HORIZON

FINAL FANTASY IV
Another Future

4. 俺に構うな(2)

- Cain Side -

 俺が試練の山にこもり始めてからどれくらいの月日が経っただろうか。
 一年は経っていない、と思う。
 あまり変化のないこの静寂の世界の中で、最近ひとつ変わったことがある。
「まったく、お節介な山守だ」
 俺はひとつ、ため息をつく。
 半月ほど前から、生きている人間は俺ひとりだったこの山にポロムという白魔道士が通ってくるようになったのだ。
 はじめはコテージを漁りに来た不審者かと思い、ジャンプで危うく攻撃してしまうところだった。
 まだ年端もいかぬ少女だと気付き、ぎりぎりのところで軌道を変えたが、彼女は悲鳴を上げて逃げて行ってしまった。
 警戒心がそうさせたとはいえ、驚かせてしまい申し訳なかったと思う。
 謝ろうと思った時にはもう彼女の姿はかき消えていた。
 俺は彼女が落としたペンを拾い上げ、
「次にもし会うことがあれば返してやろう」
 と謝罪の念とともにそれを懐へ入れた。
 何日か経ってから、しゃがみこんで一生懸命何かを調べている彼女を見かけた。
 その様子は真剣そのもの。
 声を掛けると邪魔をしてしまうだろうか。
 俺が躊躇っていると、ふいに彼女はメモ帳を左手に持ったまま、情けない表情で何かを探し始めたようだった。
 意を決し、俺は声を掛けた。
「探し物は、このことか」
 すると彼女は、まるで悪霊にでもささやかれたかのような怯えた表情で振り向いた。
 震える手でペンを受け取って言った礼の言葉も、注意せねば聞きとれないほどで。
 どうやら俺は、怖がらせてしまっているらしい。
 これ以上怯えさせるのは気が引けたので俺はすぐにジャンプでその場を離れた。
 昨日のことを謝っていないな、と思いながら。
 だが予想外なことに、その後彼女は俺のコテージの前にいた。
 きょろきょろ辺りを窺いながら、扉に手を伸ばしたり引っ込めたりしている。
 さっきまで怯えていたのではなかったか?
 早く帰ればいいものを。
「何か用か」
 背後から俺が声を掛けると、彼女はすさまじい悲鳴を上げて腰が抜けたかのようにへたりこんだ。
 何という叫び声だ、頭がくらくらする。
 そんなに驚かれる俺は何かまずいことでもしているのだろうか。
 声を掛けるべきではなかった、と一瞬後悔したが、すぐに俺を見る彼女の目が変わった。
 不思議そうに、じっ、と俺を凝視している。
 聞けば、昔会った人に俺が似ているという。
 だが俺はまるでこの白魔道士に見覚えはない。
「人違いだ。俺はお前など知らん」
 そう言って背を向けた。
 他人に対して知り合いかと問うような人間はどうせろくなやつではない。
 しかし次の彼女の言葉に俺は驚愕した。
 何と、彼女は俺の名を呼んだのだ!
 ポロムだと名乗られた時は俺の記憶の中にある小さな彼女とはまったく一致しなかった。
 俺の腰ほどしか身長のないくせに表情や言葉遣いだけは妙に背伸びした小さな子どものイメージしか残っていなかったからだ。
 だから、驚いた。
 リディアが大人になって戻ってきた時と同じ驚きだった。
 人間はたった六年でここまで変わるものなのか。
 しかし俺の中のポロムのイメージはやはり小さな子どものままで、それを今の彼女に置き換えるには少し時間がかかりそうな気がした。
 ポロムは色々と俺に尋ねたそうな素振りだったが、結局訊いてはこなかった。
「放っておいてくれ」
 と俺が言えば、一瞬迷ったような顔を浮かべながらも、
「はい、わかりました」
 と深入りしてこなかった。
 どうやら他人の領域に踏み込まないよう自分を律しているタイプらしい。
 別段喋り好きでもない、むしろ喋るのが苦手な俺にとっては都合がいいことだ。
 しかし、だからといって無言で観察されるのはもっと落ち着かない。
 ある日俺が瞑想修行をしていると、背に消そうともしない気配を感じた。
 自分に向けられる、悪意のない視線。
 はじめはそのうちいなくなるだろうと思って無視していた。
 だがその視線はいつまでたっても消えず、ついに俺は我慢ならなくなって振り向いた。
「……何か用か」
 自然と棘のある声音になってしまったのかもしれない、彼女はまた例の如く悲鳴を上げた。
 こっちを見ているから振り返ったというのにその反応はないだろう。
 彼女が言うには、俺が何をしているのか気になって見ていたそうだ。
 暇なのか? と疑いたくなる。
「精神修行だ。見て分からんか」
 俺が言うと、彼女ははっとして申し訳なさそうに邪魔をしたことを謝ってきた。
 実際、彼女のせいで俺が精神で戦っていた悪霊たちは逃げてしまったし、集中力も途切れた。
 だがそろそろ場所を変えようとも思っていたので俺は立ち上がって「気にするな」と答えた。
 なのに彼女はますます恐縮して頭を下げ、ついには走り去ってしまった。
 俺は何かまずいことでも言ったのだろうか?
「あなたはいつも言葉が足りないのよ」
 などと言ったローザの声が思い出される。
 ローザ。
 いかん、これは思い出すべき人物ではない。
 俺はせり上がってくる記憶に無理矢理蓋をした。

