HORIZON

FINAL FANTASY IV
Another Future

22. ふたつの月(2)

- 上空にて -

 一方その頃。
 上空のファルコンで結界を管制していたパロムに苦悶の汗が浮かんだ。
「……くっ!!!」
 先程までとは比べ物にならないほどのエネルギー量が結界の内側を打つ。
「な、何が起きやがった!??」
「パロム、ややややや山が!!」
「落ち着け! 何がどうなってる!?」
 甲板の縁で地上を見下ろしていたレオノーラはもつれる舌を必死に動かす。
「ゲゲゲゲリュオンが自爆しました! そ、それで試練の山が、粉々に……!!」
「何だって!??」
 ではこの魔法陣に置いた手のひらを通して伝わってくる計り知れない衝撃はゲリュオンの自爆の爆発力ということか。
 中にいるポロムたちの安否が頭をよぎり、パロムはぎりりと歯を食いしばった。
 駄目だ、今は結界を維持することに集中しなくては。
 これが破れれば、ミシディア中、いや世界中に戦火をばらまいてしまう!
「ちくしょう……!」
 結界の内圧がどんどん増してゆく。
 砕けた岩がぶつかり、温度は湧き立つほどに上りつめ、水という水が気化してゆくのが結界を通してありありと感じられる。
 衝撃は結界に多くの孔を穿ち、パロムの全魔力をもってしてもカバーできないほどに溢れ始めた。
「皆の者! こらえるのじゃ! これに耐えれば、戦は終わりじゃ!!!」
 背後で檄を飛ばす長老の声が聞こえる。
「バロン班、もっと力を強く! ミシディア班、第一隊はファブールの援護に向かえ!」
 五つのひそひ草を駆使して地上班への指示を飛ばしているのだ。
 地上の皆も頑張っているんだ――ここで自分が耐えなければ、何がミシディアの天才魔道士だ。
「ちくしょう、もってくれよ!!!」
 祈りに近いような思いで、パロムは渾身の魔力を指先に込めた。
 脂汗がどっと額に流れる。
 貼り付いた前髪から雫が落ちた。
 それを白いハンカチで拭ったのはレオノーラだ。
「パロム、大丈夫ですか」
「大丈夫に……してみせるっ!!」
 そう言い放つパロムの瞳は、いつもの不真面目な彼とはまったく違う強さをたたえていた。
 かつてレオノーラはこれほどまでに真剣な彼の顔を見たことがあっただろうか?
 レオノーラはぐっと唇を噛むと、パロムの正面にひざまずいた。
 そして白くて細い手を魔法陣へと下ろす。
「おい、何を……」
「わたしだって、魔道士のはしくれです」
 何かを決意した表情で、両の手をパロムの手の上に重ねた。
「わたしだけ、ただ見ているわけにはいきません!」
「やめろ! 結界のバランスをとるのがどんなに難しいか……!」
「いいえパロム! 白魔法と黒魔法の両方が使えるわたしならば、きっとできます!」
 止めようとするパロムの言葉を聞き入れず、レオノーラは手のひらに精神を集中させた。
 その途端、パロムの手を通じて、地上からの膨大な魔力の流れが衝撃波となって彼女を襲う。
 それでもわずかに目元を歪めただけで、彼女は手を放しはしなかった。
「パロムのお役に立ちたいんです……ほんの少しでも」
 そう言って「えいっ!」と己の魔力を放出した。
 赤く輝いていた魔法陣にレオノーラの青が混ざる。
「レオノーラ……」
 上に重ねられた手のぬくもりから、体内にレオノーラの魔力が流れ込む。
 肩で息をしていたパロムに血色が戻った。
「まったく……勝手にトロイアを出たばかりか無茶しやがって……」
 パロムは左右非対称な苦笑いを浮かべて言った。
「神官失格だな」
「そうですね」
 早くも額に玉の汗を浮かべながらレオノーラが微笑む。
「だがな……オレの相棒としては合格だ!」
 俄然勢いを取り戻した魔力が、穿たれた結界の孔を次々とふさいでゆく。
 世界を戦火から守る結界は、ふたりの協力によって息を吹き返したのだった。

