HORIZON

FINAL FANTASY IV
Another Future

9. 来客(2)

- Cain Side -

 近況報告や他愛のない話をひとしきり終えた頃、エッジとリディアはふいに互いにタイミングを探るかのように目を合わせ、俺に尋ねてきた。
「おいカイン?」
「ねえカイン?」
 最終的には一番話せるやつだったエッジが会いに来てくれたのは特に嬉しかったが、これは間違いなく悪さをする時のやつの声音だ。
「……何だ」
 嫌な予感がしてぶっきらぼうに答えると、エッジは俺の横に忍び寄ってきて内緒話をするように手を口に添えた。
「ところでよ……さっきの、ありゃ何だ?」
 椅子に座ったリディアもうんうんと興味深げに頷いている。
「あれ、とは?」
「だから、ポロムちゃんだよ! 俺たちが最初来た時、あのコが出てきたぜ!?」
「うんうん。お茶の用意してくれた時も、『勝手知ったる』って感じだったし」
 なるほど、こいつらは妙な勘違いをしているようだ。
 昔からそういう話が大好きなのは変わっていないらしいな。
「何だ、と言われても。何でもないとしか答えようがない」
 そう答えるとエッジはもどかしそうに腕を震わせた。
「で、でも。最後の台詞は?」
「最後の台詞?」
 訊き返すと、リディアが話を続けた。
「『ヒトリデ帰レルカ~』ってやつ」
 妙に低い声でリディアが言う。
 おい、それは俺の物真似のつもりか。
「特に深い意味はない。純粋に、この辺りの夜は危険だから時々送っていくこともあるだけだ」
「「ふーん……」」
 あれは俺がポロムの言葉によって救われたことの礼のようなものであって。
 俺を助けようとしてくれているあの少女が夜道で何かあったら寝覚めが悪いことこの上ないからそうしているだけだ。
 なのにまったく、こいつらときたら……。
 だがそんな俺の考えなどよそに、エッジはひそひそと声を落として話を続ける。
「でもよ、ポロムちゃんけっこー可愛いぞ。あんなのに毎日付きまとわれて、オメーは何とも思わねーのか」
 ちょっと待て。いったい何を思えというのか?
 ローザに対して持っていたような激情は、これっぽっちも俺の中にはないのだが。
「……常識で考えろ。十歳も違うのに俺とあいつがどうにかなると思うのか。そもそもそんな対象ならば出入りさせていない」
 いくら俺だってそれくらいの良識は持っている。
 しかしエッジはリディアの方を親指で指すと言った。
「健全で結構だがよ、リディアは俺の九コ下だぜ」
「…………」
 言われてみればその通りだ。
 しかし置かれた状況が違うというものだ。
「……三十路のお前の感覚と一緒にするな」
 そう、同じ九歳十歳差とはいっても今のエッジとリディアは三十と二十一だ。
 俺のような二十六と十六とはわけが違う。
 しかしリディアがむっと頬を膨らせた。
「あたし、エッジと会った時、十七だったもん……」
「ぐ……」
 確かに。そう言われては返しようがない。
 どうにも俺の方が圧倒的に分が悪いようだ。
「……あいつが俺のようなつまらん男をそういう対象に選ぶわけがなかろう」
 反論に窮してそう返すとエッジは盛大にため息をついた。
「その台詞こそがつまんねーな」
「悪かったな」
 憮然として俺が言うとエッジはいきなり俺の兜に手を掛けてきた。
 勝手に金具を外すとヤツは兜を引っ張り上げて外してしまった。
「……何をする」
 ヤツの行動が理解できず、前髪をかきあげて俺が批難の眼差しで睨むとエッジはしばし固まったように俺の顔を凝視した。
 やがてその表情は憤慨したようなものに変わり、脱力したように肩を落とした。
「だあーっ! これだもんな!」
 手を額に当てて天井を仰いでいる。
 人の顔を見てその反応はないだろうが。
「わお~」
 リディアも口元に手をやって俺の顔をまじまじと見ている。
「何だ? 俺の顔に何かついているのか?」
 するとエッジは「ケッ!」と言ってそっぽを向いた。
「四、五年ぶりに見たってのにほとんど変わっちゃいねー、このスカしたツラはよ!」
「お前は少し老けたな、エッジ」
「るせー!!」
 そして立ち上がるとエッジは俺に指を突き付け、唾も飛び散る勢いでまくしたてた。
「テメー自分のツラ鏡で見たことあんのか! こーゆーのを宝の持ち腐れって言うんだよ!! イケメンの無駄遣いだ、世の中の男全員に謝れ!!」
「そーよ、うっかり見とれちゃう子も多いはずだよ~」
 ……どうやら俺は褒められているらしい。
 とてもじゃないがそんな風に聞こえないのだが。
「……ってリディア、オメーまさか見とれてんじゃねーだろーなっ」
「うん? 久々に目の保養になったなあーって。エッジ、悔しいの?」
「悔しくなんかねーよこんな朴念仁相手に!!!」
 カリカリ怒りながらエッジは俺の方に向き直った。
 相変わらずよく喋るやつだ。
「とにかく、だ。テメーはもうちょっとよく考えろ! 明らかに距離感おかしかったぞ?」
「距離感……?」
 眉をひそめた俺を見て、エッジは心底呆れた顔でテーブルの上を指差した。
「この花。ポロムちゃんが摘んできてくれたんだろーが。テメーは絶対に自分で花なんか飾らねー」
 そして茶の横に添えられたクッキーを指差す。
「この茶菓子も。あのコが持ってきてくれたもんだろーが」
 指先はさらに寝台の上に畳まれた毛布に向けられた。
「これもだ。テメーはいつも毛布は畳まずにテキトー放っとくヤツだったはずだ」
 そしてエッジは眉間に皺を寄せ、急に声のトーンを落として神妙に言った。
「恋愛クソオンチのテメーのために言うけどな、友達付き合いの域超えちゃってるぞ、これ。フツーの友達はンなことまでしねーからな」
「そう、なのか?」
「そーだ。……マジで何でもねーのか?」
「何でもないと言っているだろう。あいつは人の世話を焼くのが好きなだけだ」
 俺は少し苛立ったように返す。
 そう、何でもないのだ。
 俺はローザに抱いていたような感情をポロムに対して持ったことは今までに一度たりともないし、彼女が俺にそのような言葉を囁いてきたこともないのだから。
「何でもない、ねえ」
 ハーッと大げさにため息をつき、エッジは肩をすくめた。
「……むしろ何でもねーのにそのまま放置する方が問題ありだぜ。ずりぃ大人」
「狡い……?」
 とうとうエッジはどっかりと椅子にふんぞり返ってそっぽを向いてしまった。
 自分から説教を始めたくせに拗ねるとは、勝手なやつだ。
 だが……。