 その次の日、俺の知るポロムの行動パターンではこの日は来ないはずだった。
 彼女は俺に気付かない日の方が多かったのだろうが、空高く跳躍する俺からすれば彼女の白いローブを見つけることはたやすい。
 だから週の最後の日は来ないことをパターンとして学んでいた。
 それなのに、彼女は現れた。
 いつものように山の調査はせず、一心不乱に山を登っている。
 ローブにひっかかる草木や歩きにくい足場に閉口しつつも数刻も掛けて登ってくる様子を、俺は高い木の上から眺めていた。
 俺のコテージの前に来た彼女は何をするかと思えば、扉の前に籠を置き、それだけで去ってしまった。
 たったそれだけのためにここまで来たのか?
 籠には花柄の布に包まれた蒸し鶏のサンドと茶の葉らしきもの、そして一包の塩が入っていた。
「何だ? これは」
 理解しかねる俺を助けたのは、端に挟まれた小さな便箋だった。
 そこには読みやすい丁寧な字で、昨日修行を邪魔したことの詫びだと書かれていた。
 なんという律儀さだ。
 はっきり言って俺は昨日のことなど今朝起きた時にはもう大して覚えてもいなかったのに。
 ここまで律儀に詫びを入れられるなどもってのほかだ。
 だがこのまま突き返すのがどれほど失礼な行為にあたるかが分からんほど俺は落ちぶれてはいない。
 ちょうど腹も減っていたのでありがたく頂くことにした。
「……美味い」
 自然と声に出た。
 ちゃんとした料理を食べるのはいつ以来だろうか。
 ハーブとガーリックの効いたソースを和えた蒸し鶏の味付けは絶妙で、俺は一気にそれを平らげてしまっていた。
 これを届けるためだけに登頂してきてくれた少女のことを思うといたたまれない気分だった。
 おそらく自分の態度の悪さがそうさせてしまったのだから。
 かといって二十六にもなった今、この厄介な性格を矯正することはたやすくない。
 礼だけでも言わねばな、と俺は籠の中の花柄の布を取り、洗って干しておいた。
 次の日、声を掛けた俺に向かって彼女はまたもや悲鳴を上げた。
 もう恐れられているか嫌われているかのどちらかしか思いつかん。
 しかし俺が「美味かった」と言うと、彼女は顔を上げた。
 不安そうな、だが嬉しそうな、複雑な表情だった。
 そして「嬉しい」と言いながら彼女ははにかんだ。
 その笑顔はかつてバロンで見た六歳の少女のものとはまったく異なり、それなりに大人の仲間入りをしようとしている女性のそれだった。
 だが次に彼女が言った言葉に俺は答えに困ってしまった。
「また、作ってきてもいいですか」
 しばし、間が空く。
 そんなに『美味い』と言われたのが嬉しかったのだろうか。
 だが会って間もない少女の世話になるわけにはいかん。
 今までひとりでやってこれたのだ、他人の手を借りずとも生きてゆける。
 彼女は慌てたように前言撤回したが、俺は丁重に断った。
「ありがたいが、いくらお前が山守とはいえそこまで世話になるわけにはいかん」
 断る、と伝えることはなかなか難しい。
 言葉に棘がないよう、精一杯穏やかに言ったつもりだった。
 すると今度は怯えはしなかったものの、彼女は別の反応を示した。
「では……わたしが勝手に差し入れするのは構わないということですか?」
 これには参った。
 手間になるだろう、という反論は通じない。
 かといって頑なに拒否すれば、やはり迷惑だったのだとしゅんとする彼女の顔が目に浮かぶ。
 俺に構ってくれるな、と言いそうになる自分を制して俺は言った。
「……好きにしろ」
 彼女は嬉しそうに笑っていた。
 何なのだ? このおせっかいな少女は。
 俺は自分の領域が侵されるような気がして嫌な予感を覚えた。
 だが意外にも彼女はそれ以上立ち入ってくることはせず、週に一度コテージの前に差し入れを置いて行くだけで、扉を開けようともしなかった。
 時々コテージの周りの雑草が抜かれていたり、壁に空いた隙間の修繕がなされたりしていたがそれは決して主張するようなものではなく、あくまで邪魔にならないようにしようという彼女の気遣いの現れのように感じられた。
 籠を返しに行っても、もう悲鳴を上げられることはなくなった。
 「美味かった」と礼を言えば、いつも嬉しそうにはにかんでいた。
 自分のようなつまらん男と話をして何が楽しいのか皆目見当がつかなかったが、彼女は俺の領域に踏み込まない程度にあれこれと楽しそうに話をした。
 そして途中でいつもはっとして、修行の邪魔をしてしまったと謝りながら去っていく。