- Porom Side -

 耳元を通り過ぎてゆく轟音。
 空気が割れ、閃光と灼熱に晒されたすべてのものが無に帰する。
 試練の山が……崩れてゆく。
 クルーヤさまが眠っておられた社も、わたしとカインさんがともに時を過ごしたコテージも、すべて、すべて……。
 崩壊の音を聞きながら、わたしはふと目を開けた。
 あれほどの爆発に巻き込まれたのに、わたし、死んでいない?
 そして今いる場所に気付いて。
「……っきゃああああ!!」
 わたしは絶叫した。
 遥か見渡すはどこまでも広がる夜の空。
 そしてわたしの足元に広がるのも……夜の空!!
 地面にくっついているのが当たり前な足の裏は、今やおぼつかなく空に浮かんでいたのだ。
「!??」
 自分の置かれた突然の状況がさっぱり理解できず、わたしは目がくらむ思いだった。
 さっきまで試練の山で戦っていて、ゲリュオンの自爆に巻き込まれたのではなかったの?
 なのに、どうしてわたしは試練の山の結界を……"見下ろしている"の!?
「ポロム、気をしっかり持て」
 目眩を起こしかけたわたしを支えたのはカインさんだった。
 気付いてみれば、わたしたち五人ともがひとかたまりになって空に浮かんでいた。
 セシルさんたちも不思議そうに自身と足元を見比べている。
「爆発には巻き込まれなかった……みたいだね?」
「こりゃいったい……どうなってやがんだ?」
「あたしたち、浮かんでる……?」
 などと言っているうちに。
 ふわり、と身体が重力に反して持ち上がるのを感じた。
 透き通る球体に包まれたわたしたちは、ゆっくりと空へと上昇してゆく。
 試練の山から上へ上へと離れる代わりに近づいてきたのは、夜闇に浮かぶ飛空艇の機影だった。
「あれは、エンタープライズ!」
 まっさきにセシルさんが声を上げた。
「エンタープライズだと? 今回の作戦ではバロンで待機しているのではなかったのか?」
「うんカイン、そのはずなんだけど……」
 なぜ、バロンにいるはずのエンタープライズがこんなところに?
 その間にもわたしたちの高度はどんどんエンタープライズに近づいてゆく。
「そういえば」
 わたしは周囲を取り巻く球体に触れ、あることに気がついた。
「これ、テレポにすごく似ていますわ」
「テレポだって!? 言われてみれば……。でも僕はテレポなんか唱える間もなかった」
「わたしもです、あまりに突然の爆発でしたもの……」
 テレポを使えるわたしとセシルさんは首を捻る。
「じゃあ、誰かが離れたところからあたしたちにテレポを使ったってこと?」
「だがテレポは通常、自分自身に使うものなのだろう? 遠隔操作など……」
 リディアさんとカインさんにも分からないようだ。
 ひとり、エッジさんだけが鋭い目を機影に投げかけた。
「いるだろ、ひとりだけ。結界の外からのテレポの遠隔操作なんていう離れ技ができる白魔道士がよ」
 言われてはっとしたわたしたちは即座にエンタープライズを見上げた。
 わたしたちはあの船に導かれている。
「まさか……いや、そんなはずは」
 セシルさんの唇が震えた。
「ヘッ、じっと夫の帰りを待ってるような性格じゃねーことぐらい、今に始まったことじゃねーだろ」
 呆れているようなエッジさんの顔に浮かぶものは、確信、そして安堵。
 はたして、エンタープライズと同じ高さまで浮き上がったわたしたちの前に現れたのは。
 高く上った月に照らされた、たゆたう金髪、白磁の肌。
「お帰りなさい、セシル、みんな!」
 甲板から両の腕を伸ばした麗しの美女、ローザさんだった!
「ローザ!?? バロンにいるはずじゃあ……?」
 再会の喜びよりもむしろ驚きが勝ったセシルさんの声が裏返る。
「じゃ、やはり、これは君が……?」
「ふふっ、シドにお願いして連れてきてもらったの。わたしだけバロンでじっとしているわけにはいかないわ」
 そしてローザさんはゆっくりとわたしたちをエンタープライズの甲板に下ろした。
「で、でももし何かあったら……!」
「あら、この子はそんなに弱くないわよ。私とあなたの子だもの」
 ローザさんはいとおしそうになだらかな曲線を描く腹部を撫でながら微笑んだ。
「第一、助かったでしょう? 私がいなかったら今頃みんな骨も残っていないわよ? 素直に感謝するべきだと思うけど?」
「しかしローザ……」
「もう、ぶつぶつ言わないの。いいじゃない、みんな無事だったんだから。……これくらい、手伝わせて?」
 熱い瞳で見つめられたセシルさんは、なおも何か言いたげだったけれどついには根負けして苦笑した。
「うん……ありがとう、ローザ。本当に、助かったよ」
「最初からそう言えばいいのよ」
 満足げに微笑むローザさんに、わたしたちも礼を言う。
 本当に、ローザさんが結界の外から遠隔操作でテレポを唱えるという大技を使ってくれなかったら、わたしたちは冗談じゃなく命を失っていただろう。
 あの物凄い爆発に巻き込まれて――。
 わたしたちは船縁から真下を覗き込んだ。
 結界がすべてを抑えてくれているけど、ここから見ても中の凄まじさが伝わってくる。
 間断なく鳴り響く崩壊の轟音、もうもうと覆い尽くす砂埃、立ち上る炎の柱、気化してゆく渓流……。
 試練の山は、崩れた。
 悲しい? うん、そうかもしれない。
 ゲリュオンを倒せたという安堵はあるのだけど……このせり上がってくる悲しさ、虚しさは何だろう。
 歴史あるミシディアの試練の山。
 小さな頃セシルさんたちとの旅で初めて向かった場所が試練の山だった。
 セシルさんがパラディンになり、テラさまがメテオを習得なさったのも試練の山。
 わたしが山守という初めての役割を与えられたのも試練の山。
 カインさんと出会い、かけがえのない時を過ごしたのも試練の山……
 でももう、試練の山はないのね。
 たくさんの思い出をありがとう。
 わたしは夜闇に紛れて、少しだけ目尻を拭った。
 原型を留めぬほどに崩れてゆく山の姿を、わたしたちはじっと見守った。
 言葉を発する者はいない。
 わたしたちの戦いは、終わったのだ。

 それを見届けたかのように、もうひとつの月がゆっくりと去ってゆく――

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