『友達付き合いの域超えちゃってるぞ、これ』

 エッジの指摘は俺の胸に引っかかった。
 別段、世話好きの娘、くらいにしか思っていなかった。
 だが実際どうなのだろうか。
 他のやつにも同じくらい世話を焼いているのではないのか?
「……ねえ、カイン?」
 物思いにふけった俺をリディアの声が呼び戻す。
 顔を上げると、リディアが穏やかに微笑んでいた。
「エッジはちゃんと責任感を持てって言いたいんだよ。大人としての」
 優しく教え聞かせるような口調だった。
「もし何か……特別な感情があるんだったら、真剣に考えてあげなきゃいけない……でも、カインにとってほんとに『何でもない』んだったら、ちゃんと線引きしないと」
「…………」
「ポロムちゃんは何も言わないかもだけど、あの年頃の女の子ってすごく敏感だよ。自意識過剰なくらいに。あの人は自分のことをどう思っているんだろう、あの人にとって自分はどういう存在なんだろう……って期待したり、不安がったり」
 それは俺が持ったこともない考えだったが、昔から女心の分からないやつだと言われたことは多々ある。
 特に、昔バロンで俺の見目だけを見て寄ってきた女たちが、自分から寄ってきたくせにそんな捨て台詞を吐いて勝手に去っていったことがよくあった。
 おそらく俺は本当に女心というものが分かっていないやつなのだろう。
 だから俺はリディアの意見を正面から否定することができなかった。
「リディア、おめーも昔そうだったのかよ?」
 そうは見えなかったけどな、と言いたげにエッジが再び話に入ってきた。
「ふふ、そりゃあちょっとはね。エブラーナの王子さまがどうしてあたしに、本気なわけない、って自分に言い聞かせたときもあったよ」
「お、俺は本気も本気、大真面目にアプローチしてただろうがよ! この朴念仁と違って!」
 またこいつは人のことを朴念仁などと……。
 だがエッジは確かにリディアに対しては常に他の女性とは異なる態度をとっていた。
 あの軽薄な面構えからは想像もつかぬほど、リディアに対してはいつも全力だった。
「うん。それでも、つい考えちゃったもの。エッジにとってあたしって何なんだろう、あたしにとってエッジって何なんだろう、あたしはこの先この人とどうなりたいんだろう、って。色々」
 今はもちろんもうそんなことないけどね、とエッジに惚気半分のフォローを入れつつリディアは言った。
 俺にとってのポロム。
 ポロムにとっての俺。
 この先どうなりたいのか。
 それはどんな呪文よりも難しい、答えの出しようがない命題に思えてならなかった。
「ま、そーゆーこった。コイツぁ自分のことで手一杯なガキにはまだちっと難しい問題だからな、どこで線引くかは大人が冷静に考えてやるべきだ。曖昧にするのが一番良くねぇ、いずれどっちかが傷つく」
 エッジらしからぬ神妙な声音だった。
 こいつがこのような真面目な思想を持ち合わせていることに俺は少し驚いたが、よくよく考えてみればやつは一国の王だ。
 むしろ国の中で最も中途半端な恋愛関係を持ってはならない人間とも言える。
 これまで、リディア以外の者には余計な好意を抱かせぬよう己の行動を律してきたのかもしれない。
「あーあー、何か白けちまったなぁ。リディア、今日のところは出直すか」
 じっと俺が考えていると、伸びをしながらエッジが立ち上がった。
「えー、せっかく来たのに?」
 リディアは少し名残惜しそうに言ったが、エッジに倣って席を立った。
「……会いに来てくれたことはありがたいが、そもそもお前たちは何か俺に用があったのか?」
 俺が言うとエッジは半眼になって俺の目前に迫った。
「近くまで来たときくらい、昔のダチ公に会いに行く理由なんかいらねーだろ!」
 俺の額を人差し指でズビシと突いて、そう言った。
「エッジ……」
 俺は額をさすりながらはっとした。
 言い草は刺々しいが、お前は今でも俺を友と呼んでくれるのだな……。
「じゃーな! 行くぞ、リディア」
 エッジは身を翻し、リディアの手を掴んだ。
「え、あ……ゴメンね、カイン。またね!」
 リディアはすまなさそうに笑ってくれたが、エッジはリディアを引っ張ってずかずかとコテージを出て行った。
 喧騒が去った後に残るは静寂のみ。
 説教ばかりされたような気がするが、久々にやつらの顔を見られたことは素直に嬉しかった。

