HORIZON

FINAL FANTASY IV
Another Future

5. 邪魔には、ならん(2)

 次の日は本来休日だったけど、わたしはいつも通り山へ向かう支度を整えた。
 手には久々のバスケット。
 中身は焼きたてのパン、根菜の煮物、魚の酢漬け。ただし二人分の。
 昨日の御礼に、ちょうど昼頃を狙って登頂するつもりだ。
 だって……言われたもの。
『邪魔には……ならん』
 カインさんの低い声を胸の中で反芻する。
 なぜだか鼓動が早くなったような気がした。
 カインさんの一言一言でこんなにも感情が左右されるのはわたしが単純すぎるんだろうか?

 狙い通り正午頃コテージの前に到着すると、わたしは以前とは違ってその場にバスケットを置くことはしなかった。
 バスケットを抱えたまま扉の前に腰かけて、カインさんが現れるまで待つ。
 しばらくろくに顔さえ合わせていなかったぶん、ゆっくり話がしたいと思った。
 でもカインさんはあまりお喋りが好きではないようだから、それならば一緒に昼食を食べようと思ったのだ。
 それにわたしはカインさんがバスケットの中身を食べるところを直に見たことがない。
 どんな顔をして食べているのか、ちょっと興味があった。
 ほどなくしてカインさんはどこからか舞い降りてきた。
「何か用か」
 愛想のないこの台詞にももう慣れた。
 わたしは立ち上がり、バスケットを差し出した。
「お昼をご一緒したいと思い、参りました」
 笑顔で言うと、カインさんが腕を組んで言ったのはまたもや愛想のない返事だった。
「……なぜ、一緒に食わねばならんのだ」
 わたしは目を丸くする。
 はぁーーー……
 わたしの肩は盛大にがっかりと落ちた。
 何で、この人はこうなのよ。
 朴念仁にもほどがあるわ。
 そしてキッとカインさんを睨んで言ってやった。
「カインさん!?」
「な、何だ?」
 わたしの剣幕にカインさんがたじろぐ。
「女性とのお付き合い、長続きしたことがないでしょう!??」
 うっ、と詰まってカインさんは一歩下がった。
 女の子に食事に誘われて、なぜ一緒に食わねばナランノダー、だなんて無粋なこと、セシルさんやエッジさんなら絶対に言わない。
 断るにしてももっと上手く言ってくれるはずだ。
 ああ、昨日わずかでも高鳴ってしまった自分の胸が呪わしい。
 しかしながら、わたしのこの思いはすぐに吹き飛ぶことになる。
「……すまん、共に食事をするのも悪くはない」
 カインさんは少しばつが悪そうな声で言いながら、バスケットをはさんでわたしの向かいに腰を下ろした。
 今更そんなこと言ってももう遅いです。
 わたしはぷいっとそっぽを向く。
「ちょうど腹も減っていた。ありがたく頂こう」
 珍しく素直な物言いにわたしははっとした。
 ああ、この人が口下手なことくらい前から分かっていたのに。
 勝手に拗ねて、わたし、子どもみたい。
 もっとも、カインさんから見ればわたしなんて本当に子どもなんだろうけど。
 ちょっと反省しながらわたしはカインさんのほうに向きなおった。
 カインさんは食事をとるべく兜を外すところだった。
 そういえば、カインさんの素顔って見たことがない。
 兜の下に少しだけ見える頬や口元は、割とすっとしたラインのように見えるけど……。
 コテージの中に入れてもらえることなんか最初から期待していないわたしは、その場にバスケットの中身を取り出しながら大して気にもせずにカインさんの動作を視界の端で見ていた。
 そして。
 カインさんは兜を脱ぎ、風を通すように前髪をかき上げた。
「…………!!!!!!」
 わたしの頭の中はスパークした!
 青天の霹靂とか、豆鉄砲をくらった鳩なんてもんじゃない。
 頭の中でサンダガが炸裂したような衝撃を受け、わたしはフォークを取り落としたことに気が付きもしなかった。
「あ……」
 頭の中が真っ白になって何も考えられない。
 とにかく、この時わたしの頭は目の前に突如現れたあまりに端正な顔立ちにクラッシュ寸前だったのだ。
 さらさらと絡まることを知らない輝く金髪。
 すっとした鼻筋。
 無粋な台詞など言いそうもない薄い唇。
 切れ長な鋭い目を縁取る長い睫毛。
 どこか物憂げな瞳は、透き通った空の青。
「……どうした?」
 その端正すぎる顔から発せられた声は、いつもと変わらぬ抑揚のない低い声なのにあまりに似合いすぎて破壊力抜群。
「きゃーーーーー!!!!!」
 わたしはヘイストがかかったような速さで後ずさった。
 心臓が壊れてしまうんじゃないかというくらいフル回転で稼働している。
 身体に悪い、悪すぎるわ!
 わたしが今まで出会った中で一番ハンサムだと思った男性はセシルさんだ。
 それはこの先だれかと恋に落ちようとも結婚しようとも変わることはないだろうと思っていた。
 その予想はこの瞬間完全に打ち砕かれた。
 カインさんは、今まで見たどんな男性よりも、それはもうあのセシルさんよりも見目麗しいとわたしには思えたのだ。
「落としたぞ」
 カインさんはわたしの方に身を乗り出してフォークを拾い、わたしに差し出した。
「……はいぃ!」
 近付いてきた顔にわたしの声は裏返る。
 何ということかしら。
 わたしが今まで興味本位でおせっかいを焼いてきた竜騎士がこんなに美麗な方だったとは!
 わたしは斜め下に顔を伏せ、「はぁあ」とよくわからないため息を吐き出した。
 今、わたしの顔はボムにもまさるくらい真っ赤になっているに違いない。
「カインさんは卑怯です……」
 わたしは熱い頬を手で覆いながら言った。
「卑怯? 何のことだ」
 ずるい。
 いったい誰がこんな朴念仁の兜の下にこんなサプライズを想像するだろうか。
 人を見た目で判断してはいけない、と知っている。
 容姿だけで人に惹かれることがいかに愚かしいかということも。
 むしろ自分はそういう輩に眉をひそめる側のタイプだ。
 でも、でも、急に予想だにしないタイミングでこんなことが起きてみれば、目を奪われずになどいられなかった。
「いっ、いえ……何でもありませんわ」
 わたしは咳払いをして無理矢理胸の動悸を抑えようと試みる。
 そうだ、いくら見目麗しかろうが目の前のこの方は、『なぜ、一緒に食わねばならんのだ』などという無粋な台詞を平気で吐く男なのだ。
 それでも、いくらそう思おうとしても、昨日高鳴ったわたしの胸に再び火をつけるには十分すぎる出来事だった。
 せっかく初めて一緒に昼食をとったのに、残念ながら何をお話したのかあまり覚えていない。