「そう思うなら、もう俺に構うな」

 ある日俺が口に出してそう言うと、彼女はひどく傷ついた表情でテレポを唱えて消えてしまった。
 また俺は言葉が足りなかったらしい。
 後味の悪さに俺は自分に苛立ちを覚えた。
 だから嫌なのだ、人付き合いというものは。

- Porom Side -

 帰り道、チョコボの背に揺られながらわたしはしゅんとしてため息をついた。
「構うな、って言われちゃいましたわね……」
 差し入れの許可をもらって以来、わたしは週に一度だけバスケットを持ってくるようになった。
 毎日でも全然手間じゃないけれど、そんな押しつけがましいことはしたくない。
 週一回くらいがちょうどいい、というわたしの判断だ。
 カインさんはその度に律儀にバスケットを返しに来てくれる。
 包みのハンカチが毎回洗濯されているのにもすぐ気が付いた。
 カインさんはいつも「美味かった」としか言ってくれないけれど、寡黙なカインさんから発せられる言葉としてはそれは最大級の賛辞のように思えた。
 実は甘いものが好きだと徐々に分かってきたのも何だか楽しかった。
 コテージの外を少しお手入れしても、怒られるようなことはなかった。
 邪魔になっているのを覚悟で、わたしはカインさんとのお喋りを楽しんだ。
 もっとも、喋るのはわたしばかりだったけれど。
 でも。
『もう俺に構うな』
 兜の下で、彼はそう言った。
 その言葉は鋭利な剣のようにわたしの胸に突き刺さり、わたしは逃げるようにテレポを唱えた。
「そうよね、せっかくひとりで修行に励んでらっしゃるのに、迷惑よね……」
 良かれと思ってしてきた差し入れも、今となっては申し訳なさでいっぱいだ。
 人間、他者と関わりたい人ばかりではないと、知っているつもりだったのに。
 ついおせっかいを焼いてしまうのは自分の悪い癖だということも分かっているのに。
 次からは絶対に邪魔しないようにしよう。
 そう心に決め、わたしは浮かない顔で家路についた。

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