HORIZON

FINAL FANTASY IV
Another Future

4. 俺に構うな(1)

- Porom Side -

 次にカインさんを見かけたのは約一週間後くらいのことだった。
 一合目の測量を終えようとしたわたしの視界に濃紺の鎧姿が入ってきたのだ。
 遠目で見たかぎりでは、どっかりと胡坐をかいたまま微動だにしない。
 わたしはそっと近付き、カインさんが座っている場所を見て危うく悲鳴を上げそうになった。
 一合目とはいえ、崖っぷちの端の端に胡坐をかいていたのだ!
 落ちたら死んじゃうとしか思えないような場所でこの人はいったい何をやっているのだろう?
 興味がまさって、わたしは少し離れた場所から様子を窺うことにした。
 十分。二十分。
 待てども待てどもカインさんはぴくりとも動かない。
 じっと息を殺している自分の身体の方が先に根負けしてしまいそうだ。
 もしかして座ったまま死んでるのかしら、なんて不謹慎なことを考えた時、あることに気付いた。
 先程から何度もカインの頭上には悪霊たちが去来していた。
 わたしの周りにはそんなに寄って来ないのに、カインさんの周りだけ妙にその数が多いように思われた。
 けれど、それらはカインさんを襲うこともできず、時々はじかれたようにカインさんの周囲から弾き飛ばされていくのだ。
 カインさんが何か魔法を唱えているようには見えない。
 本当に、いったい何をやっているのだろう?
 その時だった。
「……何か用か」
「ひゃああああっ!!」
 突然振り向かれてわたしはまたもや間抜けな悲鳴を上げてしまった。
 悪霊たちも驚いたのか、一瞬にして散り散りに消えていった。
「……よく叫ぶやつだ」
 びっくりしすぎて心臓に悪い。
 突然振り向くなんて、何という不意打ちをするのだろう、この人は。
「気付いてらしたんですね」
「お前の気配くらい気付かんようでは、いくらあっても命が足りん」
 カインさんはまた前に向き直ると、無愛想にそう言った。
「何されてるのかな、と思って見てました」 
「精神修行だ。見て分からんか」
 なるほど、カインさんは寄ってくる悪霊を意識だけで追い払っていたわけだ。
 それが分かるとわたしはカインさんに対してものすごく申し訳ない気持ちがふつふつとこみあげてきた。
「あ……ごめんなさい。わたし、お邪魔してしまいましたわね……」
 カインさんが相手にしていた悪霊たちは自分のせいでどこかへ消えてしまった。
 またすぐに集まってくるのだろうが、邪魔したことには変わりはない。
 わたしの謝罪には答えず、カインさんは無言で立ち上がると憮然としてその場を去ろうとした。
 どうやら本当に邪魔だったらしい。
「……すみません……」
 兜の下の表情は分からない。
 でも不機嫌なことには違いないように思われて、わたしは情けない声でもう一度謝った。
「……気にするな」
 面倒くさそうにカインさんは言う。
 口ではそう言ってくれたけど、表情はわからないし声音が低いから本気かどうか分からない。
「わ、わたし、帰りますね! 本当に、お邪魔してごめんなさい!」
 ぺこりと頭を下げて、わたしは一目散にその場を離れた。
 ああ、わたしってば何て空気が読めないんだろう。
 誰かに背後からじっと見られていれば、鈍いわたしだって気が散るのに。
 ばかばか、と自分を叱責しながらわたしはチョコボに飛び乗った。

 次の日、わたしは台所のテーブルでバスケットとにらめっこしていた。
「うーん……。お嫌いなものだったらどうしよう……」
 どうしても昨日の謝罪がしたくてわたしが思いついたのは、何かお詫びをするということだった。
 しかも、カインさんの修行の邪魔をしないようにそっとできることで。
 そんな限られた条件で自分に出来ることといえば、山頂のコテージにそっと食べ物の差し入れをすることくらいしか思い浮かばなかった。
 幸い、料理には少し自信がある。
 長老も美味しいと言ってくれる。
 でも、美味しいのと口に合うのとはまるっきり別物だ。
「お口に合わなかったら、それこそ逆効果だわ……」
 それでもこのままにはしておきたくないという自分の中の無駄なほどに律儀な部分が心中でやんやと騒ぎ立てる。
 わたしは意を決してバスケットを持った。
 中身は蒸し鶏のサンドと茶葉、そして不足している可能性がある塩だ。
 甘いものを好まない男性は多いと聞いたことがあったので、そういったお菓子類は入れていない。
「大丈夫、お口に合わなければ食べないでくださいって書いておけばいいのよ」
 わたしはいったん手に持ったバスケットを置き、中に入れた小さな便箋を引っ張り出した。
 『昨日は修行のお邪魔をしてしまって本当にすみませんでした
  良かったら召しあがってください   ポロム』
 そんな短い文章の後に先程の文章を書き足す。
「これでよし……」
 そしてバスケットを持ち、今日はお休みをいただいていたので山に行く必要はなかったのだけどわたしは試練の山へと出発した。
 数刻かけて頂上へ登るといつものようにわたしの息はだいぶ上がっていた。
 周囲を確認してカインさんがいないかどうか確かめる。
 ここでまた邪魔をしてしまっては元も子もない。
 わたしは小走りでコテージへ向かい、扉と向き合った。
 食べ物だから、中に置いた方がいいに決まってる。
 でもあの不機嫌そうなカインさんの姿を思い出すとまるで「入ってくるな」と言っているようで、扉に鍵が掛かっているかどうか試しに押してみることすら憚られた。
 わたしは扉の前にそっとバスケットを置く。
 獣などに荒らされないよう、その周りには聖水を振りまいておいた。
「邪魔してしまって、ごめんなさい」
 小声で呟いて、わたしはテレポを唱えた。
 今日やるべきことはこれだけだったのだから。

