山頂の冷たい風が吹くこの辺りなのに今は怖いくらいに静かだ。
 風は吹くことを忘れてしまったかのようにぴたりと止んで、動物たちの声もすっかり消えてしまった。
 五人の息遣いが響くほどの静けさの中、わたしたちはゲリュオンの降臨を待った。
 静寂は、突如破られた。
 バン、と爆発音を立てて突然山頂の社がはじけ飛んだのだ!
「来るぞ!」
 セシルさんの声が飛ぶ。
 間もなく、目も開けられないほどの暴風がわたしたちを襲った。
 わたしはじっと精神を集中したままその場に踏ん張った。
 地面が揺れる。
 水柱が噴き上がる。
 どこからか火の粉が飛んでくる。
 そして視界が開けた時にわたしが見たものは、自分の知っている四天王とはまるで似ても似つかない異形の怪物だった……。

「クカカカカ……ついに、ついに蘇ったぞ……!」
 そう言って咆哮を上げたそれは、紛れもなくカイナッツォの声だった。
 けれどその外見はあまりにいびつ――ルビカンテの上半身にスカルミリョーネの巨大なつの、バルバリシアの脚が生え、さらに剣と盾を持ったカイナッツォの腕が付いていたのだ。
 融合と呼ぶのもおこがましいくらいの不完全な合体。
 それが、<ゲリュオン>の正体だった。
「……気味が悪いわ」
 隣でリディアさんが小さく囁く。
 堪らず声を上げたのはエッジさんだ。
「おいルビカンテ! 聞こえるか!? 何だそのナリは、テメーほどの武人が情けねえ!!」
 ところが返事はない。
 代わりに炎の息が吹きかけられ、エッジさんは素早く避けて舌打ちした。
 どうやら唯一理性的だったルビカンテの意識はもう消えてしまったようだ。
「フシュルルル……ルビカンテの余計な世話のせいで豪勢な出迎えだなぁ?」
 薄気味悪いこの声はスカルミリョーネに間違いない。
 以前カインさんの精神を乗っとろうとした、わたしにとっては特に許せない敵だ。
 それはカインさんにとっても同じらしく、カインさんは左手のホーリーランスをぶん、と振った。
「今度こそ息の根を止めてやるぞ、スカルミリョーネ!」
「フシュルルル……おやおや、貴様はあの時の竜騎士。また支配されにのこのこやって来たのか? 愚かな奴め……!」
「愚かなのはどっちか、思い知ることになるぞ?」
「ヒャハハハ、貴様の美味なる闇、また頂戴しよう!」
 するとゲリュオンは何か黒いもやを吐き出した。
 あの時、呪縛が解けたカインさんから抜け出て行った闇とそっくりなもやを!
「いけない!」
 わたしは咄嗟にカインさんの前に飛び出して杖を構えた。
「はあっ!!」
 そして白魔法の聖なる魔力を爆発させる。
 黒いもやは相殺されるようにかき消えた。
「もうカインさんにその手は効きませんっ! カインさんにはもうあなたなんかが付け入る闇はないんです!!」
「何ぃ……?」
 ゲリュオンがわたしをぎろりと睨む。
「おい、ポロム……」
 後ろのカインさんがわたしを制止しようとしたけれど、わたしはそのまま啖呵を切り続けた。
「カインさんはもう、あなたが知っているカインさんとは違うんですから! やれるもんならやってみなさい!!!」
 全身から力が湧き出る。
 魔力がほとばしる。
 カインさんを守りたい、夢中でそう思うとホーリーを唱えているわけでもないのにわたしの身体から白い光が放出された。
 以前スカルミリョーネの怨念と対峙した時と同じ力が、わたしの意気に呼応して輝く。
 ひとつ違ったのは、それがわたしだけに起きた現象ではなかったということだ。
「……! これは……」
 背後で驚いたようなカインさんの声がしたのでちらりと振り向くと、何とカインさんのホーリーランスも同じように白く光り輝いていた。
 まるでわたしたちふたりの聖なる力が共鳴し合うように、波動を繰り返す。
「カイン、それ……」
 その神々しい光の姿にセシルさんも驚きの声を上げた。
 光り輝く槍を携えたカインさんはまるで聖なる竜騎士。
 そう……まるで、暗黒騎士だったセシルさんが聖騎士になった時と同じ光景だった。
「力が……湧いてくる……?」
 カインさん自身も驚いたように自分の手を見つめていた。
「フシュルルル……まさか、こんなことがあり得るとはな……!」
「ふぅん、本当に闇は消えてしまったようね。その娘によって祓われた、と言ったほうが正確かしら」
 スカルミリョーネに続いてバルバリシアのつまらなそうな声が聞こえた。
「面白いじゃないの、聖竜騎士だなんて。変わったものね、カイン」
「フッ、どうやらそのようだ。もう小細工は通用せんぞ!」
 そう言ってカインさんはちゃき、と槍を構えた。
「ポロム、君のおかげだ。前衛は俺たちに任せて後方支援を頼む」
「はい!」
 言われてわたしはすぐに後列に戻った。
 かばわれていろ、という言い付けを守るためだ。
 するとゲリュオンの顔の部分がぐにゃりと歪み、青くて平たい顔が現れた。
「クカカカカ、元々スカルミリョーネの小技なんぞ必要ねぇんだよ。引っ込んでな!」
 ゲリュオンの青い腕が高らかに剣を掲げる。
「さあ、楽しい戦いの始まりだ!!!」
 こうして、空に轟くカイナッツォの咆哮とともに戦いの幕は開いたのだった。

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