 家に着くなりわたしは火照った頬で枕に突っ伏した。
 そのままうつぶせの姿勢でぎゅっと枕を抱きしめる。
「…………」
 きつく目を閉じても、網膜に焼きついた竜騎士のあの端正な顔が離れない。
「~~~!!!」
 叫びたくなるような衝動がわたしの胸を締め付ける。
 わたしは足をばたばたさせながら声にならない叫びを上げた。
 と同時に、今までは表情は兜に隠れて見えなかったからあまり気にしていなかったけど、素顔を見てみるとやはりおとなの男性なのだと思い知らされた。
「カインさんっておいくつだったかしら……」
 確か昔、セシルさんはカインさんのことを『ひとつ上の親友だ』とおっしゃっていた。
「披露宴の時セシルさんは二十歳でしたわね……ということはあれから約五年だからカインさんは今年で二十六歳?」
 十歳も上なんだ……。
 おとなびて見えるはずだ。
 自分なんかカインさんから見れば本当に子どもなんだろうな。
 十歳という年の差は、決して埋まることのない溝、もしくは決して超えられない壁のような気がして気が遠くなる。
 じゅっさい……。
「……ってわたしってば何考えてるの! きゃー! きゃーっ!!」
 突如わたしは我に返り、枕をぼふぼふ叩いた。
 馬鹿じゃないの、もう本っ当に馬鹿じゃないの!
 自分の中のこそばゆい考えに顔から火炎放射が出そうだ。
「うるせーな! 何ギャーギャー言ってんだよ!」
 と、そこへ勢いよくドアが開き、眉間に皺を寄せたパロムが入って来た。
「あ、あらパロム。帰ってたの」
 わたしは急に平静を装い、何事もなかったかのように居住いを正した。
 弟に対してはさんざん偉そうなことを言ってきた手前、浮かれている自分の姿を見せるのは若干抵抗があったのだ。
 パロムは定職を得たわたしとは違っていつもどこかにふらふらと出かけている。
 以前は毎日問いただしていたのだけど、次第に鬱陶しそうにはぐらかすようになったので今はもう訊かないことにしている。
 パロムはジト目でわたしを見るなり言った。
「……なーんか、楽しそうだな?」
「そ、そう? 仕事がやりがいあるからかしらね??」
 まったく、妙なところで鋭いんだから!
 わたしはそう取り繕ったが、パロムの目はますます懐疑的になった。
「今日は仕事は休みだろ? 何でローブ着てんだよ」
 ああっ、ズボラなくせに何わたしのスケジュールなんかちゃっかり覚えてくれてるのよ!
「休日返上よ、いいでしょ別にっ」
 上手く誤魔化せたとも思えないが、パロムは「ふーん」と言うとどうにか引き下がってくれた。
 その目はいまだ何か探るような目だったけれど。
「ま、いーや! 今朝焼いてたパンの行方なんか訊かずにおいてやるよ!」
 にやにやしながら捨て台詞を置いて、パロムは部屋を出て行った。
 き、気付かれてたんだ!
 パロムに見つからないよう、朝早く起きて仕込んでたのに!
「あああ……失敗したわ……」
 わたしは思わず頭を抱える。
 別段、パロムの恋愛話は片手じゃ足りないくらい聞いていたからわたしだけ隠す必要なんてまったくないのだけど。
 それでも、試練の山に住む十歳も年上の竜騎士に執心しているなどということは、我ながらとてつもなく恥ずかしいことのような気がしてならなかったのだ。

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