 数日後。
 山の調査に精を出していたわたしに、意外なできごとが起こった。
「おい」
「ひゃあああああっ!」
 突如かけられた声に身体中で驚いて振り返ると、何とそこにはカインさんが立っていた。
「本当によく叫ぶやつだ」
「す、すみません……」
 まったくそのとおりだ、我ながら。自分の肝の小ささにがっくりしながら、わたしは小声で謝った。
 だが、そこでふと気付いた。
 今日のカインさん、何か雰囲気が違う。
 わたしはすぐに気が付いた。
 カインさんの左手には、およそ不釣り合いな可愛らしいバスケットが握られていたからだ。
「ああっ、ごめんなさい、何かお詫びがしたかったので……」
 勝手に差し入れなどをしたことがそれこそ邪魔なのではないかと今になって猛烈に恥ずかしく思えてきて、わたしはぺこぺこと頭を下げた。
 カインさんは何も言わずにバスケットを持ったまま近づいてくる。
 怒ってるのかな、お口に合わなかったのかな。
 わたしがおろおろしていると、カインさんはずいっとバスケットを差し出してきた。
 そして一言、
「美味かった」
 という言葉が耳に入ってきた。
 一瞬聞き違えたかと思った。
 でも確かにカインさんは言ってくれた、『美味かった』と。
 バスケットの中身はきれいに空になっていて、包んでいた花柄のハンカチだけがきちんとたたまれて入っていた。
 短い手紙も無くなっている。
「…………!!」
 わたしはぱっと顔を上げた。
 よほどわたしは不安と安堵が入り混じった変な顔をしていたんだろう、カインさんはふっと笑ったように見えた。
「嬉しいです……」
 思わずわたしは言ってしまっていた。
「嬉しい?」
「あ、その……そんなふうに言っていただけるとは思わなかったので」
 正直、このバスケットを返しに来てくれたことさえもが驚きだった。
「……思ったままを、言っただけだ」
 わたしの反応にカインさんは少し困ったようにそう言った。
 自分の作った料理に『美味い』なんて言われると嬉しいのは当たり前だ。
 ふだんいくら料理の腕を振るっても、美味いとも不味いとも言わずに好き嫌いしながら食べる双子の弟のことを考えると、カインさんの言ってくれた感想がなおさらありがたい。
 だからつい言ってしまった。
「また、作ってきてもいいですか」
 一瞬の間の後。
 わたしの顔はボムも顔負けなくらいにかあっと熱くなった。
 何という差し出がましいことを言っているんだ、わたしは!
 カインさんが放っておいてほしそうなのは明白なのに!!
「ご、ごめんなさいっ! 今のナシです! あは、はははっ」
 空中に浮かんだ自分の台詞を消すようにわたしは慌ててばたばたと手を振った。
 もう、もう。わたしのばか。
 またもやテレポで消えてしまいたい病が発症しそうになった時、カインさんが静かに言った。
「ありがたいが、いくらお前が山守とはいえそこまで世話になるわけにはいかん」
 ……カインさん、今『ありがたい』っておっしゃいました?
 わたしは呼吸を整えるとカインさんをじっと見上げて尋ねた。
「では……わたしが勝手に差し入れするのは構わないということですか?」
 いつも多めに作りすぎてしまいがちな料理を持ってくることなど、少しも手間ではない。むしろ誰かに食べてもらえたほうが助かる。
 決して、カインさんに『世話になる』などと言わせるほどの手間ではないのだ。
 それよりも『美味い』と言ってくれる人がいることのほうがよほど重要だ。
「……好きにしろ」
 カインさんはぶっきらぼうに言ったけれど。
「じゃあ、好きにさせていただきますね」
 対するわたしは満面の笑顔だった。
 この人は怖い人ではない――そんな確信にも似た思いがわたしの中に生まれた。
 ただ、兜の下の表情が見えないのと、他の人よりちょっとだけ口下手なだけなんだ。
 暢気なわたしはにこにこと上機嫌だった。

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