 夜、俺は漠然と天井を見つめながら昼間エッジとリディアに言われたことを思い返す。
 天井は知らぬ間にきれいになっていた。
 そういえばポロムがレビテトを使いながら掃除をしたとか言っていたな。
「……ポロム、か」

『それでも、つい考えちゃったもの。エッジにとってあたしって何なんだろう、あたしにとってエッジって何なんだろう、あたしはこの先この人とどうなりたいんだろう、って。色々』

 ポロムもまさか、俺に対してそのような疑問を抱いているのだろうか。
 あいつにとって俺は、どう映っている?
 仕事先で出会った無口な竜騎士、セシルの旧友。あるいは……。
 今まで別段気にしたこともなかったが、何か……エッジたちが懸念するようなものを俺に対して抱いている可能性もあるのだろうか。
 そんなものを抱かせるような行動を、俺はしているのだろうか。
 そもそも、俺自身、彼女とどうありたいのだ?
 どうにかなりたいなどという考えは今までの俺にはなく、ただこのままの関係が続けばいいと思っていた。
 逆に言えば……このままの関係が続かない、つまり俺が彼女を傷つけるなどしてしまって彼女が俺の前から消えてしまうのは不本意なのかもしれない。
 彼女が来るまでの俺の世界には色が無く、常に『闇』と『死』と向き合うような日々だった。
 己の中の『闇』の払拭と安住の地を求めて世界をさまよった四年間。
 俺はそこに望みを見出すことができず、一度は『死』というものに誘惑されたことすらある。
 それは自戒のしるしとなって今でも俺の腕に残っている。
 だが彼女はそんな世界に色を与えた。
 いつもころころ表情を変えながら、笑ったり、泣いたり、照れたり、怒ったり、喜んだり。
 俺に『生』というものを思い出させてくれた。
 そして『闇』を恐れる俺に救いの言葉を与えてくれた。
 一度は彼女と距離を置こうと考えたこともあったが、彼女に救われてからというものの、それが出来ない自分がいる。
 むしろ、それまでよりも彼女を大切にしている自分がいる。
 俺は、彼女に傍にいてほしいのだろうか?
 エッジたちは、大人として責任感を持てと言っていた。
 大人と子ども、あるいは友人としての境界線をきちんと引くのか。
 恋愛対象として真剣に向き合うのか。
 それができないのは、狡い大人だと。
 とにかく、なあなあにするなということだ。

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